城内三階にて
城内に侵入したアニスたちは、急ぎつつも慎重に廊下を移動していた。
魔族の目的は研究を止めることだと考えられる。それは自分たちも同じだ。
彼らとの大きな違いは価値観。
アニスらは研究を止めて欲しいと交渉するつもりだ。
しかし魔族たちは止めるために彼らを殺すだろう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
途中、カリオスは小声でアニスに訊く。
「アニス! 王様ってどういった部屋にいるものなの?」
「大抵は高いところに居るわ! そこの一番立派そうな扉の先だと思う」
足音を消して廊下を走る。入り口に兵が集中しているせいで中は少なくなっているのだろう。が、
「おかしいな……」
レオンは曲がり角から顔を出して先を確認する。さっきからこうして確認をしているのだが、
「何が?」
アニスと一緒に後ろの警戒をしていたカリオスは、レオンの言葉に反応する。
レオンはしばらく黙って解せないといった顔をしていたが、次の瞬間、無防備にも曲がり角から堂々進み出る。
「え、何してるの!」
そこで腕を組んで首を傾げている彼に、カリオスは注意を促す。
それにレオンは言葉を返す。
「その必要はねえよ」
「どういうこと?」
「多分、兵を上の階に集中させてるんだと思う」
後ろの警戒をしていたアニスもこちらに来て話に入る。
「人を一か所に集めた方が警護はしやすいからな。大きな部屋かどこかに居るんだろう」
「大きな部屋って?」
「多分、食堂とかじゃないかしら」
「まあ近づけば兵士がいるだろうし、すぐに見つかるだろう」
・・・
「よっと!」
「潜入成功ですね」
「まあここからじゃがの」
「時間との勝負、だな」
「……」
魔族の四人と少年は城壁を超え、侵入に成功する。
ここはアニスらが侵入した場所と反対のところだ。
そこで辺りを見回し、長髪を縛った男、クレマシオンは鼻で笑う。
「敵兵がおらんのう。誘っておるのか?」
それにレーエンはクスッと笑みを漏らす。
「何をしたところでたいして変わりはない。人間なんて居てもいなくても変わらないよ」
その笑みに冷たさはない。
そしてこれから城を襲撃するというのに、戦いへの興奮も感じられない。
読み取れるのは余裕だけ。
強者が持つ、圧倒的な余裕だけだ。
そしてレーエンは少年の肩を叩くと、
「おそらく全員一か所に集められているんだと思う。何か大きな部屋とか、思い当たるところはないか?」
「大きな……部屋……」
そう呟くと、少年は唐突に走り出す。
「いきなりですか!」
「言っただろ。時間との勝負だ」
「元気のいいやつじゃ」
「いいことだよ」
それに全員が続く。
少年は周りを確認せず、階段のところまで一気に走っていく。
それを追って彼らも階段までたどり着くが、
「城内にも敵兵なしか……」
トレラントは道中の様子を見て呟く。それにリュゼは悪戯っぽく笑い、
「いざとなったらクレマシオンさんを囮にしましょう」
「そんな物騒なことを言わんでくれ! 仲間じゃろ?」
「「「……」」」
「何か言ったらどうじゃ!」
などと下らないやり取りをしながら階段を上り切る。
と、奥のT字路に三人の兵士が弓を構えているのが見えた。
「おい! ちょっと待て!」
レーエンは無視して直進しようとする少年の襟を掴むと、階段の下に引きずり込む。
その頭上を三本の矢が通過する。
「敵だあああああああッ!!」
この階の全域に響くのではないか、と思わせるような大声が弓兵の口から発せられる。
レーエンは後ろを見ると、
「ほらクレマシオン。早くも囮の出番だぞ!」
「囮というか……これはもう的なのではないか?」
まったく、とため息を吐くと、彼は腰にさしていた長刀を抜くと、
「では!」
階段から飛び出る。
その瞬間、また矢が飛んでくる。
彼はそれを見切り、最小限の動きでよけると、次が来る前に間合いを詰め、
「そいっと!」
弓兵に対して軽く長刀を振るう。
上から振り下ろされたその一太刀は、真ん中に居た一人を両断し、次いで彼はその場で横に一回りして、回転切りの要領で横の二人を片付ける。
その流れるような太刀裁きと、鋭い切れ味に、弓兵たちはうめき声すら漏らすことなく一瞬のうちに息絶えた。
ふうっと一息吐き、血振りして刃を鞘に納める。そこにレーエンらも階段から出て合流する。
「矢も切れよ! せめて弾けよ! 危うく顔出して死ぬところだっただろ!」
そうレーエンが言うと、クレマシオンは鼻で笑い、
「囮とか言うからじゃよ。ほら、先を急ぐぞ」
「そーですよレーエンさん。早くしましょ」
「時間は待ってくれないぞ」
「あれ? いじりの対象が俺に変わってないか?」
と一行が廊下を曲がったところで兵士らがぞろぞろと出てくる。
どうやらさっきの兵士の声を聞いて集まってきたようだ。
そして振り返ると反対側からも兵士が迫っていた。
「挟撃かよ。仕事の早い奴らだな」
少年はその軍勢を見ると、階段の方に引き返そうする。が、レーエンは彼の腕を掴んで止めると、
「トレラント」
「はいよ」
我体のいい男、トレラントは前に進み出ると、背負っていた身の丈ほどある大金槌を構え……、
「……む? あ、やべ……」
「何をやってるんですか?」
「いや、狭くて、壁につっかえて中々構えられなくてな」
「早くせい! そこまで迫っておるじゃろうが!」
と、何とか金槌を構え直すと、
「ほいさっと!」
思い切り振り下ろした。
ドオオオオオンッッ、と、地震のような衝撃が廊下を走り、振り下ろされたところを起点に床に大きなヒビが入る。そして次の瞬間、兵士たちの居た床が抜けた。
彼らは悲鳴や絶叫を上げてそこから下の階に落ちる。
トレラントは一仕事終えて一息吐くと、振り返って後方の様子を見る。
「そっちはどうだ?」
「ああ。全部クレマシオンとリュゼで片してくれたよ」
レーエンはそう返す。そしてクレマシオンに視線を移すと、息を切らしているのが目に入った。
「し、死ぬかと思ったぞ……」
「まあまあ、生きてますし大丈夫ですよ」
リュゼは彼に向かって意地悪気に笑う。
そして彼女はトレラントの近くまで来ると、穴から下を覗き込み、笑う。
「アハハ、見てください! あいつらみんな瓦礫に挟まってもがいてますよ! 虫みたいですね!」
その言葉の通り、大多数の兵士たちは落ちてきた瓦礫に挟まっていたり、足を怪我したりして動けない状態だった。
「くそ! 魔族どもが!」
兵士の一人が彼女に向かってそう言い放つ。それにリュゼは笑い返し、自分の腰にさしていた弓を構える。
「動ける奴は面倒ですね。殺しちゃいましょう」
パシュ、と乾いた音を発し、矢が放たれる。それは何の躊躇いもなく兵士の眉間を射抜き、息の根を止める。
それを見た他の兵士たちは一斉に逃げ始める。蟻のように散り散りに。
それに彼女はニヤリと笑みを深め、
「『必中の雨粒』」
そう呟いて弦に手を添えると、一本の矢がひとりでに現れ、引き切るとそれが扇状に増加し、十本になる。
それは放たれると、ひとりでに標的と定めた人間のところに飛んでいき、頭を射抜く。
当たった兵士は全員、物言わぬ屍と化す。
「ひいぃ!!」
「あれ? 間一髪で避けましたか」
見ると、一人だけ立っているものが居た。顔の横には、背もたれにしている壁に刺さっている矢がある。
彼女はそれを見ると、矢を引き、
「逃がしませんよ?」
射った――――――。
きびすを返すとレーエンらのところに帰ってきて、
「お待たせしました」
「本当にな。もう少しでこいつがプッツン来るところだったぜ」
とレーエンは自分が両手を持っている少年を見る。リュゼがその手を見ると、少年の手にはナイフが握られていた。
「もうキレてますね」
「お前のせいじゃろ」
クレマシオンはため息を吐き、それにリュゼは笑い返す。
レーエンはナイフを取り上げ、その子の腰に戻してやると、再び解き放つ。
・・・
ドオオオオンッ! と。
衝撃とともに、何かが壊れる音が聞こえた。
「な、何!」
階段の踊り場まで来ていたアニスらは音の方に目をやる。すると、通ってきた道の一つが瓦礫で埋まっていた。どうやら床が抜けたようだ。
しかも人工的に。
「マジかよ……」
その光景を目にしたレオンは思わずそう零す。
「くそ! 魔族どもが!」
魔族。
この上に、魔族たちがいる。
その言葉に全員の緊張が一気に増す。
そしてさらに、そこから人々の悲鳴が聞こえてくる。
「ッ!」
それを聞いたカリオスは、階段を駆け上がろうとする。
しかし、その手をアニスが掴む。
カリオスはその手を振り解こうとするが、彼女はしがみ付き、離さない。
「放してよアニッ……!」
一瞬叫びそうになったその口をレオンが塞ぐ。そして小声で叫ぶ。
「ふざけんな!! ここで全滅する気かてめえは!!」
それを聞き、カリオスは暴れるのをやめる。アニスとレオンが離れると、カリオスはその場にへたり込む。
「……上の様子を見てくる」
そういうとレオンは階段を上っていく。
残ったアニスはカリオスの前に座り、
「ごめんなさいカリオス。でも今は我慢して」
「僕も……ごめん。勝手に飛び出そうとして……」
「うん。ありがとう」
彼女は笑う。しかしその笑顔は悲しそうだ。
(彼女も、辛い気持ちを抑えてるんだ)
カリオスはそう思い、二人を見る。
レオンも冷静を装っているが、どこか焦りを感じる。
(自分だけじゃない……)
カリオスは深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「……もう大丈夫。ありがとうアニス」
「うん!」
彼女は笑う。
ギコチなさと複雑さは残っているが、それでも今度はさっきよりも嬉しそうだ。そのことに少し安堵し、再び意気込むカリオス。
レオンが上から戻って来る。
「魔族たちは行った。そっちは落ち着いたか?」
それにカリオスは立ち上がり、
「うん。ごめんレオン」
それにレオンは鼻で笑うと、
「なら行くぞ。せっかく見つけたんだ。あんまり距離を取りたくない」
ということで全員階段から出て、魔族の彼らを追う。