最終準備
レオンは先に宿に戻っていた。
日も暮れ、辺りには暗闇が満ちている。
日中、町を歩いて分かったことと言えば、伝説に詳しい人のいる村の名前と場所くらい。
そして一応ぼんやりとだけネーベルの国王について聞いてみた。今日は謁見の日だったようなので、初めて見て興味を持ったという設定だ。
そこから王様について少し聞いてみたが、それらしい話は一つもなかった。
(まあ、もとから分かってたことだが)
レオンはため息を吐く。
それからしばらくしてドアが開く。そこにはカリオスとアニスが立っていた。が、少し様子がおかしい。
「ただいま!」
カリオスは生き生きとしている。心なしか午前中よりも元気そうに見える。
対してアニスは、
「……ただいま」
顔を少し赤らめている。何があったのだろうか。
何か、何か、なにか、といえば『そういうこと』とか?
レオンの頭に一瞬、そういうことが浮かぶが、
(こいつらに限ってそれはないよな。多分抱き着く程度だろう)
と鼻で笑う。
それに気付いたアニスは膨れっ面して彼の方を向き、
「変なこと想像したでしょ?」
「イヤイヤソンナコトハアリマセンヨ(笑)」
答えたレオンにアニスは不服そうするが、話の進行を優先して、それ以上何も言わないことにする。
三人はテーブルを囲んで座り、自分たちの情報を共有する。
アリスらは図書館で『インテレッセ・ベルディーテ』について調べた。
分かったことは西の『ベルデ』という村付近に、彼女が居たであろう話がたくさんあったということだ。
その村は、レオンが聞いた伝説に詳しい人がいる村と同じ名前だった。
「これで行くところがはっきりしたわ」
「だね」
「どうする? もう出発するか?」
レオン的にはすぐに出て行きたいのだが、
「いやよ!」
アニスがその案を払い除ける。
「だと思った」
レオンは諦めたようにため息を吐く。
なら、
「なら次はどうする?」
「国王と交渉する! というか喝を入れたい!」
「無茶苦茶だな……具体案は?」
「ノープログラム!」
「問題ないみたいに言うな!」
ったく、とレオンは顔を覆う。
「喝を入れたいということは攻め込むってことか?」
「敵の懐よ? 地下とかに研究施設の本拠地とかあるに違いないわ! それを復興できないくらいように壊すだけよ!」
「ようは攻め込むってことだろ?」
「そうなるのかしら?」
「相手もどうぞどうぞって通してくれるわけじゃない。絶対にどこかで戦闘になんだろ」
戦闘になり囲まれでもしたら袋叩きにされる。
しかし隠れて忍び込むといっても結局見つかれば同じことだ。
どちらにせよ複数人の手練れを相手にする実力が求められる。しかし残念ながら今の彼らにその実力はない。
(このお嬢さんはそのことを分かっているのだろうか)
レオンはどうにかして出る方へ説得する方法を考える。
と、そこに、
「魔族の彼らと会えないかな?」
カリオスがそんなことを言い出した。それに二人が注目する。
「……なんでそう思ったの?」
アニスが訝しげに尋ねる。カリオスはその迫るような雰囲気に若干気圧されながらも、落ち着いて答える。
「え、だって、僕らと彼らが争う理由がないじゃないか」
その言葉にレオンとアニスは目を見開く。考えてみればそうだ。
今のところ分かっている情報で推測すると、魔族たちは研究を止めることが目的で、自分たち同じだ。なら別の理由がない限り、共闘できる可能性はある。
しかし、アニスは不服そうな顔である。
「私は彼らと仲間になれると思わない」
「え! どうして!」
カリオスはその言葉に驚きを隠せなかった。カリオスの中で、彼女は魔族に肯定的な存在だという認識があったからだ。
彼がそう尋ねると、彼女は少し表情を暗くして俯く。
「彼らは私たちを……人間を生き物として見てなかった。そんな風に感じたわ」
「そんな……」
しかしカリオスは知らない、否、実感していないのだ。
彼らが人間をどのような目で見ているのかというのを。
アニスとレオンは直接対峙したから分かる。
彼らは人間を足元に落ちているチリ程度にしか考えていない。
「精々考慮しても大きな的くらいだと思われるくらいだな」
レオンもそれに賛同する。
まだあの二人しか見ていないから断定はできないが、あれだけの力を持った二人に嫌われていたら、組織的には乱れを防ぐために拒むだろう。今までバレていないということは少数だろうし、余計に確率は落ちる。
二人に反対され、少し俯きしょげてしまうカリオス。二人はそれを励まそうと、アニスはアセアセと、レオンはやれやれと立ち上がり、そばによると、「……なら」そう呟いたのが聞こえた。
カリオスは顔をあげる。その顔は「いいこと思い付いた!」言わんばかりの無邪気さである。
「彼らを利用するっていうのはどう?」
・・・
ネーベル内東部。
そこは墓所である。
木々で囲まれたそこには、このネーベルで死んでいったものたちの墓石が一面に並んでいる。
そこに一人のシスターがやって来る。近くの教会に勤めているものだ。
彼女は今日も毎朝日課にしている墓参りをするためにここに訪れた。と、そこに見かけない人がいるのが目に入った。
見たところ神父のようだ。
「あの~」
彼女は近寄って声を掛けてみる。彼は地面に何かを描き、熱心に何かを唱えていたが、彼女に気付くとにこりと微笑み、
「こんにちは」
「こんにちは。こちらの方に?」
と彼女は彼の目の前の墓石に目をやる。
「いえ。私は旅をして修行している者で、こうして全ての方々に祈りを捧げていたところです」
「え?」
その言葉で彼女は振り返る。見ると、彼の前に書いてある模様が入り口の墓石から辿るように描かれていた。
彼は目の前の墓石を終えると、
「この紋章はね。私の故郷に伝わるお呪いなのです。これを書いてから祈るのが私たちの風習なので」
「そうなんですか。それも一つ一つ」
それを聞き、彼は少し謙遜気味に笑うと、
「このやり方だとどうしても一つ一つになってしまうんですよ。でもおかげで皆さん一人一人に祈ってあげられる」
「ご立派ですわ! 私感動しました!」
そう言って彼女は尊敬の眼差しを彼に向ける。彼はそれを「いえいえ」と謙遜すると、
「あなたもお祈りに?」
「はい。ですが、私は他にやらなければならないことがありまして、一つ一つはできないのです。代わりをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。私と違ってあなたは教会に勤めているようですし、仕方ありませんよ」
ありがとうございます、と彼女は頭を下げると墓所の入り口でしばらく祈りを捧げ、彼に一礼するとそのまま去ってしまう。
それを見送った後、
「ダメだよ。死者には一人一人祈ってあげなくちゃ。それに俺に礼を言う前に、死者に謝罪を述べないと」
そう呟くと、神父は……レーエンはまた祈り始める。
(今夜だ……)
・・・
「おいクラン! もう終わっただろ! さっさと帰るぞ!」
「ん~、もうちょっと~」
金色の艶やかな長髪の少年『ブリッツ』と赤髪の短髪の少女『クラン』はネーベルの繁華街を歩いていた。
ブリッツは魔法の道具を扱っている店を除き込んでいるクランに苛立つ。
「覗き込んで何が楽しいんだよ! さっさと戻ろうぜ!」
「眼福ってやつよ! あんたも少しは迷う楽しさっていうのを知りなさい」
「じゃあお前は時間の大切さを学べ!」
「戦闘狂のあんたに言われたくないわよ!」
ガルルル、と繁華街で子犬二匹が唸ってにらみ合う。が、すぐにクランが、「ブフゥッ!」と噴き出す。
そしてその場でブリッツを指さしながら笑い転げる。
「あんたのロングヘアー超笑える!」
「お前が(『変化の魔法』で)これにしたんだろうが‼」
「いやあごめんごめん。わ、悪かったってアハハハハハハハハハハッ‼」
「てめえ。絶対ぶっ殺す……」
ブリッツの額に青筋が浮かび始めたので、クランはそろそろ止めてあげることにする。
ひーひー、と息を整え、ふぅ、と落ち着くと、
「まあ。欲しいものはもとから決まってたけどね」
「ならさっさとしろよ!」
「言ったでしょ。迷う楽しみってやつよ」
フフン、と彼女はとてもご機嫌のようだ。対してブリッツは「チッ」と舌打ちするが、にやりと笑みを浮かべる。
「まあいい。俺も面白そうなもの見つけたからな」
「あのメリケンモドキのこと? 悪趣味ね」
「は? かなり役立つだろあれ! 前のやつで刃物に刺されて思ったんだ。刃には刃しかねえってな!」
「ヘエソウデスカー」
「おいコラてめえ」
そんな会話をしながら二人はしていされた場所に向かう。
「早く夜にならないかな~」
「ああ。そうすればドサクサに紛れて奪うことできる」
こちらもこちらで、夜の戦争の準備を進めていた。
「時間はかけてられないんだからね」
「分かってるよ。お前こそ迷う楽しさとか言って時間かけるなよ」
次回
バリバリのバトル勃発!