心境……
「ん~、どれから見ればいいんだろう?」
カリオスは大きな本棚たちとにらめっこしていた。
とりあえず来ては見たが、どの本を取ればいいのか分からない。
ん〜、と悩んで首を傾げながら、一端、頭の中で情報を整理する。
まず自分たちは『インテレッセ・ベルディーテ』についての情報が欲しい。
今のところ彼女へのカギは童話作家『マイネ・リーベ』、本名『ツユクサ』という人物。
それとこの国の西にある村の人の話。
「ん~、こんな感じかな……」
と、ここまで考えて再び本棚を見る。これまでの情報から彼なりに必要だと思ったのは、
(この国の各地の民話とか? あとはマイネ・リーベに関するものかな)
各地の民話は分厚い『ネーベル民話集』という本が見つかった。作者が『マイネ・リーベ』の本は、普通の絵本ばかりで、どれもツュンデンで見たものとほとんど変わらなかった。
とりあえず見つけた民話集を持って机に座る。開くと目次にはずらりとタイトルが載っており、それだけで目が痛くなってくる。
しかしそこで弱音を吐いている場合ではない。アニスが居ない今、自分が頑張らないと。
「ダメダメ! 今日は頑張るって決めたんだ!」
カリオスは目を覚めすように自分の頬をパンパンと叩き、気合を入れる。
と、本のページをめくり、その民話を一つ一つ確認していくと、話の最後には小さく補足程度に村の名前が載っていた。カリオスはこの国の地図を借りてくると、横に広げて確認作業に入る。
しかしやはりアニスに比べてペースは非常に遅い。本が苦手なカリオスはこれを読むだけでも丸一日消費してしまうだろう。読むだけで手一杯で、地図での確認作業や内容の吟味など、とてもすべてできるとは思えない。
カリオス自身もそれを自覚しております「ん~」と困った顔で天井を仰ぐ。思えば自分は本当に役に立っているのだろうか。
レオンはカリオスよりも賢く、頭が冴えている。
アニスも魔法の知識があり、本も読める。
自分にできることなんて何もないのではないか。
気が付くと、最近、そう考えていることが多くなった。
おまけにツュンデンでは自分が唯一自信にしていたといっても過言ではない『戦闘』で、成果を上げられなかった。それどころか負傷を負わされ、逆に迷惑をかけてしまった。
カリオスは自分の目頭が熱くなり、天井から顔を逸らせなくなる。
(僕はもう、ここに居なくても……)
「お待たせ!」
「うわあッ!」
後ろから忍び寄ってきたアニスにいきなり肩を掴まれ、思わず飛び上がってしまう。その時に出た叫び声で、その場にいた全員の視線を集めてしまう。その目はとても不愉快そうだ。
「「ご、ごめんなさ~い……」」
二人して恐る恐る頭を下げると、全員は「まったく……」と言った様子で自分のことに戻る。それを見て二人は安堵の息を吐く。
「いきなりびっくりさせないでよ」
「ごめんなさい。なんかボーっとしてたからつい」
アニスはそういうと隣の席に座り、
「何か悩んでたの?」
とカリオスの顔を覗き込んでくる。その表情はとても心配そうだ。
「何でもないよ」
カリオスはそう言って自分の持ってきた本の話に移ろうとする。しかし、
「そんなことない。目が赤いもの」
アニスはそれを遮ってカリオスの方を見る。
彼女の指摘で自分が泣きそうになっていたことを思い出すと、慌てて顔を拭うが、時既に遅し。目にゴミが入ったで誤魔化そうとも思ったが、彼女の真剣な眼差しを見て、すぐに嘘だと見抜かれると感じ、素直に話すことにする。
カリオスは俯くと、詰まらせていた言葉を吐き出す。
「僕、ここに居ても役に立ってるのかなって、最近思うようになって……」
「……少し、奥に行きましょ」
その様子を見て、アニスは図書館の奥の本棚の陰になっているところに向かう。そこは辞典や伝記のエリアで人気が少なく、全体的に見られにくい。
二人はそこに腰を下ろす。その頃には、カリオスの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
そのことを恥ずかしく思ったが、それでも外れた栓を止めることはできず、涙は止めどなく頬を伝う。
「レオンはっ、頭がいいし。アニスは魔法がっ、使えるし、本も読める。それに僕より、ずっとっ……頭がいい」
声が震える。
嗚咽を漏らし、零れる涙を袖で拭きながら、カリオスはもっとも詰まらせていた最後の言葉を吐き出す。
「……っ、僕、ここ居なくてもいいんじゃないかってっ、思って」
その言葉を出した瞬間、アニスは彼の顔を抱きしめる。そして何より驚いたのが、彼女が『変化の魔法』を解いていたことだ。
ガラスのような艶やかな髪。
透き通った白い肌。
「そんなことを考えてたのね。ごめんなさい。気が付けなくて……」
顔は見えないが、その声は震えている。
「でも私、あなたをそんな風に思ったことは一度もないわ。……言ってくれてありがとう」
その言葉を聞いてカリオスは彼女の顔を見上げる。アニスは涙を零しながらこちらを見る。その顔はとても温かく、そしてどことなく嬉しそうだ。
「で、でも僕、アニスの運命を変えるって言われてたのに、まだ何もしてなくて……」
カリオスは目を逸らす。彼女は抱き寄せていた彼の顔を離すと、
「いいえ。あなたは幾度となく私の運命を変えたわ」
それに彼女は首を振る。
「あなたが居なかったら旅で食事はできなかったし、私は森で迷ってたわ。それに私は戦うことが得意じゃないし、狩りもできない。それに覚えてる? あのヴォールの村に行く途中のこと。あの時にあなたが居なかったら私死んでたかもしれないって今も思うの。だからレオンに出会うことも、ススキに出会うこともなかったのよ? それに……」
そう言って、彼女は顔を下に逸らす。その顔はほんのり赤い。
そして、何かを呟く。しかしそれはカリオスの耳には届かない。
「え? な、なんて言ったの?」
それを聞いたアニスは更に顔を赤くして、
「と、とにかく! 私にはあなたが必要なの! あなたじゃなきゃダメなの!」
突然立ち上がり、ビシィッと指をさす。いきなりの豹変にカリオスは驚くが、その後に頬を綻ばせ、立ち上がると、
「ありがとう。アニス」
「ひゃうっ!?」
そっと彼女の体を抱き締める。
嬉しかった。
自分のことを見てくれていたことが。
彼女にそう言ってもらえただけで、さっきまでの悲しさとか、寂しさとかがない混ぜになった感情が、今となっては遠い昔のように感じられた。
全身がポカポカと温かい。
その温かさを噛みしめるように、カリオスはアニスの体を強く抱きしめる。
そしてそっと彼女を離すと、ニッと笑い、
「僕にもアニスが必要だ!」
それは自然と出てきた言葉だった。なんとなく、自分の中で必要だと思った。
それを聞いた瞬間、彼女の中で何かのメーターが振り切り、顔がトマトのように真っ赤になったかと思うと、
「ボフンッ!」
「え? アニス!」
倒れかけた彼女を慌てて起こそうとする。
彼女は『変化の魔法』を解いたままなのだ。それにもう捜索依頼が各地に出されている。加えてここはネーベル。どこから狙われているか分からない中を、ヴォールの村のように素顔でスタコラサッサと言うわけにはいかない。
よって彼女の魔法は必須である。
「起きてアニス! もう叩くよ!」
抱き起し、軽く額を叩くと、彼女は目を覚ます。
「ここは……?」
「良かった。目を覚ました。早く自分に『変化の魔法』かけて。素顔は危なすぎる」
それで自分が何をしていたか思い出した彼女は再び顔を真っ赤にして、図書館故、押し殺しながらも声を荒げる。
「な、誰の素顔が危ないって言うのよ!」
「え!? いや、だってアニスはヴォールの……」
「失礼な! 誰が歩く顔面凶器よ!」
「そういう意味の危ないじゃないからね!?」
「そう、私こそがヴォール王国のジャックナイフ、ってやかましいわ!」
「アニス! 落ち着いて!」
カリオスがなんとか宥め、アニスは落ち着きを取り戻す。
そして、懐から魔杖を取り出したところで、彼女は気付く。自分の状態に。
背中に手を回され、抱き起されている。
「ふあっ!?」
とまた煙を出して倒れてしまう。
「えッ!?」
ということでカリオスはこの作業をもう一度繰り返しましたとさ。
「誰がヴォール最大の黒歴史よ!」
「アニス! お願い正気に戻って!(涙)」