ネーベルにて -2
カリオスとアニスは店を出て図書館に向かう。もちろん、レオンに会計を任せたのはわざとである。
二人が町を歩いていると、あることに気付く。
人の流れが一方向に向かっている。
「何かしら?」
「みんなあっちに向かってるね」
二人はその流れの先を不思議そうに見る。
流れは町の中央。つまり城の方に向かっているようだ。
「行ってみましょ」
二人はその流れにそって歩いてみる。すると城の出入り口のところで列になっているのが見える。
よく見るとその列は道を作るように二列に分かれている。
近くまで来ると、まるで祭りのような込み具合である。人と人が折り重なり、完全に肉壁と化している。
「すいません。これからパレードでもあるんですか?」
アニスは近くに居た男性に聞く。見たところ若く、容姿もそれなりだ。
男性は何となく眺めているといった様子だったが、アニスが質問すると、快く答えてくれた。
「ああ違う違う。今日は国王様の謁見の日なんだ。あの大きな玄関からバンク・ネーベル様とシャオム・ネーベル様がお見えになるんだ」
「それでこんなに……旅の途中で寄った者なので、びっくりしました」
「ハハハ、謁見は月に一回行われます。その時は毎回このような状況で。国王様を拝むとその月が報われるといってたくさんの人が集まります」
「そんなに慕われているなんて、素晴らしい方ですね」
「アハハハ、僕はあまりそういったものに興味はないんだけれどね。……それよりもお嬢さん」
男性の目つきが変わる。それは狡猾な狼のようだ。
そしてスッとアニスの手を取ると、
「その様子だと町のことについてあんまり詳しくないでしょ? 僕でよかったら教えるけど?」
「本当に! ならお言葉に甘えて」
「え、じゃあ僕は?」
「先に図書館に行ってて。後で行くから。日が暮れても来なかったら先に宿に戻ってて」
「そうそう。ガキは帰れってな」
アニスの言葉に男性は便乗してカリオスにそう言い放つ。
それにカリオスはいら立ちを覚える。そしてアニスもその言葉に眉がピクリと動くが、すぐに笑顔に戻り、
「ねえ。私お腹減っちゃった。先にレストランに行かない?」
彼の腕を取ると、それを抱き寄せ、妖艶に微笑む。いつの間に色仕掛けなんぞ覚えたのだろうか。
それに見事騙された男性は、若干鼻の下を伸ばし、機嫌の良さそうな顔をするが、すぐに表情を整えると、「じゃあ行こうか」と歩き出そうとする。それに彼女は「うん!」と頷くが、
「あ、ちょっと待って。この謁見を見てからでいい?」
と上目遣いでお願いしてみる。当然彼の答えは、
「もちろんさ!」
と言うわけでアニスとカリオスは謁見を見ることにする。カリオスは幼いので、それを利用して近くの大人に頼んでみる。すると我体の良い男の人が快く肩車を引き受けてくれた。
「ほら。見えるか?」
「うん! ありがとうおっちゃん!」
「ハハハ、おっちゃんは見えないから、おっちゃんの分も見ておいてくれよ!」
「うん!」
そう頷く度に少し心が痛むような気がしたが、カリオスは気のせいだと思い込むことにする。
(胸が痛いのはさっきのフレンチトーストが逆流してるからだ。そうに違いない! あれ、でもそれじゃ心じゃなくで体の方が危ないんじゃ……)
などと考えていると、入り口の扉が開く。そしてそこから舌のように赤絨毯が転がり出ると、目当ての人たちが姿を現す。
褐色の肌に赤い羽織を着ている、我体がいいのが国王『バンク・ネーベル』。
その横に白いドレスを纏っている細身の女性が王妃『シャオム・ネーベル』。
そしてその間で、二人に手を繋いでもらっている子供が微かに見える。息子の『リベルテ・ネーベル』だ。
(……あれ?)
その子を見た瞬間、カリオスは何か違和感を覚えた。しかしそれは漠然としていて、もやもやと心に蟠るだけで終わってしまう。
ただ何となく、あの子を見たときに、変だと感じた。
三人は国民と握手を交わしながら絨毯の上を歩き、その末端で切り返すとそのまま城の中に戻っていく。
最後に扉のところでもう一度国民に手を振る。そして彼らが回れ右すると扉が閉められる。
顔は覚えた。しかしそこまで悪そうな人には見えなかった。
「見えたかい?」
「うん! 優しそうだった!」
「そうかいそうかい! そういうのを聞くとなんだかおッちゃんも嬉しくなってくるよ!」
と、彼はカリオスを下ろすと笑う。しかしカリオスはそれよりも、アニスの方が心配だった。
彼女はさっきの男性と話していて、「それじゃ行こうか」と彼はアニスの肩に手を回す。それに彼女も笑みを返し、「ええ」と行こうとする。
「まずはレストランね」
「ああ。いくらでもごちそうするよ」
「どれだけ食べてもいいの?」
「ああいいよ! 僕は懐が大きいからね」
その言葉を聞いた瞬間、アニスは一瞬、身の毛もよだつような、そんな残忍な笑みを浮かべる。
が、すぐに元の顔に戻り、「やったあ!」と男性の腕に抱き着く。そして、男性に見えないようにカリオスに向かって親指を立てる。
これは彼の大きい懐が火の車になるだろう。
(ーーーあ、この男死んだな)
カリオスはそう思った。きっと彼女は彼が泣いて謝るまで食べ続けるに違いない。
カリオスは男性に向かって手を合わせると、きびすを返して図書館の方に向かう。