ネーベルにて
翌日の昼を回った頃。
「やっと見えてきたわね」
一行の視線の先には高い壁が見える。
ネーベルだ。
ここは一応弱国という枠に属しているが、治安は比較的良く、生活は豊かである。
『変化の魔法』を使い城門を潜ると、城下町に入る。一応前の姿は見られたということで、
アニスは黒短髪の女性に、
カリオスは金髪の幼い少年に、
レオンは金髪の美形の男性に。
タイトルは相変わらず『旅する家族だ』
魔法に長けている者が見ない限りこの変身は見破れないだろう。
丸く囲まれた壁。
その中央に城ある城が『ネーベル城』だ。
というわけで三人は宿を取り、一息吐くと、
「食べ物だー!」
というアニスの要望で近くのレストランに来ていた。
彼女はメニューを取ると、
「ダイミョウイカのイカ飯と五つ葉の胡麻和え、それと白毛牛のステーキお願い。あ、あと卵スープとスイートポテトも」
「なんかゲテモノとか以前に、パチモンとかモドキみたいなのが出てきそうだな」
「インパクトはありそうだね。いろんな意味で」
しばらくすると、彼らの前に注文した料理が来る。
カリオスの前にはフレンチトースト。
レオンの前にはフライドポテト。
そしてアニスの前には奇妙なサラダとテーブルいっぱいのイカ飯。そして卵スープとビーフステーキが置かれる。デザートは後から来るようだ。
その驚愕の料理を見て、男二人は唖然とする。
「白毛牛は当たりだったみたいだね」
「ああ。だがそれ以外は完全にアウトだぞ」
「僕が馴染みを感じるということは人間でいうとアウトなんだよね?」
「そうだ。最初お前の知ってる料理を聞いてゾッとしたぜ」
「いっただっきまーす!」
元気よく合掌し、彼女は食べ始める。その顔はとても満足そうだ。
おいしいおいしいとパクつく彼女を、二人は引き気味な顔で見ていた。
そして、料理はみるみるなくなっていき、
「ごちそうさまー! あー満足満足!」
((ま、マジか……))
彼女は妊婦のようなお腹を擦り、満足気な笑みを浮かべる。それを見た二人はもしかしたら彼女は人間ではないのではないのだろうか、という疑問を抱く。
「おい。あいつの胃袋はどうなってんだ?」
レオンは小声でカリオスに問う。
「そんなの僕は知らないよ!」
それにカリオスも小声で返す。
「あの量があの腹に入るはずねえ。大体あの腹見ろよ。あんな大きさだったら他の内臓とか圧縮しちまってどっかに支障が出るだろ!」
「でもアニスは平気そうだよ? むしろ嬉しそう」
「そういえば聞いたことがある。異国には80代になっても胃袋の消化能力が常人の4倍ある人間がいるらしい」
「まさか、アニスも同じ胃袋を?」
「かもしれない。それか、実はあれ『変化の魔法』じゃねえのか? 食べてるシーンがなぜかないし、瞬時に唱えたとか」
「ああ。あの有名な過程を飛ばして結果だけ残すみたいなやつ?」
「そうそう。あれ何て言ったっけなあ? え~っと……」
「ぜ~ん~ぶ~き~こ~え~て~る~わ~よ~」
その野太く変質した声を聞いた瞬間、二人の背筋に旋律が走った。
アニスは懐から魔杖をチラリと見せると、
「(変化の魔法で)ものすごい濃い顔にするよ?」
「「すいませんでした!」」
流れるような滑らかな動きで床に正座し、頭を下げる二人であった。
と、いつものお決まり行事をしたところで再び座り直し、
「で、この後どうするの?」
カリオスが切り出す。それにアニスは魔杖をしまい、
「とりあえずまた図書館に行きたいわね。ネーベルのことに関してはここの方がツュンデンより豊富だろうし。レオンは誰か知り合い居ないの?」
「そんなに都合よくポンポン居ねえよ! 大体俺はヴォールから出たことねえし」
「ならどうするの? 僕らと図書館に来る?」
そうだな~、とレオンはおもむろに天井を見上げて、
「俺本とか読む気しねえしなあ……適当に町をブラブラってのは?」
「じゃあ食料を頼むわ! なるべくおいしそうなやつ!」
レオンが提案するとそれにアニスが即答する。
(今食ったばっかなのにもう食べ物の話すんのかよ。しかもおいしそうな奴って、どんだけアバウトな……)
アニスの注文にため息を吐き、「はいはい」と了承する。それを聞き、彼女は「よし」とガッツポーズをすると、
「じゃあカリオス! 行きましょ!」
「え、もう行くの!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
カリオスの手を引き、ダッシュで出て行ってしまう。それをレオンはやれやれと見送り、その後ゆっくりと席を立つ。
そして気付く。
会計が自分持ちであるということに。