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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第三章 『十字に仇なす怪物たち』前編
34/122

町にて

 襲撃の翌朝の宿。


「……」

「……おい」


 宿の部屋で、椅子に座ったレオンはかけ布団に包まって、黙ったままのカリオスに声を掛ける。


 昨夜の襲撃後、三人はローダンの館の一室で目を覚ました。

 使用人長の話だと、彼らも何人か怪我をしたらしい。中には重症の者もいるという。アニスは手当の手伝いに行っている。

 やることのない男二人は何となく居辛くなり、先に宿に帰ってきたのだ。


 レオンは無反応なカリオスを見て、ため息を吐く。


「お互いボロボロだが、お前の方が重症なんだし、安静にしてくれるのは助かるんだが、その、病も気からっていうしな」

「……」


 レオンはまいったといった表情で頭を掻く。

 確かに目の前で人の、しかも短い時間ながらも親しかった人の凄惨な死を見てしまったのだ。落ち込むどころか狂っててもおかしくない。


「……おい。落ち込むなとは言わないが、引きずるなよ?」


 それ一番心配だった。

 この後の旅に支障が出るようなことになれば大問題だ。

 アニスはそれでも仕方ないと言っていたが、正直レオンはそう思ってない。支障が出そうなら切り捨てるべきだと考えている。

 しかしそれと彼に対する情とは別だ。ここで手を差し伸べないのは仲間を道具と思っている奴だ。


「お前が調子を落とすとみんなの調子が狂うんだ。そこんとこ理解しといた方が」

「ねえレオン……」


 そこで言葉を遮り、カリオスは口を開く。

 彼はその後少し間を置き、


「一つ。聞きたいんだけど」

「なんだ?」


 彼はそれに対して落ち着いたように返す。

 カリオスは少し躊躇うような様子を見せ、


「僕は、ローダンが殺されたことより、ね……自分やアニスやレオンが助かったことに安心してるんだ。これって……変かな?」


 そう言って振り返った彼の瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっていた。

 カリオスは熱くなった目頭を袖で拭い、


「僕……変かな?」

「そんなことねえ!」


 レオンはそう叫びながら、自分の無神経さをひどく後悔した。

 彼にとって一番心配だったのは仲間だったのだ。

 レオンが落ち着けようと放った言葉は、逆に彼の心に戸惑いを生じさせてしまっていた。


 彼にとって仲間とは、それほどに大きい存在なのだ。

 レオンはそれを今理解した。


 レオンは立ち上がるとカリオスの前まで行き、そっと頭に手を置く。


「お前が生きてて、俺も安心したよ」

「……うう」


 その瞬間、カリオスはポロポロと涙を零してしまう。

 それは止まることなく、目から次々と溢れてくる。

 レオンはそれを見て、少し嬉しそうに、気恥ずかしそうに笑う。

 しばらくしてアニスが合流すると、部屋で情報の交換が行われる。

 アニスは酔っていたので、昨日の食事でした話はほとんど覚えていなかった。

 レオンはそれに思わず顔を覆い、


「お前は何をしてんだよ……」

「あの魔族との戦闘の時には醒めてたわよ! 今度会ったら絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「お前は少し恥じらいと自重心と何より王女の気品を持て!」

「というわけで行き先は『ネーベル王国』で決定なわけね!」

「いや、ちょっと待ってくれ。寄りたいところがある」

「あの居酒屋だね」

「酒場だ」

「あなたいつも終盤によるところがあるわね」

「ほっとけ。それだけ下準備を重要視してるってことだ」

「ん~、私はしてなさすぎかしら?」

「自覚があるならしろよ!」



      ・・・



「そうか。ということはネーベル王国に喧嘩を売ったってことだね」

「どういうことだ?」


 酒場のいつもの席で、レオンは怪訝な顔をする。

 そこには前のようにアニスとカリオスも同席している。

 ウィスパーはチラリとレオンに目配せをする。

 レオンはそれで察したようで、


「続けてくれ。料金は最後にこいつが追加で払う」


 とアニスと指さす。


「はあ?」

「情報だ」

「……仕方ないわね」


 と、口を尖がらせてブーたれるアニスを放っておいて、レオンはウィスパーを見る。

 それに彼はやれやれと肩を竦めると、


「前に町長がコソコソしてるって話をしたな」

「ああ」

「実はこっちでも前からそれを調べててな」


 そこでウィスパーは周りの目を確認すると、そっとレオンに近づき、小声で言う。


「森の頻繁に出入りしてたらしい」

「森ってのは?」

「ネーベル側、つまり北側に出て、道なりに行くとその森に入る。が、毎回行く場所はバラバラだ。おそらく魔法で移動して具体的な場所を掴ませないためだろう」


 で、その先に、と彼は一拍置き、


「研究施設があるらしい」

「「「……は?」」」


 それを聞いていた全員が耳を疑った。

 それにウィスパーは少し自慢げに笑い、


「俺のしつこさをなめて貰っちゃあ困る。場所が分からないなら相手に聞けばいい」

「直接かよ!」

「ちげーよ。帰ってきたときに何か呟くかも知れないだろ? しばらく監視させてその言葉をまとめると今の結果が浮かんできたんだよ」


 この男はなんという無茶苦茶なことをしているんだろう、とカリオスとアニスは聞いていて思っていた。

 レオンはいつも通りなのでさほど驚いてもないが。


「で、何の研究なんだよ?」


 ウィスパーはそれを聞くと、少し顔色を悪くする。そして、口に出すかを躊躇い、静かにその単語を口に出す。


「それは分からない……が、おそらく人間が使われている……」

「「「……」」」

「監視していて様々な動物が運ばれたそうだ。その中には人間も、魔族もいたそうだ」

「魔族も……!」


 カリオスは顔を青くする。


(村のみんなは……)


 頭の中にケトニスとカヤナの顔が浮かぶ。

 隣に座っていたアニスはそれが分かり、そっとその手を握る。


「大丈夫よ。おそらく前線に居たものだと思う。あの人はあなたの故郷にまで手は出さないはずよ」


 レオンは酒を飲み、


「また酒のマズくなる話だな」

「まったくだ。商売あがったりだよ」

「お前は繁盛してるだろ。……ったく胸糞悪い話だ。悪いな。ありがとう」


 余っていた酒を飲み干し、金を置くと、「じゃあな」とカウンターを立つ。


「気を付けろよ」


 ウィスパーは心配そうにそう言う。

 レオンはそれに振り返らず、黙って片手を上げると店を出た。

 階段を上がり、裏路地に出る。


「……さて、どうする」


 レオンは今後について切り出す。


 『インテレッセ・ベルディーテ』『ネーベルの研究施設』『ヴォールの追手』『謎の魔族』


 考えただけでゾッとするものがレオンの体を通過する。


「とりあえず、ネーベルに協力を求めるってのはなしだろ。危険過ぎる」


 人体実験なんてやっている奴が信用できるとは思えない。それにそんなことになっているならヴォール側にも情報が漏れている可能性がある。


(それを黙認しているってことはヴォールも黒か?)

「とりあえずネーベル王国に行かない? 村のこととか、研究のこととか情報集めのためにも」


 カリオスはそう提案する。


「実際村の具体的な場所も分かってないわけだし、それで行くか?」


 とレオンはアニスの方に視線を向ける。それにアニスはグッと親指を立てて、


「そして全部ぶっ潰すのね!」

「おいてめえいい加減にしろよ?」


 レオンは額に青筋を浮かばせている。

 どうやら本当に限界のようだ。このままではプッツンいってしまう。

 しかし今日のアニスは違った。


「じゃあレオンはほっとくっていうのッ‼」


 さきにプッツン来たのは、彼女の方だった。

 その怒号は路地裏全体に響くほどだった。

 彼女はいつもの余裕ぶった様子とは違い、真剣な目でレオンを見返す。


「人体実験が行われてるかもしれないって知って、そのまま見て見ぬ振りして放置するってこと? 私にはそんなことできないわ!」

「あ、おい落ち着け。何もそこまで言ってないだろ」


 突然の豹変にレオンもタジタジになる。

 アニスは涙を浮かべてその場で地団駄を踏む。


「どっちなのよ! 潰すの? 潰さないの? はっきりしてよ!」

「落ち着いてよアニス!」


 流石にこれは少しおかしいと感じ、カリオスも落ち着かせようとする。

 アニスは地団駄を踏んだ後、瞳に涙を浮かべ、


「また人が死ぬのよ……もういやよ……」


 そう震える声で言うと、その場に蹲ってしまう。

 


 そう、



 町長の事件で一番ダメージを受けていたのは彼女だったのだ。


 彼を守れなかったという事実が、彼女の責任感をひどく圧迫していたのだ。

 ようやくそのことに気付いた二人は彼女のそばにしゃがむと、


「……すまなかった」

「ごめんアニス」


 謝った。



 状況の解決ということに意識がいき過ぎ、気持ちという面にまで回っていなかった。

 もしくはアニスという少女を、どこか勝手に過大評価していたのかもしれない。

 今、彼らの目に映る少女は、とても華奢で、か弱くて、脆い。

 そんな彼女を目の当たりにして、ようやく二人は彼女のことを何も知らなかったことを痛感する。


「……よし」


 カリオスはそう意気込み立ち上がると、


「潰そう! 全部!」

「え……」

「アニスの望む平和に要らないもの、組織は『潰す』!」

「正しくは『更生させる』だな」


 そういうとレオンも立ち上がる。


「潰すというのはおかしいだろ。それじゃあ駄々をこねてるただの子供(・・・・・)と変わらない」

 そして二人はニッと少しいたずら気に笑うと、

「「な、王女様(・・・)!」」


 彼女の前に手を出す。

 アニスはその手を見て、そしてもう一度彼らの顔を見てから、


「……そうね」


 涙を拭いて、手を取り立ち上がる。

 そして、二人に笑顔を見せると、


「ありがとう!」

「どういたしまして。王女様」

「それでこそアニス様だよ!」


 アハハ、と彼女は少し照れ笑いすると、


「さあ、じゃあ行きましょうか! 『時は金に勝る』よ!」


 きびすを返し、歩み出す。

 その後ろを二人もついていく。

 こうして一行は『ツュンデン』を後にした。




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