襲撃!
「耳を塞いで!」
顔には驚きと恐怖が浮かんでいた。彼女の小声叫ぶと自分も耳を塞ぐ。
突如、何か強い耳鳴りのような、金属音のようなものが聞こえたかと思うと、門番と使用人が一斉に倒れる。
そして門から何かが入り、玄関の方に駆けていった。
次の瞬間、屋敷の明かりが一斉に消える。
アニスとレオンは急いで起き上がると、その走っていった者のあとを追おうとする。
が、
「おいおい起きてるやついるじゃんか」
門の外から新たな声が聞こえてくる。
それは明らかにさっきの門番たちのものではない。
二人が振り向くと、
「失敗してやんの! だっせえ」
「私にだって失敗することはあるわ。百発百中なんてものは厳密にはありえないわよ」
二人のシルエット。
闇から現れたその人影は、異様であり、それでいて二人には馴染みのある姿をしていた。
闇にまぎれるような、髪と肌。
そして頭に生える異様な角。
それは紛うことなく、魔族を示すものだった。
二人は構える。
アニスは魔杖を、レオンは短剣。
それを見て男の方が嘲笑気味に鼻で笑う。
「おいおい見てみろよ『クラン』! あいつらやる気だぜ!」
それに横にいた女の子がため息を吐き、
「声が大きいわよ『ブリッツ』。これは隠密にかつ迅速にって言われたでしょ?」
そして刹那の間を置き、屋敷内から物音と悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いてブリッツは口の端を吊り上げる。
「隠密かつ迅速、だろ?」
クランは頭を抱えて大きなため息を吐き、
「もういいわよ。だから私一人でいいって言ったのに」
「へへへ。了承か?」
「渋々よ。あなたは派手だから嫌なのよ」
そういうと二人は自分の獲物を構える。
ブリッツは素手。クランは魔杖を取り出す。
「どっちがどっちをやる?」
「俺が両方やる」
ブリッツは目を血走らせ、姿勢を低くし戦闘態勢に入る。クランはそれを「はいはい」と流し、
「なら私は援護に回ればいいのね」
と魔杖を構える。
・・・
「私が直々に確かめてやるよぉ!」
とアニスがレオンの確認のために出ていってから少し経つ食堂。
残されたカリオスは、小さくため息を吐く。
「長いね」
「申し訳ないです」
「ハハハ、今度はあなたが大人びて見えるよ」
「こ、これはどうも」
「そんなに硬くならなくてもいいよ。軽く軽く!」
「は、はあ……」
この人苦手かもしれない、と思いながら食事を続けていた。
本人的にはなんだか大人っぽい会話をしなくてはいけないと思ってしまっているため、どうにも言動が落ち着かない。
(人との会話がトラウマになりそう……)
「あ、あの」
「ん? 何かな?」
「あなたよりも童話に詳しい方っていますか?」
彼女がいない今、これが自分にできる精一杯だろう、と彼は思う。
ああ、とローダンは思い出したように反応し、フォークとナイフを一端置くと、
「ん~、そうだね……」
腕を組んで考える。そしてしばらくして、
「隣の国に伝説とかに詳しい人がいるって聞いたことがー、あるような……ないような……」
「隣の国は……『ネーベル』ですね」
「そうそう。その国のどこかにいると思うんだけど」
「何かキーワードとかは……?」
「キーワード……ああそうだそうだった!」
彼は何かを思い出したようで少し興奮気味になって立ち上がるが、すぐに気を取り直して座る。
「コ、コホン。すまない」
「い、いえ。僕もたまにありますからお気になさらず」
「ありがとう」
アハハハ、と彼は笑って誤魔化すと、
「確かその魔女が通った村だそうだよ」
「インテレッセ・ベルディーテが通った村ってことですよね」
「そうそう」
これは大きな収穫かもしれない、と心の中で小さくガッツポーズをする。
「それはとてもいい情報だと思います! ありがとうございます!」
彼は思わず立ち上がり、頭を下げる。
と、自分が立ってしまったことに気付き、慌てて座る。それを見てローダンは、「本当だ!」愉快だと笑う。
カリオスはさっきのローダンのように笑って誤魔化す。
と、その時、部屋の明かりが一斉に消える。
「おわ! 何事だッ‼」
外の天気はいたって良好。
使用人たちのミスで明かりがなくなるというのも考えにくい。
ローダンは暗闇に不信感を覚える。
そして、食堂のドアが開く音が聞こえたかと思うと、
「危ないッ‼」
カリオスは机を足場に跳躍すると、ローダンに迫る影に向かって体当たりをする。ローダンに飛びかかる寸前だったその影は、空中でバランスを崩し、カリオスと一緒になって床に落ちる。
目が慣れてきたカリオスはその姿を確認することができた。
それは少年だった。
普通の、魔族でも何でもないただの少年。
しかし髪の毛は白色に染まっている。
アニスのようにきれいなものではなく、極度のストレスからくる、傷んだ白色。
少年は上に乗っかるようになっているカリオスを蹴り飛ばし、再びローダンに襲い掛かろうとする。カリオスはそれを後ろから組み付いて地面に倒す。
「やめろ!」
「邪魔だボケ! 邪魔するなッ!」
少年は暴れる。
その目には明らかな憎悪が見て取れる。その怒りは瞳の中で炎が燃え上がっているような印象を与えるほどだ。
(なんなんだこいつ!)
その目を見て、カリオスは一瞬ひるんでしまった。
その瞬間、少年は持っていたナイフをカリオスの横腹に振り下ろした。
振り下ろされた刃先は、的である脇腹にいとも容易く潜り込んだ。
「あ……」
何かが脇腹に当たった感触を得た瞬間、背中につうぅっと冷たいものが伝い、そして全身から力が抜ける。
手で触り、触覚で確認すると、ぬちゃりと湿ったものが手に着く。
そして、徐々に痛みがにじみ出てくる。
「あ……くッ……」
刺された箇所を押えて蹲る。
抜け出た少年はナイフを構え直すと、
「やめ……ろ……」
いとも容易く、
「やめろ……」
ローダンの首を、
「―――――やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
掻き切った。
暗闇に鮮血が舞う。
それだけでは終わらない。
少年は床に倒れ、虫の息のローダンの上に乗ると、その顔に向かってナイフを突き立てる。
何度も……何度も……
全身に返り血を浴びながら、少年は一心にナイフを突き立てる。
その顔には激しい憎悪が見えた。
「嫌いだ……嫌いだ……死ね……死ね……」
そう呟きながら少年はナイフを振り下ろす。
ローダンの体は刃が刺さる度に痙攣し、やがて動かなくなった。
動かなくなっても少年の暴行はしばらく続いた。
そして、突然窓が割れ、
「……よっと。おーまた派手にやったねぇ」
一人の青年が入って来る。その青年は頭に角があり、肌と髪が黒いことから、カリオスは彼が魔族だということが分かった。
青年は少年を見ると、にやにやと笑う。
少年は彼の存在に気付くと、躊躇いなくナイフを振るった。その目は完全に負の感情に支配されており、冷静な判断が出来ているようには見えない。
「あらら。弾けちゃってるよ。仕方ないなぁ」
彼は少年が突き出してきた手の手首を掴むと、そのまま荷物でも持つかのように方に担ぐ。
少年は痛みうめき声を漏らすが、彼は構わないようで、何やらため息を吐く。
「チッ、殺せねえのかよ。別に人間が何人死のうが関係ないだろう」
そう呟くと少年は窓の外に出る。
「あ……ま……」
カリオスもそのあとを追うために立ち上がろうとするが、力が入らない。脇腹の傷口からは血液がどんどん抜けていく。それに伴い意識も遠のいていく。
(やばい……)
少しでも気を抜けばもっていかれそうだ。
とりあえずうつ伏せは息苦しいので、仰向けになろうと体制を変える。
そして何とか仰向けになる。が、突然脇腹に強烈な痛みが走った。
「うッ‼」
(まさか毒が! あ、しまった意識が……)
カリオスはそのまま気を失ってしまう。
気絶したカリオスは知らない。
それがさっき机を蹴ったときに零したスープで、それが沁みただけなどと。