ローダン邸にて -2
「---というのが彼の出会いらしい。これは初めて書いた童話のまえがきに載ってました」
時折クッキーと紅茶を挟み、彼は楽しそうに話した。
「私が知っているのはこのくらいですよ」
「なるほど。その村には魔女の伝説がもとからあったんですね」
「伝説といっても噂程度には信憑性があったようねすね」
と、彼は外を見て、「ふむ」と呟くと、
「日が暮れてきましたね。どうです? 差し支えなければ夕食をご馳走したいのですが?」
それにアニスらも窓の外に目を移し、
「そうですね。実はもう一人仲間がいて、宿に戻っていると思うのですが」
「かまいませんよ。人数は多い方がいい。私はあなたが気に入った。是非夕食にご招待したいのですが」
「ありがとうございます。では一度宿に戻りますので」
アニスとカリオスは席を立つと、それに合わせてローダンも立ち上がり、エントランスまで見送ってくれた。
門を出てしばらくすると、アニスはガクッと肩を垂らし、
「あー……なんか、疲れたわ」
「お疲れ様。でどうするの?」
「おいしいご飯がもらえるなら行きたいんだけど」
「レオンは何て言うかな」
と話しながら宿に戻り、部屋に入ると、
「「あ……」」
「ZZZ……」
レオンはベッドの上で眠っていた。
部屋がなんとなく酒臭い。おそらく酔って寝てしまったのだろう。
「どうする?」
カリオスとアニスは小声で会話する。
「別にいいんじゃないかしら。昨日枕投げたし」
「でもパンくれたよ?」
「でも枕投げてきたわよ?」
「ね、根に持つんだね……でも缶詰も買ってきてくれたし。僕は可哀想だと思うけど」
「ううう……でも起こすのも悪いと思わない? レオンも疲れてるだろうし」
「それは一理あるね。……書置きは?」
「ナイスアイデアね! それで行きましょ」
というわけで二人は書置きをして、部屋を出た。
もう一度ローダンの館に戻るころには日は暮れていた。
エントランスに入ると、
『お待ちしておりました。ご客人様!』
使用人たちが出迎えてくれた。そしてその中から一人(女)が歩み出ると、食堂へ案内してくれる。
食堂があるのは一階の右端。窓一つ分の廊下を過ぎたところである。
使用人は扉をノックすると、
「お客様がお見えになりました」
「通してくれ」
失礼します、と扉を開けながら捌け、中に通す。
アニスらが入ると、長テーブルの一番奥にローダンが座っていた。
「ようこそ。待っていましたよ」
「お待たせして申し訳ありません。もう一人は先に休んでしまったようで、起こすのも忍びなかったので書置きを残してきました」
「分かりました。それでは門番に伝えておきましょう」
「あ、使用人たちの出迎えは不要です。来るかも分からないので」
「それはありがたい。その方が彼らの負担も減って助かります」
と、彼は扉のそばで待機していた使用人(女)に目配せする。彼女はそれで察したようで、静かに部屋を出ていく。
それと入れ替わるように、料理が運ばれてくる。
机の上に並べられる料理はどれもきれいに盛り付けがしてあり、馴染みのないカリオスは置かれる度に目で追ってしまう。
それを見ていたローダンは頬を綻ばせ、
「そういう反応してくれるとは、作った本人たちも喜ぶよ」
「あ、ごめんなさい……」
「いやいや、嫌味を言ったわけではないよ。新鮮な反応だったから嬉しくてね」
「コラ! 卑しいよ!」
「ごめんなさい」
アニスはそう言ってカリオスの頭を軽く叩く。演技はバッチリだ。
ローダンはそれを見て、少し困ったように笑う。
と、料理が全て運ばれたところで、食事をとることにする。
となると例の如くお酒も入るわけで、
「あ……目の前がぐりゅんぐりゅんしてぇ~」
「だから止めたのに……」
真っ赤な顔をしてヘラヘラ笑うアニスを見て、カリオスはため息を吐く。
そんな彼女の姿にローダンもやや苦笑気味になる。
「お酒に弱かったんですね」
「弱いのに飲みたがるんです」
「ハハハ、やはり面白い方ですね」
そこにトントンとノックの音が響く。
「失礼します。アイリス様、カリオス様にご客人が見えております。レオン様でよろしいでしょうか?」
時間は少しさかのぼって、カリオスたちが丁度ローダンと食事を始めたころ。
「ったく、何考えてんだ!」
そう吐き捨て、レオンは夜道を急ぎ足で歩いていた。
その手にはくしゃくしゃにした書置きがあった。
表情からはかなりの焦りがうかがえる。
「まあ寝てた俺も悪いけどなあ!」
思わず頭を抱えてため息を吐く。
自分でも反省している。
しばらくすると門が見えてくる。
レオンは苛立ちを鎮め、怪しまれないようにする。
前まで来ると、門番が立ち塞がる。
「申し訳ないが、どちら様でしょうか?」
二人いる屈強な男のうち右側にいた方が声を掛けてくる。
レオンはそれに笑顔を作って答える。
「アイリスとカリオスに呼ばれてきたのですが」
「失礼ですが、お名前は?」
「レオンです」
「少々お待ちください」
そういうと彼は屋敷の中に歩いていく。
そして入り口のところで使用人に伝えると、戻って来る。
「確認を取るそうなので、もうしばらくお待ちください」
(手間のかかる)
時間が惜しいレオンは少しカチンとくるが、
「分かりました。たいへんですね」
笑顔は絶やさない。
「仕事ですので」
彼も無表情を絶やさない。これも仕事なのだろう。
と、そう経たないうちに、玄関の扉が開いて人影が現れる。
「よぉ~お、おっと! やぁあっと来たなレオン君」
「なんで酔ってんだよ!」
「酔っちゃった☆」
「はっ倒すぞお前……」
アニスはふらふらと玄関から歩いてくる。
その後ろを使用人(女)が心配そうについてくる。
「あいあいあい、怒んない怒んな~い。置いて行かれて寂しかったんだしょ? 言い訳すんなって~」
完全にハイってしまっている。これは面倒臭くなる。
レオンはもうその場でため息を吐いてしまう。
「で、入れてくれないか?」
「え~、どうしよっかなぁ~」
「はあッ!?」
エヘヘヘヘぇ、と彼女は笑っている。ふざけている。
仕方なく門番に了承を取って入れてもらうことにする。
「すいません。入れてもらってもいいですか?」
「いえ。ダメです」
「はあッ!? 何でだよ!」
「なんか……ノリ的に」
「無表情無変化トーンでその爆弾を揉み消せると思うなよ! つうか笑うな!」
さっきの報告にいった門番は口を押えている手を離すと、
「お前良い奴だな!」
「もういやだああああああああッ‼」
レオンは状況の収拾のつかなさに頭を抱える。それを見て門番は大きな笑い声を上げる。
「ガッハッハッハ! 悪い悪い! 通っていいぞ」
「な、何て門番だ」
「いやいや。お前の素顔を見てみたくてな。あんな気持ち悪い笑顔をしなくてもお前なら十分表に出れるぞ!」
「チッ、全部お見通しかよ。嫌な奴だ」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
そう言って門番たちは道を開ける。
その先では酔っぱらったアニスが胸を張って、まるでボスのように立っていた。
「ようやく通ってきたか! ずいぶんと遅いとうチャッ! いったぁ~い!」
レオンはその頭にゲンコツを振り下ろす。
「うるさい。もう黙ってろ」
「舌噛んだじゃない! これじゃあ料理の味が分からないわ!」
と、レオンは彼女を屋敷の方に向かせて、歩き出すと、
「町長は危ねえらしい。早くカリオス連れて離れるぞ」
「ご飯は~?」
「カリオスとどっちが大事だ?」
「ぶ~」
アニスは頬を膨らませ、渋々従う。
そして次の瞬間ドンを思いっきりレオンに体当たりすると、地面に押し倒す。
「はあ?」
訳が分からずそんな間の抜けた声を出してしまう。思わずアニスの方を見ると、
「耳を塞いで!」
その顔には驚きと恐怖が浮かんでいた。彼女の小声でそう言うと自分も耳を塞ぐ。
突如、何か強い耳鳴りのような、金属音のようなものが聞こえたかと思うと、門番と使用人が一斉に倒れる。
そして門から何かが入り、玄関の方にかけていった。
次の瞬間、屋敷の明かりが一斉に消える。
敵襲だ。