酒場にて
翌日。
三人は各々で情報を集めることにした。
アニスとカリオスは変身し、レオンはそのままで行くことにした。
(結局初めのあの変装は何だったんだ? まあいい。とりあえず、もうこの町で魔法の世話になることはないかもな)
何て事を考えながらレオンは昨日の酒場に向かう。
地下に入り、ドアを開けると、一気にアウトローな雰囲気が強くなる。
相変わらずここは空気が汚い。
酒と男の臭いが充満した店。
常人であれば不快以外の何物にも感じないだろうが、レオンにとっては昔慣れ親しんだ空気であり、深い難よりも懐かしさを抱く。
レオンがカウンターに行くと、早速ウィスパーが声を掛けてくる。
「さっそく面倒をかけに来たな。疫病神め」
「この店じゃ、客のほとんどが疫病神だろ? それに、グラスを磨くだけじゃあ退屈だろうと思ってな」
減らねえ口だな、とため息を吐きつつも、どことなく楽しげに話すウィスパー。
彼は後ろの棚から適当な葡萄酒を出しつつ、レオンに聞く。
「で、何を聞きたい?」
彼は興味津々といった顔である。
レオンは葡萄酒を含むと、「なに、そんな大層な話じゃない」と前置きし、
「インテレッセ・ベルディーテっていう魔女について何か知ってるか?」
「ああ。魔法を作った人だね。魔法の始祖。不死の魔女。禁忌の魔女とも呼ばれてたと思うよ」
流石情報を扱っているだけあって、スラスラと出てくる。
不死の魔女、という言葉から察するに、不老不死の可能性が高くなってきた。
レオンは昨日の話を思い出し、少し鳥肌が立つ。
「……その人がどんな人だか分かるか?」
「性格ってこと? 流石にそこまでは分からないけど」
「いやいや。大戦後にヴォールを抜けたって聞いたけど、その後とかは?」
「ああ。それなら各国を放浪したとかいう話があるけど」
「その国とかは?」
「結構聞いてくるね。まあこの程度なら料金はいらないけど。ん~、実は俺もそんなに詳しくないんだよなぁ……」
「なら知ってる人は?」
「あ、それならネーベルの……たしか西の辺りの村に伝説に詳しい人がいるって聞いたことあるよ。いやぁ、悪い。どうも忘れっぽくて」
ウィスパーは申し訳なさそうに頭を掻く。
「仕方ねえって。金の絡まない話は誰でも疎くなる」
そう言ってレオンは残っている葡萄酒を飲み干し、カウンターの上に情報料も含めた代金を置くと、席を立つ。
「ありがとな。さて、もう行くかな」
「忙しい奴だな。もうダチにかまってこうとか考えないのかよ」
「ダチは客に疫病神なんて言わねえよ」
レオンはそう言いつつ鼻で笑い、「またな」と言ってきびすを返そうとする。
と、そこでウィスパーは何かを思い出したようで、彼を引き留める。
「あ、ちょっと!」
「ん? 何だ?」
「まあ座れって」
そう言われ、彼はもう一度席に腰掛ける。
それにウィスパーはさっきの金を片付けながら、小声で言う。
「最近の金になる話だ。耳に入れときたいだろ?」
その言葉にレオンの耳がピクリと動く。
「……何かあるのか?」
「二つほどな」
と言って彼は葡萄酒を差し出す。レオンはそれを少し口に含みつつ、話を聞く。
「まず一つ目。これは誰でも知ってることだ。ヴォール王国の王女様が行方不明になってるそうだ」
「ほう」
そのことは想定で来ていた。
内心少し驚きはしたものの、表情には出さず、葡萄酒を飲むふりで誤魔化す。
「……で、いくらだ?」
「延べ棒三本だ」
「三本! 流石天下のヴォール王国。懐の大きさが違うな」
「この二週間、ヴォールの兵士が探し回ったそうだが、どうも見つからないらしい」
「それならもう国境超えてんじゃねえか?」
「どうだろう。案外まだこの町に居たりしてね」
「ハハハ。それならヴォールの奴ら、全部義眼なんじゃねえか?」
(鋭すぎだろウィスパー君よお!)
レオンは心臓の音が聞こえてきそうなほどドキドキしていたが、何とか笑顔を保ち、飲み物を飲む振りをして誤魔化す。
「お前はこの話に関して何か持ってないのか?」
「料金増しで、と言いたいところだけど、あいにくこっちも目ぼしいものは無くてね」
ウィスパーは肩を竦ませ、お手上げとジェスチャーをする。情報はそれほど、というか全く漏れてないらしい。
「オーケー。またなんか入ったら来た時に声かけてくれ」
「あいよ」
そして落ち着いたところで次の話に移る。
「で、もう一つは?」
「ん~……これはまだ確証が持てないんだけど、」
と彼は辺りを見回し、視線を確認すると、レオンの方に耳を貸せと合図し、小声で伝える。
「町長が狙われてるらしい」
「……は? 誰?」
「いやこの町の町長だよ! 名前くらい知ってるだろ?」
「ん? いや、俺そういうの興味ないからなぁ。けどなぜだ? きな臭いことでもやってたのか?」
「そうらしい。ここの町長はネーベル出身だってのは知ってるだろ? 戦争が始まってから何かコソコソやってたって噂がある」
レオンは「へえ、」と適当に流す振りをして葡萄酒を飲む。そして中がなくなったのでカウンターに置くと、ウィスパーが注ぎ足す。
「刺客の目星は?」
「まったく」
とウィスパーは彼の前に注ぎ終わった葡萄酒を置く。
彼はそれを一口含み、ため息を吐く。
「今手元にあるのは昨日屋敷の近くで怪しい人影が目撃されてることくらいかな」
「それについては?」
「それも不明。何せ事件自体が新鮮過ぎてね。申し訳ないよ。話はそれだけだ」
そうか、というとレオンは残った酒を飲み干し、席を立つ。
そして別れを言おうとしたところで彼にもう一度呼び止められる。そして、手を差し出され、
「金」
「あ、悪い悪い」
そう言ってレオンは所持金から料金分を取り出す。
「このくらいか?」
「情報料。それと葡萄酒二杯分」
「最後のあれ奢りじゃなかったのかよ」
「まあ今回は押し売り気味だったし、久しぶりにレオンと長々話せたということで割引しとくよ」
「そいつはどうも」
というわけでレオンは「してやられたなぁ」と渋々代金を払う。
というわけで、彼は酒場を後にした。
「まいどあり~」