どこかにて
「――――――みんな、嫌いだ」
少年は真っ暗な部屋にいた。
何もない、冷たい部屋。
あるのは硬い壁と、鉄格子だけだ。
そんな部屋の隅に、少年は凭れるように座っている。
「……みんな嫌いだ」
少年は呟く。
呪う。
すべてを。
自分を。
その手には手錠がつけられている。
その手首にはいくつもの古傷がある。
と、ガチャッと鉄のドアが開き、光が漏れてくる。軋みを上げて開いたドアからは、一人の兵士が入って来る。
暗闇に慣れた少年の目は、その世間では普通の光量でも耐えられず、思わず目をしかめる。
眩さと逆光で、入ってきた兵士の顔はしっかりと見えない。
兵士は鉄格子のカギを開けると、彼の方まで歩いてきて食器を取ろうとする。
だがその瞬間。
少年は手に持っていたものを兵士の首に突き立てる。
それはスプーンだった。床で研いで、鋭利になったスプーンである。
「ッが!!?」
やはり逆光で見えなかったが、その苦悶の声だけで十分止めをさせたことを確信できた。
まさか、反撃されるなんて思っていなかったのだろう。あまりにもあっけなかった。
致命傷を受けた兵士は血を吹き出し、力なく床に崩れる。
少年はその兵士に近づき、カギを奪うと、それを口にくわえて自分の手錠を外す。両手が自由になった。
そして少年は兵士の首に突き刺さっているスプーンを抜くと、
「みんな……」
自分の首に、
「大っ嫌いだ」
突き立てようとした――――――
「おっと危ない!」
その手を誰かに掴まれる。
「ッ!?」
少年はその手を振り解こうと暴れるが、
「暴れるなって」
両腕を掴まれ、持ち上げられる。
「助けたのにすぐに死なれちゃあ寝覚めが悪い」
逆光でやはり顔は見えない。いや、逆光だけではないだろう。まるで光がそこだけなくなってしまったかのようだった。
加えてその頭には奇妙なシルエットがあった。
上に伸びている二本のシルエット。
「『レーエン』、こっちは片付いた!」
ドアの向こうに他の男が現れる。
ようやく明るさに目が慣れてきて、少年はそのシルエットの正体を視認することができた。
その男は通路の明かりに照らされはっきりと顔が見えた。
紫がかった髪。
真っ黒な肌。
そして頭には角が生えている。
「よし。退却しよう」
その男に呼ばれて、レーエンは部屋から出る。
明かりに照らされて映し出されたその姿は、大人というには若く、青年といった感じだ。
少年は足をバタつかせ抵抗するが、レーエンは無視して通路を走る。
その後ろからはいくつかの足音が聞こえる。
その少年の様子を見て、さっきの男は彼に尋ねる。
「おい。その子を連れていくのか?」
「まあね。何かに使えそうでしょ?」
「そうか? 暴れてるぞ」
「元気が良くて何よりってね」
そう言って彼は少年に笑いかける。
そしてしばらくすると、薄暗く、狭い通路の向こうに光が見える。
出口だ。
一行はその光に飛び込むように駆け抜ける。その瞬間。空気が変わった。
一行は森に出る。
レーエンは外に出ると、すぐに振り返り、仲間を確認する。
「全員いるか!」
それに五つの返事が返って来る。計六人。どうやら全員いるようだ。
全員の顔を見て、とりあえず安堵し、彼はホッと一息吐く。
「よかった……」
「よし。入り口を崩せ」
さっきの男がそう言うと、他の全員が埋め始める。
呪文を詠唱し、入り口に向かって魔杖を向けると、中で爆発が起こり、目の前の地面が陥没する。どうやら仕掛けてあった魔法陣を発動し、施設内部を爆破したようだ。
「よし。これでいいだろう。魔杖要らないやつは俺に貸せー。あとで売るし」
そう全員に言うとレーエンは少年の様子を見る。
すでに少年は暴れることをやめており、きょとんとした顔をしている。ないが起こったのか分からない、といった表情だ。
それを見て、暴れることはないと判断したレーエンは彼を地面におろし、陥没した地面の方に歩いていく。そこには他の仲間も集まっている。
そこで全員は目を瞑る。祈っているようだ。
黙祷の時間はしばらく続いた。そして目を開けると去り際に、
「助けられなくて、済まなかった……」
そう呟き、レーエンはきびすを返す。それに伴い全員その場所を後にする。
レーエンは少年のところに歩み寄る。その顔は途中まで暗かったが、少年の前まで来ると、パッと明るくなり、
「俺らと一緒に来い!」
そう言って手を差し出す。その手を見て、少年は一歩後退る。
そしてレーエンの顔を見上げる。その瞳には恐怖があった。しかし同時に疑問も見て取れる。
彼はそんな瞳をまっすぐに見て、微笑む。
「俺らは『十字に仇なす怪物たち』。いわゆる反逆者だな」