村にて
「俺はある弱国のスラムで育ったんだ。親は居ねえ。だから生まれたときから物を盗んで生きてきた。物心ついた時には盗みの方法も失敗の怖さも知ってたよ」
「兄貴、もうその設定を言わなくても……」
「そうですよ。どうせ捕まったらばれちゃうんだし……」
「あッ、てめえら‼」
割って入ってきたのは子分ポジションの二人だった。その発言に全員が『へッ……?』と疑問符を頭に浮かべる。
それに気が付き、兄貴は顔を真っ赤にして反対の方を向く。
「……おいてめえら! 何てことしてくれたんだよ! ……向こう向けねえじゃねえか! ……見てない? 大丈夫? ……めっちゃ見てんじゃん‼」
「す、すいません兄貴。でも後で見つかった方が絶対はずいっスよ!」
「俺あとで後ろ指さされるの嫌っすよ!」
「お、お前らなあ、時と場所ってもんがあるだろうよ! タイミングが悪すぎるだろ!」
「「す、すいません……」」
などとチラチラこっちを見ながら小声で話しているが、全てまる聞こえだ。
アニスとカリオスは辺りを見回してみる。もう全員、完全にシラケてしまっている。
アニスははぁとため息を吐き、
「もういいかしら? 世紀の大盗賊さん」
「う、うるさい! 恥ずかしいからなんも言うな! 俺はもう知らん!」
と言って口を閉じてしまった。もうこっちの話を聞いてくれそうにない。
どうしようか、とアニスが困っていると、
「兄貴の話をして欲しいんだろ?」
子分の一人が話しかけてきた。彼は襲撃の時、右にいた方だ。
子分(右)はアニスの方に向き直る。
「兄貴はもともと町のレストランでコックとして働いてたんだ」
「レストランッ!?」
意外な職業に思わずアニスは驚いてしまう。「ああ、」肯定し、彼は続ける。
「兄貴は優しくて、盗みに失敗して逃げ回ってた俺たちを匿ってくれて、飯まで……食わせてくれたんだ」
子分(右)の声は徐々に震え始め、涙ぐみ始める。
それに伴って子分(左)も「うんうん」と頷き、泣き始める。
「でもある時それがバレて、兄貴はレストランを追い出されて、一緒に盗賊を始めることになったんだ」
「そうそう。それで実は兄貴の方が腕が立つってことが分かって……正直ショックだった……」
「ああ。割と刺さったな……」
さっきまでの感動の涙はどこかに行ってしまい、子分たちは二人そろって肩を落としてしまう。喜怒哀楽の激しい子分たちだ。
「俺に恥をかかせた挙句、俺の過去まで暴露しやがって……」
兄貴ははぁとため息を吐き、
「で、これで満足か、お姫様」
「……あ、ごめんなさい。ちょっと意外過ぎて……今の話本当なの?」
「あいつらを見て判断してくれ」
兄貴は顎で未だ落ち込んでいる子分二人を指す。それは本当に落ち込んでいるようで、嘘には見えない。
アニスはそれを見て、クスッと笑い、
「面白い人たちね。あなたたち」
兄貴の前に手を差し出す。
それを見て彼は一瞬きょとんとして、
「は?」
と手を見た後に、アニスの顔を見る。そこには穏やかな笑顔が浮かんでいる。
「私たちと一緒に来ない?」
「……は?」
一瞬の沈黙が舞い降り、
『はあああああぁぁぁぁぁッ!?』
その場にいる全員が声を上げてひっくり返る。
村人たちなんかは顎が外れんばかりの大口を開けて驚いている。
兄貴もその言葉に固まってしまったが、我に返ると疑いの目を向ける。
「何が目的だ? 俺らを逃がして何をしたいんだ?」
「美味しいご飯が食べたい」
「俺を仲間にする動機それかよ! 完全にお前の私情じゃねえか!」
「冗談よ、冗談。私たちは情報が欲しいの。戦争を止めるためにはそれなりの武力がいるわ」
「なんだよ。止めるって言ってもやっぱりそういうことかよ」
「勘違いしないで。私たちは戦いが目的じゃないわ。戦いを止めることが目的なの」
そう言って彼女は胸を張って兄貴の顔を指さす。
「この戦争のどこかで絶対魔族と人間の大きな衝突が起こるわ。それを回避するために私たちはいろんな国を回って話をして回ろうと思ってる」
「何をだよ?」
「ヴォールの真実をよ。この戦争はヴォールによって引き起こされたものなの」
アニスは盗賊の兄貴にだけ聞こえるように小声でそのことを話した。
それを聞いた彼は、
「……おい、マジかよ……」
その反応にアニスは満足げに笑う。
「大マジよ。王女の私が言ってるのよ?」
それを聞いた兄貴は顔色を悪くし、苦笑いを浮かべる。
「そ、それって知ってたらやばいやつじゃねえか」
「だからあなたにだけ言ったのよ? 正直そこの二人は何かの拍子に言っちゃいそうだから」
「まあ……な。ってお前らまだ落ち込んでのかよ! いい加減にしろ!」
兄貴が振り向き叫ぶと二人はビクッと肩を震わせ、
「「すいません兄貴!」」
と元に戻る。本当に忙しい人たちだ。
アニスはそのやり取りにクスリと笑い、
「で、どうする? 私は情報を貰えればそれでいいわ。後は旅の途中で身を隠しやすいところを見つけて好きにすればいいわ」
「いいのか、本当に!」
「ええ。旅の途中では『変化の魔法』で姿も変えられるし、あなたたちにはいいことだらけじゃない?」
それは彼らにとってメリットだらけの条件だ。
故に怪しい。
兄貴はまだ信用できないようで、アニスに疑いの視線を向ける。
「ただしとかないよな?」
「ただし!」
「やっぱあるのかよ!」
それを遮るように彼女はピンと人差し指を立てる。そしてその指先を彼に向け、
「村のみんなに謝りなさい!」
「ダメだ俺こいつについていけない!」
「いいから謝りなさい!」
と、頭を抱えたくなっている兄貴に、彼女はドンと地面を踏みつけてもう一度言う。
そして村人たちの方に向き直って、
「皆さんも、どうかそれで勘弁してやってください!」
と頭を下げる。
それに村人たちは慌てて頭を上げるように言う。
「そ、そんな! おやめください!」
その行動に兄貴も驚きを隠せないでいた。
「何でお前が頭を下げてんだよ!」
それに彼女は下げた状態で振り向き、
「仲間になるんだし連帯責任よ。当然じゃない」
と、彼女はカリオスも呼び、兄貴の拘束を解く。ついでに子分二人も解いてやる。
「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわね」
「……『レオン』だ」
「「そして俺たちは!」」
「あなたたちは聞いてないから大丈夫よ」
「「……」」
「さ、とにかく謝りなさい!」
と三人横に並んで、頭を下げる。
「「「この度はお騒がせして、本当にすいませんでした!」」」
それに村人たちはタジタジになる。
そんな中から村長が歩み出てくる。彼は「ふ~む」とひげを撫でて、
「仕方ない。王女様の頼みとあらば、断るわけにはいかない」
「ありがとうございます」
アニスは少しホッとしたようで胸を撫で下ろす。が、
「しかし、ただしと言わせてもらってもいいですか?」
村長は付け加える。
それにまたアニスの顔に緊張が走る。
「なんでしょう?」
「いやいや、そんなに硬くならずに」
と言って一つ咳払いをすると、子分たちを指さし、
「彼らはここに置いて行ってもらえませんか? 彼らには取られた作物の分働いてもらいたいのです」
「はぁ! それじゃあ話が!」
「いいですよ」
「無視かよ!」
ホホホ、と村長は笑い、
「心配しなさんな。悪いようにはせん。王国に突き出すようなこともせんよ」
「……本当だろうな爺さん?」
「疑り深い奴じゃの。安心せい。お前さんが帰ってくるころにはある程度は農夫らしくなっとるじゃろうからよ」
「……ならいいんだけどよ……って、なんか俺ここに帰って来るみたいになってないか?」
その言葉に子分の二人が反応する。
「違うんスか兄貴!」
「戻ってきてくださいよ! 寂しいッスよ!」
二人は涙を流して彼を見つめている。
それを見て彼ははぁと疲労感の籠ったため息を吐き、
「ああ分かった分かった。分かったからそんな顔すんなって」
「「やったあ! よかったあ!」」
「本当に賑やかね、あなたたち」
「あいつらだけだ。俺を混ぜるな……」
レオンは顔を押え、またため息を吐く。
さて、とアニスは足を進める。その先にはススキが立っている。
アニスは彼女の前まで行くとその両肩にポンと手を置き、
「頑張ってね。あなたの弓の腕前すごかったわ」
「アニスもね。いろんな魔法知ってるのね」
と言ってお互いに抱き合うと、
「一緒に遊べて楽しかったわ」
「私も、また機会があったら村によってね」
「もちろん!」
というと彼女はきびすを返し、今度は仲間の男二人の方に向く。
「じゃ、行きましょうか」
と足を進める。そして出口のところで振り返り、お辞儀すると、今度は思いっきりジャンプし、
「ススキー! まったねー!」
それにススキも大きく手を振り返す。
「うんッ! 気を付けてねー!」
そうして、一行は村を後にした。
獣道を抜け、一行は森の中のツリーハウスにいた。
ここはレオンらの隠れ家である。
「おしゃれなところに住んでたのね」
「すごいね。これ全部作ったの?」
「ああ。主にあいつらがだけどな」
へ~、と二人は中を見回し、感嘆の声を漏らす。
そんな二人をよそに、レオンは黙々と準備をする。
「……っと、これでいいかな。準備できたぞ」
「よし。なら行きましょうか。それにしてもいい仕事してるわね。全部終わったらお城に来てもらおうかしら」
「じゃあ僕もお願いしようかな」
何て事を言いながらツリーハウスを出る。
「しかしお前らどこに行くか宛てはあんのか?」
「とりあえず町に行こうと思ってるわ」
「どこの?」
「『ツュンデン』よ」
「ふ~ん。それなら情報が集まるいいところがある」
「ホント!」
レオンの言葉にアニスは目を輝かせる。しかしその反応を見て、レオンはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「ああ。だがかなりガラが悪い連中ばかりだ。それでも行くか?」
「もちろん! ね、カリオス!」
「……どの程度悪いの?」
「まあそうだな……、沸点が窒素以下だ」
「それ常時キレてない?」
「それくらいのところってことさ」
「ちょっと不安だなぁ」
「大丈夫よ!」
肩を落とすカリオスの背中をアニスは叩いて笑う。
「何事もやって見なくちゃわからないってね」
アハハハ、と上機嫌なアニス。仲間が増えてかなり嬉しいようだ。
「さて、次はどんなことが待ってるのかしらね」
((先が思いやられる……))
というわけで、温度差の激しい三人組は森を進んで町に向かった。