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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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制度と民

「『反乱』? いいや違うなバーリー・ナールング。これは『革命』だ」



 曲がり角か出てきた『ルナール・エクスパルト』は薄ら笑いを浮かべ、見下すような視線をバーリーたちに向けた。

 そんな彼の後ろには、なぜかナールングの兵士たちがいている。


 その目の前の光景に、アーニャやアブリールや護衛をしている兵士たちは驚いて言葉を失い、バーリーはそれ以上に怒りに震えていた。


「貴様……自分が何をしているのか、わかっているのかっ!!」

「もちろん」


 激昂するバーリーに対し、ルナールは事も無げにさらりと答える。

 国王を目の前にして不遜ふそんともいえるその態度に、バーリーの怒りはさらに膨らんでいく。


「革命だと? フザけたことをぬかすな! 貴様この国が……いや、この世界が今、どんな状況なのかわかっているのか!?」


 そう叫んだバーリーを見て、ルナールは一瞬キョトンとした顔になった。

 そして、すぐに「フ、フフ……」と笑い出し、


「ハハハハハッッ!! いや、不意打ちだった! まさか先に国王の口から、しかも私に向けて言われるとは! ハハハハッ! これは傑作けっさくだ!」


 ついには堪え切れなくなって腹を抱える。

 突如笑いだしたルナールにバーリーは驚き、言葉を失っていた。


 そうして笑っていたかと思えば、すぐにルナールは表情を消し、



「この国の状況? それを分かっていないのはどちらだ?」



 厳しく、そして蔑むような視線をバーリーに向ける。

 ルナールはゆっくりと、語るように問いかける。



「『専業農家制度』。この制度が根本……つまり、すべての元凶だ」



 その言葉に、他の誰もさほど反応していなかった。この制度に対する不満は再三聞いていたからだ。

 だが、アーニャたけは背筋に針を刺されたような、鳥肌が立つような寒気を感じた。


 ルナールの言葉に、バーリーは呆れた様子で答える。


「その言葉がお前の口から出てくるとはな。それについての不満なら耳に胼胝たこができるほど聞いた」

「ほう。胼胝ができるほど聞いた、と。にも関わらずあなたは対処しなかった」


 ルナールはバーリーの表情を探るように、そしてとがめるように言う。

 しかしバーリーはやはり呆れ顔で首を横に振り、


「どんな制度も不満をもつやからは一定数存在する。しかしそのために国全体の利益を損なうようなことはできない。ましてや今は戦争の只中ただなかで、他国に食料の支援もしている。それもまた、この国にとって重要なものだ。それほどまでにこの制度はこの国に深く根を張っている。無くてはならないものなのだ」


 と、何度も言ったセリフなのだろう、言い飽きたと言った調子で答える。


「そもそも『制度』というものは全体の利益のために存在するものだ。もちろん国民の不満は真摯に向き合わなければならない。しかしそれが全体の利益を阻害するようなものである場合は、どうしても聞き入れることができない」

「なるほど。なら、これまで寄せられた不満は、全てそういう意味で『聞き入れることができないもの』だった、とおっしゃるんですね?」


 確認するルナールに、バーリーは「そうだ」と自信を持って頷く。

 後ろで二人の会話を聞いていたアーニャもおおむねバーリーと同じ思いだった。



 専業農家制度。

 これのおかげでナールングは安定した食料自給率を確保することができ、また農作物の輸出入で利益を出すことができている。

 もしこの制度をやめるとなれば、たちまち農民たちは農業を辞め、より利益のある職を求めて散っていくだろう。そうなれば、農業で発展してきたこの国は途端に、笑い話にもならないような自壊の危機に陥ってしまう。


 それに、バーリーが言った通り、今は戦争中で、ナールングはその食料の支援をしている。そしてこれはただの支援ではなく、兵士たちを派遣できない代わりとして連合軍と暗に合意したものなのだ。ナールングから派遣する兵士を少なくする代わりに、十分な食料を提供する、と。


 ―――もしかしたら、この国の歴史のどこかで、制度を改革するチャンスがあったのかもしれない。


 戦争が始める前の、比較的安定していたころなら。

 しかし、そんなことを今更言っても遅い。『だったかもしれない』は所詮結果論でしかない。


 今、現在、ナールングはこのような状況なのだ。

 だからこそ、この制度を辞めるわけにはいかない。



 ―――そう、バーリーたち国政を取り仕切る側は納得していた。

 

 そしてルナールも、交易に関わっているため、国の内外の状況は誰よりも詳しいはずであり、理解しているはずだった。



 だが、これまでの話を聞いて、彼は失笑を零しながら首を横に振った。


「いや、聞けば聞くほど言い訳がましい」

「何だと!?」


 彼の言葉にバーリーは怒りと困惑が入り混じった表情を浮かべる。

 ルナールは終始落ち着いた様子で、まるで教鞭きょうべんを執るかのように話し始める。


「確かに。この制度によりナールングは安定した食料自給率保つことができ、国も発展した。言わずもがな、食料は生きるために必要なものであり、国の基盤となるものの一つだ。ナールングはこの制度により強固な基盤をつくりあげることができ、これが国の発展の基礎となっている。ええ。それは私も十二分に理解しています」


 だが! とルナールは強調するように一瞬語気を強め、またすぐに静かに語るような口調に戻る。



「この制度があるために、国民は農家以外の職に就くことが困難になっているのである。『仕事』『職』と言うのは人の一生に置いて、ほとんどの割合を占める。だからこそ、そこに厳しい縛りを設けられるということは、その人の人生を縛ってしまうということでもある。

 

 人生を、縛り付ける。

 一度しかない。一度きりの人生を!!


 ―――それを国が縛り付けるというのは、国民からすれば耐え難い苦痛だ。そうでしょう? だからこそ『国が認める特別な能力』の基準の緩和や、手当金だけを残して農業をある程度優遇するような制度に作り変えてほしいなどの要望が国民から寄せられていた」


 教師染みた口調から、徐々に速度と激しさが増していき、演説をするような口調に変化していくルナール。


「にも関わらず、あなたたちは、その要望を拒み続けた。国の利益、全体の利益のためと言いながら、何度も、何度も、何度も……そうして何度も、多くの人の人生を踏みにじった!」


 そしてルナールは一歩前に出て、バーリーを指さす。


「これは『悪』だ! 国とはたみがあって初めて存在するものだ。だからこそ民のために存在しなければならない! その国が本来の目的を捨て、ただ民から搾取するためにだけに機能している。いや、そのように国政が運用されている! これが『悪』でなくて何だというのか!」

「……黙っていれば好き勝手にペラペラと」


 そこで、今まで黙っていたバーリーが苛立ちげに口を開く。


「お前の言うとおり、国は民ために存在している。民の生活を・・・守るために存在している。自由ではない・・・・・・。生活だ。まず第一にその命を守らなければならない。そういう意味で、民を守るために我々は国政を運用してきた。そのために『専業農家制度』だ。他の場でも何度も言ってきたが、この制度がナールングのかなめなのだ。確かに、職の自由を求める民の心は理解できる。生き方を自分で決められないというのは辛いことだというのは想像に難くない。しかし、目の前の自由のために、その他大勢の民の生活を犠牲にすることはできない。それこそ『悪』ではないか?」


 しかしそれにルナールの後ろにいた兵士が叫んだ。


「守られてないじゃないか!」


 予想外の発言者に、バーリーは一瞬驚く。

 その一人の兵士を皮切りに、ルナールの後ろにいた兵士たちは次々に不満を口にし始める。


「国は人々の生活を守るためにあるんだろ? ならどうして俺の親はずっと芋と豆ばかりの生活何だよ!」

「俺の親なんて、借金まみれでどうにか生きているような状態だ! 一度でも不作になれば、もう首をくくるしかない状態なんだよ!」

「俺の嫁も農業をしているが、もう農業なんて何の足しにもならない。どれだけ頑張って育てても、安く買いたたかれて、育てたら育てただけ赤字になる始末だ! それでも国は農業をしろと言ってくる! 『お前は他に能がないから農業でもしてろ』って具合にな! ふざけるなよ!」

「何が生活を守るだ! ふざけるな! 守られてるのは大臣や官僚ばかりじゃないか!」


 今までずっと我慢してきたのだろう。兵士たちの不満は留まることをしらず、堰を切ったように止めどなく溢れてくる。

 

 怒りに任せて叫ぶ者。

 涙を流して訴える者。

 

 その声はまるで怨嗟えんさの合唱のようだ。


 そんな中、ルナールが鼻で笑う。 

 

「バーリー・ナールング。民の生活を守ることなどワザワザ大仰おうぎょうに言う必要もない。そうだろう? そんなこと、国としてやって当たり前のことだ。にも関わらず、兵士の中にもこれだけ農業のせいで苦悩している者たちが居る」


 ルナールは怒る兵士たちを手で指した後、再び演説口調で話し始める。


「農業をするにも技術が必要だ。昔はただ単純に適当な芋や簡単な野菜を育てれば生活できたかもしれないが、今は違う。農家が増えた分、買う側も商品と品質を選ぶようになった。簡単に作れる初心者向けの作物は供給量が過大になり、価格が非常に安くなってしまう。かといって、初心者に手の込んだ作物を育てる技術もない。国の技術指導もあるが、それも結局役所の人間が行う『机上の農業』だ。対して意味がなかったという話をよく聞く。また、皆が農業をするため農地も小分けになり、大量生産をすることができない。故に、技術のない農家は貧困に悩まされることになる。

 もちろん、全ての人間を救うことはできない。私もそれほど傲慢ごうまんなことを言うつもりはない。しかし、これは、今目の前に居る彼らの怒りは、お前たちが民の望みを退け続けてきた結果だ。先に言った『職業の自由』と『生活が苦しい農業からの脱出』。これが私に付いてくれた民たちに声だ」



「---ふざけるなッッ!」



 今まで黙って彼の話を聞いていたバーリーだが、そこで遂に堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに激昂し、歯が軋むほど食いしばり、ルナールを睨み付ける。


「……貧困でお前たちが苦しんているのは理解した。国の技術指導が不十分だということも、需要と供給の問題も」


 ……だが、とバーリーは言葉を区切った。

 それは意図的にではなく、怒りのあまり言葉を詰まらせたといったものだった。

 数秒の後、バーリーは押し殺すように、絞り出すように言った。


「こんなことで……こんな……場を設けて議論すれば済むようなことで、お前は……お前たちはこれだけのことを起こしたのかッ!?」


 その怒りの言葉を聞いて、アーニャの頭の中にさっきまでのエントランスの記憶がフラッシュバックする。

 

 暗闇が……まるで何か化け物の口の中にいるかのような暗闇が満ちるエントランス。

 そこで響く悲鳴、

 怒声、

 断末魔、


 そして、湿った重いものが倒れる音。



 ―――ルナールの言葉も分かる。

 先ほどまでアーニャは迷いなく、全体の利益のために『制度』は必要だと考えていた。しかしそもそもその『全体』『国』というものを形作っているのは、そこに生きている『民』なのだ。

 彼らの貢献があってこそ、王国は成り立っている。


 それを頭では理解しながら、心では理解できていなかった。

 ただのシステムとして理解し、そこに生きる人たちの実際の生活や思いなどはまったく考えていなかった。


 その無知の知を得た瞬間、アーニャは何も理解していない自分が恥ずかしくて、思わず顔を俯かせてしまった。


 だが、それを理解したうえでも、やはりこの襲撃、反乱……ルナールに言わせれば革命は、あまりに度が過ぎている。


 そこでふと、疑問に思った。

 ---本当に、この裏切りの理由はそれだけなのだろうか、と。


「フッ、こんなこと、か」


 バーリーの言葉を聞いて、ルナールはまた鼻で笑う。


「城に住まわれているあなた方にとってはこんなこと・・・・・かもしれないが、農民にとっては大きな怒りなのだよ」


 しかし次いで彼は一つため息をつき、頷いた・・・


「だが、確かにあなたの言うとおりだ。同感だ。こんなこと・・・・・で反乱を起こすなど、ましてや私や兵士たちがそれに力を貸すなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。見ての通り、私は英雄でもなければ弱者を救う義賊ぎぞくでもない。ただの貴族で、立場的にはどちらかといえば商人寄りだ」

「……何が言いたい?」


 要領を得ないルナールの言葉にいら立つバーリー。

 それに彼は、今まで浮かべていた嘲りを含んだ薄ら笑いを消す。


「---確かに革命の元凶は『専業農家制度』だ。それが国民の怒りを蓄積させつづけた。しかし革命のきっかけ・・・・は別にある」

「きっかけ、だと?」

「そうだ。何か思い当たることがあるだろう、バーリー・ナールング?」


 ルナールから言われた数秒後、バーリーの顔から怒りが少しずつ消え、それに比例するように血の気も引いていく。


「まさか、貴様……」

「理解したようだな。この革命の本当の意味を」


 そして最後の詰めをするように、ルナールは言った。


「少し前から継続して国家連合軍の名目で、食料がソルダートに送られている。ソルダートが魔族の手・・・・・・・・・・に堕ちたという話が・・・・・・・・・あってからも・・・・・・、だ。これがどういう意味か、説明してもらいたい」


 その彼の言葉に、アーニャたちは言葉を失い、バーリーを見た。

 バーリーは黙って俯き、ただ苦しそうな顔をするだけだった。

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