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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
118/122

エントランス襲撃

 月の無い、濃い闇が満ちる夜。

 闇は深い静寂を孕み、まるで世界そのものが沈黙しているような錯覚を抱かせる。

 遠くの田畑からの虫の声すら聞こえてきそうな、そんな静けさの中で、

「……ふぅ、さて、見張りはこんなもんかな」

 ナールング城の城壁にある高台からザッと辺りを見回して、男は満足げに頷く。

 その男はナールング兵の鎧をまとっているが、どことなく他の兵士たちとは雰囲気が違う。とりわけ異なっているのは、彼の足元に他の兵士が数人・・・・・・・横たわっていること・・・・・・・・・である。

 息はあるが、全員力なく、まるで糸が切れた人形のようにぐったりとしている。

 男は次いで城壁から階段を降りていき、城門の前にやってくる。そこにも門を管理する兵士がいるはずなのだが、城壁と同じように気絶した兵士たちが横たわっている。

 男は城門の管理室に入ると、城門のレバーを下ろし、開城する。

「ハハッ! さて、これからどうなるかな?」

 巻かれていた鎖が音を立てて解かれていく。それに比例して巨大な城門が軋みを挙げて開く。

 夜闇の中にあるその光景は、冥府の門を想起させる。

 そして、その門の先に構えていたのは一団だった。

 兜や鎧、縦といったものは全く見当たらない。市場で売っているような服、手には鎌や鍬など、農具を持っている。

 農民たちだった。

 

 農民の一団に向かい、男は歓迎するように両手を広げた。

「さあ中に入って入って! ようやくスタートラインだ!」

 次いで男はくるりときびすを返し、一団を背にして城のほうを向く。


「目指すはエントランスホールだ。さあ、哀れな諸君! この国で最も哀れで、しかしこの国で何よりも勤勉な諸君! ついにこの時が来た! 開けない夜はない。今日ここで、君たちの手でこの国の深い闇を払い飛ばそうではないか!」

 芝居がかった口調で飛ばした言葉に、一団が声を上げる。

 そして男はニヤリと口元に三日月を浮かべ、どこか楽しむような無邪気さのある声で「行くぞ!」と言ってエントランスに向けて疾走する。

 それに遅れまいと農民たちも続いて駆けていく。

 そして、エントランスに真っ先に着いた男は、そのタイミングで、手はず通りに照明が消えるのを確認して、農民たちとともにエントランスに突撃した。

「そら! 敵襲だぞ!」

 男の弾むような声と同時に、農民たちが窓ガラスを破った。



      ・・・



 真っ暗な室内に響く音と声。

 窓ガラスが割れる音。

 こじ開けられた扉からの荒々しい足音。

「きゃあああああああああああああっ!!!」

「な、何事だ!?」

「なんだ!? 何が起こっている!?」

「助けて! 誰か助けてっ!!」

「殺せ! 皆殺しだ!」

 瞬く間にエントランス内は悲鳴、絶叫、怒声であふれ、混乱の渦に飲まれる。

 突然明かりを失った大臣や城の召使たちは何も見えない暗闇でパニックになり、訳も分からないまま逃げ惑う。護衛をしていた兵士たちは何とか王や大臣たちのところに向かおうとするが、逃げ惑う人の流れによって思うように身動きがとれない。

「ど、どけ! どけ召使ども! 王のもとへ早くいかねば!」

 会場の一部では、早くバーリーのもとに向かいたい兵士とパニックになった召使たちの衝突が起こっていた。

「そっちこそどいてよ! もういや! 何が起こってるの!?」

「わからん! わからんが、とにかく王をお守りせねば!」

 甲高い金切声と太い怒声が衝突する。

「っ、くそ! 早くそこをどっ……」

 が、唐突に兵士の声が途絶えた。

 何が起こったのか。召使たちが呆然としていると、彼ら彼女らの顔に何かが飛んできた。

 生暖かい、何か、液体のようなものが。

「え……」


 ぬるりとした手触り。妙に生臭い鉄の臭い。そして人肌のような温かさ。

 目の前の暗闇からは、いまだその液体が床に落ちている湿った音がする。


「------っ!!」


 ソレを・・・------ソレをだと理解した瞬間、声にもならないひきつった悲鳴を上げて、周りに居た召使たちは意識を失った。

 そうして倒れた召使たちの何人かもくわかまなどで殺し、農民たちは半狂乱な雄叫びを上げる。

 突然光を奪われた兵士や召使たちに対し、農民たちは道中の暗闇で十分に目を慣らしていた。ゆえにエントランスに下りている濃密な暗闇の中でも十分に相手を見ることができ、的確に行動することができた。

 彼らの第一ターゲットは『兵士』。

 この暗闇では王もすぐには逃げられないだろう。ゆえにまず相手の戦力を削いで、邪魔をされない環境を整えてから王の首を取りに行く。

 召使たちに比べて、兵士たちの見分けはつきやすかった。鎧を着ているためシルエットが他と大きく違い、また動くたびに金属のすれる音がする。パニックになっている召使たちに比べて訓練を積んでいる分声音も落ち着いていた。

 兵士たちの身を守るために与えられた装備や、訓練で培った非常時の精神力。避難誘導の知識など、それらすべてがあだとなり、農民たちの格好の的となっていた。

 そうして場を統率する兵士たちがあっという間に減ると、『襲撃だ』という認識が会場に広がり、パニックはさらに膨れ上がった。そして今度は逃げ惑う召使たちが互いにぶつかったり、割れた窓ガラスで傷を負ったりして、それを敵の攻撃だと勘違いした召使たちが互いに互いを攻撃し始めた。

「くそが! お前か!」

「おいやめろ! 俺は違う!」

「痛い痛い痛い! やめて! 誰か助けてっ!!」

「あんたらがやったんでしょ! 死ね! 死ね!」

「落ち着け! みんなどうかしてる!」

「なんなの!? もう……何なのよ!!


 そのパニックの中、王と王妃は座ってた場所から少し離れたところでアーニャとどうにか合流し、息を殺しながら、すり足で出口に向かっていた。そして一部の大臣たちと近くにいた兵士たちがその周りを囲み、そこから少し離れたところにアイリスが立っている。


 暗闇の中から響き渡る悲鳴。

 それを聞くたびにバーリーは歯を折れてしまうのではないかというくらい食いしばり、アブリールは声を殺して涙を流した。そしてぼんやりとかろうじて見えたその二人の様子と、惨状と化したエントランスホールへの恐怖で、アーニャは言葉を失っていた。

「くそ、何が……何が、どうなっている?」

「襲撃だと思われます」

 バーリーの問いに、近くにいた大臣が手短に答えた。

 それにバーリーは拳を握りしめ、

「そんなことはわかっている! 誰が、何のために襲撃したかを聞いているんだ!」

 声を荒げて大臣の声がしたほうをにらみつけた。

 その問いについては、誰も答える者はいなかった。ただ、さっきと同じ大臣があたりを伺いつつ小声で「どうかお静かに。敵に位置をつかまれてしまいます」とバーリーに促す。

 いつも皆の前では威厳のある態度を保ち、家族に対しては優しかった父が見せた、初めの鬼気迫る様子に、アーニャは身をこわばらせる。先ほどまでの威勢はどこへやら。

 彼女は今、恐怖に支配されていた。

 まるで目の前に広がる暗闇に対して、それ自体が意思を持ち、人間を次々と飲み込んで無残にかみ砕いて食い殺しているような、そんな錯覚すら覚えるほどだった。

 ---怖い。

 ---怖い。怖い。

 暗闇と悲鳴は、それほどの恐怖をアーニャにたたきつけた。


 と、そんな大臣とバーリーの話を聞いていたアイリスは、誰にも聞こえないよう小さく鼻で笑う。

「もうバレてるだろ」

 アイリスの目に、まるで暗闇に浮かぶ猫の目のように、ほのかな光が宿っていた。

凝視の魔法ゲイズ』。視力を飛躍的にあげる魔法だ。

 そのおかげで、アイリスは農民たちよりも正確にエントランス内の状況を知ることができた。

 エントランスの状況は、最悪だった。地獄絵図と言ってもいいほどに。

 叫ぶ人、泣きわめく人、茫然自失となっている人。

 そしてそんな人たちの足元には、死体が散乱している。農民たちに殺された者、互いに争いあって死んだ者、そしておそらく転倒した際に逃げ惑う人々によって踏み殺された者も多数いた。

 恐怖に叫ぶ狂人たちと、興奮に叫ぶ狂人たちと、山のような死体。

 ここは本当に、さっきまでいたエントランスと同じ空間なのだろうか。アイリスでさえ微かにそう思ってしまうほどの惨状が、目の前に広がっていた。

 次いで彼女はアーニャたちを見る。

 両親に守られるように囲まれて、震えている少女を見て、小さくため息を吐く。

 ---さすがにこの状況をアーニャに見せるのは酷すぎる。

 これまで気丈に、気さくに振舞ってきたアーニャだが、今回ばかりはレベルが違いすぎる。王女といってもまだ中身は年端もいかぬ少女。それも城からほとんど出たこともない箱入り娘だ。とても戦力としては数えられない。

 そして、

「……現状は、あんまりよくないな」

 再びエントランスを見渡すと、手探りながらも農民たちがバーリーたちのほうに向かってきていた。どうやら壁伝いや足元に敷かれている赤絨毯レッドカーペットをヒントに前進しているようだ。動きは遅いが、しかしこのままでは確実にバーリーたちに到達するだろう。

 だとするなら、今とるべき行動は一つ。

「おい、バーリー! 大臣ども!」

 アイリスはなるべく声量を抑えながら叫ぶように声をかけた。

「「ッ!!」」

 彼らからすれば、暗闇の中からいきなり声がしたため、身をこわばらせて硬直する。

 ただ、アーニャだけがその声の主に気づき、ハッとする。

「アイリス!?」

 その声を聞いた安堵のおかげで、彼女の表情に少しだけ活気が戻る。彼女は慌てて暗闇の中を見回すが、やはりアイリスの姿は見えない。

「どこ? どこなの?」

「お前の右斜め前、だいたい二メートルくらいのところだ」

 その言葉を聞いて、アイリスは嬉しそうにするが、ほかの者は身構える。

 バーリーはアイリスのほうに顔を向けて、何かを叫ぼうとする。が、その前に、気づいたアイリスがぴしゃりと告げる。

「叫ぶな王様。敵が今そこに向かってきてる」

「なッ……」

「敵の狙いはお前らだ。兵士や召使もほとんどやられてる。幸い敵は前からしか来てないから、お前らは後ろの廊下から逃げろ」

 アイリスはそう逃げ道を教えるが、しかしバーリーは納得がいっていないようで、声を殺しながら問い返してくる。

「ふざけるな! だいたいお前は何なんだ? 敵なのか? 味方なのか? お前が敵ではないという確証はどこにある?」

 それを聞いて、アーニャが慌ててアイリスを擁護する。

「やめてお父さん! アイリスは味方よ! だって、私を助けてくれて……」

「お前は黙ってなさい!」

 しかしそう叱るように言われて、あまりの剣幕にアーニャは口を閉じてしまう。

 次いでバーリーは何かしらの確証を求めて、続けてアイリスに問う。

「答えろ! お前は何者だ? この襲撃もお前が手引きしたのか? オーランドを殺したのも、お前なのか!」

 だがその言葉に、アイリスは思わず吐き捨てるように言った。

「チッ、いいから逃げろよ馬鹿が」

「なん……」

 そんなこと、今まで言われたことがなかったのだろう。バーリーは顔を真っ赤にして黙ってしまう。

 続けてアイリスはため息を吐き、

「今更ながら白状するとな、こっち『お前個人と』っていうよりは『ナールングっていう強国と』同盟を組みたいだけだ。別に国王が誰だろうが、何だろうがどうでも良い問題なんだよ。だから本来こういう国のゴタゴタに関わる気はなかったんだ」

 けれどな、と一度だけアーニャを見た。

「そこの王女様には見逃してもらってた借りがあるし、王女の力量も気になったし、だからちょっと付き合ってただけなんだよ。こっちだって誰が好き好んで殺人事件なんかに絡みに行くんだよ。馬鹿だろ馬鹿。だから……えーっと、んで……あーもう、語彙力がねえなあ俺は!」

「な、なにを言っているんだ?」

 一人で勝手にしゃべって、勝手に混乱しているアイリスに、バーリーは戸惑う。

「あー、えっとなー……つまりだなぁ……」

 少しの間の後、アイリスはそうして腕を組んで悩んでいた。しかし、最終的には開き直って叫んだ。

「ああもう! いいから逃げろっつってんだろ! お前らが死ぬと寝覚めが悪いんだよ!」

「はあ!?」

 それに思わずバーリーも裏返った声を出してしまった。

 この二人の声が思いのほかエントランスに響いてしまい、農民たちが全員、バーリーたちのほうを見る。

「声がしたぞ!」

「バーリーだ! 王はまだこの部屋にいるぞ!」

「あそこだ! 絨毯の先から声がした!」

 互いに呼応するように、農民たちは次々と声を上げ、彼らの足がやや速くなる。

「チッ、マズったな……」

 アイリスは舌打ちをし、苦い顔になる。そして、バーリーたちのほうを一度だけ振り返り、

「おい、今の声が聞こえただろ! 俺が時間を稼いでやるから、そのうちにさっさと逃げろ!」

「待て! 話はまだ終わって」

「いいから逃げろよ! それくらいの状況判断くらいさっさとしろ! 自分の城だ、目瞑ってても走れるだろ?」

 バーリーの言葉を遮り、言いたいことだけ言うと、アイリスは迫る農民たちに向かって行ってしまう。

 残されたバーリーたちは一瞬、驚きと混乱で言葉を失っていたが、そのうち大臣の一人がすぐに思考を切り替え、逃げるように促し、ようやく彼らはエントランスから逃げることを決めた。



      ・・・



 バーリーたちと別れて、襲撃してきた農民たちのもとに向かったアイリスだったが、

「……まあ、そうだろうな」

 彼女の足元で伸びている農民たちを見て、呆れてため息を吐く。

 兵士たちに比べて世闇で視界をある程度確保できているというのが彼らの最大の強みであり、逆に言えば、それだけが強みだったのだ。彼らは戦士ではない。個々人の戦闘力などたかが知れている。

 ゆえに、彼ら以上に視界を確保したアイリスたった一人でも、素手で十分に場を制圧することができた。

 どちらかといえば、農民たちを倒した後、仲間同士で疑心暗鬼になっている兵士たちや召使たちを落ち着かせて、避難させるほうが大変だった。声をかけた瞬間切り殺されそうになったり、襲撃者を全員倒したと伝えても信じてくれなかったりと、散々だった。

「ったく、カッコつけてきたのに。これじゃあなんか逆に恥ずかしいじゃねえか」

 時間を稼ぐ、とか言っていたのが自分で馬鹿みたいに思えてきて、彼女はため息を吐く。

 と、アイリス以外誰も立っていない、一時静けさが再び満ちていたエントランスに、


 ―――パチパチパチ、


 部屋の角のほうから場違いな拍手が響いた。

「お見事! いやぁ見事見事! お見事でした」

 拍手と同じくらい場違いな、それでいてどこか馬鹿にした愉快さを含んだ作り物のような明るい声。

 アイリスが視線を向けると、声の主は部屋の隅にある通路から姿を現した。

 その男はナールングの鎧をまとっていたが、その顔つきは柔和でとらえどころがなく、明らかに兵士の面持ちではなかった。

 男は拍手を終え、通路から出てきてアイリスから少し離れたところに立つ。そして男の視線は明らかにアイリスのほうを向いており、それは、彼がこの暗闇の中で視界を確保できていることを意味していた。

「まあ、相手はたかが一般人ですが、それでも素手で制圧してしまうとは。いやはやお見事というほかありませんね」

「気持ちの悪い奴だな。何者だお前?」

「アハハ、ひどい言われようだ。それにその質問に、先ほどあなたも答えていなかったじゃないですか。自分は答えないのに他人には答えさせようとするというのは、少々ずるいのでは?」

「ハッ、お前『他所よそは他所、うちは家』っていう格言を知らねえのか? もう一回お母さんに育てなおしてもらえよ」

「すみません。生憎あいにく育ちがいいもので。何不自由なく育ててくれた親に感謝していますよ」

 ハハハハ、と笑う男に、アイリスは肩をすくめて鼻で笑う。そして、「さて」と切り替えるように目を鋭く細める。

「何者か答える気はないようだし、一方的に決めつけるが……お前がこの襲撃の首謀者だな」

「お答えできませんが、あなたがそう思うならそうなんでしょう」

「本当にウザい奴だな」

「あ、今傷ついた。言葉の暴力ですよ」

 なんて、今度はしょんぼりしだす男。それもやはり作り物めいた嘘くささがあり、アイリスはいい加減苛立ちを覚え始め、舌打ちをする。しかし思考は変わらず冷静で、彼女ばすぐにあることに気づく。

「……違うな。黒幕はあの男か」

 彼女は改めてエントランスを見回す。

 ルナールの姿がなかった。

 おそらく、ルナールがこの襲撃を計画したのだろう。

 彼はバーリーに「裏切者」と言っていい、敵対的な態度をとっていた。その直後にエントランスが暗転した。あまりにもタイミングが良すぎる。


 これだけでも十分に怪しいが、加えてそれにもう一つ気になる点がある。

 これが確かなら、事態はかなり深刻だ。


 思えば、暗くなった直後から、姿が見えなかった。アイリスは暗転した直後すぐさま魔法を使って視界を確保したが、その時点ですでにルナールの姿は見えなかった。それはつまり、あの暗闇の中、真っ先に逃げたこと・・・・・・・・・を意味する。

 はじめは、逃げ惑う観衆にまぎれたのかとも思ったが、それでは農民が間違って自分を襲ってしまう恐れがある。襲撃させた人間が、そんな危険を冒すだろうか。

 それにルナールは魔法使いではない。この国では権力のある貴族の一人なのだろうが、逆に言えばただの人間だ。あの暗闇の中、何も見えなかったのは彼は同じのはず。

 それでも真っ先に逃げられたということは……

「ッ!」

 裏目に出た。アイリスの思考は電撃のごとく脳内を走り、同時に悪寒が背筋を駆けた。

 彼女はすぐにきびすを返してバーリーやアーニャたちを追いかけたかった。しかし、目の前の男が何者なのか、どう動くのかがわからない以上、下手に視線を逸らすことができなかった。

 と、そんな彼女の苦しげな表情から心情を読み取ったようで、男はクスクスと笑う。

「別に行ってもいいですよ」

「……」

「そんな警戒しなくても、僕は別に追いませんよ」

「なぜ?」

の尻を追う趣味はないので」

「……お前、本当に何者だ? 何が目的なんだ?」

 静かに、今度は警戒と殺気を込めてアイリスは……『アイリス・・・・と名乗る少女の容姿を・・・・・・・・・・したその者・・・・・は問う。

 しかしやはり男は表情を変えることなく、ただ、少し考えた後、

「――――――アニス様がボヌールを出た後、ナールング辺りにいるという話を聞いて様子を見に来たのですが……やはり偽物でしたね」

「……お前、ヴォールか?」

 その問いに、男は「さて、どうでしょう?」とわざとらしくはぐらかすが、アイリスの警戒心は最高潮に達していた。

 ヴォールがここまで来ている。アニスを追ってきている。

 しかも目の前の男は、おそらく一人でここにいる。単独で他国に派遣されるほどの実力者となると、あの部隊しかない。


 『先行魔法騎士団』


 ―――しかし、目の前の男からは本当に追おうという気配を感じない。先ほどから作り笑いばかり浮かべて内心を読み取ることが難しいが、それでもどことなく無関心な雰囲気が漂っている。

「……アニスが目的なら、なんでこの襲撃に手を貸した?」

「ん?」

「どう見ても完全に他国の問題だろ。それどころかナールングは同盟国じゃねえか。お前個人や、ましてやヴォールにとってメリットなことなんて何一つないように思えるが?」

「んん~」

 そう聞かれると男は腕を組み、悩ましげに首を傾げ、

「まあ、かかわった理由は、この国の国政が少し気になったから、かな」

「国政?」

「そう、国政。まあ、君もじきにわかるよ」

 それだけ言うと、逆に「さあ、早くいかないと間に合わないよ?」と肩をすくめる。

 アイリスは不信感を抱きながらも、本当に襲ってくる気がないことを確信し、きびすを返してバーリーたちを追った。

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