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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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アーニャの推理-2

 ――――――時間は、オーランド殺害の夜にさかのぼる。


 風呂から上がったアーニャは、その後オーランドの自室に向かった。

 部屋をノックすると中から応答があり、一人の老人が出てくる。

「ん? おお、アーニャ様。どうなされましたか?」

 やや小柄ではあるが、年齢の割にはしっかりとした体つき。加えてモミアゲから顎まで蓄えた立派なひげが特徴の老人『オーランド』は、アーニャを見ると驚きつつも嬉しそうに笑みを浮かべる。見た目は若干山賊風な大臣だが、その瞳は温かく、山小屋のおじいさんといった感じの人だ。

 アーニャはそんなオーランドの笑顔が大好きだった。

「執務時間外にごめんなさい。ちょっと相談というか、頼みたいことがあって」

「構いません。アーニャ様の頼みであれば何なりと」

 その言葉に、アーニャが「ありがとう」と返すとオーランドも嬉しそうに微笑んだ。

 そしてアーニャは彼に話した。侵入したアイリスのこと。彼女を匿っていること。そしてこれから彼女を試そうとしていること。

 無茶苦茶な話をしている自覚はあった。むしろ半ば怒られるつもりで話をしていた。けれどオーランドは、夜中の職務の時間外であるにも関わらず、嫌な顔ひとつせず話を聞いてくれた。

 そして話を聞き終わると、彼は「なるほど」と相づちを打ち、少しの間考えると、

「承知いたしました」

 そう頷いた。

 二つ返事で頷かれたことにアーニャは少々驚いた。

「自分で言っておいてだけど……ほんとにいいの?」

 やや不安気に訊いた彼女に、オーランドは再度、深く頷いた。

「はい。アーニャ様は人を見る目をお持ちです。そのように評価されたのであれば、間違いないでしょう。それに、言うまでもありませんが、私はアーニャ様を信じております」

 そう絶対の信頼をもってこうべを垂れてくれたことは、アーニャにとってこれまでにないくらい嬉しいことだった。


 そして、彼女はオーランドに執務室の机の下に隠れているように頼み、一度自室に戻った。

 彼に机の下に隠れていてもらい、アーニャが執務机の椅子に座り、自然な流れでオーランドを隠す。あとはいくらか会話と質問をして、アイリスが危険な人物でないか、意見を聞く予定だった。もし危険な状況になったとしても、アーニャ、メリッサ、オーランドと3人も入れば、取り押さえるくらいはできるだろうと思っていた。


 そうして、アーニャはアイリスとメリッサを連れて、執務室に入った。

 事前の打ち合わせ通り、自然な足取りで執務机に向かった。

 そして、そこでオーランドを見つけた。


 ――――――予定とは全く違う、亡骸と成り果てた、彼を。


 ……オーランドの死体を見つけたときの、アーニャのショックは計り知れなかった。

 つい数分前まで会話をしていたのに、何が起こったのか。

 あのとき冷静に判断できたのも、あまりのショックに思考が一周りし、逆に冷静になってしまったからだ。

 その後執務室を後にし、彼女たちはメリッサと別れて自室に戻ったが、道中もずっと現実感が無く、しかし脳裏からオーランドの変わり果てた姿が離れることはなかった。

 一体何があったのか。誰が殺したのか。


 ……そして事件発生から数日経過した今、このエントランスに立ってる今も、彼女の脳裏には生気のない彼の姿が焼き付いて離れない。



      ・・・



「さっき言った害意が無いことの確認。オーランドにもそれをやってもらう予定だった」

「どのような内容だったの、それは?」

 アーニャに、アブリールが問う。

 それにアーニャは素直に答える。

「彼にアイリスについての意見を聞く予定だったのよ」

 下手にいつわれば、必ずほころびが生じる。決して悪いことをしようとしたわけではないし、ここは事実を話すべきだろうと考えた。

「もちろん、自分の目に自信はあるけれど、信頼できる人間の意見が欲しかった。だからあの夜。入浴後、私はオーランドの所に向かい、執務室で隠れてアイリスの様子を見るようにお願いした」

「そしてその後、お前は執務室に向かった、と」

 バーリーの言葉に、アーニャは首を縦に振る。

 アーニャとしては、自分なりにリスクも考えたうえでの行動だったのだが、バーリーはやはり納得しがたいようで、ため息を吐く。しかし、それを今ここでとがめても仕方がないと判断したのだろう。彼は出かけて気持ちを飲みこむようにして、話を続けた。

「それで、執務室に向かったのはお前とそこの女だけか?」

「いえ、メイドのメリッサも居たわ」

「そのメリッサはどうした?」

「それは……今は有給をとって、私用で外に出ていると聞いているわ」

 それでわずかに言い淀んでしまった。

「一応、このイベントの前には戻るという風に聞いていたんだけど、ちょっとまだ戻ってないみたい」

 この状況で「ルナールが関与しているという証拠を掴むために外に出ています」なんて言えるわけがない。

 アーニャはバーリーとアブリールの顔色を見る。二人とも特に気にかけてはいないようだ。別にメイドが私用で外出することは珍しくない。メイド長にも本当に有給を申請しているし。

 もちろん、メリッサの有給申請はアーニャの指示なので、事が収まった後、特休扱いにするよう指示しておくが。

 問題はルナールの方だ。彼女は背後のルナールに意識を向ける。

 今のところ彼は何も言ってこない。というより、アーニャが話し始めてから反論等、何も言ってこない。

 アーニャ自身自覚があるほどに、明らかに穴だらけ理論武装なのにも関わらず。

 不気味な沈黙をしている。



 ――――――何が狙いなの?



 バーリーたちに話す内容を考えつつ、頭の端ではずっとルナールの目論見を考えていた。

 そもそもこの推理ショーを企画したのは彼なのだ。父、バーリー王にまで声をかけて。そこには何か目的があるはず。いや、無ければおかしい。

 目的はどこにある?

 このショーの中で彼がやった主なことと言えば、


 アイリスの存在を指摘したこと。

 そして私を引きずり出したこと。

 

 この二つだけだ。

 初めに殺害方法等について話していたが、それもすべて『アイリス以外に怪しい者はいなかった』と言うための前置きに過ぎない。


 ――――――アイリスを吊し上げたかった? それとも私を悪者に仕立て上げたかった?


 じゃあ何で今彼は黙っている?

 この二つが目的だったなら、私の話に対して割って入ってきた方が効果的のはず。何とか話を繋げているが、未だ場の空気は圧倒的にルナール側にある。理論も何も要らず、強引にヤジを飛ばすような話し方をしても勝てるような空気なのに。


 ―――狙いは、他にある?

    だとするなら……いったい……


「アーニャ、そうしてあなたたちが執務室に向かい、中に入るとオーランドが亡くなっていたということなんよね?」

 そこでアブリールに呼ばれ、アーニャは我に返ったように思考を切り替える。

「はい。そのとおりです」

 アーニャはまっすぐにアブリールを見つめ返し、頷いた。

 嘘偽りはない。これが事実なのだから。

 それを見た彼女は「そうですか」と呟くように言い、次いで視線をアイリスに移した。

「アイリスも、今の話に意見はありませんか?」

「へ? 私?」

 質問が来るなんて全く予想していなかったのだろう。アイリスは素っ頓狂な声を出し、思わず自分で自分を指さす。声は出さなかったが、アーニャも同じくらい驚いていた。まさかアイリスに声をかけるなんて。バーリーやアブリールからすれば、まだ敵か味方かも分からないのに。

 これにはバーリーも驚いており、信じられないと言った目でアブリールを見ていた。

 しかし、アブリールはそんな目を気にすることなく、頷いた。

「そう、あなたです。アイリス。今の話を聞いて、あなた自身の意見はありませんか?」

「意見、かぁ……話は聞いていたけど、全く考えてなかったからなぁ……」

 そう訊かれて、彼女は悩まし気に頭を掻く。

 そして少しの間考えた後、真剣な顔で言った。

「穴だらけの計画だなっと思ったかな」

「んな!」

 今度はアーニャが驚きのことを出した。

 しかしアイリスは構わず、話を続ける。

「話していることは全部本当の事だ。少なくても私が知っている限りでは。けどまさかここまで突貫工事な計画だとは思わなかったかな。ハハ、何だよ害意のないことの確認って。しかも女二人に老人一人だろ? いくら三人いるからって、明らかに戦力不足だろ。しかも一人は机の下に隠れている状態からスタートだし、腰への負担半端ないだろ」

「な、なにもそこまで言うことないじゃない!」

 途中から半笑い状態でペラペラと語るアイリスに我慢しかねて、アーニャは声を荒げる。しかしその顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。

「仕方ないでしょ! いきなり入ってきた侵入者に対して、バレないようにことを進めるにはアレが精いっぱいだったのよ!」

「いや、そもそもバレないようにって言うことろが頭おかしいだろ? 普通即通報だからな? その点危機感が薄すぎるだろ。本当に害意が無いか調べたかったなら、牢屋にでも入れて取り調べするなり交渉するなりすればよかっただろうが」

「それこそ逆に暴れる可能性があるでしょ! ああいうときの普通は、まず犯人の言うことを聞いたりして味方だって言うふうに思わせて、落ち着かせから捕らえるのよ!」

「おい! 何さらっととんでもないこと言ってんだよ! 今の発言だと完全に私犯人じゃねえか! 害意が無いこと云々うんぬんの話はどこ行った!?」

「うるさいわね! アイリスにそんな悪意とか害意があるわけ無いでしょ! あったらそれこそ今頃私死んでるわよ! アイリスは優しいの!」

「はぁ!? なんだその怒り方! 新手のツンデレか?」

 なんて、アーニャは顔をトマトのように紅くして怒り、そんな彼女にアイリスは呆れてしまう。

 二人とも、今までの緊張した雰囲気が、逆に全部ウソであったかのような無邪気様だ。

「……フフ、」

 彼女たちを見て、アブリールはクスリと笑みを漏す。

 それに皆気づき、騒いでいた二人もアブリールのほうに向き直る。ちなみにその間、アーニャは小さく頬を膨らませてアイリスを睨んだが、彼女は清々しいくらいにそれを無視した。

 アブリールは向き直った二人を見て、満足げに微笑むとバーリーを見る。アブリールと目が合った彼は、表情こそ威厳を保っているように見せているが、瞳の中では不安の色が揺らめいていた。この場で様々な事実が発覚して、当初想像していた流れから大きく変わり、成り行きが想像できずにいるためだ。

 そんな彼に、アブリールは微笑む。

「もういいじゃないですか、あなた」

「もういいって、何を言ってるんだアブリール?」

 困惑するバーリー。しかしアブリールは落ち着いた様子で、視線をアイリス、そしてアーニャに向ける。

「確かに方法は滅茶苦茶でした。誰がどう聞いても子供のお遊び程度の考えだと、評価するでしょう。身の危険も考えず、身勝手な振舞について、後できっちりお話ししましょう」

 そう彼女は静かながらも重い口調で、アーニャを咎める。それにアーニャも「……はい」と返事をして、ややうなだれるように視線を落とす。咎められても仕方がない。アイリスからも、アブリールからも言われてしまっては、返す言葉もない。確かに軽率な行動だった。

 しかし、次いでアブリールはやや表情を緩める。

「確かに方法は杜撰ずさんでした。しかし、相手をすぐに敵だと認識せず、正しく判断しようという精神、真実を求める精神は、ある程度評価しましょう」

「……お母さん」

 その予想外の言葉に、アーニャはハッと顔をあげる。それにアブリールは「やっぱり私の子ね」と言うように微笑みを返した。アーニャは聞いたことがなかったが、アブリールにももしかしたら同じような過去があったのかもしれない。

 そんな彼女の隣で、バーリーは諦めた様に肩を落とし、

「……わかった。この件はあとでしっかりとアーニャに訊くとしよう」

 大きなため息を吐く。

 そして、もう一度、ため息を吐いてから、「さて」と表情を父親から、国王に戻す。

「話が逸れてしまったが、とりあえずの結論を言うと、アイリスというそこの女はオーランド殺しの犯人ではない、と?」

「はい!」

 それにアーニャは迷いなく、まっずぐと目を見て答えた。彼女の態度にバーリーは、やはり腑に落ちていないようだったが、それでもとりあえず首を縦に振り、話を一区切りさせる。

 そして、アーニャから視線を、彼女の後方に移す。

「これについて何か意見はないのか、ルナール?」

「……」

 バーリーの声があり、アーニャは後ろのルナールの方を振り返る。

 そしてアーニャだけでなく、周りの観衆も皆彼の方を向く。

 変わって、今度は彼に全員の視線が注がれる。

 その注目の中、

「……ふっ」

 彼は、小さく鼻で笑った。

 そして、顔を挙げた。

「いやいや、すみません。散々指摘されていましたが、あまりにも王女様の行動が無計画過ぎて、指摘も何も……」

 彼は嘲笑を隠そうともせず、顔を抑えて笑っていた。

 確かに、アーニャの行動は常識外れだった。咎められても責められても仕方がない。

 しかし、仮にも王族である彼女を……しかも王女である彼女を、よりにもよって国王と王妃の目の前で笑うなど。

「……確かにアーニャの行動は軽率極まりないものだった。その点は認めよう。親として、私にも責任はある」

 父バーリーは静かに彼の言葉に同意する。

 しかし、「だが、」と、口調が重くなる。

「―――言葉を選べ、ルナール」

 その一言で、会場の空気が一気に冷え、重たくなる。

 先ほどまでアーニャとアイリスがふざけ合って作った緩んだ空気が、一瞬で握り潰され、観衆の顔に緊張が走り、王の横に控えていた大臣たちの顔には詰めた脂汗が滲んでいる。

 アーニャも、一体どういうつもりなのか、彼の真意を図りかねていた。

 ―――ここで私やお父さんを挑発することに一体何の意味があるのか。ただ思っていたことを口に出しただけ、なんてことは考えられない。ルナールはそんな男ではない。何か裏があるはず。


 一体何が狙いなのか。何を思っているのか。


 誰もがその真意を知りたくて、彼の次の言葉を待っていた。

 しばらく、張りつめた、息のつまるような沈黙が続いた。

 そして、ルナールは口を開く。

 彼の瞳には、明らかな侮蔑と、敵意の念が見て取れた。






「――――――選ぶ言葉なんて、ありませんよ。裏切者ごときに」





「何だと!?」

 そう、バーリーが驚きの声を漏らした時だった。

 室内の照明が落ち、窓ガラスが割れる音と、複数の荒々しい足音が会場に聞こえた。

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