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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
116/122

アーニャの推理

「オーランドの死後、見知らぬメイドがアーニャ様の近くに居るようになった、ということですが――――――そこのメイド! 前に出ろ!」

「……マジかよ」

 最悪の状況に、アイリスは思わず歯を食いしばった。

 ルナールは明らかにアイリスの方を指さしており、それに従って彼女の周りから群衆が離れていく。そうしてルナールとアイリスの間に人の波の切れ間が出来上がる。

 その状況に、アイリスは吐き捨てるように小さく鼻で笑う。

「嬉しくないヴァージンロード」

 もはや避けられない状況に観念し、彼女は切れ間に従って歩いていく。そしてルナールとバーリーたちの前で足を止め、顔を上げる。

 そのときは視界に映ったのは、驚くバーリーやアブリールと大臣たち、油断のない鋭い表情をするルナール、そして不安や後悔、罪悪感を押し殺そうとぎこちないポーカーフェイスをするアーニャだった。


 ーーーーーーなんて顔をしてんだよ。


 そんなアーニャに、アイリスは内心ため息をつく。

 いつもみたいにニコニコしてろよ。らしくない。余計怪しまれるだろうが。

 しかし今全員の目はアイリスの方を向いており、誰もアーニャの変化に気がついていない様子だった。集まった兵士や使用人たちも、まるで珍獣でも現れたかのように、後列の者はそれぞれ身を乗り出すようにして彼女を見る。

 嫌悪ではなく好奇の目。

 アイリスは気づかれないよう微かに、口の端に嘲笑を浮かべる。

 ーーーーーー私がテロリストだったらここに居る全員八つ裂きにしかねないのに……危機感が薄い。平和な国だな。

 と、

「貴様……何者だ?」

 バーリーが口を開いた。

 口調からは、訝しみと敵意を抱いていることが分かる。

 ーーーさて、どうするか。

「ルナールの話を聞いていただろう。貴様、よくもヌケヌケと前に出てこられたな」

「……」

「さあ、答えろ! お前は何者だ!」

 黙っているアイリスに、バーリーは苛立ちを募らせる。額に青筋が浮かぶ。


 その様子を見ていたアーニャは、内心諦めた。

 もはや潮時。隠すことはできなくなった。

 なら、作戦を切り替えてアイリスを守らなくては。

 

 ーーーここは私が喋るところだ。例えこれがルナールのシナリオどおりだとしても。

 所詮侵入者の彼女が何を言ったところで誰にも響かない。

 あくまでもオーランドの犯人探しのため、アーニャが主体となって動いていた、ということにしておかなければ後々より面倒なことになるのは目に見えている。

 それに……メリッサは疑ってたけど、

 ーーー私はアイリスが悪者だとは思えない。


 バーリーの怒号により沈黙するエントランス。

 些細な足音一つ憚られるような重圧的な空気の中、

 アーニャは立ち上がった。

「お父様。これには訳があります」

「っ!?」

 立ち上がった彼女に、その言葉に、群衆の意識が一気に集まる。

「彼女は……アイリスは私が臨時で雇ったメイドです」

「臨時だと? 何故だ?」

 問うバーリーの声は静かで、重い。さっきまでの激昂が演技だったかのようだ。

 本来であれば娘に向けることのない、罪を計ろうとする瞳。

 父バーリーは、裁く人間の瞳を娘アーニャに向ける。

 瞬間、バーリーとの間に計り知れない距離が生まれたような錯覚を抱いた。実際の距離は二メートルもないのに。

 その重圧的な雰囲気に彼女は思わず、一滴だけ生唾を飲む。しかしすぐに気丈に振る舞い弁明する。

「オーランドを殺めた犯人を捜すためです」

 無意識に敬語になっていた。

「何故お前が犯人探しをやる必要がある?」

「オーランドは私にとっても大切な人です。だから、犯人を捜したかったんです」

「探してどうする?」

「え……?」

「探してどうするんだと聞いている」

 冷静な口調のバーリー。

 アーニャは回答にきゅうする。探してどうするか。探すことを目的としていた彼女にとって、それは考えてもいないことだった。

 探してどうするか。しかし改めて考えるともっともな質問だ。


 兵士に突き出すのか?

 尋問、拷問して洗いざらい吐かせたいのか?

 それともサクッと処刑したいのか?

 殺してくれと嘆願するほどに苦しめたいのか?


 どれも違う。

 ならばアーニャは何をしたかったのか。

 一拍の間の後、アーニャの思考が導き出した答えは、シンプルなものだった。

「――――――それが、正しいと思ったからです」

「……」

 その言葉に、バーリーの表情が仄かに変化した。

 冷たい瞳に微かな興味の色が浮かぶ。

 アーニャはそれを見逃さず、まくし立てるように弁舌べんぜつを振るう。

「国務大臣が殺されたのです。ナールング王国の内政を担う大臣のトップが、です。言わずもがな、これを放置ということがどういう意味を持つか。捉え方によってはこれはクーデターです! 何者かがこの城に潜み、国家の転覆を狙っているとも考えられます!」

「話をむやみに大きくするな」

「分かっています。あくまで仮定の……もしもの話です。ですが、国務大臣の死というのはそれほどの意味を持ちます。だから私は、身軽に動けないお父様の代わりに犯人を捜すべきだと思い、行動しました」

「……その結果が、これだと?」

「確かに結果は振るいませんでしたが、それでもある程度の目星はつきました」

「目星?」

「はい。犯人の目星です」

 その言葉にバーリーも、アブリールも、大臣たちも驚く。そして聞いた群衆は「どうなっているんだ?」「ルナール様とアーニャ様、どちらも犯人に行き付いたということか?」と騒めきだす。

 また、エントランスの雰囲気に、アイリスは「完全に私から注意が逸れたな」と苦笑し、ルナールは黙って流れを見ている。

 そして、アーニャ本人は、



(――――――あああああああああああああああああああああああああ、早まったあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)

 


 顔は得意げにニヤつかせているが、内心は胃がひっくり返りそうな気分だった。

 いや、嘘は吐いていない。

 確かにある程度の目星は付いているのだ。しかし、決定的な証拠はない。

 アーニャは振り返らないが、背後にいる男に意識を向ける。

 おそらく、ルナールが……その証拠はメリッサが持ち帰ってくる手筈になっていたのだ。

 だがこうなってしまっては仕方がない。

 ――――――喋りながら考えて、考えて、どうにかこじつけていくしかない。

 そう腹をくくり、アーニャはそこでチラリとルナールの方を見る。

「ごめんなさい。あなたのショーなのに、私が先にしゃべってもいい?」

「もちろんです。王女様」

 彼は深々と一礼する。やはりその動作は演劇染みている。予定通りだと言わんばかりに。

 しかし、今は触れまい。

 アーニャは一言「ありがと」と返して、バーリーの方に向き直る。

 そして、語り始める。

「まず改めて、皆の疑念を否定する。オーランドを殺したのはそこのメイド『アイリス』じゃないわ」

「何故だ?」

 バーリーが問う。

 それにアーニャは小さく深呼吸をし、

「……オーランドが殺害される直前、私が彼と会っている・・・・・・・・・からよ」

「何だと!!?」

 その言葉が発せられた瞬間、バーリーを含む皆が目を見開いた。

 アーニャは、気が重くなる。

 本当は、この話は誰にもしないでおこうと思っていたからだ。下手をすれば変に自分が疑われることになるのだから。

 しかし、こうなってしまっては仕方がない。アイリスは犯人じゃないだろうし、このまま彼女が犯人にされてしまえば真犯人を逃してしまうことになる。

 それだけは避けなければ。

 しかし、オーランドのことを説明する過程で、どうしてもアイリスのことに触れなければいけない。つまり、結局彼女が不法侵入者だということを言わなければいけないのだ。

「……アーニャ、説明しなさい」

 いつの間にか、バーリーの口調はいつもの父親的なものに戻っていた。状況がコロコロと変わりかなり疲弊していることが表情から分かる。

 アーニャは意を決する。

 アイリスは結局疑われている。なら、今更不法侵入者だと言ったところで周りの評価は対して変わらない。

 ―――後は、私の説明の仕方次第ね。


 彼女は口を開いた。



   ・・・



 ――――――ルナールが皆を集め、推理ショーを開始しようかという頃。

 落ちた夜の帳の中、城に向かって進む者たちが居た。

 光のない、深い暗闇を彼らは松明も点けずに歩く。

 息を殺して、しかし足取りは力強く。

 静かに、彼らは命令どおり、現在推理ショーが行われているナールング城に向かっていた。



   ・・・



「まず、そこの少女『アイリス』は臨時とは言え、間違いなく私のメイドよ。正確にはこの私が……王女アーニャ・ナールングがメイドだと認めた女よ」


 アーニャは群衆に向かって宣言するように言う。これは第一に公言しておかなくてはならない。王女の目をもってメイドだとした。それだけでかなりの説得力がある。

 アーニャの読み通り、群衆の疑念の色が、未だ大部分は残ってはいるが、それでも仄かに薄れた。

 次いでアーニャはバーリーの方に向き直り、アイリスのことを伝える。


「アイリスとは私の自室の窓で出会ったわ」

「……? 窓?」

「自室の窓」

「自室、というのは……お前のか?」

「私、アーニャの部屋の窓で、よ。城を上ってきていたところを私が捕まえたの」

「城を上ってきていただと!? ……ちょ、ちょっと待て」


 バーリーは頭を抑えてうなだれる。群衆も「どういうことだ?」「王女様の自室? 窓?」とざわめき始める。

 まあ、無理もないだろう。私だって立場が逆だったら、下手したら笑ってしまうかもしれない。

 しかしここは嘘を吐いても仕方がない。

 アーニャはアイリスを指す。

「彼女は城に侵入しようとしていた。そこを私がとらえたんです!」

「とらえた!?」

「そして仲間にしました」

「仲間にした!?」

「彼女は私の忠実な下僕です! だから害はありません!」

「ちょっと待て!」

「おいバカ王女、誰が下僕だ!」

 最後はバーリーに加えアイリスも反応する。

 しかしアーニャはそれを制止する。

「ちょっとごめんアイリス。今大事な話してるから」

「いやその話の中で私下僕にされようとしてるんだけど?」

「ごめん、ちょっと黙ってて下僕」

「お前マジふざけんなよ……」

 アイリスは明らかな怒りの視線をアーニャに向ける。それに気づいたアーニャは、次いでパッと明るい笑顔を浮かべ、お腹を抱えて笑う。

「アハハハ! 冗談よ、冗談! そんなに怒らないで」

「おま……この状況わかってるのか!? え? 今更ながらホントに王女!?」

「もうバリバリに王女よ」

「バリバリってなんだよ……」

 しまいに呆れてしまうアイリスに、アーニャは「ごめんね」と謝る。しかし終始笑顔は絶やさず、むしろこの状況を楽しんでいた。


 ……そうして楽しんでいる心の端では、冷めた思考を働かせながら。


 ―――今ここで大切なのは、嘘をつかないこと、そして不法侵入者ながらもアイリスが友好的な存在であるということを周りに示すこと。

 かつ、私が制御しているという印象を皆に与える。そのためにあえて下僕という言葉を使った。


 アーニャは話をしつつ、チラリと周りの雰囲気を伺う。目論見もくろみどおり、効果はある程度あったようで、渦巻いていた疑念がほんとわずかに薄まる。しかし、『オーランドの死』と『不法侵入者』という負のイメージは大きい。

 ―――これをどこまで和らげることができるか。やるしかない。

「そして、捕まえた後、彼女と話をして害意がないことを確認した」

「確認? いったいどのように?」

 バーリーが怪訝な顔で問う。表情からは「まだ子供だというのに、いったい何を確認できたというのだ」という彼の内心が、ひしと伝わってくる。

 確かに大した確認はしていない。しかし、それならそれで、嘘にならない程度に、2割3割増しで話せばいい。

「まず、私は彼女と自室で一対一で話をしました」

「……大人を付けずにか?」

「大人をつけずに、水入らずの一対一で」

「……」

 真っ直ぐに視線を返すアーニャに、バーリーは頭を抱える。不法侵入を黙っていただけでなく、そんな危ない相手に護衛もつけずに何をしているのか、とホントは言いたいのだろう。

 しかし逆に言えばそれだけアーニャが危ないことをしたにも関わらず、アイリスは危害を加えなかったということ。

「確かに私は危険な行為をしました。そしてこれだけではありません。その後夕食と入浴の時間になり、私はアイリスを部屋に一人おいて食事と入浴にむかいました」

「なっ……部屋に侵入者を置いてか!?」

「はい。もちろん拘束なんてせずに」

 しかし! と彼女は強調する。

「それでも私は無事でした! 彼女は私の言いつけ通り部屋で待っており、さらに数日私の自室で寝泊まりしてもらいましたが、まったく危害を加えられませんでした!」

「あ、アーニャ!? なぜそのような危険なことを!?」

 もはや黙っていられなくなったのだろう、今度は王妃、アーニャの母親の『アブリール』が悲鳴のように叫んだ。

 この国では、このような公の場では、王妃は口を閉じ、国王の許可を得て初めて発言をするのが一般的だとされている。アーニャは古い仕来しきたりだと思っているが、未だそれは根強く残っている。

 ゆえに王妃の叫びに、会場の誰もが驚いた。バーリーでさえも。

 しかし、もはや状況が変わってしまっている。王座とその隣の席に着いているのは、国王と王妃ではない。

 一児の両親なのだ。

「自分がどれほど危ないことをしたか分かっているの!?」

「……はい」

 その母としての剣幕に圧され、アーニャはやや意気消沈してしまう。そう言われることは覚悟していたが、実際こたえる。

 このような振る舞いをしているアーニャだが、内心では両親をとても尊敬している。それは父母としてのものもあり、国王と王妃としてでもある。

 特に母アブリールは、未だ数々の慣例的な女性に対する仕来りがある中、懸命に王妃たらんと努めている。

 髪の毛や身だしなみに始まり、積極的な政治への口出しは避けるとか、公の場ではなるべく発言を控えるなどなど。

 もちろん、父バーリーはそれらの制約に違和感を抱いており、女性の登用や、発言権を大きくしたりと、色々対策を行っているが、それでも未だ溝が残っているのが現状だ。

 そんな、まるでお飾りのような扱いの中、それでも『飾りにも飾りなりの仕事があるのよ』と前向きに頑張るアブリールを、アーニャは王妃として、母として、そして女性として尊敬している。

 故に、彼女の一言はアーニャにとって、国王の言葉以上に重たいのである。


 ―――しかし、今は落ち込む時間ない。

 なんとしても、アイリスが無関係であることを説明しなければならない。


 アーニャはすぐに顔をあげ、アブリールを見る。

「申し訳ありません、お母さん。ですがもちろん、これにはきちんとした理由があります」

「……………わかったわ」

 彼女がそういうと、アブリールは不満げな表情をしながらも、仕方なしといった様子で座りなおす。それを見て隣のバーリーはほっと胸をなでおろし、同じくアーニャの話に耳を傾ける。

「アーニャ、続けなさい」

「ありがとうございます、お父さん、お母さん。それでは続きから」

 許しを得たアーニャは、胸を張って続きを話し始める。

 その後ろで、ルナールが小さく鼻で笑い、アイリスが小さくため息を吐くのが聞こえた。

「先ほど、私はオーランドと会ったといいましたが、それは彼女を試す手伝いをしてほしかったからです」

「試す?」

 小さく声を漏らしたのはアイリスだった。それにアーニャは振り向き「うん」と隠すことなく頷く。

「さっき言った害意が無いことの確認。オーランドにもそれをやってもらう予定だった」

「どのような内容だったの、それは?」

 今度はアブリールが彼女に問う。

 どのような内容か、どのような方法か。

 その質問があった後、アーニャは少しだけ間を置いて小さく深呼吸をした。それに答えるためには、やや覚悟を決める必要があったからだ。

 そしてその微かな呼吸の間、彼女は考える。

 ―――本当のことを言ってしまった方がいいか。ここは誤魔化したほうがいいか。

 本当のことを言ってしまえば……私の道はほとんど決まってしまう。すなわち、険しい茨道。

 しかし、だからと言って誤魔化してもどう誤魔化す? 下手な嘘を吐いても、行き付く先は袋小路なのは目に見えている。

 

 しかし、だからと言って本当のことを言ってしまうのは…………アーニャ自身が疑われかねない。

 アーニャは確かに誰も殺していない。オーランドを手にかける理由なんて、もちろんない。

 だが、彼女はあの晩、オーランドに会って、彼にお願いしているのだ。



『机の下に隠れていてほしい』、と。


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