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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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城下の火種

「彼女を疑う必要はありません。犯人のめぼしなら既についています」

 ルナールはそう言い切り、アーニャの前に立った。

 その言葉にスクレも、アイリスも目を丸くした。そして何より、

「何ですって?!」

 アーニャが一番驚いていた。

 今まで犯人は誰なのか、誰がオーランドを殺したのか、それを突き止めるために必死に色々考えて動いてきたのだ。

 それをあっさりと、めぼしがついていると言い切られたのだ。驚きは必然である。

 しかし彼女はすぐに冷静さを取り戻し、鋭い視線を返す。

「……口から出まかせ、というわけではないのよね?」

「もちろんです」

 ルナールはさっきまでの抗するような視線から一変して、恭しく頭を下げる。コロコロと変わる彼の表情に、アーニャの後ろで見ていたアイリスは「胡散臭いやつ」と聞こえないように小さく鼻で笑う。

 ルナールは顔を挙げると、アーニャを見る。

「……出まかせではないことを、証明してもよろしいでしょうか?」

 自信ありげな表情。

 どこか挑むようにも見えるその表情に、アーニャは疑念よりも期待を感じて、

「…………分かったわ。今あなたが持っている情報を頂戴」

 迷いつつも、彼に話すことを許可する。

 場の空気がルナールの方に傾いたのを感じ、彼は口元に微かに笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。しかし、私としてはここで話しても差し支えないのですが、情報が情報ですので、僭越せんえつながら、適切な場にて話すべきと考えております」

「適切な、場?」

 彼の言葉に再びアーニャは顔をしかめる。ルナールが何を言いたいのか。今一つ掴めない。いや、言いたいことは察しているが、しかし本気で言っているのか、そこが掴めない。

 しかし構わずルナールは続ける。

「殺された我が友オーランドは国務大臣。国王様を除いた大臣の中では最高権力者の一人。本来であれば一介いっかいの貴族如きである私が『友』などと軽々しく呼ぶことが許されないお方です。そして『友』と呼ぶことをお許しくださった比類なき人格者でもあります。そんなお方の突然の変死について、何が起こったのか知りたいと思われている方はアーニャ様を含め、多数いらっしゃると思われます」

「……何が言いたいの?」

 アーニャの深まる疑念の視線に対し、ルナールは臆することなく、むしろ不敵な笑みを返す。

「各大臣や兵士たち、そして国王様にもこの調査結果をお伝えしたいのです。ですので、正式な場を用意していただきたく存じます」

 ―――彼は、正気なのか。

 確かにルナールは、大臣ではないが、この国の要の一つである交易の任を担っている、彼もいわゆる権力者だ。

 それに、彼の交友関係や頭の切れや世の中を読む能力などなど、実力やそれに伴う実績を踏まえば一部の大臣よりも実質的な権威は勝っているかもしれない。

 彼の鶴の一声があれば、大抵の大臣は案件に関係なく首を縦に振るかもしれない。

 しかし、国王は違う。

 国王と大臣は確かに助け合う関係だ。互いに持ちつ持たれつ、助け合って国を運営していく。それがこの国の基本方針だ。

 しかし、この二つの位の間には、言わずもがな、絶対的な壁が存在する。

「……さっき、あなた自分で『一介の貴族如き』って言ったわよね? そんなあなたが私を……王女を顎で使おうというの?」

「とんでもございません。私はただ提案しているだけです。その方が良いのではと」

「……」

 刹那のうちに、アーニャの思考は脳内のニューロンを駆け巡る。


 国王は自国において、全ての上に立つ存在だ。

 法も秩序も、全て王の下に展開され、統治される。

『何人にも縛られず、あらゆる法に縛られず、ただ倫理と道徳にのみ遵従じゅんじゅうする』

 これがこの国の王の在り方である。

 別にアーニャ自身、身分が低いの高いのでどうとか、そんなことで人を評価したり、蔑んだりしようとは思っていない。むしろそういう差別意識こそ前時代的な考えだとして、嫌っているところがある。


 しかしそれはアーニャの気持ちというだけであって、実際的な問題とは違う。


 実際には差別もあるし、そういう位の違いによる扱いも違いも存在する。国という組織を運営する上で、どうして位分けというのは生まれる。平時の実態は別として、有事の際は誰かが特別な権力を有していないと、速やかに決断し、運営していくことができなくなるからだ。


 思考が脱線したが、故に実態として国王と大臣、貴族、平民と言った位分けが存在している。 

 そしてさきも言ったが、国王とそれ以外の間には絶対的な壁が存在する。一介の貴族が、ましてや顎で使っていい存在ではないのだ。

 それはルナールも分かっているはず。

 それを分かった上で彼はこうしてアーニャに頼んでいるのだろう。

 そこが分からない。

 よほどの確信があるのか。しかしまだ、彼が調査を初めてたったの二日だ。

 そんなにもあっさりと分かってしまうのだろうか。しかも国王の前で話したいというほどの確信を得ている。

 それとも他に狙いがあるのか。


 ――――――私は、どうするべき、か……


 逡巡しゅんじゅんは一瞬。

 そして彼女は決断をした。

「…………分かったわ。時間を作ってもらえるか、父さんに話してみる」

「ありがとうございます」

 その返事に、彼は頭を下げる。

 そんな彼にアーニャはぴしゃりと告げる。

「でも、あなたもそれなりの覚悟をしてきなさい。下手なことを言えばどうなるか、言わないでも分かるわよね?」

「もちろんです」

「……それと、」

 と、彼女は後ろで変わらず青い顔をしているスクレに視線を向ける。

不倫そういう関係も、あなた自身の評価を下げるから、ほどほどにしなさい。言葉からも説得力が欠如するから」

 それに対してルナールは顔を挙げ、静かに返す。

「不埒な行動をとったところで、周りの評価が変わってもその人の能力や実績は変わりません。包丁で人を殺めたとしても、包丁の価値が下がるわけではないでしょう?」

「人は道具ではないわ」

「いえ、道具ですよ。社会を構成している一つの原子です。だからこそ人は人を嫌うのです。『不倫をするなんて、同じ社会を生きるもの・・として恥ずかしい。あり得ない不逞ふていだ』と。フッ、愛するという点では変わらないというのに」

 そう最後に、彼は乾いた笑いを零した。




 スクレの部屋を出て、アーニャの自室に戻る途中、アイリスはため息を吐いてアーニャに尋ねた。

「おい、結局何も聞かずじまいかよ」

「……仕方ないでしょ。そんな雰囲気じゃなかったし」

「雰囲気って……流されるなよ」

「むぅ……でも、そこまで彼が啖呵たんかを切ったなら逃げることはないでしょ。ここで逃げたら、彼、絶対に疑われるから」

「まあ、そうだろうな」

 アイリスはそう肯定しつつも、呆れた様子だ。

 正直、アーニャもその点は反省している。全て王の前にて話すと言われたので、おずおずと引き下がってしまったが、無理にでもあの場で訊くことはできた。

 ……しかし、これでルナールが下手なことをすれば、例えば今夜逃げたり、王の前で強引にこじつけたような推理を披露すれば、たちまち拘束されて尋問が開始されるだろう。

 それくらい現在城内はピリついているのだ。国王まで話を持ちあげて「冗談でした~」なんてことを言おうものなら、その場で斬首。それくらいの空気なのだ。

 それを知った上でルナールは要求してきたということは、やはり何かしらの根拠を持っているのだろう。

 正直、善い人とは言えないが、頭のキレはアーニャを含めた誰もが認めている。

 一体何を話すつもりなのか。

 犯人は誰なのか。

「とりあえず、明日の朝一で父さんに報告ね」

 はぁ、とため息を吐き、彼女は頭を抱える。

「これで私が夜に出回っていたこと、バレちゃうわね」

「お前の心配はそっちかよ」

 それにアイリスは呆れ顔で笑った。



      ・・・


 月明かりが雲に遮られ、真っ黒な影で満ちる夜の街。

 その街道から一つ裏に入った、路地をかける足音。

 足音は軽いが、路地で反響しているせいかやけに大きく聞こえる。走り回っているせいで息も上がっており、その呼吸も乱れている。

 フードを目深に被り、黒いマントを身に纏ったその少女は、何かから隠れるように路地の端に身を潜め、乱れた息を整える。

「ーーーーーーしくじった……」

 少女は顔を抑えて、自分自身に嘆息する。

 それと同時に左腕に痛みが走り、顔をしかめる。

 折れてはいないと思うが、ヒビくらいは入っているだろう。

 ーーーさて、どうやって帰ろうかしら。

 彼女は路地の影からそっと顔を出し、辺りを探る。近くに人影はないが、少し離れたところから声が聞こえてくる。

「どこ行きやがった!」

「くそっ! 狐め! ちょこまか逃げやがって!」

「お前が捕らえそこなうからだぞ! 予想通り向こうから来たっていうのに!」

「あんたはいっつもそうだよ! 女だからって油断して!」

「俺ばっかり責めるなよ! お前らだって怖気づいて手伝わなかっただろうが!」

「とにかく探すぞ! まだ近くにいるはずだ!」

 荒い足音に、怒声。中には中年ほどの女性の声もある。

 彼らはまだ少女の位置を特定できず、必死に探し回っているようだ。

 声は、まだ遠い、しばらくは歩きながら息を整えられそうだ。

 そう思って再び路地を行こうと体を戻した。

 しかし、

「鬼ごっこはおしまいか?」

「!!?」

 その声は、近くから聞こえた。

 少女は慌てて辺りを見回す。しかし変わらず人影はない。

 ーーーどこから?

「困るんだよねー。俺様この国救おうと思ってるのに」

 ーーー上!?

 少女は視線を上に向ける。

 月明かりが逆光となっているせいで、シルエットしか確認できないが、屋根の上に人影があった。

 声音からして男。それもかなり若い、青年くらいだろう。

 飄々とした、どこかおどけるような口調で青年は話す。

「頑張っている民は飢えているのに、お城の王族様方は腹いっぱいご馳走をむさぼる。そりゃあ、農民の皆々様も怒るわけよ」

「ッ、知ったような口を叩かないで! 政治には政治の辛さがあるわ! 一つ判断を間違えれば国がダメになるかもしれないたいうプレッシャー、あなたにはわからないわよ!」

「もうダメになってるだろ。どう見ても」

 今度は冷たい無感情な声だった。

 それに少女は『あなたがそうしたんでしょ!』と言い返したかったが、それはできなかった。

 こちらの方に駆けてくる足音から聞こえたからだ。さっきの彼らの足音だ。

「おい! あっちの方で声が聞こえたぞ!」

「……クソ」

 焦る少女を見て、男は笑う。

「ゲームセット。意外に早かったな」

「ッ!」

 少女は青年を一度だけ睨むと、すぐに視線を切り、再び逃げようとする。

 しかし、それを見た青年はため息を吐き、屋根から飛び降りる・・・・・・・・・

 そして、地面に落下すると同時に跳躍し、少女の背中に肉薄すると、

「往生際が悪いな」

 延髄えんずいに手刀を放った。

 刹那、少女の意識を断ち切られ、まるでスイッチを切られたように地面に倒れた。

 倒れた彼女を見下ろし、青年は小さく一息つく。

「メイドにしては中々高ステータスだったな。経った2日で農民の集会場を探り当て、俺の存在にまでたどり着くとは、いやいや驚いたよ。それとも指示をしてるやつが優秀だったか」

 しかし、と、彼はニヤリと口の端を吊り上げる。

「所詮は人間。俺たち・・・に叶うわけねーんだよ」

 勝ち誇ったように告げると、農民たちが来る前に青年は闇の中に姿を消した。

 そしてしばらくしてやってきた農民たちは、倒れている『メリッサ・・・・』を発見した。



      ・・・



 ルナールが提案したとおり、翌日の夜に場は設けられることとなった。

 当日の朝、朝食の場でアーニャからルナールの言葉を聞いたバーリーは、喜びに目を輝かせていた。

「さすがだ! やはり彼の言うとおりにして正解だった!」

「……そうですね」

 その場では平静を装ったが、アーニャの内心は複雑だった。

 確かに、オーランドを殺した犯人がわかるのは嬉しく思う。アーニャもそれを目的に今まで行動してきたのだから。

 しかし、どうしても引っ掛かる。

 犯人をどうやって探し出したのかも気になるが、それよりもやはり彼の要求の意図が読めない。

 まるで推理ショーのような申し出。そこまで自信があるのだろうか。自信があって、ただ目立ちたいだけなのか。

 いや、ルナールはそんな不必要なパフォーマンスをするような人ではない。

 目的は他にあるはず。それが分からない。

 考えながら食事をしていたせいだろう、朝食は味がしなかった。

 食事を終え、部屋に戻る最中、廊下で一人のメイドとすれ違った。

 アーニャを見て、廊下の端に避けて頭を下げるメイド。その彼女にアーニャは訪ねた。

「ねえあなた、メリッサしらない?」

「メリッサですか? 彼女はしばらくお休みをいただいているとのことでしたが……」

 答えながら、メイドは不思議そうな顔をする。当然だ。調査のため、そのお休みを与えたのがアーニャなのだから。

 つまり、メリッサは今日も来ていないということ。

 それを確認すると、アーニャはメイドにお礼を言って、再び廊下を歩く。

 別に休み自体は問題はないのだか、調査をお願いしていたメリッサからもまだなんの連絡がない。

 別に決まった時間に報告しろという命令はしていないが、調査範囲は城下町内だ。十分日帰りできる範囲のはず。それで連絡がないというのは少し不安だ。

 嫌な予感がする。なぜか胸がざわつく。

「……悩んでてもしかたない、か」

 ーーーとにかく、私は私にできることをやるしかない。

 アーニャは自室に着き、中に入る。

 いつもと変わらない部屋。なのにどこか物悲しさを覚えてしまうのは、メリッサがいないからだろう。

 いつもなら、部屋に帰ってくると彼女が紅茶を淹れて待っていてくれており、勉強までの間おしゃべりをする。

 しかし昨日今日と、紅茶は自分で淹れている。

「私って、案外メンタル弱いのね……」

 こんな状況になって、初めて自分の弱さを自覚する。まあ、実務に支障がないから問題はないのだが。

 ポットにお茶っ葉とお湯を淹れ、食器棚にあるティーカップを見たあと、彼女はふと、背後のベッドに目を向ける。

 ベッドのうえには腹を出し、あられもない姿で眠っているアイリスが。

 イビキは掻いていないが、両手両足を広げて大の字になっている。

 そんな無防備な彼女を見て、少し苛立ちを覚えたアーニャは、ティーカップに熱々の紅茶を注ぎ、ベッドの脇に移動する。

 そして、

「早く起きなさいよ、居候」

 まるで柄杓ひしゃくで水を撒くように、彼女の顔に紅茶を撒いた。

 もちろん、寝ている彼女はそれを躱すすべもなく、

「……ーーーーっつ! あっつ! あっついなぁおい!」

 飛びおきた。

「んな!? 熱! は!? おいこれ、お茶か!? お前ふざけんなよ!」

「他人のベッドでぐーすか寝てるのが悪いのよ」

「寝ていいって言ったのそっちだろ!?」

「にしても寝すぎよ。もう10時過ぎよ。早く着替えるか隠れるかして。そろそろ家庭教師が来るわ」

 ツン、と彼女は言い、自分の分の紅茶を注ぎ、口に運ぶ。

 相変わらず立ったまま飲むその姿に、アイリスは顔を袖で拭いつつ、ため息をつく。

「行儀悪いぞ王女さま」

「王女はすべて許されるのよ」

「暴君め……」

 悪態をつき、大きなあくびをしながら彼女はベッドから降りる。

 その途中、

「どこも王女はこんな感じなのか……?」

 ふと、他に聞こえないほどの声でそんな独り言を零した。

 その後、アーニャは家庭教師との勉強に追われ、未動きが取れず、アイリスも一人で行動するわけにはいかないため、なんの調査もできないまま、ルナールの推理ショーの時間となった。

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