謁見の間にて
エントランスから続く赤絨毯。その左右には等間隔に整列した兵士たち。
それらをたどると謁見の間に着く。
謁見の間に着いたルナール・エクスパルトは跪き、五段上の王座に座る国王バーリー・ナールングを見上げる。
その後一礼するが、表情は暗く鋭さを帯びている。
バーリーは笑顔で気さくに声をかける。
「よく来た、エクスパルト家当主ルナール。素晴らしい仕事ぶり、いつも耳に届いておるぞ」
「もったいないお言葉です」
「謙遜するな。しかし突然であったゆえ、なんの饗しも用意できなかった、申し訳ない」
「とんでもございません。失礼なのは私の方……王の御前であるにも関わらず、帯刀のお許し、器の小さい自分を恥じるばかりです」
そう深々と頭を垂れるルナールの腰には、確かに剣がある。
ナールングでは、謁見行為中の武器所持は禁じられている。
剣に限らず、武器を持っているときは、腰から外し、床に置いた後、1メートル程度下がったところで跪かなければならない。
しかし今回ルナールは特別に剣を所持したまま、謁見することを許された。
その理由は他ならぬ、オーランドの親友であったこと。
また!彼の抱いている疑念を、バーリーが理解したからである。
故にバーリーも、なぜ彼が突然訪ねてきたか、察しがついていたため、下手に刺激しないように、そして信頼を示すために剣を持つことを許したのである。
さて、そうして挨拶が済んだところで、バーリーは話を本題に移行する。
「――――――それで、ルナールよ。今日来たのはやはり、オーランドのことか?」
先程までの気さくな雰囲気から一転、彼の瞳に真剣味が宿る。
それを察し、ルナールも、より一層表情が鋭くなる。
「はい。そのとおりでございます」
「ふむ。弔いに来た、といった様子ではないな」
「……」
「言いたいことがあるのであろう? 大方の察しは付いている。申してみよ」
「……私の心を見抜かれ、そのうえで機会を与えてくださいました。天よりも広大で、寛大なお心……もはや私が抱いた醜い疑念の霧は跡形もなく消え失せました」
ルナールは顔を上げ、剣を腰から外し、自分の前においた。
それは彼なりの信頼の証であり、バーリーもそれを理解し、嬉しそうに頬をほころばせた。
「――――――しかし、それはあくまでも王への疑念が消えたということ」
ルナールの表情は再び鋭くなる。
「バーリー様。どうか率直にお答えください。我らが友オーランドを殺したのは、外から侵入した賊なのですか? それとも……」
「……」
「どうかお願いいたします。王のお考えを!」
迫られたバーリーは、少しだけ考えた後、一つため息を吐く。
「エクスパルト家は代々厚い信頼を得てきた、由緒正しき家だ。その当主の言葉、思い、疑念、何にしてもそれなりの根拠があってのことだろう。また仮にそれら家への信頼がなかったとしても、お前はオーランドの親友だ、無下にはできない」
そしてまた、彼は一つ間を置き、ゆっくりと口を開いた。
「……正直、身内に犯人がいないとは、言い切れない」
「……やはり」
「外部犯の場合、昼は侵入するには目立ちすぎるし、考えにくい。夜は、外を兵士たちが隈なく見張っているゆえ、いずれにしても侵入は不可能だ。となると自然……身内に犯人がいることを考えざるを得ない」
そう口にしたバーリーの表情は、苦虫をかみ潰したかのような苦悶に歪んでいた。
悲しさと、悔しさと、困惑と。
彼の、あらゆる負の感情がない混ぜになった顔を見て、ルナールは静かに頭を垂れる。
「お気持ち、お察しします。私が同じ立場だったなら、耐えられなかったでしょう」
国王にとって、臣下と国民は家族同然。バーリーは常にそう考えており、また王の心情は誰もが理解していた。
しかし、ルナールはそれを理解してなお、王に意見を言う。
「しかし、これは殺人! しかも身内の! 殺されたのは私が、生涯の友と約束した男です! 例え身内であろうと許すわけにはいきません! 否ッ! 身内ゆえにより、許すわけにはいきません!」
ルナールは語気を強め、はっきりと口にする。
その言葉にはバーリーも頷き返す。
そこでルナールは跪きながらも、身を乗り出し、自分の胸に手を当ててバーリーを見る。
「私が必ずや犯人を見つけてまいります! 友の敵は友に撃たせてください!」
・・・
「なあ、お前の父さんたち、なんの会話してるんだ?」
「はい?! え、ここまではっきり聞こえてたのに分からないの!?」
謁見の間の入り口からアーニャとアイリスは顔を出し、バーリーとルナールの会話を最初から最後まで聞いていた。
しかしアイリスは二人が何を言っているのかまったく分からなかったらしく、首を傾げている。
「要点だけ言うと、あそこに跪いてるルナールがオーランド殺害の犯人探しをするって言ったのよ」
アーニャはため息を吐きつつ、「でも……」と一拍間を置き、
「直接ルナールが調査するわけじゃないでしょうね。誰か調査員を寄こすはず」
仄かに苦しそうな顔をする。
それを見てアイリスは一瞬「どうした?」と声をかけそうになったが、その前に理解した。
「……そういうことか。私が疑われる可能性があるってことだな」
「そういうこと」
さっき、バーリーとルナールは『外部犯ではない』という見解で一致した。しかしそれは可能性を全て切り捨てたと言うわけではない。
この状況下で明らかに怪しい人物が入れば、真っ先に疑われる。
そしてルナールが派遣する調査員、ということは、アーニャやバーリーが知らない人間であるということ。つまり、アーニャの性格などを一切考慮しない人間であるということだ。
それは、アイリスを守るための最終手段、「私が認めたから彼女は大丈夫」というアーニャの言い訳が通用しないということ。
最悪の場合、アーニャがオーランド殺しの汚名を着せられる可能性もある。
「―――ややこしくなってきたわね」
複雑化していく状況に、アーニャは思わず爪を噛んだ。




