ルナール・エクスパルト
――――オーランドが殺害される一年前。
匿名の手紙が、幾人かの農家に配られた。
封の中には羊皮紙の文書が入っていたため、少なくても貴族以上の人間が認めたことは、受け取った誰もが理解した。
以下はその内容である。
集結せよ。
この国は変わるべきだ。
既に充分な発展をとげ、遥か昔に比べて人々の生活は成熟した。
国民全員が畑を耕し、家畜を肥やさねば生きていけない時代ではなくなったのだ。
にも関わらず、国は未だに国民を農業に縛り付けている。
何故か?
それは自らの懐を肥やすため、以外にない。
私は内部から、ずっとその状況を見てきた。だからわかる。
君たちは搾取されているのだ。
この国の平和を築いてきたのは誰か?
国王か? 大臣か? 兵士か?
否、君たち国民である。
王族や大臣が高級な食事を摂っているころ、君たちは納めて残った米や野菜で懸命に家族の空腹を満たし、
王族や大臣が遊興を楽しんでいるころ、君たちは必死に田畑を耕し、家畜の世話をしている。
そんな質素倹約に努め、勤勉で栄誉ある国民から奴らはさらに搾取し、奴隷のように使い倒そうとしている。
この暴政を止めなければならない。
しかし、私一人では到底かなわない敵だ。
故に、君たちに助けてほしい。
同じく不満を持っている農家を集め、隠密に、来る日に備えてほしい。
私はいつでも君の味方だ。いつでも見守っている。
以上
そしてこの頃から、各地でデモが起こるようになった。
・・・
オーランドの自室を出て、アーニャたちは自室に戻ろうとしていた。
結局オーランドの自室を調べても分かったことはほとんどなかった。
「鍵は自室にあったし、特に荒らされた形跡もなかったわね」
自室の様子を振り返り、目ぼしい情報を得られなかったことを再確認し、アーニャはため息を吐く。
その隣でアイリスも小さくため息を吐く。
「まあ、元から殺害目的の殺人ぽい死に方してたからな。骨折り損って感じ」
「そうでもないわよ……少なくても殺人目的の殺人であることは分かったんだから」
「……まあ、確かに」
今のアーニャの言葉に、仄かな影を感じ取ったアイリスは、ふと彼女の顔を横目に見る。
しかしその表情はいつもの平然としたものだったので、とりあえず気のせいということで、アイリスは思考に区切りを付けた。
「そういえば、さっきのスクレとかいう秘書との話だけど」
「ん? 何?」
「何で自殺って言ったんだ? まだわからないのに」
「反応を見るためよ」
「反応?」
「自殺って聞いて、安堵するか動揺するか見てたの。安堵したなら容疑者。動揺した場合は犯人じゃないにしても何かしらの情報を持ってるはずだから、もうすこしかまをかけてた」
「なるほどね。で、結果はどっちでもなかったと」
うん、とアーニャは頷く。
スクレは動揺するでも安堵するでもなく、ただ納得し、受け止めていたように見えた。
秘書というオーランドに近い立場であったため、アーニャは彼女に疑いを持っていたが、それがほんの少しだけ小さくなった。
さて、とアイリスは気持ちを切り替えるように一つ、小さく息を吐く。
「で、目的ばとりあえずはっきりした。となると次は容疑者のあぶり出しか?」
「そうね。オーランドの知り合いから怪しい人をピックアップする形ね」
その辺りはメリッサに頼もうかしら、と今後の流れを考えながら廊下を歩いていると、ふと、窓の外の景色が目に入った。
中庭を兵士たちが走って行った。何やらいつもと雰囲気がいつもと違う。
走って行ったのは城の入口の方。
「何かあったのかしら?」
「ただ事じゃない感じだな」
「行ってみましょ」
「え!? ちょ、待てよ! 仮にも今お前外出禁止だろう!」
「王女だから大丈夫よ!」
「職権乱用するな!」
・・・
城の入口に着いた二人は、すぐにその物々しい雰囲気を察し、物陰に隠れた。
二人が居るのは二階の廊下。丁度エントランスの真上にあって吹き抜けになっており、エントランスを見渡すことができる。
正方形になっているエントランスの床を、縦断するように赤い絨毯が敷かれている。そしてその両側には兵士たちがズラリと整列している。
物々しい雰囲気が二階にまで伝わってくる。
「誰か来るのかしら?」
「かもな。まあ、歓迎って雰囲気ではなさそうだけど」
兵士たちの面持ちは緊張している。中には努めて平静を装おうとしているものも居るが、やはり顔が引きつってしまっている。
一体誰が来るのだろうか。
二人が二階で息を潜めて様子を見ていると、入口の門が開いた。
同時に兵士たちの背筋がピンと伸びる。
そして、入ってきたのは数人の男たち。
その大半が護衛らしき兵士だったが、一人だけ、服装から何から明らかに他と違う者がいた。
オールバックに整えられた黒髪、口元には立派な髭を蓄え、瞳は静かでかつ鋭い眼光を宿している。
その男性の顔を見た瞬間、アーニャは目を見開いた。
「『ルナール・エクスパルト』!」
「エクスパルト? 貴族のエクスパルト家の当主か?」
その名前を聞いて、アイリスも驚く。
エクスパルト家はナールング王国にある貴族の中の一つ。
先代国王から、商人の国外への貿易承認権を預かっており、貿易を行う商人は必ずエクスパルト家の承認を得なければいけない。
また、そのような仕事がら国内外に太い人脈のパイプを持っており、時には大臣が情報提供を求めるほどの情報通である。
そしてその家の現当主がエントランスに居る彼『ルナール・エクスパルト』である。
「訪問の予定でもあったの?」
「いいえ。少なくても私は聞いてない」
訊かれたアーニャは首を横に振る。
しかし彼女は思い当たることが一つだけあった。
そしてエントランスに居る、ルナールの暗く冷たい表情を見て、彼女は確信する。
「……でも、自然なことよ」
「どういうこと?」
「彼……オーランドの親友なの」
その一言に、アイリスの表情に緊張が走った。
親友を殺された親友。
大切なものを失った者が、次にどのような行動をとるか。
想像に難くないだろう。
エントランスにて、ルナールは声を上げた。
「我は『ルナール・エクスパルト』! 我が親友『オーランド』の訃報を聞いてはせ参じた次第! ついては我らが国王『バーリー・ナールング』様にお伺いしたいことがある! 国王は何処か!」