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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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オーランドの自室

 オーランドの死の真相解明に向けて、動き出したアーニャとアイリス。


 アイリスはメイドの格好をし、ショートカットの少女に変装して、アイリスの後ろをついていく。


 アイリスはチラリと、前を歩く彼女の足元を見る。


 ……歩幅が小さい。


 さっきの部屋でのやり取りで、アーニャの表情は少しだけ元に戻った。

 しかし、やはりまだ本調子ではないようで、後ろから見ていても、足取りが重たいことが分かる。

 無理をしているのは明らか。


 ……だがここは無理をしてもらわなければ困る。


 アーニャの気持ちを察しながらも、アイリスは何も言わなかった。

 アイリスにとっては、これが最善の方法だから。


 廊下をしばらく行き、二人は昨日来た『執務室』にたどり着く。


 アーニャは鍵を使って扉を開き、中に入る。

 既にオーランドの葬儀は午前中に終わっているため、執務室は綺麗に片付けられていた。

 デスクに遺体はなく、絨毯も取り替えられているため血痕もない。

 まるで何事もなかったかのように静謐(せいひつ)としている執務室は、ひどく現実味がなかった。


「……」

「……」


 二人は黙々と部屋を見て回る。



 入り口の扉

 扉の鍵

 本棚と本

 窓

 カーテン

 絨毯

 そしてデスク




 一通りざっと歩いて見て回った後、アイリスは苦笑を漏らす。

「綺麗さっぱり片付けられてるね」

「ええ。流石掃除のプロね」

「そのせいで証拠がなくなったかもしれないんだけど?」


 アイリスはため息を吐きつつ、デスクの下を見る。

 昨日死体があった場所には当然何もなく、デスクにも血飛沫一つ見られない。


「現場保存とかしないの?」

「するわけないじゃない」

「え……」


 当たり前のように言うアーニャに、アイリスは思わず口を開けて固まってしまう。


「犯人探す気ないの?」

「そりゃそうよ」

「そりゃそうって……」

「大臣が死亡した。わざわざ遺体を机の下に隠してたくらいだし、他殺の可能性が高いわよね。でも、城内で他殺なんて、公表できるわけないじゃない。犯人は身内の可能性が高いのに。それに他殺じゃなくて自殺だったとしても、大臣を自殺させたなんて、それもまた国王の評価を下げかねないわ」

「それでも公表しないと国民から不信感を抱かれるだろう。こういう噂は自然と広まるものだし」


 既に不信感を宿した視線を向けるアイリス。それにアーニャはかげのある得意げな表情をし、ひとさし指をピンと立てる。


「大事なのは公表するタイミングよ」

「タイミング?」

「外部犯のせいにするのよ。例えばあなたみたいなやからのせいに、ね」

「……」

「例えばの話よ、そう睨まないで。例えば城下町で適当に強盗とか殺人とかした人を捕まえて、その人に『実は彼はあの大臣を殺した犯人でもあったのだ!』なんて適当な事実をでっち上げて、後は権力で全て解決。これで犯人は城下町の強盗。国王の評価は傷つかないって寸法よ」

「……それでも強盗に侵入され、大臣を殺された国王ってレッテルは残るな」

「身内で他殺、または大臣を自殺させた王様よりマシよ。今後は警備をより固めるって言っておけばなんとかなるわ」

「……」


 得意げに話すアーニャに、アイリスは軽蔑を含んだ冷ややかな視線を送る。

 身内のごたごたは外部犯のせいにして責任逃れ。

 そして手ごろな犯人役が見つからない場合は、最悪犯人をでっち上げてしまえばいい。


「……いかにも権力に溺れた暴君がやりそうなことだな」


 吐き捨てるようにアイリスが言うと、それにアーニャは肩を竦める。


「ま、全部冗談なんだけどね」

「は?」

「冗談よ冗談。うちの国でそんなことするわけないでしょ。ていうか、強国でそう言うことしてる国、どこもないわよ」

「どうだかな。権力者は傲慢だ。簡単に権力を振りかざす。被害を受けるのはいつも民衆だ」

「違うわ。権力者は皆臆病者よ。簡単に権力を振りかざすのは相手が怖いから。それに王様って言うのは権力の代償を知っているわ。たみが構えている言葉の槍の威力もね」


 なんて、今度はさっきのもみ消し方法を語ったときとはまた違った、明るい得意げな笑みを浮かべるアーニャ。


 その様子にアイリスは半信半疑になりつつ、追及を諦めて、呆れ顔でため息を吐く。


「本当にああ言えばこう言う姫様。だいたい冗談を言うタイミングだったか? 冗談に聞こえないんだが?」

「冗談じゃなかったら、こんなに懇切丁寧に説明しないわよ。だいたいここ王様の執務室なのに、血だらけのまま放置しておくなんてありえないでしょ」


 そう言って、少しだけねるように顔をしかめるアーニャ。

 そんな彼女の様子に、未だ半信半疑ながらもクスリと口角を上げる。


「少しずつ調子が戻ってきたみたいね」

「……ま、泣くわけにはいかないからね。私、王女様だし」


 そう、最後にまたやや陰のある顔をし、アーニャはきびすを返して、


「ここにはもう何もないし、今度はオーランドの自室に行ってみましょ。ついでに昨日怪しい人がいなかったか、兵士たちに確認もしたいわ」

 部屋を出た。




      ・・・



「……考えてみれば、死亡時刻が分からないのよね」


 ある程度の兵士たちに昨夜の状況を聞いた後、二人はオーランドの部屋に向かっていた。


 兵士たちの話では、昨日の夜、およそ午後7時から発見された午前8時までの間、不審な人物は見なかったという。

 しかしその話を聞いたとして、アーニャたちにはオーランドの死亡時刻が分からないのだ。そのためいつ殺されたのか分からない。


「私たちが発見したのは確か10時くらい。でもそこから時間を絞れないのよね……」


 歩きながら考え込むアーニャを見て、アイリスもお手上げと言いたげに肩を竦める。


「確かに。ていうか、大体兵士たちのそこまで頻繁に見回りしてるわけじゃないだろ? 不審人物を見てないって話しもどこまで信用できるか」

「そうなのよね。基本見張りって言ったら外の見張りだから……」

「少なくても外部からの侵入はなかった。分かったのはその程度だな」

「中に潜んでなければね」

「だったら不審人物が出て行くところをみた奴がいるだろ。ま、何にしても身内の殺しだ」

「まあ、確かにその可能性が高いわよね。憂鬱ね……」


 頭を抱えるアーニャ。それを見てアイリスはクスリと鼻で笑う。


「大丈夫か王女様。初日は私に『王様でも疑う』って宣言してたくせに、いざ状況が変わったら弱腰だな」

「疑うわよ。公平な目で見るようにもする。でも憂鬱な気持ちにもなるわよ。城の中のみんなを疑うって言うのは」


 ため息を吐くアーニャ。

 その様子はとても17歳の少女には見えず、40歳手前の中間管理職という感じである。


 そうして話しながら二人は廊下を歩き、二人はオーランドの自室の前に着く。

 アーニャはドアに手をかける。


 次の瞬間、彼女の表情に緊張が走る。


「……開いてる」

「普段から開いてるんじゃないの?」

「ううん。だって、あなたも宿屋の部屋から出るとき、鍵をかけるでしょ?」

「……中に誰か居るのか?」

「それはちょっと分からない。開けないと音とか分からないし」


 アーニャはそう言って、仕方なくドアを開けようとする。

 しかしそれをアイリスが止め、


「私が中の音を聞くから、代わって」


 彼女はドアに耳を当て、聞き耳を立てる。

 そして数秒の後。


「――――――中に誰かいるな」

「よし。突撃ね」

「いやいや待て! ここは出てきたところを捕まえた方がいいだろ」

「もし中で証拠隠滅作業してたらどうするの? 現場を抑えないと意味がないわ」


 アーニャはドアノブに手をかけ、回し、中に入った。


「中に居るのは誰? 何をしているの?」


 間取りはリビングと寝室が一室ずつ。

 部屋の出入口はリビングに繋がっており、アーニャたちはリビングに足を踏み入れる。


「ひっ――――」


 リビングの端に、しゃがみ込んでいる女性が居た。

 女性は入ってきた二人を見て、目を見開く。


「アーニャ様……」

「あなたは確か、オーランドの秘書の」

「は、はい! オーランド国務大臣の秘書『スクレ』と申します」


 ブロンドの長髪を後頭部でお団子にした女性『スクレ』はアーニャの前にひざまずき、深々と頭を下げた。


 アーニャは「アーニャでいいわよ」と一言挟んでから、


「それで、スクレはここで何してたの?」


 彼女の後ろにある書類が入った棚に視線を移す。


「その棚で何かを探していたの? 見た感じオーランドの執務に関する書類っぽいけど」

「はい。オーランド様がご担当されていた書類の整理を行っておりました」

「そうなの。一人でしていたの? 怪しい人とか来なかった?」

「はい。急ぎの要件がいくつかありまして、その書類を探しに……不審者に関しては、そのような者は誰も。廊下でも見ませんでした」

「そう。それならよかった」


 アーニャはそう言った後、スクレの後ろにある書類の棚の方に歩いていく。


「急ぎの話なんでしょ? 私も手伝うわ」

「そんな! アーニャ様のお手をわずらわせるなんて!」

「ああいいのいいの気にしないで。勉強することもなくて今暇だから」


 そう彼女はスクレにウインクをして、書類を漁り始める。


「それで? 何に関しての書類を探してるの? 一応私も公務に携わった事あるから、言ってもらえば分かると思うけど」

「あ、はい。申し訳ありません」


 スクレはもう一度謝った後、いくつか必要な書類のタイトルをアーニャに教える。

 それを聞いてアーニャとアイリスも書類探しを手伝う。


「とりあえず書類を一度全部出しましょ。棚に入ったままだったら探しづらいわ」


 そうアーニャが、棚に入っている書類の束に手をかけた時だった。


「それはおやめください!」


 スクレがそれを止めた。

 彼女の叫びに近い声を聞いて、アーニャとアイリスは同時に振り返る。


「びっくりした! え、ダメなの?」

「あ、大きな声を出してしまい、申し訳ありません。書類は分野ごとに日付順になっているため、万が一全部出して混ざってしまうと今以上に探しにくくなってしまうのです」

「ああなるほどね」


 確かに棚の中の書類を確認すると、彼女が言ったように整理整頓されて入っていた。

 スクレは棚の方に向き直り、


「なので書類は私が出しますので、アーニャ様たちはその中から探すのをお手伝いください」

「分かったわ。ありがとう、教えてくれて」

「と、とんでもありません! 本当にこんなことをお手伝いさせてしまい、申し訳ありません」

「謝り過ぎよ。私が住んでる王国の中で起こってることなんだから、私にとっては私事と同じよ」


 そうしてアーニャ、アイリス、スクレはそれぞれが役割分担をして、書類を探し始めた。


 その途中、アーニャはチラリとスクレの方を見て、彼女に訊く。


「ねえ、単刀直入に訊くけど、あなたはオーランドの自殺・・について知ってることない?」


 もちろんこれはアーニャが鎌をかけるために吐いた嘘だ。

 オーランドの秘書であれば何か思い当たるところがあるかもしれない。

 そしてついでに、彼女が『白側』か『黒側』なのかも知ることができればと思っていた。


 すなわち、自殺と聞いて、

 ほんの少しでも都合がよさそうな顔をすれば『容疑者』側、

 悲しんだり、それ以外の反応をすれば、重要参考人。


 この二択だと、白黒というより、グレーか黒かといったところか。


 とにかく、何か探ることはできないかと思い、彼女は嘘を吐き、スクレの反応を見た。



 アーニャにそう訊かれて「え……」と固まるスクレ。

 しばらくして、彼女は書類を再び棚から取り出しつつ、


「オーランド様、やはりご自身でお命を……」

「やはり? 思い当たるところがあるの?」


 彼女はどこか思い詰めたような表情をし、うつむく。

 またそれは、何か迷っているような、戸惑っているような表情のようにも見えた。


 彼女が黙っている間、アーニャとアイリスはアイコンタクトをして、質問をするときの役割分担を簡単に決める。


 アーニャが質問し、その間の相手の反応をアイリスが確認する。

 長い間を置き、スクレは何度か小さく深呼吸をした後、覚悟をするように震える声で話し始めた。


「オーランド様、かなり追い詰められていたようで、最近はずっと暗い顔をされていました」

「……何が原因だったの?」

「……」

「……話してくれないかしら?」


 何か重い事情があるのか、口を引き結んでしまったスクレに、アーニャは宥めるように優しい口調で訊く。

 その様子に、スクレの表情は少しだけ解け、彼女はゆっくりと口を開いた。


「実は……今、の、農業関係の団体から……かなり圧力を受けておりまして……」

「圧力?」


「はい。この国の『専業農家制度・・・・・・』を撤廃しろと……農家に自由を、と」

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