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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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疑い-2

 入浴の時間。

 中庭にある大浴場に向かい、アーニャは服を抜いて風呂に入る。

「あ~、生き返る~」

 25m×25mで作られた大浴場の大浴槽。

 そこで手足を伸ばして、背泳ぎのような状態で漂うアーニャ。

 かと思えば次にくるっと平泳ぎをしたり、シンクロのように潜水して状態で足を出して、くるくると回ってみたりして、

「大きいお風呂で行儀悪くしても怒られない。これが王族の一番の特権よね~」

 贅沢だわ~、と一通り遊び終えた彼女は、浴槽の端で凭れて、一息吐く。

 と、天上には三日月が浮かんでおり、彼女はそれを見て思う。


 ―――月って、ああやって半分以上影で覆われてても、こんなに明るいのよね。

 国も同じなのかしら。

 上層部がどれだけ後ろ暗いことをやってても、地上から見れば綺麗な国に見えてしまう。


「……お父さん」

 湯船につかりつつ、彼女はさっきの夕食のことを思い出していた。



      ・・・



 自室を出たアーニャは、夕食を摂るために食堂に向かった。

 廊下を歩きながら、彼女は様々な思考を巡らせる。


 ―――アイリスに関しては、伝えられるだけのことは伝えた。後は彼女の判断に任せるだけ。

 例え逃げたとしてもそれは彼女の意思によるものだし。

 それに逃げたとしても、彼女は彼女自身の目的を達成するためにどうあってもまた侵入してくるはず。その時にもう一度同盟を組めばいい。

 

 アイリスについてはそこで思考を切り上げる。

 問題は彼女の話についてだ。

 自室でアイリスと話していた時はポーカーフェイスをしていたが、しかし内心ではさすがに動揺していた。


 ―――父さんが魔族と? そんなことあり得ない……あり得ない……なんて、言い切れるかしら?

 思い当たる点がないわけではない。

 まず第一に『ナールングの被害』だ。

 確かにここは高い壁があり、守りは強固だ。

 しかしそれでも魔族の被害が一つもない・・・・・ということがあり得るのだろうか。

 魔族は神出鬼没。その特性故に、他の国では大なり小なり被害が出ているという。

 被害が出ていない、または確認されていないのはここだけである。

 そして第二に『国自体の落ち着き様』だ。

 これは単純に危機感がないからかもしれないが、しかしそれにしても落ち着き過ぎている。

 まるで戦争なんて起きていないかのように。

 公務もほとんどが平時のもので、税金の動きに異常もない。異様に兵力につぎ込んだり、急に食料をため込んだりと、そんな仕事は今のところない。

 原因はあの壁への信仰からか、それとも他に何かあるのか。


 『ナールングの被害』『国の落ち着き様』

 この二つが、彼女の脳内で引っ掛かっていた。

 しかしいくら一人で考えても、こればかりは答えがでるはずもなく、

「……とりあえず部屋に戻ってからにしよ」

 そう呟きを最後に、思考に区切りをつけて、彼女はいつものにこやかな表情に戻る。

 そして食堂に着き、中に入る。

 中に入ると既に国王の『バーリー・ナールング』と皇后の『アブリール・ナールング』が既に席に着いており、アーニャを待っていた。

 アーニャは「お待たせしました」と一礼して、席に着き、三人で祈りの言葉を述べてから食事を始める。

 特にお客さんなどがいない場合、食事は家族3人で摂る。

 長いテーブルの端と端で食事をする。世間一般では、家で家族で食事をすることを『食卓を囲む』なんて表現をするが、

 ーーー食卓に点在してるって感じね。

 目の前の長いテーブルでの食事風景を見て、アーニャはいつもそう思う。

 と、

「アーニャ、最近勉強の調子はどうだ?」

 ふと、バーリーが思いついたように彼女に訊いた。

 しかしそれは今まで何百回も聞かれた質問であり、

「ん〜……まあまあかな」

 と彼女はこれまで何百回も返した答えを今日も返した。

 それに対し、バーリーは「そうか」と薄っすらと満足げな顔をして、料理を口に運ぶ。

 またそんな二人のやり取りをみて、アブリールも微笑まし気に頬をほころばせる。

 いつもの風景。いつもの食卓だ。

 アーニャはそう思う。


 ーーーすごいフツー!

 あれじゃん。普通のどこにでもいるお父さんじゃん。

 食事中に娘とお話したいけど、手頃な話題がなくて、とりあえず「今日は何した?」「勉強どうだった?」「学校どうだった?」ってついつい聞いちゃう普通のパパじゃん!

 完全に娘にウザがられるタイプの普通のオヤジじゃん!


 もし二人の間に生まれてきた女の子が私じゃなかったら、絶対今頃嫌われてたよパパ、と内心で寛大な自分を自画自賛するアーニャ。今日もご飯が美味しく感じる。

 しかしその合間合間で彼女は父バーリーの挙動を観察していた。

 特に変わったところはない。まあ、悪いことしてても、それが日常化してたら変化なんてどこにもないだろうけどね。

 故に彼女は、今のバーリーを見つつ、記憶をさかのぼる。

 遡って、今までに変化はなかったか、脳内で検索する。

 しかし、正直そんな注意して見ていたことなんて、今までなかったので、遡ったところで答えはでなかった。



      ・・・



 そして、結局モヤモヤとしたまま夕食が終わり、入浴している今に至る。

 アーニャは湯船に浸かりながら何度も思い返し、バーリーの様子の変化を探すが、

「あ〜、わかんにゃ〜い」

 答えはやはり出ず、思考はお湯に溶けるように消えていく。

 同時に彼女の体もブクブクとお湯の中に沈んでいった。

 と思ったら数秒後、ザバンッ、と彼女は飛び起きるように湯船の中で立ち上がった。

「ーーーーーのぼせる……」

 その後彼女は湯船から上がり、冷水を頭から被って汗を流す。

「かぁーッ! 気持ち良いぃ!」

 長い桜色の髪の毛を振り乱して水滴を払い、腰に手を当てて一息吐く。

 そうして頭がすっきりしたところで浴室を出て、寝間着を着て大浴場を後にした。

 廊下を行き、自室へと向かった。

 その間はアイリスのことを考えていた。

 彼女はまだいるだろうか。一人で探索を始めてしまっているだろうか。

「誰にも見つかってないといいけど」

 部屋の前に到着すると、自室なのにアーニャは小さく深呼吸をして、ポーカーフェイスを貼り付けつつ、少しだけ覚悟して部屋に入った。

「ただいまー。ちゃんと良い子にしてたー?」

「はーい! 良い子にしてましたー!」

「?」

 予想外の声が聞こえ、アーニャは疑問符を浮かべながらベッドの方を見た。

 そこには見知った一人のメイドと、縄で縛られ天井から吊るされているアイリスが居た。

 アーニャと目が合ったアイリスは彼女を睨む。ベッドの下が安全と言ったのはどこの誰だ、と言いたげだ。

 それにアーニャは、遠い目で微笑む。

「……良い趣味してるよ。本当に」

「なんでそうなる!? これはこのメイドが勝手に!」

「いや、みなまで言わなくていい。快楽の種類は人それぞれだから。そこは私も理解がある方だから」

「だから違うって! ていうか本当に苦しいから解いて!」

 アイリスは必死に抗議するが、アーニャはそれを無視してメイドに話しかける。

「ベッドメイク、いつもありがとう『メリッサ』」

 それにメリッサと呼ばれたメイドの少女は「いえいえ」と笑う。

 ブロンドのショートカットで爽やかな印象の少女。故に笑顔が良く映える。

 アーニャとは幼い頃からの仲であり、王女とメイドという関係ではあるが二人ともそんな意識はなく、互いを友達だと思っている。

 メリッサは風呂上がりのアーニャを見て、まだ少し髪の毛が濡れていることに気づくと、サッとクローゼットからタオルを持ってくる。

「アーニャ様、ベッドに座ってください。髪を拭きますよ」

「うん。ありがとう」

 言われた通り、アーニャはベッドに腰掛ける。その後メリッサは「失礼します」とベッドの上に乗り、アーニャの後ろに座って髪の毛を拭く。

「結構髪の毛伸びてきましたねぇ」

「そうなのよ。もう邪魔で邪魔で。バッサリ行こうかしら」

「だめですよ! 髪の毛はこのくらい伸ばしておかないと! 王女の身だしなみの一つです!」

 昔から、ナールングの王族の女性は、ある程度髪の毛を伸ばしておかなければいけないという暗黙のルールがあるのだ。

 髪の毛というものは手入れに非常に手間がかかる。それは長くなれば長くなるほどかかってくる。

 また少しでも手入れをサボるとあっという間に傷んでしまう。

 故に長く綺麗な髪の毛を持っているというのは、それだけの手入れできるだけの財力と技術を持っているという証明になり、そこから王女の威厳という所に繋がるのだ。

「髪の毛一つで決まる威厳て、どうなのよ……」

「髪の毛は女性の命ですから」

「あら、上手いこと言うわね」

「ありがとうございます。それに私たちメイドから見たらアーニャ様の髪の毛は憧れですよ。メイドは衛生的な問題から髪の毛を伸ばせないので」

「そう! それよ! それも私おかしいと思うの! あれでしょ? 衛生面って、結局髪の毛が料理に入ったりするからとかそう言う意味でしょ? 別に結べば良くない?」

「まあ、そうなんですけどねぇ……ルールなので」

「メイドたち皆きっとそう思ってるわよね? 私王様になったらまずそこから改革するわ」

「え! ありがとう! 楽しみにしてる!」

 メリッサは心から嬉しそうに笑う。

 それにアーニャも嬉しくてほっこりした気持ちになる。彼女はアーニャとの会話中、嬉しかったりテンションが上がると敬語を忘れてしまう癖がある。

 逆にアーニャはいつも「敬語じゃくていい」と言っているのだが、メリッサが「敬語じゃないと駄目です」と首を横に振り、続けているのである。

 

 髪の毛を拭き終わると、メリッサは「さて」とタオルを床の隅に置き、アーニャをベッドに入れる。

 そしてその寝ている隣に自分も入って、

「私もここで寝まーす」

「あら、今日はそんな気分なの?」

「うん。今日はもう仕事したくないから」

「仕事あるならしなさいよ」

「えー……じゃあ頭撫でてくれたら頑張ります」

 そうメリッサは頬を膨らませて拗ねるような目でアーニャを見る。

 そんな彼女が可愛く、アーニャは「はいはい」と彼女の頭を撫でてあげる。

 するとメリッサはコロッと表情を変え、猫のように手に頭を擦り付ける。そしてシレッとアーニャの胸に顔を擦り付け、幸福感溢れる緩んだ表情になる。

「あー、もう、ここで寝られます」

「涎垂れてるわよ」

「大丈夫です。これ洗濯するの私なので」

「む、それなら文句言えないわね……」

「もうここで寝るー」

「……しょうがないわね」

 結局その可愛さに負け、アーニャは頭を撫でてあげる。仕事の疲れが溜まると、いつもこうして甘えてくるのである。こういうところも昔からなので、アーニャは優しく頭を撫でてあげる。

「しかたない。今日はこのまま寝ますか」

 そしてアーニャもそのままゆっくりと瞳を閉じた。

 ―――今日は色々なことがあって疲れた。早く寝よう。


























「って、イチャついてんじゃねえよッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! 縄解けよ!」



 

 


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