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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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疑い

 見知らぬ少女を部屋に招き入れた直後、部屋に家庭教師が戻ってきた。

 アーニャは少女を慌ててクローゼットの中に隠し、素知らぬ顔で再び勉強を開始した。


 そして、3時間後。


「勉強死にしたわー」

「死んでないでしょ」

 家庭教師が出ていき、事切れたように丸机に突っ伏したアーニャ。

 それを見て、クローゼットから出てきた少女はため息をつく。

「さっき私に見せてたあの余裕はどこに行ったのよ……」

「さっきは私のほうが立ち位置上だったから」

「クズいな!」

「クズじゃないわよ! ちょっと人を見下したり、上から拳を振るうことが好きなだけよ!」

「だから、それをクズっていうんだって!」

 そうツッコミながら、少女はさっきまで家庭教師が座っていた方の椅子に座り、

「とりあえず起きろー。そして約束通り私に紅茶を入れろー」

 と彼女の頭を指で突く。

「その発言、あなたもそこそこのクズよね。不法侵入者のくせに」

 それにアーニャはイラッとくるが、確かに自分が言ったことなので、素直に立ち上がり部屋の隅に向かった。そこにはさっき家庭教師に入れてこさせたお湯があり、彼女はそれを使って紅茶を淹れ、ついでに適当なお菓子も一緒にトレイに乗せて持ってくる。

 ーーー給湯室まで行ってたら、逃げられるかもしれないしね。

 その可能性を考えて、しれっと家庭教師に淹れてこさせたのである。

「はい、おまちどうさま」

「……よく考えたら、お姫様にお茶淹れさせてるんだよね?」

「そうよ。普通ありえないわよ」

「そういう割には結構手慣れてる感じがしたけど?」

「ま、私は身の回りのことは自分でやりたい派だからね」

 アーニャはそう言って少女の前に紅茶とお菓子を出し、自分は立ちながら紅茶を飲んで「あー」と声を漏らす。

「うまいわー」

「オッサンか!」

「オッサンで結構。親しみやすさが私の売りなのよ」

「本当に口の減らない人」

「あ、それも取り柄(笑)」

 アーニャがクスリと笑みを返すと、少女は少しムッとし顔を逸らす。

 そこでアーニャは席に座りつつ、改めて少女の顔を見る。

 雪のように白い肌に、ガラスのように透き通った長い髪。体もそこまで肉つきはなく、むしろ痩せていてスリムな感じだ。

 この少女がつい数時間前に壁に張り付いていたなんて、実際目にしていなかったら信じないだろう。

「ああ!! そういえばすっかり忘れてたわ!」

 突然バンッと机を叩いて立ち上がったアーニャに、少女はびっくりして紅茶でむせてしまう。

 が、それを無視してアーニャは少女に問う。

「あなた、名前は?」

 あまりに特殊な状況と、勉強疲れのせいですっかり忘れていた。

 アーニャはまだこの少女の名前すら知らないのだ。

 彼女の問に、少女はまた言いにくそうに視線を逸らす。そして思案気に瞳をしばし伏せ、

「…………『アイリス』。それが私の名前よ」

「アイリスね。年齢は?」

「女の子にそれ訊く?」

「私も女の子よ。ちなみに私は十七歳よ」

「私は……十五ね」

「は? 年下なら敬語使えよ」

「急に!?」

「アハハ、冗談よ! よろしくアイリス」

 そうアーニャは手を差し出し握手を求める。

 それに、

「よろしくって……自分で言うのもなんだけど、私不法侵入者よ? 怪しまないの?」

 アイリスの表情に戸惑いと警戒の色か滲む。

 おとぎ話に登場するお姫様みたいな見た目なのに、瞳は鋭い光を帯びる。

 対してアーニャは手を引っ込めることなく、ニコリと笑う。

「ええ、疑ってるわ」

「……」

「けれどあなた悪い人じゃなさろうだから。私のボケにもしっかり反応してくれるし」

「それだけで判断したのか?」

「まあ、あとは紅茶ね」

「紅茶?」

「毒入り☆」

「!!?」

「の可能性もあったのに、あなたは何の疑いもなく飲んだ」

「馬鹿にして……」

「アハハ、ごめんなさい。でもあなたに見えないように家庭教師に指示して本当に毒入り紅茶を持ってくることもできたのよ?」

「……そっちも紅茶飲んでたでしょ? だから私も飲んだんだ」

「変なところで往生際が悪いわね。毒の入れ方なんていくらでもあるでしょ? カップの飲み口とか持ち手に塗ったり、後で効果が出てくるものにして、私だけ解毒薬を後で飲むとか」

「……」

 すらすらと出てくる単語にアイリスは呆けて口を開けてしまう。

 その驚いた表情を見て、アーニャはまた笑う。

「そんな考えすら浮かばないあなたが、悪い人なわけないじゃない。だ・か・ら、信用したのよ」

 そうしてアーニャは差し出していた手を伸ばし、固まっていたアイリスの手を取る。

 そしてギュッと握る。

「と、いうわけでよろしくね。アイリス」

「……よろしく。アーニャ・ナールング様」

 完敗だと言いたげにため息を吐くアイリスに「アーニャでいいわ」と彼女は嬉しそうに言う。

 そして握手を終えた後、彼女たちは再び紅茶を飲みつつ、約束の本題に入る。

「それで、アイリスはどうしてあんな場所にいたの? ここは山じゃないわよ?」

「誰がクライミングするか、こんなところで!」

「そこに城があるから上るんだ、みたいな?」

「一々ボケないと話できないの!?」

 冗談よ、とアーニャは笑うが、アイリスは徐々に表情に疲れが現れてきている。

 その後アイリスは一つ、大きくため息を吐くと、

「……ちょっと、王様に用事があったんだ」

「うちのオヤジに?」

「オヤジ……あなたが言うと一気に一般市民感増すわね」

「親しみやすさが私の」

「はいはいそれは分かったから」

「……(´・ω・`)」

 言葉を遮られ、しょぼんとした表情をするアーニャ。

 しかしアイリスはそれを無視して「コホン」と咳払いをし、話を再開する。

「少し気になることがあってね。簡単に言うと身辺調査よ」

「うちのオヤジが怪しいことに手を出してるって?」

 簡単にいうとそう言うことね、とアイリスは淡々と言う。

 それを聞いて、今度はアーニャの表情が鋭くなる。

 自分の親が疑われているのだ。当然の反応だろう。誰だっていい気分はしない。

 アイリスはそれを分かった上で彼女に話をしたのだ。


 ―――まあ当然怒るわな。自分のお父さんだし。 

 これで兵士呼ばれて、最悪捕まっても大丈夫か。牢屋とか壊せばいいし。それか場合によっては法廷とかで王様に会えるかもしれない。


 なんて彼女は考えていた。

 しかし、



「――――――それで・・・?」



 アーニャの第二声は予想とは違ったものだった。

 アイリスはやや驚きつつ、彼女の顔を見る。

 鋭い眼光、真剣な表情は変わっていない。

「……『それで?』って言うのはどういう意味だ?」

 思わず彼女はそう訊き返した。

 それにアーニャはさも当然であるかのように返す。

「『何か証拠はあるの・・・・・・・・?』って意味よ。少し分かりづらかったわね、ごめんなさい」

「証拠って……」

「? 私何か変なこと言ってる?」

「……いや、私がいうことじゃないんだけれど……自分の親を疑われてるんだぞ? しかも不名誉な疑いを。それで、『証拠は?』って、その反応は……」

 戸惑うアイリスに、アーニャは眼光そのままに、口角を薄く上げる。

「疑われているならそれを晴らせばいいだけ。その疑いを晴らすためにも証拠を集めなければいけない。そして証拠を集めた結果、疑いが確信に変わったなら裁けばいい。それだけのことでしょ」

「父親でも?」

「父親でも。ただし、判断材料は平等に。これは絶対よ」

 そうアーニャは指をピンと立てる。まるで「ここがポイント」と言いたげに。

「善悪、良し悪し、好き嫌いとか、対立二つの概念を比べる時は必ず双方向から判断材料を集めないと正確な判断は決してできない。依怙贔屓えこひいきになるから」

「……」

「私が言いたいこと、分かってくれたかしら?」

「……つまり現状を正確に理解して、そっちはそっちで正しいことを証明する情報を集める。そして私は悪だと証明する情報を集める、と」

「その通り。まあ弁護士と健二・・みたいな感じね」

「おーい『検事・・』の字が間違ってるぞー。誰だそれはー」

「素晴らしい。そんなあなたには漢字検定十級をあげよう!」

「その何とか検定については知らないけど、それが馬鹿にされているってことはわかった.

ホントいい加減にしろよ?」

 このやろう、と苛立ちが募り、拳を握るアイリス。それを見て少し危機感を覚えたアーニャは「ごめんなさいごめんなさい」と謝って宥める。

 しかしその表情はどこか作り物めいており、アイリスは怪訝な顔をする。

「あなた、本当に王女?」

「いずれ王になる女と書いて『王女』よ」

「……本当に食えない人」

「あら? 食人主義の人だったの?」

「……(#^ω^)」

「アハハ、ごめんなさい。そんな睨まないで……それで、私のこの話に乗るの? 乗らないの?」

 なんて、アーニャは無邪気な表情で小首を傾げて、しかし試すような視線でアイリスを見る。

 アイリスは一瞬の間を置き、諦めてため息を吐く。

「……分かったわ。滅茶苦茶だけど、その話に乗るわ」

 その彼女の返答を聞き、アーニャは今度こそ裏表なく無邪気に「やった!」と喜ぶ。

 その様子を見て、アイリスは思う。


 ―――ここで彼女に逆らうのは得策ではない。兵士を呼ばれるかもしれないし……別に呼ばれても問題はないけれど、面倒事はできるだけ避けたいし。またアーニャを監禁、もしくは殺したとしても、結局後でバレて同じことになる。結局面倒になるだけ。

 何より、私はここに戦争を吹っ掛けに来たわけではない。むしろ有益なら協力を申し出たい・・・・・・・・と思っている。

 そのための調査に来たのだから。

 ―――しかし、アーニャ・ナールング。彼女は一体どういうつもりなのか。

 何が目的でこんな話をしているのだろうか。


 と、アイリスが思考していると、アーニャは「それじゃあ早速」と話を進める。

「あなたがうちの父さんを疑ってる理由を教えて!」

「オヤジじゃないの?」

「分かれば何でもいいのよ。それより早く。私たち今同盟関係なんだから」

 さあさあさあ! と迫ってくる彼女に、アイリスは「近い近い! 顔近い!」と押し戻しつつ、

「私が知りたいのは他の強国との関係。そして魔族との関係よ」

「魔族……? 裏で手を組んでるってこと?」

「……自国のことなのに、本当に飲みこみ早いな。ショックとか普通受けるだろ?」

「落ち込む前に行動すべし。そうでしょ?」

「まあ、それは確かに」

「で、うちのパピーが魔族と繋がってるって?」

「そうじゃないことを確認しにきたのよ。ていうかお父さんの呼びかた統一して!」

「なるほどね……」

 ふむ、とアーニャは腕を組み、口元に手を当てて思案気に顔を俯かせる。

 そしてしばらくして、部屋の時計を見て、「あ!」と少しだけ驚いて立ち上がる。

「すっかり忘れてたけど、今から私夕食と入浴の時間だから。夜が深まってから行動を始めましょ。それまではここに居て。ご飯とか必要なら持ってくるから!」

 とやや早口で指示を出すと、すぐに出入口の方に向かっていった。

 その後ろ姿を見て、アイリスは思う。


 ―――あの王女様を待って行動するか。城のことを知ってるだろうし、一緒に行動して得になることは多々ありそうだ。

 しかし本当に、完全に味方かどうかはまだ分からない。

 ここは一人で行動した方がいいか?


 そう思っていたとき、アーニャは「あ!」と何かを思い出したように振り返り、

「逃げるなら逃げてもいいけど、その決断は早めにしてね。逃げるなら窓からどうそ。ただしその場合は私と連絡取れるよう何かしらの方法を用意しておいて。で、隠れるならベッドの下がおすすめ。後十分ほどしたら召使いがベッドメイクとか部屋の掃除で来るから。クローゼットの中だと洗濯したものとか戻しに来た時にバレる可能性があるから注意ね」

 以上、とまた早口でざっと説明をして、今度こそ彼女は部屋から出て行った。

 残されたアイリスはこの後どうするか、しばらく考えながら窓を見たり、部屋を見回したりしていたが、少ししてため息を吐き、

「…………しかたない。ベッドの下に隠れるか」

 と、ベッドの下に入り込んだ。 


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