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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第八章 『姫は手段を選ばない』
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退屈な姫



 ――――――私が住んでいる世界は、何かが違う。



 そう思うようになったのは、割と最近のこと。

 勉強中、窓の外を見るたびに、私は思う。


 広大な青い空。のんびりと漂う白い雲。

 さえずる鳥。そよ風に踊る草木。

 そして、そんな平和な世界で生きている人々。


 それらの景色は、まるで窓枠と言う額縁の中で踊る生きた絵画のようで、

 現実感が、まるでなかった。


 私は視線を街から移し、その奥に建つ物を見る。

 巨大な壁。

 それらがこの城下町の周りを取り囲んでいる。

 高さは五十メートル強。

 いわゆる城壁だが、他のどの国よりも大きい。大陸最大級の大きさを誇っている。あの壁のおかげでこの国は他国からの進軍を許さず、大きな兵力を必要としなくても今日まで生き残ってくることができた。

 建造されたのは900年前。魔族との戦いが終わってからすぐに工事は始められ、大臣も兵士も含め、国民総出で取り掛かった。

 また、現在では再現不可能なコンクリートの技術が用いられており、900年経った今でもヒビ一つない。

 それらの歴史ゆえ、今では平和の象徴となっている。

 


 ……と、長々と能書きを脳内で行ったが、結局のところ壁だ。

 そんな壁を眺めて、私はもう一度街の様子に目を落とす。

 そして、そこで流れているのんびりとした時間にため息を零す。

「平和、ねえ……」

 聞こえの良い言葉だ。とても耳障りが良い。その単語一つで安心してしまいそうだ。

 おそらく下の人間は、それらが当たり前で、空気の如きそこにあると思っているのだろう。

 ご立派な900年ものの壁の外。そこで何が起こっているのか、想像したこともないのだろう。

 私は視線を机の上に戻し、開いている本の文字を追う。

 歴史の教科書だ。

 そこに記されている単語。



 魔族。



 この種族は、もはや歴史上のモノではなくなってしまっている。

 勉強の中で学んだ。

 奴らはまるで災害のように、いつ何時襲ってくるか分からないのだと。

 あくまで書物の中の情報でしかないが、それでも私は寒気がした。まるで今まで踏みしめていた地面が、いきなり崩れ落ちてしまったかのような、不気味な浮遊感に襲われた。

 世界は今、戦火で満ちている。

 例え高い壁があっても、一枚隔てた向こうには危険が広がっている。

 私たちはその脅威に常にさらされている。

「平和の壁。私たちの先代様方はあんなものを作ってどうしたかったのかしら……」

 歴史の教科書をパラパラパラっと見ながら、私は肘をついてため息を吐いた。


 平和の壁。ソレは境界を示すもの。

 境界があるということは、区切るべき何かがあるということ。

 それはすなわち、あの先に平和はないと断言しているようなものである。

 境界の向こう側は、もう絶対に平和にはならないと見捨てられたのだ。


「傲慢ね」

 私はそうまたため息を吐き、「もう考えるのやめよ」と切り替えて今度は数学の勉強を始めた。


 これが私の日常。

 この二十畳ほどの部屋で勉強したり読書をしたり、たまに召使いと話したり、ふらっと城内を散歩したり、そんな日々の繰り返し。

 それが私ナールング国の王女『アーニャ・ナールング』の日常である。



      ・・・



 晴天に恵まれたある日のこと。

 アーニャは勉強をしていた。

 今日は家庭教師が居る日で、さっきまでみっちり付きっきりで語学から数学から歴史から化学までやらされていた。

 しかし今は休憩時間で、家庭教師はトイレに行くといって席を立った。

 ので、誰も居なくなった部屋で一人となったアーニャは、

「ああ~」

 なんてため息代わりに意味のない声を出す。

 その後体を捻ったり、頭を振り回したりしながら「あ~あ~あわわわわんっ!」なんて本当に全く意味のない奇行をする。

 そして今度は突然、静止画のようにピタリと動きを止め、

「……暇だぁ」

 ため息を吐く。

「勉強ばっかでホント死にそう」

 勉強死にするわぁ、と机に突っ伏す。

 ―――朝から晩まで勉強勉強勉強。もういい加減にしてって感じ。


 休日はこうしていつも家庭教師との勉強だけで終わる。

 平日は父の公務の手伝いがあるため、家庭教師は居ない。そのため自習した後は意外と遊んだりすることができる。


 したがってアーニャにとっては休日こそ休みのない日なのである。


「ったく誰よ。土日に『休日』なんて名前付けた人。全然休みじゃないじゃない。世間は休みなのに……逆に何で私が休めないの? 私王族よ? 偉いのよ?」

 独り言の毒気が強くなる。

 ちなみに、前に家庭教師に同じように言ったところ「その王族のトップから勉強させるよう言われていますので」と淡々と受け流された。

「はぁ……私が女王になったら休日なくしてやろうかしら。働き方に改革じゃなくて革命起こしてやろうかしら」

 彼女は机から体を起こすと、席を立って窓の方に向かう。

 ずっと座って文字と記号の列を追い駆けていたせいだろう、思考がブラックな方に傾いている。


 ―――窓開けて、外の空気を吸って気分転換しよう。

 

 ということで、アーニャは窓に手をかけ、ガチャリと開いた。

 途端にフワリと微風が舞い込んでくる。

 ひんやりとした気持ちのいい風。

 そして暖かな日差し。

 それらの心地よさに、私は天を仰ぎ、次いでゆっくりと目を瞑る。

 その二つがあるだけで、大分気分がリフレッシュされる。ブラックだった気持ちがみるみる風で飛んでいき、体が軽くなったように感じる。

「はぁ、結局色々考えててもこれで切り替えられちゃうんだから、私って単純よねー」

 ハハハ、と思わず自嘲気に笑ってしまう。

 そして瞳を開けて、「よし!」と意気込む。

「リフレッシュした! 休憩後も頑張ろ!」

 そう、きびすを返そうとした時だった。

「ん?」

 違和感を抱いた。

 窓の下で、何かが動いたような気がした。

 アーニャはゆっくりと視線を下に向ける。

 と、そこには、


「……あ」

「あ……」


 一人の少女が・・・・・壁を上っていた・・・・・・・

 

 少女の両手にはカギヅメのようなモノが握られており、それでこの城の側面を上ってきたようだ。

 ちなみにここは地上三十メートルほどの場所である。

 アーニャと目が合った少女は「しまった……」と言いたげな表情で硬直している。

 それにアーニャはニコリと微笑みを浮かべ、

「ごきげんよう。変わったところで日光浴してるんですね」

 なんて挨拶をする。

 それは少女にとっては予想外の言葉で、一拍の後

「ええ、ちょっとセミになりたくて」

 と、ギコチナク笑みを返す。

 それを聞いたアーニャは「そうなんですか」と頷き、きびすを返そうとする。

「ちょっと待ってて。今ローション持ってくるから」

「ローションは止めて!」

「どうして? ボケが面白くなかったから、落ちてもらわないと」

「どこのお笑いコンテスト!? ちょ! ごめんなさい! やめて! さすがに私でも死んじゃうから!」

「大丈夫よ。ちゃんと死ぬから」

「だから大丈夫じゃない!」

 ちょっと待って! と慌てふためいて叫ぶ少女。それを見下ろしてアーニャは「あはは」とお腹を抱えて笑う。

 さっきまで勉強勉強で退屈していたアーニャ。

 故にこんな状況にもかかわらず笑いと好奇心をを堪えられなかった。

 一しきり笑い終え、アーニャは少女と会話を続ける。

「あなた面白いわね。どうしてそんなところに居るの?」

 その問いに少女はさっきまでの砕けた様子から変わり、言いにくそうに視線を逸らす。

 その様子を見て、またその少女の侵入方法から、決していいことをしに来たわけではないことをアーニャは察する。

 なので素直に聞いてみることにする。

「泥棒?」

「……そのつもりはないわ」

「なら真昼間から暗殺?」

「その予定もない」

「分かった! 誘拐でしょ?」

「生憎そこまで生活に困ってないわ」

「なら何をしにきたのかしら?」

「それは……」

「ん?」

「……中に入れてくれたら話すわ」

「そんな所に居て喉乾いたでしょ? 今水持ってくるわね……たらいで」

「笑顔で拷問してくるのね」

「可愛いでしょ、私の笑顔。美人さんてよく言われるの」

「ハッ、そうね。ここからじゃなかったらそう見えてたかも」

 そう苦笑交じりの嘲笑を返す少女に、アーニャは「ありがとう」と返す。


 それらの言葉のやり取りの間に彼女は思考を巡らせていた。

 

 ―――泥棒ならどうしてこんな場所を狙ったのか。

 ここは城の裏側。確かに侵入しやすいかもしれないが、しかしここまで高く上ってくる必要があっただろうが。他に低い位置で入れる場所はいくらでもあったはずだ。まあ兵士が守ってるだろうけど。

 ―――次に暗殺。なら余計にどうしてここを選んだのか。

 私を暗殺しに来た? どうして? 誘拐なら多少意味はあるだろうが、暗殺というのは訳が分からない。

 ―――なら誘拐?

 あり得ない。こんな場所から侵入して、私を誘拐して、その後どうやって逃げる? 侵入者である彼女単体ならまだ隠れたりできるかもしれないが、私を連れて隠れながら逃げるなんて不可能。


 アーニャは今度は真剣な顔になり、少女の目を見る。

「私に危害を加えるつもりは?」

 それに少女はさっきと同じように苦笑を返す。

「ないわ。もっとも、あなたが何もしないならだけど」

「……」

「……」

「……」

「……あの、腕、しびれてきたんだけど」

 アーニャは「ふむ」と考え、自分の部屋の中を見回す。

 そろそろ家庭教師が帰ってくるころだ。もしこの少女を中に入れたとして、どこに隠そうか。

「まあその辺りは適当にすればいいか」

 アーニャは「ふぅ」と一息吐き、ぱちんと指を鳴らす。


「オーケーどうぞ。すぐに家庭教師が来ることになってるから、その間は隠れててね。その後、お茶でも出すわ」



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