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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
101/122

王とは……

 ドルン国境付近。

 否、元ドルン国境付近といったほうが正しいか。

 その森の中に、大勢の人影があった。


 かつて強国と呼ばれ、百戦錬磨の戦績を誇った猛者の国。

 ソルダート王国の国王軍。


 否、こちらも元ソルダート王国国王軍と言うべきだろう。

 彼らの領地は現在、魔王によって乗っ取られてしまったのだから。


 あの戦いの夜から二晩が明けた。


 領地を失い、行き場を失い、帰る場所さえなくなった彼らは、再びドルン領の方に戻る以外に道はなかった。

 己が領地からの退却。これほど屈辱的なことがあるだろうか。


 野営のテントの中、兵士たちは自分たちの傷の手当てをしながら残り少ない食料を少しずつ食べている。

 兵士らの顔に、かつてのような覇気はない。

 皆死人のように無口で、虚空を見つめ、呆けている。

 そしてそれはストレングスも同じだった。

「……」

 彼は兵士たちから少し離れた切り株に腰を下ろし、ため息を吐き、時折何かを思い出すように口を引き結ぶ。しかしそれだけで、またため息を吐いて頭を抱える。

 あの夜の敗走からずっとこの繰り返しだ。


 ―――――フライデーの放った言葉が、脳裏に反響する。

『さて、あなた方はいかがしますか?』


 あの最後通告を前に、彼はついにひるんでしまった。

 尻尾を巻いて逃げたのだ。

 ……いや、あの場では正しい判断だったのだろう。

 あのまま戦いを続行していれば間違いなく一方的に全滅させられていた。

 それくらいの戦力差があったのだ。

 故に、兵士を無駄に失うわけにはいかない、と彼は退却を命じた。

 ソルダートの史上初の敗走。

 戦略的撤退ではなく、完全なる敗走。

 自分の代で歴史に残る大敗をしたことを、彼は認めた。

 認めざるを得なかった。


 ―――――失ったものは、大きい。


 命は守ることができた。

 しかしそれ以外の全てを失った。


 戦績も、名誉も、プライドも、領地も、民も、

 有形無形に限らず、ほぼすべての財産を失ったのだ。


(……俺のせいなのか。いや、俺のせいだ……)

 彼は唇を強く噛む。血が流れるが、それでも噛むのをやめない。

(何だこのざまは、俺のせいで……俺が無謀だったせいで……クソッ、まさかあのヴォールの言葉の通りになるとは)

 屈辱。

 後悔。

 渦巻く真っ黒でやり場のない感情の暴風。

 しかし暴風は怒りに変わることなく、渦巻いた後、鉛のような感覚を胸に残していく。

 重く、冷たく、苦しい感覚。


 今更何もかも遅い。

 何もかもがなくなってしまった。


 残っているのは草臥くたびれた己が体と、傷だらけの兵士のみ。

 彼はチラリと兵士たちの方を見て、自嘲的な笑みを浮かべる。



 ―――――これが……こんなものが俺の王国か。



 国は王を映す鏡。

 王が最良ならば国は反映し、

 王が最悪ならば国は容易く滅ぶ。

 ストレングスは昨日の晩の戦いで、自分が叫んでいたシーンを思い出し、唾を吐き捨てる。

(昨日の自分をぶん殴ってやりたい)

 史上初の大敗に加えて黒歴史まで刻まれてしまった。

 今になって、自分がどれだけ愚か者だったか、ようやく理解できるようになった。


 ――――――自分は王の器ではなかった。


 許されるなら、今ここで胸に剣を突き立てて自害したい。

 そうして今まで自分が行ってきた全てのことを償いたい。

 兵士たちに懺悔して、領民全てに懺悔して、天に許しを請いたい。

 この二晩、彼は毎日のようにそう考えている。

 そうして自分の腰にある剣を見るのだ。

 そしてその度に、


「ッッッ!!」


 彼は懐に持っていたナイフを取り出し、自分の手の甲を切り裂く。

 鋭い痛みが走り、神経が強制的に覚醒させられるような感覚を得る。

 その手を見ると、何度も切ったのであろう、まだ塞ぎ切っていない生々しい傷がいくつも付いている。


「……それは逃げだ。ストレングス・ソルダート」


 彼は自分自身に言う。

 他の誰にも聞こえないよう、小さく押し殺した声で。

「もうこれ以上逃げるな、逃げてどこに行くんだ。お前は確かに王の器じゃない。しかしお前は王なのだ。王なのだ。ならばこれ以上逃げるわけにはいかない」

 徐々に早くなる呼吸を時折落ち着けつつ、彼は切った手を強く握る。切り傷が圧迫され、指の間から血がにじみ出てくる。

 その紅を眺めているうちに、自然と彼の表情は睨むようなものに変わっていた。

「今は兵士を救うことを考えろ。どうすれば生き残れる? どうすれば挽回できる?」

 ――――――考えろ。考えろ。動きながら考え続けろ!

 そう自分に言い続けた、しばらくすると小さく息を吐き、兵士たちの方に歩いていく。


 そう、彼は王。



 既に王なのだ。

 戦から逃げることはできても、この座についた以上、宿命から逃げることは永遠にできない。

 故に、自分がその器だったかどうかなどはもはや関係ない。


 王になったからには、その役目を果たさなければいけない。


 得手不得手は関係ない。

 向いているかいないかも関係ない。


 いかなる状況においても、どんなに最悪な状況であったとしても、

 臣下を導く、それが王の義務なのだ。


 人のうえに立つとはそういうことなのだ。




 そう、半ば開き直るように自分を無理矢理奮い立たせる。

「……皆の状況はどうだ?」

 ストレングスは部隊長の近くに行き、訪ねる。

 ストレングスが近づいて来たのを見て、彼はすぐに起立して背筋を伸ばしたが、その表情は疲れの色を隠しきれていない。

「皆、かなり疲弊しております。幸い傷を負ったものは少ないのですが……」

 彼はそこで少しだけ言い淀み、恐る恐る口にする。

「その……精神的な疲労が大きく、そのせいで弱っている兵士が多くみられます」

「……」

 精神的疲労。

 その言葉を口することは、暗黙のうちに禁止されていた。

 最強を誇るソルダート王国。

 その『最強』という肩書ゆえに、どのような相手であっても全力で、立ち向かっていかなければいけない。たとえ相手が自分よりも強大だとしても。

 その脅迫めいた心構えが兵士たちの基礎となっている。

 ゆえに、精神的に弱っているなど戦場で吐こうものなら、その場で上官から厳しく指導・・・・・・されるのが常だった。


 しかし今回は誰もなにも言わない。


「……そうか」

 ストレングスさえも、そうこぼした。

 彼の反応が予想外のもので、兵士一同は目を丸くする。

 誇り高いソルダートの王も、今回ばかりは認めざるを得ない。

 この敗北で負った傷は、あまりに大きい。

 それは国としてだけではなく、ストレングスもである。

 今まで精神論を振りかざしてきた彼も、今回ばかりは悔しさを黙って耐えるしかなかった。

「……ふっ、敗北の2文字が、こんなにも重いとはな」

 なんて、つい彼らしくないことを口走ってしまう。

 それに兵は答えず、少しの間俯いた後、

「……国王様、次のご支持を」

 そう、彼に視線を投げる。

 それにストレングスは暫し沈黙し、

「ナールング王国の領地は、ここから急いでも五日……いや、兵の疲労状況から見て一週間強はかかるか」

 ここはドルン領の端、ソルダート王国領との国境近くである。故に隣のナールング王国に向かうとしてもそれなりに距離がある。

「食料はそれまで持つか?」

「……難しいかと」

 食料は、ドルン領への往復分しか用意していないかった。そのため食料は限られている。

 現在、手持ちの食料だけでなく、動物を狩ったり、食べられそうな植物を採取してなんとか食いつないでいるような状況である。

 あと一週間ともなれば、用意してきた食料は完全に底を尽き、狩りのみで生活をしなければ行かなくなる。

 そんな生活で、しかもこの精神状態で、どれだけの兵士が耐えられるか。

 ストレングスは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「この辺りに一番近い村か町はないか?」

「ドルン領では……港町であるポートリオが最も安全かと」

「人はいるのか?」

「ドルンが崩落する少し前にも、まだ数隻船が行き来していたとの情報があります。戦火は届いていないと思われます」

「ポートリオまではどのくらいかかる?」

「四日……いえ、早くて三日です」

「三日か……道のりは険しいか?」

「いえ、比較的平坦な土地が続きますので、それほど困難は生じないかと」

「……よし。ならばそこを目的にする。兵に伝えよ。出発は三十分後だ。ポートリオに着き次第、食料を確保し、海路でナールングに向かう」

「御意」

 目的地はドルン領の海側の端、ポートリオ。

 そのため現在地から向かう場合はドルン領を横断しなければならない。

 魔族が戦で落としたドルン領。

 そこを横断するというのは、得策ではないように思える。

 しかしストレングスはそうは思わない。

 何故なら魔族どもは現在、ソルダート王国に集結しているはずだからである。何故ならそこに魔王が居るから。

(自国が落とされたからと言って、女々しくいつまでも落ち込んでいる訳にはいかぬ)

 港に着けば、そこである程度の食料を確保し、その後海路を使ってナールングに向かう。

 それしか方法はない。

「―――それが、最良の手だ」

 そう、彼がポツリと呟いたときだった。








果たして・・・・本当にそうかしらぁ・・・・・・・・・?」

「ッ!!?」






 どこかからか声がした。

 それが聞こえたストレングスも、他の兵たちも咄嗟に剣に手をかけ、辺りを見回す。

 しかし視界には森の緑だけ。

 音と言えば、草木が揺れる音のみ。

「上よ」

 その声に反応して、全員が空を見上げる。

 森の木々のさらに上。

 そこには一枚の巨大な絨毯・・・・・・・・が漂っており、

 一つの人影がそこから飛び出してきた。

 その人影が着地する前に、兵士たちは落下地点に集結し、取り囲もうと剣を構える。

 しかし、


「『強者の指弾フォースエグジル』」


 刹那、ドンッと。


 地面に何か見えないものが叩きつけられた。

 その衝撃により、爆発したかのように砂埃が舞う。

「ぐっ―――――!」

「ま、前が!」

「ひるむな! 目を開けろ! 相手を見失うな!」

 そう声だけは聞こえるが、実際に目を開いて視界を確保できている人間は何人いるだろうか。

 そんな中、着地したトンッという足音が聞こえ、次いで、何者かが地を駆ける足音が聞こえる。

 その足音から、相手が何を目的にしているか、誰もが容易に想像できた。

「ストレングス様!」

 兵士の誰かがそう叫んだ時だった。



 ダンッ、と最後に強く踏み込む足音が聞こえ、



 ―――――それ以降、音はしなくなった。




 次第に砂埃が晴れていき、徐々に辺りの状況が分かるようになる。




 兵士たちは砂で痛む目を必死に開けながら、辺りの状況とストレングスが居る方を見る。

 そこに居たのは、



 相手の喉に剣を突きつけているストレングスと、

 ストレングスの腹の手前で、拳を寸止めした魔法使いだった。



 数瞬の間、二人はそうして銅像のように硬直していたが、やがてストレングスが魔法使いが纏っている鎧の紋章に気が付き、目を見開く。

「貴様、ヴォールか!!」

「そうですよぉ」

 そう『クラハ・・・』は拳を引っ込めて、構えを解くと、恭しく一礼をする。

「私、ヴォール王国『先行魔法騎士団』のクラハと申します」

「そして、同じく先行魔法騎士団のケージと申します」

 いつの間にか、フワリと絨毯が降りてきて、そこからケージや他の魔法使いたちが降りてくる。

 そしてあっという間にストレングスの周りを取り囲み、残りは兵士たちに魔杖ワンドを向ける。

「王も兵士たちも動かないでください。こちらも被害を出したいわけではないので」

 そうケージは言って、ストレングスの方に歩んでいく。

 しかし、

「―――――ざけるな」

 次の瞬間、ストレングスは激昂した。

「ふざけるなッッ!! 下賤な魔族の手下どもが!!」

 そして剣を構える。

「―――それ以上近づけば、即座に殺す」

「もう一度言います。被害を出したくありません」

「黙れ」

 そう叫んだ刹那。

「『罰の足枷クロワ・グラビティ』」

 冷たい声で、魔法名が発せられた。

 それと同時に、ストレングスの体ががくりと沈み、彼の周りにクレーターができる。

 まるで見えない力で押しつぶされているかのように。

「ぅぐっ!!?」

 しかし寸でのところで膝を突くことはなく、剣を杖代わりにして耐える。彼の最後に残ったプライドがそうさせた。

 それを見てケージとクラハはやや驚きの表情を浮かべる。

「驚きました。普通なら地面にうつ伏せになって身動き一つ取れないはずなのですが」

「驚きのプライドねぇ」

「プライドは男の大黒柱ですからね」

 なんて緊張感のない会話を挟みつつ、「さて」とケージは表情を戻し、

「申し訳ありませんが、この場の支配権はこちらにあります。それだけご承知ください」

 そう伝えると、彼は魔法を解く。

 するとストレングスの体は軽くなり、彼はよろけながらなんとか立つことができるようになる。

「…………悪魔どもめ」

 そう吐き捨てるようにいって二人を睨むが、正直それでやっとだった。

 今の魔法のせいで残っていた体力すべてが持っていかれた。

 必死に隠しているが、手も足も震えている。もはや満足に剣を振るうことはできないだろう。

 それをケージは分かっていた。

 しかし彼はあえて近づくことはせず、距離を保って話を進める。

「クレーターの上から失礼します。何の用だと言いたげな顔をしているので、勝手に話を進めさせてもらいますね」

 そうコホンと彼は咳払いをすると、今度は彼もさっきのクラハのように頭を下げた。

「ソルダート王国国王『ストレングス・ソルダート』様。そしてソルダートの兵士の皆々様、お迎えに上がりました」

 それに倣うようにクラハも、そして他の魔法使いたちも全員、ストレングスのほうを向いて頭を下げた。

 その様子に、ソルダートの兵士たちも、そしてストレングスも目を丸くした。

「……いったい、何のつもりだ?」

 明らかに警戒の色を浮かべるストレングス。

 しかしケージは顔をあげ、紳士的な笑みを浮かべる。

「何か、おかしな点でも?」

「ふざけるな!! 迎えだと!? どういう意味だ!」

「その通りの意味です。あなた方を助けに参りました」

「ふざけるなと言っている!! 助けるだと!? 貴様、どこからそんな言葉が出てくる!! 魔族の手下どもが! 信用できるわけがないだろう!!」

「そう言われましても……」

 ケージは「アハハ」と困ったように笑い、頭を掻く。

「……例え、リューゲ・ヴォール様のことを知っていたとしても、あなた方は人間です。それならば、救うのが当然でしょう」

「なっ……」

「リューゲ様が魔族と結託して戦争を引き起こしたこと、既にあの魔族から聞いて皆さんご存知なんですよね?」

「……」

「だからあなたはここで私たち『ヴォール』が登場したことにより、口封じの可能性を危惧している」

「……」

「図星ですね。ですがそのようなことはしませんよ」

「……」

「なぜか分かりますか? というより、既にそれも魔族から聞いていると思いますが」

「……何だと?」

 警戒しつつも疑問符を浮かべてるストレングス。

 そんな彼の瞳を見つめ返し、ケージはニコリと柔和な笑みを浮かべる。

「――――――平和の為、だからですよ」

「!」

「リューゲ様の……いえ、我々の目的が平和だからですよ。だから誰も殺さない」

「……ふざけているのか?」

「ならすぐさまあなた方を殺していますが?」

 そう半ば脅すケージの瞳に、嘘は見られなかった。

 それは他の魔法使いたちも同様だった。

 本気で、彼らは平和を目指している。

「く、狂っている……」

 思わず彼はそう零した。

 魔族と手を組み、方や大量の人を殺しておきながら、

 その一方で人を守ろうとする。

 そしてそれらの行動は何かしらの野望のためや、謀略のためではなく、

 万人の平和のためだと。

 これが狂気でなくてなんなのか。 

 ストレングスは初めて……戦場でも感じたことのない、異様な寒気を目の前の魔法使いたちに感じた。


 平和。

 平和。平和のために。



 ……ストレングスには、それが妄信のように思え、同時に確信した。


 今自分は、カルト的な宗教団体に取り囲まれているのだと。

 そう認識を改めた方がいい、と。

 君主にとって宗教ほど、抗われた時に手の施しようがないものはない。


 それが国家レベルで、しかも強力な魔法も持っている。そして今、自分はそんな人間たちに囲まれている。

「……」

 ようやく彼は、自分が置かれている状況を理解したのだ。

 その蒼ざめた顔を見て、ケージは手を差し出す。

「というわけで、助けに来ましたよ。ソルダートの王様」

「……」

「この手を取っていただければ、あなたも、そして兵士たちの身の安全も全て保証しましょう。そしてこの絨毯で皆さんをヴォールに運び、温かい食事と寝床も提供しましょう。女を抱きたいなら快楽街で使えるクーポン券もお渡しします。もちろん口封じとかそう言った類のことはいたしません」

「……それは、ヴォール王からの命令なのか?」

「はい。リューゲ・ヴォール様からの命令です。故に私たちも、今の言葉が嘘ではないことを、ヴォールの名に誓いましょう」

「……」

さて・・あなたは・・・・いかがしますか・・・・・・・?」

「……」





 ストレングスはヴォール王国と手を組み、

 ケージとクラハたちとともに、ヴォール王国へと向かった。


 こうして、十字に仇なす怪物たちとソルダートによる戦いは、

 魔王と、ヴォールによって終結した。





      ・・・



「……と、いう動きになるわけか」

 王座に座り、新聞を読むように地図を広げる『アイゼン・・・・ケーラ・・・』。

「魔王とは裏で『同盟関係』。それはおそらくヴォールも薄々感づいているだろう」

 しかし、と彼は薄く口角を上げる。

「魔王と同盟関係になることで、ヴォールとは『共犯関係・・・・』になる。こうなるとヴォールは容易に手を出せない」

 このケーラと魔王の関係を暴露すれば、同じようにケーラもヴォールのことを晒すさらすだけだ。

 そうすればこの戦争のありとあらゆることが崩壊してしまうだろう。

 そうなれば本当にただの殺戮となってしまう。

 国そのモノから信用がなくなり、混乱した民衆はやがて暴徒と化し、魔族だけではない。あらゆるところで内紛・内戦がおこるだろう。

 ヴォールはそれを一番恐れるはず。

「……さて、これからどうなるのか」

 アイゼンは地図を眺め、にやりと笑みを浮かべた。



      ・・・



 男は少女に問う。

「本当に良かったのか?」

 それに少女は頷く。

 その表情は明るい。まるで日輪のように。

 しかし、それでも心配で、男は再度訊ねた。

「しかし、これでお前の寿命が……」

「そんな深刻な顔しないで、大げさよ。ほんの少し短くなっただけ」

 二カッと笑みを返し、少女はくるりとその場でターンをする。

「ほら、私まだ若いし! それにこれでちょっと大人っぽくなったでしょ?」

「……ああ、そうだな」

「でしょでしょ! 実は寿命なんかよりそっちの方が嬉しいのよね!」

「年寄に怒られるぞ」

 なんて、他愛のない話になったところで、少女は「……でも」と前を見据える。

「これで、やっと私も戦える」

 彼女の瞳の先には、何が見えているのか。

 少女は誰よりも明るく笑い、

 その影で小さな拳を硬く握りしめた。

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