村にて -3
「『ススキ』! ちょっとこれ洗濯してきて」
「はーい」
ススキと呼ばれる少女は籠いっぱいの洗濯物を受け取り、外に洗いに行く。外には桶と洗濯板があり、水は井戸から汲み上げてくる。
「よいしょっと」
水を桶に開け、腕をまくる。
目の前には柵があり、その奥には森が広がっている。
さて、と洗濯物を一つ取る。
と、そこで、コンッと何かが柵に当たる音がした。見るとそこには石が落ちていた。これが当たったのだろう。
しかし誰が、そう思って森を見ると、少し遠くに人影が見えた。木陰でくらいせいなのか、顔ははっきりと見えない。大きさから子供のようだ。
「ねえ君」
その人影はススキに話しかけてくる。声からして男の子のようだ。
少し驚き、固まっていると、人影は木の根元を指さし、
「この子を助けてあげて」
それだけいうと、走って森に消えてしまった。
何が何だか分からず、しばらく硬直するススキ。そして我に返ったところで人影の言っていたことを思い出す。
助けてあげて、という言葉が耳に残り、村を出て、その場所に行く。
近くまで来ると、恐る恐る忍び歩きでその指さした場所に向かい、慎重にその裏を覗き込む。
そこには一人の少女が眠っていた。
「あ……え……ええ!」
驚きで顔を引っ込めしまい、気持ちを整えてからもう一度覗く。
ガラスのように透き通った長い髪。整った顔立ち。
思わず目を奪われ、見とれてしまう。と、その子が苦しそうに息をしていることが分かった。額に手を当てると、
(あ、熱がある……)
ススキは急いでその子に肩を貸すと、村に運んだ。
村の人はそれを見るなり、「何だ?」と問い、彼女が容態を説明すると、薬草や何だと慌ただしくなる。
ススキは自分の家に少女を運ぶと、みんなが薬や水などを揃えてくれた。
そして、外が暗くなった頃……、
「……ん……ここ、は……」
「目を覚ました!」
ホッとみんなが胸を撫で下ろす。少女は虚ろな目で辺りを見回し、自分の真横にいたススキを見る。
「ここは、どこ?」
その目はまだ少し虚ろだ。
「ここは私の家よ」
「あなたは?」
「私はススキ。あなた私の家の裏に倒れてたの」
「家の……裏……」
次の瞬間、彼女の目に光が宿る。
そして何かを思い出したようで、布団から跳ね起き、
「カリオス!」
辺りを見回して、ススキの肩を掴む。
「カリオスはどこ!」
「お、落ち着いて!」
「私と同じくらいの年の男の子がいたはず!」
「だから落ち着いてって!」
かなり取り乱している。
ススキは何度も彼女に落ち着くように促し、人影のことを説明する。
「……なるほど。そういうことね」
「ただの風邪だったけど、大分こじらせてたみたい。しばらく安静にしておいた方が良いよ」
ひとしきり話を聞き、しばらくの間の後、少女はススキの方に向き直り、
「ありがとう」
丁寧に頭を下げる。
「あなたがいなかったら、私の容態はより重くなっていたかもしれない。本当にありがとう」
「いや、そんなことないよ!」
「そして村の皆さんも、本当にありがとうございました」
「いやいやいや」
「こんなきれいなお嬢さんを助けることができて光栄だよ!」
「まったくだ。家の嫁に来てほしいくらいだ」
「ちょっとあんた。聞こえてるよ」
「おっとしまった!」
男が奥さんらしい人に耳を引っ張られ、ドッと笑いが溢れる。人々はみんな気さくで、とても暖かい村だ。
それから他の村人が帰ったところで、
「さて……」
と少女は起き上がろうとする。
それを見て、ススキは止めようと抑える。
「まだ動いちゃダメ!」
「けど私、行かなくちゃ……」
しかし彼女は起き上がろうとする。何か焦っているようにススキには感じられる。
「どうして?」
はじめは心配と疑問の目で見ていたススキだったが、ふと、人影のことを思い出す。
「あの子のこと?」
「……」
その瞬間、彼女はピタリと動きを止める。そして表情を曇らせて、俯いてしまう。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう……」
そういう彼女の顔は大丈夫そうには見えなかった。
(これは何か話しかけた方がいいのかな……)
ススキは一つ、呆れたようにため息を吐き、
「まったく、こんなか弱い女の子を一人森に残してくって、ひどいことするわよね?」
「……仕方ないわ。熱があることを黙っていた私が悪いの」
「ふ~ん」
「この辺りじゃ治療する場所もないだろうし、彼は正しい判断をしたと思うわ」
そうなんだ、とススキは彼女の様子を見ながら話を聞く。少しは落ち着いたようだ。
「そういえばその彼なんだけど、まだ明るかったのに顔が見えなかったんだ。……なんでだろ?」
それを少女は黙って聞いていて、
「そう……なの……」
と一言言って少女は黙ってしまう。
地雷を踏んでしまったか、と一瞬ドキリとするが、見ると何かを考えているようだ。
動く気はないように見える。とはいっても、まだ出ていくかもしれないので、ススキは部屋に残ることにする。
一時の沈黙が訪れる。
(き、気まずい……)
何か話すべきだろうか。
それともそっとしておいた方がいいのだろうか。
とにかく気まずい。
初対面の人と密室に二人きりというのは中々辛いものがある。
この何となく重たい空気をどう変えるか、とススキが考えていると、
「……ねえ」
少女が先に切り出した。
「何?」
ススキが反応すると、少女は迷ったような表情をして、
「あなたの名前は?」
「私はススキ。あなたは?」
「……私は……アニスよ」
「アニスね。きれいな名前」
「ありがとう」
アニスは自分の名前に対する反応に安堵し、胸を撫で下ろす。
「ねえねえ、アニスは旅をしてるの?」
「ええ」
「ふーん。何のために?」
「それは……」
そこでアニスは言葉を詰まらせる。
「ああ無理に話さなくてもいいから!」
「ごめんなさい。少し事情があって……」
「いいわよ別に!」
アニスは申し訳なさそうに目を伏せる。それにススキは笑って返す。
それから少しの間をおいて、
「……ススキ。少しいいかしら」
「何? お腹へったの?」
その瞬間、ぐ~と腹の虫が鳴く。彼女はお腹を押さえ、少し赤面しながら、
「そ、それもそうだけれど……」
布団から起き上がり、ススキの方に向き直る。その表情は真剣である。