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【競演】雪の一月

作者: なぎのき

【第8回競演】冬景色への参加作品です。

【第八回競演】雪の一月


 今年はさほど冷え込まず、この調子なら雪も大した事ないな、と思っていた矢先だった。

 天気予報によれば週末にかけて大雪になるという。

 折しも一月の下旬。

 オレが住む地方では、一月末頃になると大雪が降る。もちろん降らない年もある。だが、降るときは容赦なく降るのだ。

 高校生の時は、膝まで埋まるくらいの雪が降った。

 太平洋側なので、日本海側に降る量と比べれば全然大した事はないのだが、普段慣れていない分、とんでもない事になるのだ。

 大人になり子を持つ身になって、それを改めて実感するようになるとは、その時は思ってもいなかった。



 異変はその夜から始まった。

 初めはちらちらと遠慮がちに降っていた雪は、時間が経つにつれその量を増し、二〇時を過ぎた辺りから猛吹雪になった。

 ベランダで一服していると、隣の家が霞んで見える。そんな状況だ。

 ──随分降るな。

 オレは灰皿でタバコをもみ消しながら、ベランダから見える一階の屋根に積もった雪を見てため息をついた。

 既に一五センチは積もっているだろうか。

 これは明日の雪かきは大変そうだ。

 部屋に戻り、嫁と子にそれとなく雪の状況を伝えた。

 嫁は動じなかった。

 だが子供はそうはいかない。

「雪! 雪! 雪だるま作れる?」

 二人の息子は、口をそろえて雪だるま、そしてかまくらを作りたい作りたいと大騒ぎし始めた。

 オレは半ばうんざりしながら、それを他人事のように眺めていた。

 人手は、オレを含めて大人四名。オレと嫁と親父とお袋だ。ガキ共は数字に入れなかった。

 ──雪かき用のスコップを引っ張り出さないとな。

 オレは頭の中で、物置の奥にしまい込んだスコップの行方を案じた。



 翌朝。

 雪はまだ降っていた。

 そして気温は上がらない。

 自宅周辺は、見事に雪に埋もれていた。

 一面の雪景色だ。

 深さは大体三〇センチ。ここまで積もると、もうどうでもいいやという気になる。

 こんな時思うのは、自分が子供の頃の無邪気さだ。

 ただただ喜び、転げ回り、はしゃぎまくった。

 それは時代が変わっても同じらしい。

「父ちゃん、父ちゃん!」

 オレの足元には、四歳と五歳のガキ共が速攻で雪まみれになって転がっていた。防寒着も手袋ももはや役に立っていない。

 ──オレもこんなだったのかな?

 深いため息と共に、昔を振り返るオレだった。

「ほら、そこどけ。スコップで雪と一緒に放り投げるぞ」

 オレは苦笑いしながらスコップを、ざくっと雪に突き刺した。

 それを見たガキ共は、一目散にオレから遠ざかった。

 もちろん、笑いながら。



 家の前は既に両親がほぼ雪かきを終えていた。とは言え、人と車が通られるほどの隙間が出来ているに過ぎない。その脇には腰の高さくらいまで雪が積み上がっていた。

「家の前は良いかな?」

 それは確認だ。

 問題はここから先なのだ。

 家の前の道路。

 生活路として確保しなければならない距離はざっと一〇〇メートルほど。

 この区間をひたすらに雪かきしなければならない。

「ああ。お前は道路にかかってくれ」

 そういう親父も、スコップ片手に道路へ移動した。

 この親父、七〇過ぎてるってのにオレの三倍は働く。家長ってのはそういうものなのかも知れない。

 オレが気怠そうに道路と思しき場所に出ると、彼方から嫁と母の声が聞こえた。

 女性チームは向こう側から攻めてくるようだ。ガキ共もそっちにいるので、きっと捗らないだろう事は明白だ。

「さてと」

 オレは気合いを入れてスコップを握り直した。



 十分後。

 オレはダウンジャケットのフードを下ろし、毛糸の帽子も取っていた。

 雪はやまず、気温も低いはずだが、暑くてたまらない。もう汗だくだ。

 一息つこうと、周囲を見回す。

 道路に積もっていた雪が脇に除けられ、オレや家族の努力の成果が現れていた。つまり、アスファルトが露出していた。

 大体半分くらいか。

 つまり後五〇メートルだ。

 ──半分かよ……。

 ちょっとした絶望感を味わい、スコップを脇に突き刺し、スキー用の手袋を見た。

 表皮が剥けかかっていた。

 ──あー、こりゃ来年新しいの買わないとなー。

 ふー、と深くため息をついた。

 そして気を取り直してスコップに手を掛けた。

 が。

「おおお?」

 握力が消え失せていた。

 雪の重みのせいもあるが、スコップを持ち上げられない。

 普段体を動かさない分、反動が来る。

「む、ぐぐ」

 オレは、両手両足を踏ん張り、ありとあらゆる筋肉を総動員してスコップを持ち上げた。

 ──こうなりゃヤケだ。

 オレは膝にスコップの柄を乗せ、てこの原理で雪かきを再開した。

 当然ペースは大幅に落ちる。

 オレが自分の体力の限界と雪とで格闘している間に、ガキ共が寄ってきた。

 手にはプラスティック製のソリが握られていた。

「父ちゃん、ここに雪乗せてよ」

「ああん? 何すんだよ?」

「雪だるま作る」

 どうやらガキ共は雪だるまの材料集めをしているようだ。

 見ると、家の駐車場は、せっかく切り開いた『道』の上にうずたかく雪が積み上がっていた。

「お前、爺ちゃんが折角雪かきしたのに邪魔しちゃダメだろう?」

「えー。爺ちゃんが良いって言ってたよ?」

 ──うう。孫にとことん甘いなあの爺さんは。

「分かったよ。ほれそこどけ、てんこ盛りにしてやる!」

 オレはヤケになって、ガキ共が引いているソリに、これでもかと雪を乗せた。

 どうだ。これを引っ張っていけるか、我が息子よ。

 ところがだ。

 オレは子供の体力を甘く見ていた。

 ガキ共は身の丈ほどに積まれた雪を乗せたソリを、きゃっきゃっきゃっきゃと笑いながら引っ張っていった。

 繰り返し言おう。オレは子供の無尽蔵な体力を甘く見ていた。

 以降、オレは必死に雪かきしつつ、ガキ共の『補給』につきあわされるはめになった。



 三〇分。

 どうだ。

 家の前と、生活路。

 大人四人がかりでなんとか確保した。後はこれ以上降らない事を祈るしかない。

 まぁ仮に降ったとしても、こんなに降るとは思えない。

 オレたち『大人』は仕事を終え、家に戻った。

 だが『ガキ共』は違う。

 これからが本番なのだ。

「父ちゃん! 雪だるま! かまくら!」

 もう勘弁して欲しかった。



 とにかくガキ共のオーダを受け、それなりの雪だるまと、それっぽいかまくらを作り上げ、その日の仕事を終えた。もうその一日は何もする気が起きなかった。

 筋肉痛は年を取れば遅れて来るというが、オレはすでに手、足、腰の痛みが始まっていた。オレもまだ若い部類に入るのかも知れない。喜んで良いのかは悩むところだが。



 翌朝。

 オレは絶望した。

 確かに昨日、雪かきをしたはずだ。

 体の節々の痛みがそれを物語っている。

 一〇〇メートルに渡り、積もりに積もった三〇センチの雪をどかした。

 とにかく生活路は確保した。はずだった。

 だが俺の目に映ったのは、昨日の朝と全く同じ光景だった。

 このときばかりは、気象庁の予報を呪った。

 ついでに南岸低気圧と寒気団も呪った。

「またかよー」

 オレの嘆きは空しく雪に掻き消され、替わりにガキ共の歓声が上がったのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  にゃー。いつもお世話になっておりますケモノです。本作、読ませて頂いたので感想を書かせていただきます。  小説というよりかは、一昨年の大雪を思い起こさせるエッセイといった感じの作品でした。 …
2015/03/15 17:13 退会済み
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