後
町の班長に招集がかかり、また、関心のある町人も足を運び、30数名で話し合う場がもたれた。
長老ザンクと町長ベリテが前に座り、町人たちはそれに向かい合うように腰を下ろした。
町の治安について、という議題で、さっそく町人たちは声を荒げて話し始めた。
「カルラをこの町に迎え入れたのがそもそもの間違いだ!」
「あんな不道徳な人間」
「町長、あんたの責任は重い」
「カルラを野放しにしたツケがこんな風に出ているのだ!」
「長老様までもが、あのカルラに家を与えるなど」
町人たちは口々にそう話した。
ベリテはしきりにハンカチで汗を拭いた。
会場は怒り交じりの熱気が渦を巻き、息苦しい様相を呈した。
「喝!」
突然、ザンクが一喝した。
白いひげを蓄えたザンクの険しい顔から発せられた一声は、会場をシンとさせた。
病み上がりの老体とは思えない、恐るべき威容であった。
「愚か者たちよ。もはやこの町にはいないカルラに、何の罪があるというのだ」
ザンクは怒りを込めた声で言った。
やがて、先ほど声を張り上げていた町人の一人が、不満の声を上げた。
「しかしながら、長老様、影響力は残るのです」
大勢がその声に頷いた。
ザンクは言った。
「町長ベリテ。この町の最近の犯罪傾向について述べよ」
「は、はい。長老様。お命じの通り調べました」
ベリテは立ち上がり、書類を見ながら話し始めた。
「まずは、カルラがこの町に来る前の状況から」
驚くべき事実が明らかになった。
カルラがこの町に来る前、犯罪やトラブルの件数は、すでに右肩上がりだったのである。
森の奥に開かれた集落が村になった。
種族を越えた尽力があった。
村は発展し、町になった。
やがて、町の発展は頭打ちとなり、一定の水準に至った。
町の中に貧富の差が生まれ、住民同士の生活格差が明確化してきた。
これ以上の発展的変化が望めない町の雰囲気に、人々は不満を抱え始めていた。
町には閉塞感が漂うようになっていった。
種族間の対立が、むしろここに来て顕在化し始めた。
そんな町の中で、犯罪やトラブルが増え始めていたのだ。
カルラがやってきて滞在した数カ月、実は、犯罪やトラブルの件数はガクンと急降下した。
カルラにまつわるトラブルは多かったのだが、その他のトラブルが少なくなったのだ。
町人たちは、頭を切りかえることができなかった。
何かを感じ始めていたが、上手くつながらなかった。
長老ザンクが話した。
「カルラが来てからの町の論調はこうだ。カルラは最低の人間だ。すべてカルラが悪い。自分たちはカルラよりはマシだ」
多くの町人は身に覚えがあった。
ザンクは続けた。
「カルラを話題にして大いに盛り上がる。カルラを悪しざまに罵ることで、別の怒りまでも消化する。カルラと比較することで、己の愚行を棚上げする。あるいは、身近な人間の愚かさを見逃す」
町人たちは言葉を失った。
「自分より下の存在であるカルラがいれば、自分の至らない部分も許せただろう。自己嫌悪を感じずにいられて、さぞや心安らかに過ごせたのではないか? その安心にどれほど救われてきたのだ?」
ザンクの眼差しは鋭かった。
「カルラが反論も反撃もせず、それを引き受けることに甘んじて、カルラに罪のないことまでも石を投げるようにぶつけてきた。カルラがいなくなった途端に、その矛先を失い、この有様だ。驚くべきことに、今でもカルラのせいにして、己のなすべきことから目を逸らし続けている」
ザンクは怒りを込めた厳かな声で告げた。
「愚かなのはカルラであり、我ら自身。カルラという存在に許され、救われてきたことも気づかずに進むこの道の先は滅びだ」
自分はやるべきことを果たしたのか。
カルラが誘うからと理由をつけて、自ら享楽に耽ったのではないか。
何事も、カルラよりはしているという逃げ道を自分の中に作り、怠けはしなかったか。
カルラよりはましと思った時点で考えることをやめ、身近な人間との葛藤の解決を避けてきたのではないか。
カルラへの苦言だけを話題にして、近隣と親しさをつないではいなかったか。
「カルラは毒であり薬。知恵なくしてはただの毒。あの存在を我が身に引き受ける知恵こそが、この町を真に滅びから遠ざけるであろう」
長老ザンクの言葉は、一部の町人の意識を変えた。
カルラを話に持ち出して、物事が解決したふりをすることをやめた。
カルラのせいにせず、自らの言動を振り返るようになった。
ジジイが小うるさい説教をしやがってと怒る町人もいた。
怒りの矛先がザンクに向いた訳である。
ザンクにとっては、それでも構わなかった。
何より、この町が抱える大きないら立ちをどうにかする必要があるのだと、ザンクはベリテに説いた。
町人がカルラを見て突き動かされたあらゆる感情は、この町にくすぶる欲求である。
それ自体を否定してはならないとザンクは話した。
ベリテは汗を拭きながら尋ねた。
「長老様、どうしたもんでしょう」
「安易な結論に飛び付くなかれ。悩みなされ」
「長老様ー、殺生なー」
「わしゃ、隠居の身ですから」
ザンクは素知らぬ顔をしていた。
『粉骨砕身、職責を全うせよ』という幻の声がベリテの耳には聞こえた。
町長ベリテにとって、一喝の時以上に、長老ザンクが鬼に見えた瞬間であった。
ザンクはやれやれと膝をさすった。
ザンクはカルラのことを思った。
話の通じる関係を築き、一度ガツンと雷を落としたかった。
それだけが悔やまれた。
町人は今も時々、口にする。
「うわ、やっちゃった。ま、カルラほどじゃない」
その後がこれまでとは違う。
その町人は笑って言うのだ。
「さて、これから私は、何をしようか」
完
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