前
遥か遠い国の物語。
山深い森の中、さまざまな種族が共に暮らす町があった。
ある時その町に、カルラという若者が迷い込んだ。
カルラは実に美しく、怠惰で、不埒な若者だった。
華奢で羽のように身軽。
男とも女ともつかない中性的な面ざし。
少しかすれた甘い声。
多くの町人がカルラに惑わされた。
「いけません」
「あんたの拒否は口だけだ」
「いけない、カルラ」
「拒否も悪くない。いけないことのほうが燃える」
恋人がいるセイラにカルラは手を出した。
セイラは拒みながら受け入れた。
セイラの恋人デュークは事実を知り怒り狂った。
デュークはカルラを殴った。
そうであったはずなのだが、どうしたことか。
気がついた時には、デュークはカルラを抱きしめていた。
『セイラとデュークの話』は、カルラに関する代表的な噂の一つであった。
カルラの醜聞は、男女関係において最も華々しく語られた。
カルラは働くことをしなかった。
その日暮らしで、泊まる場所を転々とした。
カルラは気安い性質で、誰にでも声をかけた。
「ばーちゃん、何か食う物ちょうだい」
「お前、カルラか。ばかもん。働かざる者食うべからず」
「働くの面倒。いいよ。ばーちゃんがくれないなら、あっちのお兄さんにもらう」
カルラが口を開くと、大体、こんな調子なのである。
良識ある人間は、概ねあきれ果ててしまうのであった。
カルラがこの町に訪れて1カ月。
カルラはあっという間に有名人となり、噂の種となった。
「カルラがミランダを落としたらしいよ」
「うわ。カルラ、またやったんだ。それにしても趣味悪。あいつ、誰でもいいのかな」
「カルラ、最低。うちの彼氏のほうが、まだマシ」
噂はまだある。
「カルラさあ、今度はトーマに貢がせたらしいよ」
「カルラって本当に何もしないよね」
「この間、私が働いているカフェでさ、カルラが男とお茶飲んでるの。だからその金はどこから来てるのかと問いつめたい」
「私の旦那もだらしないけどさ、正直、あそこまでは本当どうなの、引くわー」
噂は続く。
「俺も結構適当なとこあるけど、カルラ見てると腹立つ」
「だよな。俺もそうだ。好き勝手だけして済めば、人生楽だよな。たまにあいつ見てるとぶち殺してーって思う」
「分かる」
「殴りてえ」
「つか、殴る前にさ」
「顔、きれいだから、まあな」
「俺のとこ、来ねえかな」
噂は尽きない。
「わしの家の前をカルラはよく通る。毎回説教してやってるのに、まったく聞く耳を持たない」
「あんな若者がいる世の中、どうかしているとしか思えませんな」
「うむ。世も末だ」
噂は世代を超える。
「カルラ見た?」
「見た見た!」
「うちのお母さんが、見ちゃダメって」
「うちも、しゃべっちゃダメって言われた」
「宿題しなかったら、カルラみたいになるよって」
「宿題しないくらいじゃ、カルラにはなんないよね」
「うん。カルラまではいかないよ」
カルラの行動はエスカレートした。
とうとう町の長老が重い腰を上げた。
「おちおち隠居もしてられんわい」
長老ザンクは、カルラのお目付け役となった。