98.In A World Like This
98話目です。
よろしくお願いします。
「そんなのうまくいくわけないだろ」
「うぅ……」
あっさりと否定され、レニはがっくりと肩を落とした。
一二三は自分専用の塒にしている小屋でたっぷりと睡眠をとり、敵を殺した充足感と快眠の爽快感を味わいながら、獣人が経営する食堂で遅い朝食を摂っていた。
そこに来たのが、住民たちから認められ、スラムの代表となったレニと副代表のヘレンだ。
「でも、あんたは否定しても、実際にスラムじゃいろんな獣人が一緒に暮らしてるじゃない」
「そうだな。だがそれがおかしな状態だと言うことに気付かないなら、話は進まん」
レニの提案は、荒野の獣人たちを説得して、スラムの規模を拡張しようというものだった。
王が討たれ、騎士のうちかなりの人数を失ったとはいえ、全体的な数的不利は否めないスラム獣人街は、今後も継続的な脅威を抱えていく事になる。
平民のエリアとは現在でも細々と交流を続けているものの、城内の立て直しができた時点で、新たな王や貴族たちを中心に、人間から獣人の討伐論が噴出するのは想像に難くない。
レニとしては、それまで一定の人数を揃えて防衛の準備を進め、なんとか拮抗した勢力としてバランスをとりたかったが故の提案だった。
それを、一二三は真っ向から否定した。
「お前ら、何故荒野で木陰をコソコソ移動して生活していたのかを忘れたのか?」
「あ……」
「で、でもここならご飯も安定して手に入るし、住むところもあるし」
なんとか反論を試みるレニだったが、シャキシャキのレタスのような葉野菜をもりもり口に突っ込む一二三は、無感動に答えた。
「何も知らない獣人は、それを言葉で聞いただけで信用するアホばっかりか?」
「実際に見てもらえれば……」
「見ないと信じないような奴が、声をかけられただけで人間がいる街にはいるか?」
「うぅ……」
提案を尽く潰されたレニは、涙目になって膝の上で手を握り締めた。
食後の紅茶を飲みながら、一二三はレニの方を見ずに、店の外、獣人と人が行き交うスラムのメインストリートを眺めていた。
こころなしか、武装をした獣人の比率が高い。巡回をしている自警団の人数が増えたのだろう。
「放っておいても、この街が住みやすければ人間も獣人も増えるだろ。荒野とこの街を出入りする奴を増やせよ。外で獣人が畑なり作っていれば、気になって話しかけてくる奴もいるだろ」
紅茶を飲み干し、レニとヘレンを見た一二三は、つまらなそうに呟いた。
「中途半端ではあるが、国の一部を奪って新しい場所は作った。後はお前ら次第だな。戦って奪うばかりが国盗りじゃない。価値を作って大きくなれ。国を守るにも金がいる。人がいる。組織がいる」
空になった木製のカップをくるくると回す。
「器は出来たから、あとは中身を作れってところだな」
立ち上がり、店の外へと出た一二三は、振り返って笑う。
「じゃあ、後は頑張れ」
「ちょっと待ってよ! もう少し色々教えてくれてもいいじゃない!」
一二三に身体をぶつけるほどの勢いで駆け寄ったヘレンが、耳を折って見上げてくる。
「わたしたちじゃ、まだ何にもわからないんだから!」
「あのな、ウサっ子」
耳を掴み、触れるほどに顔を近づけた一二三に、ヘレンは思わず顔を赤くして黙った。
「なんでもかんでも人に聞くんじゃない。自分の目で見ろ。でかい耳があるなら他の連中の話もよく聞け。どう逃げるか考えてきた頭があるなら、どう生きるか考えることもできるだろ」
手を離した一二三は、街道へとのんびり歩きながら手を振った。
「この街で俺はイレギュラーだ。奴隷として買った連中にも好きにしろと言ってある。ここは獣人の街でもなければ人間の街でもない。“お前らの街”だ。どうしたらいいか、じゃなくて、どうしたいか、を考えろ」
好きにやれよ、これからの世界を戦っていくのに、楽しまないと損だ、と一二三は街の喧騒の中に消えた。
「……行っちゃった」
「“ウチたちの街”かあ……。ねえ、ヘレン」
「なに?」
また何か変な影響受けたんじゃないか、と心配そうに親友を見たヘレンは、レニが珍しく大口を開けて笑っているのを見た。
「何がそんなにおかしいのよ」
「だって、一二三さんが楽しめって言ったじゃない。一二三さんみたいに笑って、ウチたちの好き勝手にやってみたら、いつの間にかうまくいくんじゃないかな?」
何かを言おうとしたヘレンだが、レニが楽しそうにわっはっはと笑っているのを見て、どうでも良くなってきた。
「そうね。わたしも好きにやらせてもらおうかな。問題は山積みだけれど、気にしてたらキリがないもの」
素人運営によるスラムの街の発展は、まだ始まったばかりだ。
☺☻☺
オリガが再び王都へ姿を表したとき、イメラリアはまだ迷いの最中にあった。
送還魔法ではなく、封印魔法を発見したと知られれば、最悪はオリガがイメラリアやアドルに対して何らかの妨害か、ともすれば実力行使に出る可能性もある。
(わたくしとしては、あまり刺激したくない相手なのですが……)
まだ、封印魔法を使うと決めたわけではない。
一二三に対してそれが有効かどうかもわからない状態ではあるが、元の世界へ戻すのではなく、この世界で封印してしまうというのが、この世界に呼び出した張本人である自分が一二三に対しての行為としては最低のことのようにすら思える。
だが……。
「それが国を生かすというのならば、わたくしは選択する義務があります」
オリガの到着を知らせる侍女の声に、入室を許可する返答をする。
静々と僅かなヒールの音だけを聞かせながら入ってくるオリガの姿は、不思議と以前から貴族令嬢の教育を受けていたかのような印象すら与える。
以前よりもドレスに近づいたデザインの、薄いブルーのドレス姿で、清潔感のあるケープのような短いマントをつけている。
「ご無沙汰しております。女王陛下」
ドレスの裾をつまみ、優雅に挨拶をしたオリガは、イメラリアに薦められるままにソファへと腰を下ろした。
膝を揃えて座る姿は、王族であるイメラリアから見ても、余裕のある堂々としたものだ。口さがない貴族の中には、奴隷出身のオリガをあからさまに見下す発言をする者もいると聞いているが、むしろオリガの方が貴族らしい振る舞いをしているようにすら思える。
「オリガさん、何かお話があるということですが」
「ええ、主人を、一二三様を封印する魔法についてのお話です」
にっこり笑って爆弾発言を投下したオリガに、イメラリアは口をパクパクさせている。
「陛下、もう少し表情を隠す練習をなさるべきですよ。私の主人などは、自ら怪我をしてまで迫真の演技を……」
「ちょ、ちょっとよろしいですか、オリガさん」
「なにか?」
折角の自慢話を遮られ、不機嫌に聞き返したオリガに、呼吸を整えたイメラリアは汗をかきながら訪ねた。
「その、封印する魔法……とは?
「あら、すでに宰相からお聞きになられているかと思いましたが」
「……どこまで、ご存知なのですか?」
「古代魔法である封印魔法が発見されたということは存じております。それで、陛下のお心はどちらを向いてらっしゃるのか、今日はそれをお聞きしたいと思いまして」
用意された紅茶で、軽く喉を湿らせたオリガは、再び声を出せずにいるイメラリアを見据えて言う。
「主人は、陛下がどんな手段を使ってでも“一二三様に頼らない国づくり”に舵を切る事を望んでおられます」
「しかし、それは一二三様に敵対することになるのでは?」
「怖いですか?」
オリガの翠の瞳が、まっすぐイメラリアを見つめている。その瞳の奥から、一二三自身が自分を見ているような気がして、イメラリアは落ち着かない。
だが、女王として居住いを正し、真っ直ぐに見つめ返す。
「怖い、に決まっています。しかし、それがこの国の為になることであり、実現可能なことであれば、王としてそれを選択する事を避ける事はいたしません。感情で物事を決められる立場ではないのです」
しばらく見つめ合っていたが、オリガが耐え切れずに笑いだした。
「ふふふ……良いお返事が聞けました。国の為、民の為に強敵でも戦う。しかし無理はしない。素晴らしいですね」
こほん、とわざとらしい咳払いをしたオリガは、笑顔を消して真面目な表情を作ると、イメラリアにゆっくりと噛み締めるように語った。
「一二三様は、それをこそお望みです。戦闘力的な意味ではなく、心と策略の面で強くなることを。あのお方は、貴女の成長をずっと見ておられました。それこそ、嫉妬を覚えるほどに」
冗談ではないのだろう。想い人であり、夫である人物が、自分と同年代の女性の成長を見守っているというのだから。
「ですから、私は貴女に協力すると言ったのです」
オリガは、右腕を撫でていた。
「陛下と私、そしてこの国を動かす人々が、もはや英雄や勇者など必要とせずとも、強く歩んでいけると証明するため、敢えて一二三様と戦う……それこそが、あのお方のお望みです」
「そんな……オリガさんは、それで良いのですか?」
「当然です」
間髪いれずに、オリガは答えた。
「一二三様が喜ばれるならば、私は何でもいたします。それに、私が望んでいることでもあるのです」
クスっと笑うオリガは、年相応に可愛らしい。いたずらっぽい笑みには、何らの疚しさもないようだ。
「大好きな方と共に、永遠に等しい時間を過ごすことができるのです」
「そ、それは、つまり……」
「私がしっかりと一二三様を捕まえますから、私ごと封印していただきたい、と言っているのです」
イメラリアは、めまいがしてくるのを感じた。
☺☻☺
ソードランテの城内では、数名いる王の子供たちの誰が後継者となるかで論争となり、一部では貴族どうしで刃傷沙汰にまでなった。
全くの健康体であった王ブエルは、遺言らしいものも一切残しておらず、5人の妻の誰かを格別大事にしていたわけでもなく、もっぱら獣人相手に発散しており、3人の王子に対しても、声をかけることすら稀だった程の放任ぶりだった。
どの王子も特に武勇に優れているというわけでもなかったので、自然と後ろ盾となった貴族どうしの派閥争いとなり、城内ですら血を見る日がある。
一部富裕層も混乱に巻き込まれる事を恐れてスラムへと移動した者が出始めるなど、人間たちの体制が整うには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「つまらんなぁ」
こんなふうになるならまとめて城内でぶちのめしてやればよかった、と人間の生活エリアで噂を聞いた一二三は溜息をついた。
絶対王政なのだからもっとドラスティックに話が進み、敵対する勢力に対しての攻勢ももっと早く進むものだと思っていたのが、期待はずれだと思ったのだ。
最も、その分スラムの防衛態勢が整う猶予があるわけで、戦力としてはバランスよく対立する事ができるかもしれない。
期待した形になりつつはあるが、一二三は少し後悔した。
「人任せは駄目だな。ストレスが溜まって仕方がない」
「あら、ご主人様」
ブツブツ言いながらスラムへと戻った一二三に、声をかけてきたのは兎獣人の女性だった。一二三にまとめて購入された奴隷の一人であり、食堂で勉強中に、レニたちと同席していた人物だ。
「どこかお加減でも悪いんですか?」
「ああ、お前か。ご主人様と呼ぶ必要は無い。もうお前らは自由だからな」
「では、ご主人様と呼ぶのも私の自由ですわ」
さらりと言い返され、一二三は好きにすればいい、と返した。
「そう言えば、お前はエルフがいる森の位置を知っているか?」
「ええ、私のいた集落でも、余り近づかないように言い伝えられていましたから」
兎獣人の返答に、一二三は首をかしげた。
「近づかないように? エルフと獣人は対立でもしてるのか」
「対立というか何というか……エルフは森から出てきませんけれど、代わりに森に入る者を許しません。人間でも獣人でも、構わず攻撃してきますわ」
うまく説明できないけれど、と困ったような顔で話す間、片方だけの長い耳がピコピコと揺れている。
「とにかく、他の種族とかとは一切交流していないみたいですから、詳しくはわかりません。魔人族の住処がさらに森の先にあると言われていますけれど、たまに何人かの魔人族が出てきて、人間の国で争ったり、獣人を殺したりするような話は聞きますけれど……」
「ふぅん……」
好戦的な連中なのか、と呟く一二三は、知らず口の端が上がってきている。思えば、ゼブルを騙って騎士をやっていた魔人族も、中々挑発的な事を言っていた、と思い出していた。
「このままソードランテに居てもつまらんからな。……よし。そのうちに、と思っていたが、早速行くことにしよう」
「どこかへ、お出かけされるのですか?」
「ちょっとエルフと魔人を見てくる」
しばらく留守にするから馬を頼む、と兎獣人に過剰な金額を握らせ、まるで近所の店に行くかのような足取りで一二三はソードランテを出ていった。
取り残された兎獣人は、みんなにどう説明しよう、と遠くなる一二三の背中を見ながら、同じくらい気が遠くなるのを感じた。
お読みいただきましてありがとうございました。
さっくりと終わりましたが、騎士の国と獣人編はこれで一区切りです。
次回からはエルフの森と魔人族の国です。
今後ともよろしくお願いします。
活動報告にも書きましたが、ホビージャパン様にて書籍化する運びとなりました。
これもひとえに読者の皆様のおかげです。
繁忙期とのダブルパンチで時間と体力がピンチですが、
なんとか数日内の更新は心がけていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。




