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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
96/184

96.Satisfaction

96話目です。

よろしくお願いします。

 騎士たちとスラム住人との接触は、会話から始まった。

 スラムの出入り口となる通路には数名の力自慢の獣人が立ちはだかり、自らの体で壁を作っている。

「道を開けろ、獣ども」

 馬の上から高圧的な物言いをするのは、謁見の間で王に獣人への対応を命ぜられたゼブルだ。

「籠城したところで、貴様らの寿命がほんの少しだけ伸びるに過ぎん。降伏せよ。命を失うよりは奴隷として生きながらえる方がいくばくか幸せであろう」

 話し合いをするつもりは毛頭ないと言わんばかりの台詞に、獣人以上に慌てたのはスラムに逃げ込んだ人間たちだった。

 騒動に気づいた人間が数名、獣人たちの後ろに立って話を聞いていたのだ。

「待ってください! ここには人間もいるんです!」

 獣人たちの間を抜けて、男が必死で腕を振り、自分たちの存在を主張した。

 だが、ゼブルの返答は冷淡だった。

「平民ごときの命など、我々の崇高なる使命の前では躊躇にすら値しない。汚らわしい獣どもに縋った自らの愚かさを悔いて死ぬが良い」

「そ、それは兵士たちが俺たちを守ってくれなかったからです!」

 喉が破れんばかりに叫ぶ男に、ゼブルは鼻で笑って返した。

「守るに値しない、と今言ったはずだが?」

「そんな……」

 がっくりと膝をついた男の肩に、一人の獣人が手を置いた。

「安心しろ俺たちがしっかり守ってやる」

「そうだな。ここで俺たちは人間にお礼をしないといけないな。色んな意味で」

 豹の獣人がケラケラと笑うのを見たゼブルは、不愉快そうに口を歪めた。

「獣が人の言葉を使うな! 全員、剣を抜け!」

 ズラリと並ぶ兵士と騎士が剣を抜く。総勢50名はいるだろうか。見ようによっては壮観と言ってもいいかも知れないが、相対している立場ではそうも言っていられない。

 特に馬上の騎士が持っているのは、馬の上から振り下ろす事を想定した長剣で、その風格には堂々たるものがある。

 だが、獣人側には多少なり余裕があった。

「おお、来るぞ来るぞ!」

 犬獣人ゲングもこの場所にいる。

 一二三からの指導を受ける際に、最も重点的にしごかれたゲングは、人間の騎士を正面に見据えても、些かも動じていない。

「へっ。一二三さんの威圧感に比べたら、あいつらなんか屁でもねぇや!」

 啖呵を切るゲングに、周りの獣人たちも同意した。

 見ると、想定通り馬を使う騎士が兵士を置いてけぼりにして突出してくる。

「よし! 教わったとおりにやるぞ!」

「おう!」

 気合を入れた獣人たちが最初にやったのは、スラムの方へと撤退する事だった。

 唖然としている人間たちを力のある獣人が担ぎ、整然と退く。

「はっは! 獣どもは恐れをなしたらしい」

「このままスラムへ乗り込んで、皆殺しにしてやろう!」

 気炎を上げて馬の速度をあげた騎士たちは、後ろから走ってくる兵士のことなどお構いなしに、まっすぐ獣人たちへと迫る。

「私が一番乗りだ! ……うわっ!?」

 ゼブルが駆る馬が、突然バランスを崩して前のめりに倒れた。

 前方に振り落とされたゼブルの目の前には、巨漢の虎獣人が立ちはだかる。

「おう、馬から落ちた気分はどうだ?」

「囀るな! 腕を振り回すしか能のない獣風情……が……?」

 ゼブルが剣を握り直して立ち上がった時、虎獣人は驚くべき膂力で3m近い長さの丸太を振りかぶっていた。

「ああ、振り回すしか能が無いのは確かだな。腕だけじゃない、が!」

 力いっぱい振り抜かれた丸太で、ゼブルは通りの壁に叩きつけられ、板壁を突き破って戦場から強制的に退場となった。

 その間にも、勢いよく迫る騎士たちの馬が次々と転び、鎧姿の騎士たちが地べたに叩きつけられている。

「なるほど、これは楽だな」

 距離をとって見ていたゲングは、策がうまく嵌った事に笑いが堪えきれない。

 罠といってもごくごく単純なもので、スラムに入る入口の通りに、20センチ程の深さの小さな落とし穴を大量に作っただけだ。

 車輪で走るなら無視できる程度の大きさしかないが、馬や人の足なら引っかかる。

さらに、『刃を立てて切るなんて難しい真似、すぐに覚えられるわけないだろう』という一二三のありがたい配慮によって、膂力を活かせる獣人には丸太をそのまま。非力な獣人には長槍を持たせている。

長剣も届かない距離から、槍に突かれ、丸太に叩き潰される騎士たちの姿を見て、後続の兵士たちの足が止まる。狭いスラムの入口は、あっという間に騎士たちの死体と、辛うじて生きて、うめき声を上げながら退避しようともがく騎士で塞がれた。

「人間の知恵で人間が叩きのめされるとは、洒落にしてもキツイやね」

 ゲングは、無理に笑った。


☺☻☺


 騎士たちが危機に陥っているなどとは毛ほども想像していないソードランテ王ブエルは、ロウソクで照らされた薄暗い寝室の中で、一汗かいた後の軽い酒を飲んでいた。

 ぐしゃぐしゃに乱れたベッドの上では、猫獣人の女が一糸まとわぬ姿で息も絶え絶えに倒れている。

「ふん。今日のメスはなかなか良かったな。褒めてつかわそう」

 喉を通るアルコールの感触を味わったブエルは、褒めると言いながらも猫獣人には一瞥もくれない。

「おい、誰かもっと強い酒を持ってこい!」

 ブエルの大音声が響く。

 だが、それに答える者はいない。

「どうした! 誰かいないのか!」

 怒声をあげると、ようやく部屋の扉が開いた。

 だが、入って来たのは熊の獣人だ。

「この階の人間は全て殺した。あとは、お前だけだ」

 返り血にまみれた熊獣人サルグは、ブエルを指差して牙を剥いてみせた。

「護衛の無能どもが……。王自ら害獣駆除とは、騎士連中には再教育が必要だな」

 ブエルはベッドの横に立てかけていた大剣を抜くと、サルグに向けて構えた。ガウン一枚だけの姿だが、堂々とした姿は武勇の程を言外に語る。

「我が一族はこの剣で獣を殺し、この荒れ果てた地に国を打ち立てたのだ。地獄に落ちたら他の獣人に誇ると良い。自分は由緒ある剣で殺されたのだと」

「死ぬのはお前だ。人間の街に押し込められた獣人は、俺が開放する!」

「戯言を抜かすな、下郎」

 ブエルの踏み込みは、速い。

 真っ向から振り下ろされた剣に対し、身体を捻って避けたサルグはそのまま右手を突き出した。

 鋭い爪は剣の柄で叩かれ、軌道を逸らされる。

「獣の分際で、なかなか良い動きをする」

 首を狙った剣は、サルグが腕を押さえて止め、反撃の噛み付きに対してブエルは頭突きで対応した。

 肉と骨のぶつかり合う音が続き、サルグは全身に少しずつ傷を追い、ブエルも額を切って激しく血を流し、あちこちに打撲傷を負っていた。

「ふむ。久しぶりに歯ごたえのある相手だった。だが、これで終わりだ」

 ブエルの見立てでは、ここまで警備と戦って来たサルグの疲労はピークで、動きも次第に鈍っている。これまで剣を振り回して攻撃を重ねてきた事もあり、次に繰り出すつもりの突きには対応できないだろう。

 首を一突きして、この戦いは終わる。

 だが、予想外の邪魔が入った。

「ぬぅっ!?」

 突然、ブエルの足に猫獣人の女がしがみついた。

「貴様っ!」

 激昂したブエルは、女の頭を強かに蹴り上げ、首の骨を折られた女はズルズルと脱力して息絶えた。

 だが、それはブエルにとっての致命的な隙となる。

「おおお!」

 吠えるサルグの爪が、ブエルの腹に突き立ち、背中の皮膚を押し上げる程に深く貫いた。

「ぐ……ぶ……」

 血を吐き、ブエルは跪く。

「お前の……負けだ……」

 ブエルが見抜いていた通り、サルグの体力は限界だった。この一撃を避けられていたら、負けたのはサルグの方だっただろう。

 膝の力が抜け、床に座り込んだサルグは、命をかけて機会を作ってくれた猫獣人を見た。

 あらぬ方向に首が曲がり、虚ろな目をしている死体に向かって、サルグは涙を流した。

「すまない……俺がもっと強ければ……」

「おっと。ギリギリ間に合ったか? アウトかな?」

 誰もいないはずの部屋に、サルグ以外の男の声が響く。

「だ、誰だ?」

「よお」

 フロアとしては5階部分だが、かなりの高さがあるはずの窓から、一二三がひょっこり顔を出した。

 窓の縁に鎌を引っ掛け、身軽な動作で部屋へど躍り込む。

 倒れているブエルにチラリと視線を向けると、「まだ息があるな」と収納から魔法薬を取り出し、ブエルの傷にバシャバシャと振りかけた。

「な、何をする……」

「うん? お前次は俺の番だからな。ほら、お前も」

 もう一本の瓶を開封し、座り込んだサルグの頭から液体を落とす。

「うわっ……傷が?」

 ブエルの剣で傷つけられた身体が、あっという間に回復していくのを感じ、最初は驚いていたサルグだが、同じようなものを先にブエルにかけていた事に気づいた。

「まさか!」

「うぅ……」

 サルグの危惧した通り、死の淵にいたはずのブエルが、うめき声を上げながらも起き上がり、傷の塞がった身体を見下ろしていた。

「これは……一体何が起きたのだ?」

「起きるのが遅い。さっさと立ち上がれ。傷はもう治ったはずだぞ」

「貴様がやったのか」

 立ち上がったブエルは、破れたガウンの内側に見えている腹をなでている。

「すっかり塞がっている。どういう魔法か知らんが、便利なものもあるものだ。褒めてつかわそう」

「ああ、そう」

 軽く流した一二三の態度に、苛立ちを見せたブエルだが、先に声をあげたのはサルグの方だった。

「何を考えているんだ! あの猫の女性が命懸けで隙を作って、ようやく殺せたと思ったというのに!」

「そうだな。お前らの勝負はそこで終わったようだな。オッサンが負けて、熊が手助けしてもらってなんとか勝った」

 順番に指を差された二人は、殺し合いの直後だが揃って一二三を睨みつけた。

「で、次は俺の番だ。弱った奴を嬲る趣味はないからな。回復させてやっただけだ」

 騎士道精神あふれるだろう、と笑うが、ブエルは笑いごとではないと叫んだ。

「貴様! 回復の礼はするにしても、王の前でその態度はなんだ!」

「そうそう、それだ」

 一二三はニヤリと笑う。

「王だからどうとか、そんなのは関係ない。命を助けてやったんだ。礼をしてもらわないとな」

「ちっ。やはり下賎な男なのだな。いくら欲しいというのだ」

 腕を組み、見下したブエルの態度に、一二三は目を見て答えた。

「この国」

「なにっ!?」

「受け入れられないなら、その命はやはり今日でなくなることになるぞ?」

「王を脅すつもりか!」

 剣を掴み、ブエルは一二三の首を狙って剣を叩きつけようとした。

 だが、僅かに下がっただけで、その剣は空を切る。

「そうそう。嫌なら戦えよ。お前ら二人同時でいいぞ。俺はそれがやりたくてこんなところまで登ってきたんだからな」

 一二三の言葉が終わったとき、サルグもブエルも我先にと一二三に襲いかかった。

 サルグの爪は一二三の胸部を狙い、ブエルの剣は喉を狙う。二人共、突きだ。

「いいね。それでいい」

 横に入り込んできた一二三を狙い、腕を引きながらサルグは牙を突き立てようとした。

「口を開く時は、充分気をつけないとな」

 一二三の手に握られた寸鉄の先が、尖った牙を前から打つ。

 片方の牙が折れ、初めての痛みにしゃがみこんだサルグを飛び越えるように、ブエルが上段から剣を振り下ろしてきた。

「死ね!」

 重さのある剣が、かなりの速度で迫る。

 鎖を張っても切断されると判断した一二三は、左手を伸ばしてブエルの腕を掴み、切り下げる勢いのままブエルを投げ飛ばした。

「おおぅ!?」

 投げられるという初めての体験に驚いたブエルは、不格好に床に叩きつけられた。

 くるりと振り返った一二三は、うずくまった姿勢から立ち上がりざまに攻撃を仕掛けてくるサルグの姿を見た。

 全身のバネを使った鋭い突きが、辛うじて一二三の頬を浅く裂いた。

「よくできました」

 伸ばされた腕を絡め取り、肘と肩の関節を極めてサルグを床に押し付ける。

 その首筋に、容赦なく鎌を振り下ろす。

(終わった、か……すまない、オルラ……)

 最期の瞬間、最愛の娘の姿を思い出したサルグは、永遠に目覚めることのない眠りについた。どうか、あの虎の子達と共に荒野を生き抜いてくれることを願って。

「……獣人を殺すなら、人間の側ではないのか。何故俺まで殺そうとする」

 背中を強打したブエルは震える身体を剣で支えて立ち上がる。

「俺はどちら側でもない」

 懐紙で血を拭った鎖鎌を収納し、素手になった一二三は、右手右足を前にした半身に構えた。

「戦いを求めて、この世界を彷徨っているだけだ」

「狂人め……」

 肩に担ぐようにしてようやく剣を構えることができたブエルは、素手の相手ながら異常な存在感を持って目の前に立つ敵に対し、恐怖と敬意の念を持った。

 もし、この男が自分の部下であったなら、荒野を潰して国を広げることだってできたかもしれない、とさえ思った。

「うおおおお!」

 雄叫びをあげたブエルの一撃は、奇をてらわない素直な打ち下ろしだった。

 速く、重い一撃は、ベストコンディションであれば一二三に傷をつけることができたかもしれない。

 先ほどと同様、一二三が腕をつかみにいった瞬間、投げられるのを防ぐためにブエルが腰を落とした。

 だが、それにすら対応してみせる一二三。

腕を掴むのをやめ、ブエルの懐に入り込み、両手で相手の両足をすくい上げた。

 前ではなく後ろに倒されたブエルは、後頭部を床に打ち付け、慌てて立ち上がろうとするも、膝に力が入らない。

 剣を支えに立ち上がったところで、一二三の手によって頚椎を捻り折られた。

 三つの死体が倒れ伏した寝室で、一二三はサルグにつけられた頬の傷に触れ、指に付いた自らの血を舐めた。

「せめてこれくらい出来る奴がもっと増えてくれないとな」

 文句を言いつつも、久しぶりに傷をつけられた興奮で、一二三は腹の底からわきあがる高笑いがおさえられなかった。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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