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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
95/184

95.Arrogance

95話目です。

よろしくお願いいたします。

「人を育てるという行為ほど、傲慢なことはありません」

 領主館のバルコニーから見えるフォカロルの街には老若男女様々な人々が行き交い、それぞれの人生の中の1シーンを笑ったり泣いたり、一人だったり誰かと一緒だったりして過ごしている。

 遠くにそれを眺めながら、オリガは一人ごとのように呟いたが、聞いている者が一人だけいる。カイムだ。

「誰もが一度だけの自分の人生を懸命に生きています。それに口を出し手を出し、その行く末を教育と言う名目で歪めてしまうのです。未来は誰にもわかりませんが、誰もがこれが正解かなんてわからないまま生きています」

「……奥様は、教育に関して何かしらお考えのようですが。何か問題でも見つかりましたでしょうか?」

「いいえ」

 オリガはくるりと振り向いて、カイムにニッコリと微笑む。

「主人の……一二三様のなさる事に間違いはありません。この街で行われている教育も訓練も、全て一二三様の深いお考えによって生み出されたもの。誰もが迷いながら選ばなければならない人生の道筋に、光が見えている私たちの幸運を考えていたのです」

 オリガはバルコニーから部屋へと入り、そっと執務室の椅子へと腰を下ろした。

「それで、準備は整ったのですか」

「大きな問題はありません。トラブルは全て想定内に収まり、解決済みです。ここまでは予定通りに進んでおります」

「それは重畳」

 書類に目を通したオリガは、さっとペンを走らせサインを書き込み、カイムへと手渡す。

「では、私も当初の予定に従い、再度王都へ向かいます。明日の正午には出発いたしますので、護衛の手配をお願いいたします」

「かしこまりました」

「全ては、あのお方の願いを叶えるため……」

 瞼を閉じると、脳裏に浮かぶ一二三の顔。

「わかっているとは思いますが、これは一二三様が私たちに課された“宿題”でもあります」

「承知しております。私も領主様の意向を充分に理解しているつもりです。どうか、フォカロルの事は我々文官に安んじてお任せを」

 表情を変えないままに、平坦な口調で言われた言葉ではあるが、そこに嘘が無いことはオリガにはわかっていた。

「ふふ、私も頑張らなければなりませんね」

 立ち上がったオリガは、再び外の喧騒へと目を向けた。

 夕日に染まりつつある街の中、たくさんの人々が足早に歩く。家路につく者が多いのだろう。

「一二三様が目指す、この世界の繁栄のために」


☺☻☺


 騎士や兵士に対立しているのは、既に獣人たちだけではなくなっていた。

 生まれ変わったスラムの獣人との交流は、ソードランテの平民たちから隔意を奪っていく。

 スラムの街を巡回する獣人の自警団は、見た目は厳ついものの、人間の街を巡回する兵士たちのような横暴さは全く無く、落し物や軽犯罪にも親身に対応するものが多かった。

 なし崩しにスラムの代表者として祭り上げられたレニとヘレンも、積極的に人間から学び、ヘレンは店舗エリアの責任者として駆け回り、レニに至っては人間側との窓口として多くの人間や獣人から頼られる存在となっていた。

 人間から見ると、恐ろしいイメージの獣人とはかけ離れたレニの見た目と穏やかな性格は安心感と庇護欲を与え、獣人からは人間の知識をいち早く吸収し、獣人の街を作り上げた立役者として尊敬の念を集めた。

 そんなレニは、当然ながら戦闘に関してはからっきしで、戦うということに対しては忌避感が拭えない。

「人間と戦うことになるんですか!?」

 目を白黒させて驚くレニに、ゲングは重々しく頷いた。

 彼の背後では、腕を組んだ一二三が口を出さずに状況を見ている。

「既に自警団の有志と、この街を守るために戦う準備をしておりやす。一二三さんの指導で、この街を守るために」

「……どうにかして、戦いは避けられませんか?」

 人間と戦うことになれば、折角友達になれた人々とも敵どうしになる、とレニは涙を流した。

「頑張って、みんなで頑張ってここまでできたのに……」

「レニさん……大丈夫です。獣人だけでも何とかやっていけやすよ。人間の街から物が入ってこなくなったらしばらくは大変ですが、他の連中も随分慣れやしたから」

 レニをなだめるように言葉を並べるゲングに、一二三が後ろから冷たい声で言う。

「そんなに単純なわけないだろう。お前ら、人間の馬鹿さを甘く見すぎ」

「ば、馬鹿さって……一二三さんも人間でしょうや」

「俺は自分が賢くない事を知っているから、まだマシな方だ。こういう独裁国家で地位とか生まれとかの薄っぺらな根拠に縋って生きている奴の醜さに比べたら、俺のようにどうどうと実力を持って人を殺す方がよっぽど上等だ」

 それよりも、今から出かけるから、後で混乱したくなければ人間が泊まる部屋を大量に用意しておいたほうがいい、と言い残し、一二三は部屋を後にする。

「あの、一二三さんはどこに行くんですか?」

 レニの問いかけに、一二三は振り向いた。

「この街はお前らが守るんだろう? そんなチマチマした戦闘より、人間の街の方に面白い壊れかけがいるから、そっちと遊んでくる」

 じゃあな、と一二三は去っていった。

 そして、入れ替わりに部屋へ飛び込んで来たのはヘレンだ。

 全力で走って来たようで、レニを顔を見るなり地べたに座り込んで、ぜぇぜぇと肩で息をしている。

「ヘレン、どうしたの?!」

「人間が、たくさんの人間が……」

「まさか、もう攻めて来たので!?」

 こうしてはいられない、と飛び出そうとするゲングの服を掴み、ヘレンは首を振った。

「ち、違うから!」

 しっかりと服を握ったまま、何とか息を整えたヘレンは、ゲングとレニを交互に見た。

「人間が、助けを求めてスラムに入ってきたの! それも、何十人も!」


☺☻☺


 人間も獣人も殺されるという事件が続き、貴族階級や富裕層が住むエリアは厳戒態勢となり、兵士や騎士が昼夜問わず街中を巡回していた。

 平民たちの間にも当然恐怖は広がっていたが、ソードランテの上層部の指示もあり、兵士たちは平民に対して非常に冷淡だった。

「どうしてこっちまで巡回してくれないんだ! 以前は用もないのに来てる兵士だっていたじゃないか!」

 貴族街への入口で、どこかの店の店主だろう中年の男が、兵士たちに向かって叫んでいる。

「今は非常事態で通常の巡回とは違うんだ。いいから帰れ」

「お前は、いつも店から商品をタダで持っていくクセに、いざとなったら何の役にも立たないんなら、次からはしっかり金はもらうぞ!」

「あれはその時にお前たちの安全を守ってやってる分の礼として貰ってやっただけだ。それとこれとは関係ない」

 とぼけた顔で話す兵士に、男は殴りかかろうと拳を握ったが、駆けつけてきた他の商店主たちに羽交い絞めにされて引きずられて行った。

「馬鹿野郎! あのままだと兵士に殺されていたぞ!」

「あの兵士は、あの兵士は毎日のように俺の店からパンをタダでかっぱらって行きやがって、それなのに……」

 自分たちの店がある場所まで戻ると、男はとうとう泣き出してしまった。

 この男も他の人間たちも、平民としてこの街で生まれてからずっと生きてきた。横暴な振る舞いをする兵士相手だったが、被害は少額だった事もあり、それで治安が守られるなら、と我慢していたのだ。

 誰もが、泣きたい気持ちは同じだった。

「……落ち着こう。別に俺たちが殺されると決まったわけじゃない」

「でもよ、犯人からしたら兵士の巡回も無いんじゃ狙われ放題じゃねぇか?」

 男たちの間に沈黙が重くのしかかる。

 彼らだけの問題ではない、妻や子、そして大切にしていた店があり、中には老いた親を抱えている世帯もある。万一があってから、では遅いのだ。

「……スラムの連中を頼ろう」

「獣人の店を作ってる大工の連中か? 確かに腕っ節はあるだろうが……」

「いや、獣人たちに護衛を頼もう」

 肉屋をやっている男が小さな声で提案した内容は、すぐには受け入れられなかった。

「な、何を考えてるんだ。敵を呼び寄せるような真似をするのか?」

「そうだぜ。獣人が街をうろついてるのを見たら、兵士たちが何を言ってくるか……」

「その兵士が来ないから、こんな話をしているんだろうが」

 決して大声ではなかったが、肉屋の言葉は他の男たちを黙らせるのに充分だった。

「大工たちがな、獣人に頼まれて肉を買いに来ることが多いんだ。別に騙されてるとか脅されてるとかじゃなくて、なんというか、友達の頼みで来たって感じでな」

「そう言えば、俺のところにもそんな客が多くなってきた」

 八百屋が同意すると、金物や木製品の小物を売る店の店主も思い出したように頷く。

「俺は、つくづく人間の兵士が嫌になった」

 俯きがちに話していた肉屋は、顔を上げて真剣な目をした。

「家族に話して、一度スラムに家族と一緒に話をしに行く」

「待ってくれ! 俺も行く!」

 毅然として歩き出した肉屋に続き、八百屋も声をあげて追いかけていく

 残った数名の男たちは顔を見合わせ、眉をひそめる。

「……俺も、行く。役に立たない人間と付き合うより、気のいい奴らなら獣人と過ごした方がずっとマシだ」

 泣いていたパン屋が立ち上がって歩き出した。

 残った男たちもしばらく話し合い、農夫や猟師たち、大工も交えて話し合った結果、獣人がどうしても受け入れられない数名を除いて、多くの平民たちがスラムに出入りする大工を通じ、獣人に街の巡回や家族の保護を依頼することになる。


☺☻☺


「かわいそうになぁ。すっかり狂ってしまったか」

 夜に出歩く者もいなくなり、兵士すら巡回することも無くなった街。

 ゴーストタウンと言ってもおかしくない程、街の住人も減っていた。多くがスラムへと助けを求め、街へ残った者は息を潜めて家の中に閉じこもっている。

「でもまぁ、その方が獣人らしいと思うぞ」

 そんな暗い夜道で、牙を剥いたサルグを指差しているのは一二三だった。

 刀も持たず、丸腰のままで左手は懐に差し入れたまま、右手でまっすぐに獣人を差す。

「狂っただと……? 俺こそが獣人たるべき自由を愛する精神を守っている! 人間ごときに何がわかる!」

「自由なぁ」

 激昂して叫び声を上げるサルグに対し、一二三は自然体のままで笑っている。

「自由を押し付けて、拒否されたんだろう? お前の言う自由は、他人に不自由を押し付ける自由か? 傲慢を押し付ける力がある奴だけが堪能できる自由なら、人間の国の方にもそこいらに転がっているぞ?」

 結局は、押し付けで名ばかりの自由が受け入れられないから、子供のように喚いて暴れているだけだ、と一二三はサルグを言葉で斬る。

「ぐぅおおおお!」

 もはや言葉で返すこともできず、サルグは身体を低くして四肢を使って駆け寄り、そのまま一二三の腹に向かって牙を剥いた。

「おおっと」

 一二三は袴の裾をつまみあげてマタドールのように身体をひねってやり過ごすと、通りすぎるサルグのすねを思い切り蹴り飛ばした。

「ギャン!?」

 土煙を上げ、走る勢いのまま地面を転がったサルグは、痛む足をこらえながら立ち上がる。

「お前と、な」

 一二三は再びサルグを指差す。

「似ている奴がいるぞ。この国の王を名乗る奴だ。獣人を殺し、過去と今の戦闘力を吹聴して周囲を従えている。お前と同じ、傲慢な自由を力で押し付けている」

 話している間にも、サルグは一二三を攻撃する。

 まるで金属のような音を立ててカチ合う牙の攻撃も、鉄ですら切り裂きそうな鋭い爪の振り抜きも、柳のようにゆらゆら揺れる一二三にかすりもしない。

「王が語る自由とは、獣人や平民を虐げて得られる立場に自らが在る事だ。それはお前がやっている事と、何か違うか?」

「まったく違う!」

 熊の獣人らしく力任せに振り下ろされた拳は、一二三に当たらず地面を殴る。

 大きな木槌を叩きつけたような音が響いた。

 真っ直ぐに突き立てられたサルグの腕、その肘の外側にある痛覚のツボに、一二三が軽く突きを入れた。

 しびれるような痛みに、さすがのサルグも腕を抱えこんだ。

「ならば、証明して見せろ。お前は獣人を開放するのが目的だろう? 人間のボスを倒して獣人を人間の街という枷から解き放ちたいと思うなら、こんなところで土にまみれて転がっている場合じゃ無いだろう」

 一二三の指が、今度は城を差している。

「あそこにいるぞ、お前の自由を阻害する者が。獣人を街という檻に閉じ込め、荒野という広い世界を忘れるほどに人間の生活を押し付けた元凶が。考えろ、ここで俺と戦っている場合か?」

 痛む肘をさすりながら、一二三を睨むサルグだったが、その言葉にはしっかりと耳を傾けていた。

「……なぜ、俺に王を殺させようとする?」

 サルグの疑問に、一二三は簡単だ、と答えた。

「獣人が戦う事は本能だと思うからな。ちょいと後押ししてやろうと思っただけだ」

 ブルブルと首を振ったサルグは、腕の毛皮にまとわりつく土埃を叩いて落とす。

「人間を殺す後押しだと……? 俺には、お前の行動も考えも理解できん。だが、戦う事が本能というのは素直に賛同する。そして戦うべき相手は、確かに人間のボス、王だ。その周りにいる人間と、人間に飼いならされた獣人を殺していくつもりだったが……」

 サルグは、城の方を見つめた。

「王とやらが真の元凶というのなら、まず王を殺してやる。それが嘘でも構わない。また違う人間を殺せばいい。人間が減り、俺の行動を見れば、いつか、この街の獣人たちもわかってくれるだろう」

 いつの間にか、サルグの目は穏やかな光を帯びたものになっていた。だが、その瞳の奥にある狂気が、些かも弱まっていない事を見てとった一二三は、嬉しくて顔がニヤける。

「それがわかったなら、早く行け」

 一二三に促されたサルグは、痛みも忘れて城に向かって走り去った。

 それを見届けた一二三は、収納から鎖鎌を取り出した。

「さて……くまさんの戦いを見物させてもらおうかね」

 路地に入り込んだ一二三は、袴の股立を取り、風を引き裂くような速度で走り出した。

 大通りを駆けるサルグですら追い越し、先に貴族街へとたどり着くほどに。

 そのまま巡回の兵士を無視して駆け抜けた一二三は、城が見える位置に立った。

 門は開いており、門番たちの向こうに見える広い庭には、かがり火に照らされ、騎士たちとその後ろに兵士たちがズラリと並んでいる。彼らに向かって壇上に立っている騎士の言葉から、彼らがスラムへと向かう事はわかった。

 一二三は夜空を見上げてゆっくりと深呼吸をする。夜でも暖かい空気を吸い込み、乾いた空気の匂いを感じる。

 その間に、騎士と兵士たちは城を出発し、スラムの方へと向かって進んでいく。

 一二三は彼らに構わず、方角からサルグともぶつからないだろう事だけを確認する。

「さて、城では王と熊の対決。スラムでは羊が率いる獣人連中と騎士や兵士の対決か」

 そして決着がついた後は……と想像し、鎖分銅をくるくると回しながら、一二三はニヤニヤと笑う。

「どう転んでも、なかなか楽しめそうだ」

 一人のよそ者が楽しむための、ソードランテの長い一夜が始まった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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