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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
94/184

94.Pour It Up

94話目です。

今回はちょっと短めですが、よろしくお願いします。

 獣人による獣人の殺人事件の発生は、スラムの住人に動揺を与えた。

 スラムとは言え、よほどの無法者でなければ互いに不干渉であり、最近は街が良くなっているのを皆が実感し始めた時期でもあったので、目撃した人々を中心に、犯人探しは熱を帯びた。

「それで、スラムでも見回りが必要なんじゃないか、という話が出ておりやしてね」

 ゲングは同じ獣人族が殺されたという事もあり、率先して犯人と言われている熊獣人を探し回っていた。

「俺も頑張って探しているんですが、これがなかなか難しくて」

「それはわかるんだけど、どうしてウチに言うんですか……」

 へへっと舌を出したゲングに、レニは困り顔で答えた。

「ウチなんかよりも、犬獣人のゲングさんの方がそういうの得意なんじゃないですか?」

「ですが、一二三さんの奴隷獣人の筆頭はレニさんとヘレンさんですから。まずお伺いを立てておかないといけないと思いやしてね」

「いつわたしたちが筆頭になったのよ……。まさか、一二三が怖いから直接相談するのに腰が引けてるとかじゃないでしょうね」

 ヘレンの冗談交じりの言葉に、ゲングは思わず視線を泳がせる。

「図星なの?! 虎程じゃなくても犬獣人なら充分強いでしょ?」

「あの人は別格! 虎とか狼でも無理無理。人間とかそういうのは無関係に強いんですよ、あの方は。んで、あの方のお気に入りのお二人にちょっと口添えをお願いできればと思いやしてね」

「ちょっと、誰が一二三のお気に入りなのよ」

 ヘレンの反論に、ゲングはアレ、と首をかしげた。

「最初にこの国に入った時から一緒だったと聞きやしたけど。一二三さんとは良い仲なんでしょ?」

「良い仲ってなに?」

 ヘレンは顔を赤くして絶句しているが、レニはゲングの言葉の意味がわからなかったらしく、キョトンとしている。

 ゲングはそこまで子供だったか、と逆に驚いていた。

「これは、俺としたことが、とんだ勘違いを……」

「まったくよ! 変な勘違いしないでよね!」

 ヘレンがプリプリと怒って、耳をピンと尖らせて何処かへ行ってしまった。

「あちゃ~……」

「大丈夫だよ、ゲングさん。ヘレンには後でウチから言っておくから。それよりも人が殺されたり何か盗まれたりしたときは、人間の街だと兵士さんが調べたり悪い奴を捕まえたりするらしいよ」

「兵士ですか。こればっかりは、人間の兵士に頼むわけには……」

「じゃあ、人間じゃなかったらいいんじゃないかな」

「は?」

「ウチたち獣人で人間みたいにお店や畑ができるなら、兵士さんと同じ仕事もできるんじゃないかな」

「な、なるほど!」

 肩を落としていたゲングは、飛び跳ねるように頭を跳ね上げると、仲間を集めてくると言って走り去って行く。

「行っちゃった……」

 あっという間に姿が見えなくなったゲングを見送り、レニは勉強の続きに取りかかった。今、彼女が読んでいるのはフォカロルの文官になるための試験に使われる教材だ。カイムはともかく、デュエルガルやパリュは相当苦労して覚えた内容だが、先入観も何も無い素直なレニはスイスイ覚えていく。

「ふぅ……人間の勉強って、大変だなぁ」


☺☻☺


 レニの一言で結成された獣人の団体は、腕自慢が集まった厳つく、むさい男たちの集団ではあったが、自警団としては非常に優秀だった。

 彼らは自らの仕事の合間にスラムを巡回し、犯罪やそれ未満の問題を片付けて行く。迷子になった子供を保護したり、酔っ払いや新たに人間から逃れてきた獣人などの保護などにも積極的に活動し、人間の兵士よりも多くの分野での信頼を集める組織となっていく。

 うまく適性のある職を見つける事ができなかった獣人の受け皿としても機能し、ゲングを中心として加速度的に人数が増えていく。

 度々人間の兵士の死体がスラムの入口で見つかるなど、血生臭い事件もあるので、自然とスラムに出入りする人間も自警団を頼るようになっていた。

 そして、そこに目をつけたのが一二三だった。

「ほうほう、なかなか面白い事を考えるな」

「ひ、一二三さん!?」

 自警団の本部として使用している古い家屋に突然顔を出した一二三に、ゲングは慌てて立ち上がると、一番綺麗な状態の椅子を運んできた。

「ああ、気を遣わなくていい。それより、自警団を始めるなんて、なかなか気がまわるじゃないか」

「いやいや、レニさんからヒントをもらったおかげでやす。元々不器用で戦うしか能の無い奴も多いんで、人集めは楽なもんでしたよ」

 聞けば、専従で20名程が在籍し、他の仕事をしながら巡回を手伝う予備隊扱いの獣人は50人程いるという。

 基本的に獣人の店からの寄付で活動しているが、一部は人間からの寄付もあるという。

「今のところは何とかやっています。……ですが、例の獣人殺しの奴は未だに見つけられやせん……」

 声を落として、悔しそうに牙を剥いて見せたゲングに、一二三は優しく声をかけた。

「まあ、気を落とすな。それより、この狭いスラムでそれだけの人数を使っても見つけられないなら、もうスラムにはいないんじゃないか?」

「つまり、荒野に出ちまってるって事ですかい?」

「違うな」

 一二三は首を横に振る。

「他の奴にも聞いたが、その犯人は前にもスラムで人間に対する敵愾心を口にしていたんだろう? そして、数人がそいつに人間から救い出された。そんな奴が、コソコソ荒野に戻ると思うか?」

「じゃあ、人間の住む方へ行った、と?」

「その可能性も考えるべきだろうな」

「そんな……それじゃ、もう俺たちじゃ追いかけられねぇ……」

 落胆するゲングを、一二三は拳で軽く小突いた。

「簡単に諦めすぎだ、馬鹿野郎」

「え、何か方法があるんで……いてぇ!?」

 拳骨をゲングの頭に落とした一二三は、馬鹿たれ、と息を吐いた。

「少しは自分たちで考えろ。それより、もっと真剣に準備すべき事があるみたいだから、俺はそれを伝えに来たんだよ」

「何かありやしたか?」

 頭をさすりながら聞いてくるゲングに、一二三は腕組をして説明を続ける。

「ああ。ここ数日、夜中にちょいちょい兵士がスラムに入ろうとしていてな、“偶然”俺が通りかかって、俺は何もしていないのに、向こうが剣を抜いて攻撃してきたから、毎回ぶち殺して路上に転がしていたんだが……」

「あの兵士たちの死体は一二三さんが原因でしたか……」

 すわ、あの熊獣人の仕業か、と気を張り詰めていたゲングは自分が悲しくなってくる。偶然とか絶対嘘だと思うが、命が惜しいので口には出さない。

「どうやら、兵士が帰って来ないせいか、騎士連中で徒党を組んでスラムに来るみたいだぞ」

「そんな! でも、どうしてそれが分かるんですかい?」

「街中を見て回って、食料をまとめて城が買い入れたり、貴族が使う武器屋に手入れや新規の発注が増えているのを掴んだ。馬具の調整なんかも注文が増えているという話だからな。ここの兵士は馬を使わないから、動くのは騎士だろう。騎士の訓練が増えたという噂もある。今の時期に騎士がわざわざ動く理由なぞ、他に考えられんから、おそらく狙いはここだろうな」

 さあさあ、どうする? と一二三が問うが、ゲングは唖然として答えられる状態になかった。

「た、大変だ……!」

「落ち着け」

 ゲングは濡れた鼻先に一二三のデコピンを受けて、床を転げまわって悶絶する。

「騎士の対処なんて簡単だ。第一、人間は弱いぞ。馬を使ってようやくお前ら獣人の足に追いつき、剣を使ってなんとかお前らに傷をつけられるんだ」

「えっ? じゃあ一二三さんはやっぱり人間じゃないんじゃ……」

 再び拳骨を落とされたゲング。

「話をそらすな。つまり、同じように道具や頭を使えって戦えば、騎士なんぞ怖くもなんとも無いって事だ」

 立ち上がった一二三は、腰の刀の位置を直しながら、床に転がって腹を見せているゲングを見下ろした。

「暇な奴を集めろ。俺が戦い方を教えてやろう」


☺☻☺


 サルグは既に正気とは言えない状況にあり、自分でもそれを自覚してはいた。

 獣人が人間に使役されているのを見ると、後をつけて家を特定し、寝静まるのを待ってその家の人間を殺す。

 そして、奴隷となっている獣人を救うのだが……。

「ここで助けられて、おれにどうしろってんだよ」

 両手の爪を全て失った狼の獣人は、厩舎の隅で立ち上がろうとすらしない。

「おれだって、最初のうちは人間が憎かったさ。でもな、荒野で暮らすより人間の奴隷の方が、よっぽど安全で楽に飯が食えるって知ったら、危険以外には何も無い荒野には戻れねぇよ」

「……そう、なのか……」

「おれが使えなくなったとしても、殺される事は無いんだとさ。スラムに放り込まれるらしいが、そこはそこで人間のおこぼれが結構もらえるから、ちまちま食いつなぐ分には生きていけるそうだ」

 主人が死んじまった以上は、おれもそこに行くしかないんだろう、とこぼした狼獣人は、薄く笑っていた。

 それを見下ろすサルグの表情は、暗闇に紛れて狼獣人からは見えない。

「荒野に帰りたいとは、思わないのか?」

「あん? 荒野な。懐かしくはあるが……」

 ヘラヘラと笑って、狼獣人は首を振る。その仕草は何か嫌な記憶を振り切っているかのようだ。

「あそこは地獄だ。羊や兎のように逃げ回るか、殺すか殺されるかの日常をゆっくり寝る間も無く繰り返すしかない。ここのように安心して眠る環境も無い。苦労して食物を探すうちに募る空腹感は、もう味わいたくないぜ」

「そうか。わかった」

 サルグが打ち下ろした拳は、彼を見上げていた狼獣人の顔面に叩き込まれ、水っぽい音を立てて血肉にめり込んだ。

 ヌチャリと音を立てて顔面から引き抜いた拳を見つめ、サルグは考えた。

 頭の中が雑音のような思考で掻き回されて酷く痛むが、それでも考えた。

「この街そのものに、獣人は毒されている……」

 人間が与えた食べ物が、建物が、生活が、全て獣人の本来あるべき魂を失わせた、とサルグは結論づけた。

 酷く痛む頭で、くり返し対策をひねる。

 血の匂い立ち込める厩舎の中で、倒れている狼獣人の死体の横に座る。

「落ち着け。人間を叩き潰せば、全て終わるはずだ」

 サルグの視線は、死んだ狼獣人の顔を見ている。まるで話しかけるように。

「そうだ。頭を潰せば人間も、人間の街も終わる」

 立ち上がったサルグの頭は非常にクリアに物事が考えられるようになっていた。

 クリアに、シンプルに、決めた事を達成する為に歩きだす。

「人間のボスは、どこだ……」

 夜の街を、狂った熊獣人が歩いていく。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回はさらに混乱に陥る予定です。

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