93.Twist and Shout
93話目です。
よろしくお願いいたします。
ソードランテの兵士たちも、武器は両手剣を使っている。
真っ直ぐに伸びた剣の刃は1m程の長さがあり、厚みも相まって武骨な印象を与える。
一二三と対峙した兵士たちはその剣を握りしめ、たった一人が相手だ、と気合を入れて駆け出した。
「獣どもに味方する狂人め! 死ね!」
一人が横なぎに振るった剣は、風を切って一二三に迫る。
だが、一歩前に出た一二三が刀を縦に構えて敵の肘に当てると、剣の勢いと重さも手伝い、乾いた音を立てて肘が折れた。
「ぎゃあっ……」
短い悲鳴をあげたところで、一二三の刀が兵士の首を滑る。
敢えて返り血を浴び、笑みを浮かべる男に兵士たちはたじろいだ。
「なかなか振りが速いじゃないか。だが、単に振り回すだけではな」
刃物はこう使うんだ、と一二三は踏み込みざまに連続で突きを放ち、一番前に出ていた兵士の両目を脳まで突き刺した。
声も出せずに倒れる兵士を蹴り飛ばし、ぶつけられた兵士はひるんだ所で腹を横一文字に切り裂かれた。
残りは二人。
もはや戦闘の意志は失いつつある兵士たちに、一二三は血の滴る刀を提げたまま、ゆっくりと近づく。
「な、なぜ獣人の味方をする?」
「別に、味方はしていない」
実際、荒野では100人以上の獣人を斬り殺しており、集落のいくつかは潰してきた。
「俺の敵になるなら、人間も獣人も同じだ。斬れば肉が見えて血が吹き出す。ほら」
鋭い突きに、質問をした兵士の頚動脈がパックリと割れ、赤い噴水が広がる。
「この世界の生きとし生ける者全てが、同じ血肉を持っている。俺は平等主義だから、差別はしないんだ」
血を失って倒れた兵士は、一二三の言葉が終わる前に事切れていた。
残った兵士は既に剣を落としており、ジリジリと後ずさっている。
「逃げるなよ。最期まで楽しもうぜ」
「う、うわあっ……」
たまらず、兵士が背を向けた瞬間、首の後ろから突き刺さった刀の切っ先が、彼の視界に映った。
混乱し、息苦しさに喘いでいるうちに、激しく血を吐いた。
暗転する兵士の視界、見下ろすようにたった一二三の姿はどのように映ったのか。恐怖に目を見開いたまま、最後の一人も息絶えた。
「死んだか。下っ端程度じゃこんなもんか。騎士連中なら、もう少し歯ごたえがあるかな? なあ、お前は知っているか?」
一二三は近くにある建物の影に向かって、質問を投げた。
大きな人影が驚いた様子を見せ、何も言わずに逃げていく。
「うん? ……それなりに強そうな手合いかと思ったが……まあ、いいか」
今日の所は次の獲物は来ないだろう、と一二三は懐紙で刀を拭うと、宿として使っている建物へと帰って行った。
☺☻☺
惨劇の舞台で一二三の誰何から逃げ出したのは、誰でもないサルグだった。
しばらく人間のエリアを観察してスラムへと戻ってきた彼は、短期間で変わり果てたスラムの様子に驚いていた。
「これは一体……に、人間がいるのか!?」
スラムの街には当たり前のように人間が獣人と並んで歩いており、その様子は奴隷と主人ではなく、仲の良い友人のようにしか見えない。
思わずコソコソと隠れるようにスラムの奥へ進むと、そこはまだ解体されて居ない古い家があり、以前のスラムの様子が残っていた。
「おっ。お前は正義に味方さんじゃあないか」
困惑しきりでいるサルグに声をかけてきたのは、片腕の犬獣人だった。スラムへ入ったサルグが、最初に出会った男だ。
「獣人の救助とやらは進んでいるのか?」
カラカラと笑っている犬獣人は、以前出会った時とはまたく違う、きちんと仕立てられた服を着ていた。
「スラムは一体どうなったんだ? 人間が入ってきているようだが」
「どうなった、と言われてもな。俺にもわからねぇよ。わかるのは、俺にも出来る仕事があって、まともに食い物が手に入るようになったってだけだな」
「仕事だと?」
荒野ではまず耳にしない言葉に、サルグは首をかしげた。
「まぁな。片手でも、荷運びと釘打ちくらいはできるぜ。この家も、俺が手伝って建たんだぜ。まあ、ほとんど人間に習ってやったんだけどな」
はにかむ犬獣人に、サルグは牙を向いた。
「人間に使われているのがそんなに楽しいのか! 結局奴隷になってるなら……」
「お前さんは本当に視野が狭いな」
犬獣人は首を振り、やれやれと肩をすくめた。
「奴隷とは違う。働いてその分の金を貰って、それで食い物を買う。服も買ったんだ。命の危険も無く、色んな味の食い物を味わえるなんて、荒野じゃ考えられないだろう?」
「だが、人間ごときの言うことに従うなど!」
「その人間“ごとき”に、俺たち獣人はいいようにやられてきた。それがまだ理解できないのか。人を一人や二人殺したところで、俺たちが変わらないなら俺たちの立場も変わらないのは当たり前だ」
羊の嬢ちゃんの受け売りだけどな、と犬獣人は恥ずかしそうに笑う。
サルグはそれが全く理解できない。
獣人は自由に荒野をかけまわり、誰にも縛られずに自然の中で過ごすのが一番のはずだ。だが、目の前の男は人間と交わって人間に使われて喜んでいる。
「お前は……なんなんだ?」
サルグの口をついて出た言葉に、犬獣人は苦笑いしかできない。
「おいおい、大丈夫か?」
心配して近づいた犬獣人が、自分より大分背の高いサルグの肩に手をかけようとしたが、サルグは鋭く腕を振るい、その腕を叩き折った。
「ぐあっ!? てめぇ!」
「貴様はぁ!」
痛みと怒りで声をあげた犬獣人に、罵りの声をあげたサルグの爪が襲いかかる。
開かれた口に突っ込まれた腕は、そのまま後頭部まで貫通した。
ほとんどもがれたようになった首をくたりと落とし、犬獣人の身体が膝をついて、倒れる。
スラムとは言え日中の街中だ。目撃した通行人も一人や二人ではない。
右手にべっとりと付いた血を見て、我に返ったサルグの耳に悲鳴が聞こえ、周囲を見回した。
周りに居た獣人や人間が、怯えの色を見せて後ずさるのを見て、サルグは悲鳴の原因が自分であることを認識した。
「ち、違う! これは……」
「人殺しだ!」
「誰か! 助けてくれ!」
サルグの弁解は誰にも届かない。
血まみれの手を振り回す3mの熊獣人の言葉に耳を傾けるには、先ほどの行動があまりにも身勝手で言い訳の効かない状況だった。
「ぐ……クソッ!」
騒ぐ人々をかき分け、サルグはその場から逃げ出した。
悲鳴を上げて道を開ける人間や獣人に目もくれず、サルグはスラムの奥へと逃げた。
朽ちかけた家屋の中に飛び込み、追っ手に怯えて言い訳を考えているうちに日が暮れた。
そして夜の帳が降りた頃、コソコソと隠れて戻ってきたところで、人間である一二三が人間を殺すのを見たのだ。
もはや、サルグの頭の中は信義と心情でかき乱されて、叫びたい衝動を必死に押さえるのに精一杯だった。
あの恐ろしい人間がどこかへ行ったのを確認したサルグは、スラムにいる事が怖くなり、逆に人間たちの住むエリアに隠れる場所を求めてフラフラと歩いて行った。
☺☻☺
ソードランテの王、ブエルの機嫌は非常に悪かった。
そしてまた、彼を不機嫌にさせるに充分な報告が届く。
「……スラムへ派遣した兵からの報告はありません。帰還もしておらず、何者が原因かも不明です」
王が玉座の肘掛を掴む指に力が入り、ミシリ、と静かな謁見の間に音が響く。
だが、報告に来た騎士は言葉を止めるわけにはいかない。
「日中に大工に紛れて潜入した者の報告によれば、獣人どもはスラムの建物を再建し、技術を取り入れ、商店の真似事を始めたようです。一部では、農地が作られているという噂も聞いたようですが、こちらは未確認です」
一息置いた騎士は、チラリと王を盗み見た。
紅潮した顔は今にも弾けそうなほどに力が入っているのが解る。もし騎士が玉座の前、かなり離れて平伏しながらの報告で無ければ、苛立ちで斬り捨てられていたかもしれない。
「……兵士が殺されて居たという話はありますが、獣人たちの間でも誰がやったかは不明だと話されているようです。獣人同士の殺害事件も……」
「もういい!」
話を遮った王は立ち上がり、怒りに任せて声を張り上げた。
「いつからこの国の兵士は獣人の街に入ることすら出来ない貧弱者の集まりになったのだ! 兵士とはいえ、誇り高き騎士の国の誇りも無いのか!」
「王よ。兵などは所詮食い詰めた平民どもの集まりに過ぎません。ここは騎士を派遣し、人間の真似事をしている巫山戯た獣人どもに身の程を教えてやるべきではないでしょうか」
謁見の間にずらりと並んだ騎士のうち、一人の若い男が進み出た。ゆるいウェーブのかかった金髪と整った顔立ちは、血統の良いソードランテの高位貴族に多い顔立ちだ。
「……では、貴様ならできると言うのだな? ゼブル」
「我が剣にかけて」
芝居がかった仕草で、ゼブルと呼ばれた男はニヤリと笑った。
「では、貴様に命じる。兵を連れてスラムの掃除をせよ」
「お待ちください! 今のスラムで騎士が動くとなれば、民間人にも影響がでかねません。ここは調査を進めてからでも遅くはありますまい!」
老境にさしかかった年齢の文官が、慌てて王の命令に異論を唱えたが、それは王にとって耳障りの良い忠告ではなかった。
「調査だと? では調査をしてどうしろというのだ。獣人と仲良くやっているから放っておけとでも言うのか!」
「それは……」
「騎士が正義を成すため、この国の秩序を守るために動くのだ。平民に多少の犠牲が出たところで、気にするものでもない」
「王の仰せの通りです。我がソードランテは騎士が獣人を成敗して成り立った国。獣人を始末し、身の程を教えてやる事こそ、我ら武人の拠って立つところ。今更動物愛護や勘違いした平民の事を慮る必要などありません」
腕を広げ、周囲に言い聞かせるように語るゼブルの言葉に対し、王は頷き、他の騎士たちも賛同の声をあげた。
対して文官たちは苦い顔をしているが、この国で文官の立ち位置は非常に低い。どんなに家柄が良くても、武力を持たなければ軽んじられるのだ。
「王よ。折角の機会ですから、多少派手にやりたいと思うのですが、いかがでしょう。平民どもや獣どもは、我々騎士の存在を軽んじているように感じます。ここはひとつ、当事者以外の見ている者にも強者であり支配者が誰かという事を教えてやるべきでしょう」
「なるほど……よかろう、貴様の良いようにやってみろ。だが、失敗したなら騎士の誇りを汚した罪は命で償ってもらうぞ」
睨みつける王に対し、ゼブルは涼しい顔で片膝を付いた。
「御意のままに」
☺☻☺
どうしてこうなった、と何度も頭の中だけでなく、口に出して言うほどヘレンは状況についていけなくなってきた。
数日たって宿を引き払ったかと思うと、獣人がたくさんいる街に連れて行かれ、レニと二人で暮らすための家を与えられ、二人で勉強の続きをしながら、たくさんの人間たちと相談をして、他の獣人たちのための住居や店についてアドバイスをしていく。
「鳥の獣人さんは、高い場所に出入り口があった方がいいんですかね?」
「鳥獣人だってずっと飛んでるわけじゃないんだから、出入りは上にも下にもあった方がいいんじゃない?」
「虎獣人の家はこの位の大きさでいいのかね?」
「あいつらでかいのも多いから、このくらいの幅とこれくらいの高さが無いと出入りしづらいと思うけど」
次から次に人間の大工たちがやって来て、ヘレンに質問を投げてくる。
あちこちにある建設現場をぐるぐる周りながら、大工たちの質問に答えて行く。
「あーもう! もうちょっとゆっくりさせてよ!」
思わず声をあげるヘレンだが、大工たちも次の建物が待っているので、早く仕上げてしまわないと、と焦っている。
それが獣人たちのための建物であることはヘレンも承知しているので、断るわけにもいかず、疲れた顔で次の建物へと向かった。
同じ頃、レニの方は獣人たちと新たに建設された店舗で打ち合わせ中だった。
「人間が使っている“お金”は、この三色があって、これが100枚でこれと同じ、これが100枚でこれと同じです」
並べられた貨幣を順番に指差しながら、レニは貨幣の価値についてゆっくり説明していく。
ふわふわとした白い毛の羊獣人が、おっとりした声でのんびり計算の話をしているせいか、睡魔に襲われる者もいるが、そこは獣人の荒っぽさで、叩かれたり足を踏まれたりして無理やり覚醒させられていた。
並んで勉強しているのは、男女合わせて10名程、半分は一二三が買った奴隷で、半分は元からスラムにいた獣人たちだ。
「でもよ、そんなたくさんの数をいちいち数えてたら大変だぜ」
「大丈夫ですよ。この金貨は普通の人は滅多に使わないそうですし、商品は数えやすい金額にすればいいんです……と、一二三さんが言ってました」
受け売りなんで、と恥ずかしげに答えるレニに、文句を言う者はいない。今のスラムで彼女以上に人間の生活や商売について詳しいものはいないのだ。自然と年長の獣人たちからも質問や相談を受けるようになっていた。
ヘレンは、そのとばっちりを受けたと言ってもいい。
「一二三さんか……最近あまり見ないが、どうしているんだろうね? 人間というより、あれは凶暴な獣人に近い匂いがするお人だけどね」
レニと同じ羊獣人の老婆が、欠けた歯を見せて笑った。
「さあ……昨日少しだけ会ったときは、なんだか楽しそうにしてたけど……」
老婆が言う、凶暴な獣人というのは違う、とレニははっきり言った。
「一二三さんは、凶暴な人には凶暴で、普通の人には普通の人だと思うよ? ウチは良くしてもらったし……」
「ああ、ごめんよレニちゃん。そういうつもりは無いんだよ。それに、獣人なら強い人に惹かれて当然だろうからね。頑張るんだよ」
「うん。頑張る!」
老婆が何を応援してくれたのかはわからなかったが、多分、一二三から与えられた勉強のことだろうとレニは思って、元気に返事をした。
苦笑いする老婆は、まだ小さいからね、とレニの頭を優しく撫でた。
お読みいただきましてありがとうございます。
これから先、もうちょっと間が空く事もありますが、
次回もよろしくお願いいたします。