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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
92/184

92.Night Of The Hunter

92話目です。

よろしくお願いします。

 宰相アドルから渡された石版に書かれている文字は、古くはあるものの、王族としての教育を受けたイメラリアにはある程度は読むことができた。

「これは……」

 そこに記された内容は、明らかに送還のための術式ではない。読み終わったイメラリアは、その最後に記載された言葉に、動揺を隠せなかった。

「封印、術式……」

 実力のある魔法使いが使えば、強力な魔法使いや強大な魔物でも封印できるだろう、と記されている。それだけ強力な封印を施すための魔法であり、これが必要になる日が来ないことを祈る、という言葉で終わっている。

「アドルさん、どういう事ですか。これは送還術式ではありません。オリガさんとのお話では、送還魔法を探しているとおっしゃっていましたね?」

「左様です。ですが、未だその魔法は見つかっておりません」

「では、この封印魔法の石版をわたくしに見せたのは……。一体、何を考えているのです」

 イメラリアは睨むようにアドルを見ると、口を真一文字に引き締めた。

「……全ては、この国オーソングランデの為でございます」

「一応、あなたの考えを伺いましょう」

「ありがとうございます」

 膝を付き、顔を伏せたままの姿勢でアドルは語る。

「今現在、我が国の状況は安定しております。順調と言っても問題ない状態でしょう。女王陛下が即位され、経済も安定し、人心も落ち着いている、と私は見ております。これも原因さえ考えなければ、トオノ伯の力に因るところ大でありましょう」

 ここまでの話には、イメラリアも素直に同意した。一二三の存在に関わらずヴィシーからの干渉はあったわけで、他国との衝突が完全にオーソングランデ優位にまとまったのは国として非常に大きいメリットだった。

「ですが、これからの国にとってトオノ伯は重荷になりましょう。彼はこの国にとっての英雄となりましたが、このまま彼の領地が増えて行けば、遠からず国とフォカロルの立場は逆転するでしょう。いえ、既に技術や民からの信頼の面で言えば、フォカロルの評価は王都を超えていると言っても良いでしょう」

「だからと言って、一二三様を排除する理由には……」

「女王陛下」

 無礼を承知で、アドルは顔を上げてイメラリアの言葉を遮った。

「全てはトオノ伯を中心に動いております。信じられない話ですが、フォカロルの商工業の基礎もトオノ伯の意見を土台にしているとの事。彼の能力は戦う事のみではありません」

「……少し、考えさせてください。わたくしは、この国の行く末に対する責任を自分が負っている事は重々承知しています。ですが、すぐに貴方のお話を了承するには、まだパジョーさんの、彼女の身に起きたことを自分の中で整理できているわけではないのです」

 目を伏せたイメラリアは、息を整えるようにゆっくりと溜息をついた。

「あれは完全にわたくしの失策でした。一二三様の戦力を過小評価し、その知恵がどのように働くのかを見くびっていたのです。彼女の命を奪ったのは、他ならぬわたくしなのです」

「陛下。私を含め全ての家臣は陛下のお心のままにお仕えしております。どうか騎士パジョーへ懺悔を言葉をお使いくださいますな。彼女は陛下のために考え、行動いたしました」

 イメラリアは辛うじて涙を押しとどめ、封印魔法については預かることとして、アドルとの面会を打ち切った。

 退室の際、アドルが最後に言った「彼を殺す必要が無く、英雄のままで退場いただくための事です。どうか、良くお考え下さい」という言葉が、頭に焼きついていた。


☺☻☺


 一二三がスラムに現れたのは、獣人奴隷を買い込んでから数日後の事だった。レニもヘレンも連れず、犬獣人のゲングのみを案内に連れている。

「以前聞いた場所で合っていれば、ここから先へ向かうとスラムと呼ばれる場所になるはずでやす」

 ゲングが差した方向は、細い裏路地が続き、ゴミや建物の残骸が積み上がったうらぶれた雰囲気の通りだった。

「以前もこんな感じの場所に来たな。それじゃ、行くぞ」

「お待ちくだせえ! いきなり人間が入っていったら、どんな目にあうか……」

 引きとめようとするゲングを無視して、一二三はずんずんとスラムの中へと入っていく。

 説得を諦めて、ゲングも急いで一二三の後ろをついて行った。

 細い通りを抜けると、崩れた建物が目立つものの、それなりに建物が並ぶ住宅エリアにたどり着く。いくつかの建物から誰かが住んでいる気配を感じ、さらに視線が向けられているのを察した一二三は、腰に差した刀の柄を指でトントンと叩きながら、あてもなく歩く。

「どいつもこいつも、建物の中からこっちを窺うだけで出てこないな」

「警戒しているんでしょうな。人間が獣人を捕まえに来るのも珍しくないでしょうし」

 だが、たった一人の人間が獣人一人を連れただけという一二三たちは、相手しやすいと思ったのだろう、複数の獣人が現れて一二三を囲むまでに、大した時間はかからなかった。

 豹や熊など、様々な獣人が徒党を組んでいる様子は、一二三から見たら動物園のようで微笑ましい。

「人間が一人で何をしに来たか知らねぇが、金を置いていけば悪いようにはしねぇ」

 片腕を無くした豹の獣人が、凄んでるんだか説得しているんだか微妙な態度で一二三に顔を近づける、が。

「息が臭い」

 一二三は前蹴りで豹獣人を蹴り飛ばした。

 反応する間も無く放物線を描いて飛んでいった豹獣人は、ボロ家の突き破った。

 壁がクッションになったのか、気絶は免れたようで、腹を押さえてよろよろと立ち上がった。

「てめぇ!」

「ま、待ってくれ!」

 激昂する熊獣人の前に、ゲングが飛び出した。

「この人は俺たち獣人にとって希望になる人なんだ! 話だけでも聞いてくれ!」

「希望だと?」

「俺の服を見てもわかるだろう! 人間の奴隷になった奴が、こんな良い服着れるかよ!」

「なんで人間の味方なんてするんだよ!」

 ゲングとスラムの獣人たちがお互いに言い争うのを無視して、一二三は蹴り飛ばした豹獣人に近づいた。

「まだやるか? やるなら殺す」

「……降参する。命は惜しい」

 うなだれる豹を放って、一二三は振り返った。

「こいつは降参するそうだ。他に俺とやりあいたい奴はいるか?」

 豹の獣人はスラムの仲間内では強いまとめ役のような存在だったようで、一二三の呼びかけに答える者はいなかった。

 とても残念そうに溜息をついた一二三は、適当な瓦礫に座った。

「このスラムの獣人をここに集めて来い」

「い、一体何を考えている?」

 豹獣人の疑問に、一二三は指先を向けて答えた。

「このスラムにお前らの街を作る」

一二三の言葉を聞いた獣人たちは、口を開けて唖然としていた。

 ゲングだけは笑顔のまま、周りを見回した。

「何度聞いても、面白い夢だなぁ。俺も一発、やってやるぜ」


☺☻☺


 一二三がスラムに出かけている間、レニとヘレンの他、残された獣人たちは宿にて留守番だった。

 とはいえ、のんきに過ごしていたわけではない。

「こ、こんな目にあうとは……」

 貸切にした食堂の一角、テーブルに突っ伏したのはヘレンだ。

 彼女の前には上質な紙で作られたテキストがあり、並べて置かれた羊皮紙には汚い字が並んでいる。

 ヘレンの隣では、レニが懸命にペンを握って勉強していた。

「レニ、何一生懸命やってるのよ。あの人間が言ってたじゃない、人間だって勉強してない奴はいっぱいいるって」

「でも、一二三さんは勉強しないと王様になれないって……」

「……本気で言ってるの?」

「うん」

 呆れたという顔を見せたヘレンを、レニはまっすぐ見つめる。

「なんていうのかな……人間はまだ少し怖いけど、いろんな仕事とか作ったりとか考えたりとか、こういうのは荒野には無かったよね。この勉強っていうのも、知らないことがたくさん書いてあって、解らなかったことがどんどん解るようになって」

 レニはペンを置いて、ヘレンの手を掴んだ。

「面白いと思わない? それで一二三さん、まず獣人族の街を作れって言ってたよ。街だよ? 人間の街みたいに色んなお店があって、色々な種族の獣人たちが、好きなことや得意な事で働くの」

「そりゃね、そうなったら楽しそうだけどさ……」

 ヘレンがテキストに目を落とすと、公用語の文字と単語がズラリと並んでいる。読み方だけは何とか覚えたものの、単語がかけるかというとまだまだ難しい。

 一二三は数日で大体の文章が読み書きできたと言っていたが、ヘレンは疑っている。

「街ができたら、ヘレンは何がやりたい? お店とか? お野菜を作るっていうのも面白そうだよね」

「王様になっても、店で物売ったり野菜作ったりするの?」

「あれ……? どうなんだろ?」

 そんな会話をしている二人に、目の前の獣人女性が声を欠けた。ヘレンと同じ兎獣人だが、20歳程度の年齢で、片耳が根元から無くなっている。幼い頃、人間に捕まった時に切られたらしい。

「二人共、人間の街には慣れていないのね。王様は兵士や騎士より偉い人で、彼らに指示を出して国を動かすのが仕事なのよ。とてもじゃないけれど、お店なんてやってる時間はないんじゃないかしら?」

 少しタレ目の兎獣人は、レニたちに優しく微笑む。

「この歳になって、まさか人間に勉強をさせられるとは思ってなかったけれどね。将来の事を想像したり、夢があるのっていいわね。捕まって奴隷にされて、もう10年以上経ったけれど、こんなふうに何がやりたい、とか何をしよう、とか考えるのは初めてよ」

 彼女の言葉を聞いて、レニは気づいた事があった。

「そっか。ヘレン、ウチたちは荒野にいる時は、ご飯を集める事と今の安全ばかり考えていたけれど、一二三さんと話しているうちに、いつの間にか将来の話をしていたんだね」

「なるほど」

 ヘレンも目を見開いていた。

「確かに、何かにビクビクするだけだったのが、レニと話すことも増えたね。ご飯の話やお店で売っていた道具の話とか……」

「このまま獣人の街ができて、みんなを呼べたら凄い事になるよ!」

 よし、頑張るぞ、と鼻息荒くペンを握り直したレニに付き合って、ヘレンも頑張ろう、と心の中で呟いた。

「あの人間、文字を覚えたら後は何かの勉強をするって言ってなかったっけ?」

 ヘレンがポツリと疑問を口にした。

「ん~とね」

 レニが天井を見上げて思い出した事を言う。

「確か、接客のノウハウ? とかどうとか」

「何それ?」

「わかんない」

 顔を見合わせる二人を見つめながら、片耳の兎獣人は根拠なく、新しいご主人様の事を信じてみようという気持ちになっていた。たった数日の付き合いだが、レニたちの様子を見ている限りは、良い主人のようだから。


☺☻☺


 ある日を境に、ソードランテの職人たちの元へ奇妙な依頼が届くようになった。

 鍛冶や木工などの工業分野の職人から、パン職人などの料理人、果ては宿の従業員などのサービス業従事者まで様々だ。

 報酬も良かったので、多くのものが指定された宿へと向かう。

 そこでズラリと並んだ獣人たちに怯むものの、しっかりと「お願いします」と丁寧な挨拶を受けて、素直に話を聞いてくれるうえに、大したことの無い技術でも目を輝かせて熱心に学び取ろうとするので、いつの間にか職人達も気をよくしていった。

 次第に学ぶ内容によってグループが別れ、専門的なところへと踏み込んでいく。

 元々奴隷として街中には相当数の獣人がおり、中には主人の代わりに買い物をしている獣人も居たせいか、貴族以外の平民たちにとっては獣人の存在そのものを忌避する感情は薄い。一二三が宿の食堂で実験して確認した感情的な部分は、平民に限って言えばだが、問題が無かった。

 同時に、大工たちには別の仕事も依頼されていた。

 スラムの大規模改修工事だ。

 大工たちが舌を巻く程しっかりした図面が行き届き、古い建物が順序良く解体され、獣人たちの住まいから始まり、商店として使う建物、作業小屋、さらに鍛冶場や浴場までもが建設されていく。

 材料となる木材は、外から獣人たちが次々と運んで来るので、作業は滞る事なく急ピッチで進められていった。

 大工作業に参加する獣人も現れ、力のあるものや軽業が得意な者が中心となって、人間では数人がかりとなる作業も、獣人が加わるだけでどんどん捗るので、大工の中には街中での仕事も手伝ってもらいたいと言い出す者が出てきた。

 瓦礫と古家に占領されていたスラムは、次第にスラムとは呼べない新たな街となっていく。

 資金を出している人物は、打ち合わせに時々現れるだけで、金の出処など不明な部分が多くはあったが、金払いの良さと出資者の奴隷たちだという獣人たちの想定外の付き合いやすさに、そこを追求してくる者もいなかった。

 やがて、ノウハウを得て開業する獣人が出始め、いよいよスラムは健全な街としての機能が出来上がっていく。

「ひゃ~……なんかすごい状況でやすね」

「スラムの影も形もねぇな」

 犬獣人のゲングと片腕の豹獣人は、先に商店エリアが造成された街に近い場所を歩いていた。

「人間の知恵というのはすごいもんだな。何も考えずに使っていた建物が、あんなに色々と考えて作られていたとは、思いもよらなかった」

 力が強いから、と人間の事をよく知らないままだったから、俺たち獣人はいいようにやられてきたのか、と豹獣人は自虐の言葉を吐いた。

「それに、一二三さんに買われるまでは、他の種族同士や、まして人間とこんなふうに協力して作業をするとは思いもしやせんでしたよ」

「そうだな……だが、一つ気になることがある」

 真剣な目をした豹の獣人は、残った腕で顎を撫でた。

「人間の中でも、兵士やら騎士やらは俺たちみたいな獣人を捕まえに来るもんじゃないのか? 普通の人間はさておき、兵士の5~6人は来てもおかしくないんだが……」

 豹獣人の気がかりは現実に起きていることだった。


 日が暮れて、大工たちもスラムから帰って行った頃、数名の兵士たちがスラムへと入り込んで来た。

 綺麗な建物が並ぶスラムの様子に驚いている彼らの前に、一人の青年が立つ。

 いつもの胴着に黒袴、腰には刀を差した一二三だ。

「お前は……獣人では無いな。ここで何をしている?」

 一人の兵士が誰何すると、一二三は細い剣をスラリと抜いた。

 剣は片刃で反りがあり、人を惹きつけるような美しい刃紋が蒼く月明かりを反射している。

「何かと言われれば……お前らのような侵入者を待っていた、というのが一番正しいかもな。毎晩毎晩、ご苦労なことだ」

「調査に行った者が帰ってこないのは……全員、剣を構えろ!」

 クックッと笑う青年に、兵士たちは異様な雰囲気を感じながら、剣を抜いた。

「抜いたな。それでいい」

 一二三は今夜も楽しめそうだ、と金はかかったが優秀な釣り餌になった獣人の街に感謝した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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