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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
90/184

90.Not A Bad Thing

90話目です。

よろしくお願いいたします。

「平和が怖い」

「何を言っているんですか、あなた」

 サブナクのデスクに紅茶を置きながら、シビュラは呆れた声で言う。

「一二三さんが王都を離れて何日経ったかな。聞けば荒野に入ったそうじゃないか。この国にあの人が居ないと思うと、トラブルの心配が無いのはいいけれど、国外で何をやっているかと考えると不安になる」

 紅茶に口をつけながら遠い目をするサブナク。

「そんな事より、書類が溜まっていますよ。早く目を通してしまってください。ヴァイヤーさんが新婚旅行から帰って来る前に片付けないと、隊長交代になりますよ?」

「……どうしてぼくより先にヴァイヤーが休みを取れるのかな」

「あなたが求婚するのが遅かったからです」

 バッサリと切って捨てられたサブナクは、渋々書類に視線を落とした。

 シビュラを相手に口で勝てた試しがないのだ。

「それに、いい加減親衛騎士隊長としての自覚を持ってください。騎士食堂で食事をしたり、街の飲み屋に出かけるのは控えてください」

「ま、待ってくれ! 仲間たちとの触れ合いや、市井の人々との交流は重要な役割で……」

「あなたが他の貴族たちとの交流をきちんとこなしてくれるなら、こんな事言いたくありませんけどね。せめて5日に1度くらいはパーティーなりお茶会なりに参加してください。このままだと、私たちの子供が貴族社会に入りづらくなります」

 でもなあ、と渋るサブナクを、シビュラがキッと睨みつけた。

「あなたは多分、トオノ伯のように自由を気取りたいんでしょうけれど、そうしたいなら周りに有無を言わせない程の実力と実績を見せてください」

 目の前に書類を積み上げ、サブナクは悲鳴をあげた。

「余裕ぶって紅茶を飲んでらっしゃいますけれど、この書類は午前中に片付けないと、午後からは女王陛下のお供をされる予定でしょう? あなたのサインはあなたにしかできないんですから、夢を見てないでさっさとやってください」

「はぁ……わかりました」

 溜息をついてサラサラと書類にペンを走らせながら、サブナクはまた一二三の事に思考が逸れた。

(荒野でもソードランテでも、あの人が怪我をする事はないだろうし、あの人に絡んで命を落とすのも、まあ自業自得といえばそれまでだ)

 処理済みのトレーに書類を放り込み、次の書類を掴む。

(問題は、あの人に“付いて行く”事を選ぶ人が出た場合だよなぁ。ぼくやミダスさんみたいにそれなりに距離を置いていても巻き込まれてエライ目にあったんだ。もし彼のすぐ近くで共に戦うなんて選択をしたら……)

 サブナクの脳裏にオリガの顔が浮かぶ。

 あんな子が増えたら大変だ、と身震いして、書類にサインを書き付けた。


☺☻☺


 ソードランテの金貨を手に入れた一二三は、道々で出ている屋台で適当に買い食いしながら道を歩いていた。

 レニやヘレンにも本人たちが気になる食べ物を適当に買い与え、三人並んで肉や魚の串焼き、パンや切り売りの果物を食べつつ宿を目指す。

「人間って、食べ物を色々といじくるのが好きなのね」

 串に刺さった肉から上がる湯気を見ながら、ヘレンが関心したような呆れたような声を出した。

「すごいよね。こんなのどうやって作るんだろう。ふわふわで美味しい!」

 蒸しパンを大事に少しずつちぎって食べているレニは、ちぎる時の感触が楽しいらしい。

「美味い食い物は元気が出るしな。それに人間は飽きっぽいんだ。同じ物ばかりを食べ続けるのに耐えられない」

「確かに、こんな色々な美味しいものがあったら、ずっと果物だけとかは嫌になるかも」

 ヘレンは串焼きの肉を噛み締めて、じわりと広がる肉汁に思わず顔をほころばせる。

 レニは蒸しパンの最後の一口を名残惜しそうに見つめてから、えいっと口に入れていた。

「ここだな」

 辿り着いた建物は、4階建ての立派な建物で、出入り口は両開きの頑丈なドアが付いている。

 白い壁は綺麗に洗っているらしく、古さは見えるが外観から清潔感があった。

 大きな建物を呆然と見上げる獣人娘たちを気にもせず、一二三はさっさと扉を開いて中に踏み込んで行った。

「いらっしゃいませ」

 痩せた男が白いシャツとスラックスという姿で一二三に頭を下げた。

 きっちり測ったように45度。顔を上げてスマイルを見せる。

「ご宿泊ですか?」

「ああ、三人だ。一人部屋と二人部屋を一つずつ」

「かしこまりました。こちらへ記帳を……」

 一二三に遅れて宿に入って来た二人の獣人を見て、男の言葉が止まり、スマイルが凍った。

「あの……そちらの獣人はどちらへ……」

「あっちは二人部屋。俺が一人部屋だ」

「そ、そうではなくてですね、獣人を宿に泊まらせるというのはあまり聞いたことがありませんので……」

 ふーん、とつまらなそうに一二三が男を見た。

「街にも獣人の奴隷を連れている奴が居たが、アイツ等が宿を使うときはどうするんだ?」

「通常は、裏の馬小屋か倉庫にでも入れておくように言われますので……」

 一二三が振り向くと、レニは倉庫の意味がわからないらしく、ヘレンは馬と一緒なんて、と頬をふくらませていた。

「わかった」

 一二三の言葉に、ホッと息をついた男は、にこやかな笑みを取り戻して一二三にペンを差し出そうとしたが、その前に一二三がカウンターに金貨を積み上げた。

「この宿で一番高い部屋にあいつらを入れろ。俺はその隣だ」

 笑顔のまま痙攣したように口の端をピクピクと動かす男からペンを取った一二三は、宿帳にしっかりと“オーソングランデ伯爵”と肩書きまで書いてペンを返した。

「どうした、さっさと部屋に案内しろよ。高級宿なんだろう?」

 男は一二三が書いた伯爵という言葉に一瞬だけ目を見開いて、観念したように肩を落としてか細い声で「こちらへどうぞ」と部屋へと案内した。

「食事は一番高いコースを食堂で摂るぞ。もちろん三人分だ」

 と一二三に付け加えられ、男は泣きそうな顔を見せ、一二三はニヤリと笑った。


☺☻☺


 サルグは正面の門からではなく、ぐるりと回った場所の塀に近づいていた。

「たしかこのあたりに……」

 しばらく塀の周囲を調べていると、一部崩れた箇所を見つけた。以前にサルグが偶然見つけた破損箇所だ。高い草に覆われて見えにくいせいか、サルグがくぐれる程の穴があいているが、長い間放置されている。

 ひとしきり辺りを見回して誰も見ていないのを確認してから、サルグは大きな身体を精一杯縮めて穴をくぐる。

 分厚い壁の中を進み、土と石にまみれて顔を出した場所は、朽ちた家が並ぶ、放置されたような地区だった。

 穴を抜け、油断なく周囲を見回しながら崩れかけた家の影に隠れる。

「ここは一体……」

 穴を抜けたのは初めてで、もちろん人間の街に入るのも初めてだったサルグは、土地勘が全くない。そっと耳をそばだてて、人の話し声がうっすら聞こえる方へと近づいて行く。

 できるだけ音を立てないように歩き、声の主を見るために、物陰からこっそり覗き込む。

 そこには、羊や犬など種族がバラバラな獣人の集団が輪になって会話しているのが見えた。

「これはひどいな……」

 暗い顔を付き合わせて、他愛もない会話をポツポツと続けている獣人たちの中で、怪我をしていない者は一人もいなかった。

 腕や足が無い者、片目が無い者、背骨がいびつに曲がってしまった者などが、汚れ切った布を身体に巻きつけて座っている。

 その中に人間がいないことを確認したサルグは、意を決して彼らの前に姿を見せた。

「少し、話を聞きたいんだが」

「うん? なんだ、見かけない顔だな……」

「荒野から来たんだ。向こうの壁に穴があいていて、そこから入った」

 サルグが指差した方向を見て、返事をした犬獣人が鼻で笑う。

「はん、あの崩れた場所から、わざわざ入ってきたのか。ご苦労なこった」

「熊の兄さん、こんなスラムの掃き溜めに何の用だい?」

 羊の老婆が顔をクシャりと歪めて笑う。

「いや……。なぜ、あそこに出られる穴があるのに君たちはここに残っているんだ? 荒野へ戻ることができるのに」

 サルグが問うと、スラムの獣人たちは顔を見合わせ、どっと笑い声が上がった。

「お前みたいな能天気な奴ばっかりだったら、スラムももう少し平和だろうな」

「なに?」

 犬獣人の言葉にぴくりと耳を動かしたサルグに、怒るなよ、と犬獣人が笑う。

「俺たちの姿を見てみろよ。こんな状態で荒野に出たって狩りもできずに飢え死にするだけだ。逆に他の獣人に嬲られて死ぬのがオチだな」

「街の中にいれば、人間のおこぼれもあるからねぇ。生きていくだけなら、こっちの方が楽なのさ」

 ケラケラと笑う羊の老人は、欠けた歯を見せていた。

「なんと……」

 捕まっている獣人を助けるつもりでいたサルグは、いきなり突きつけられた想定外の現実に、言葉を失ってしまった。

「大方、人間に捕まった獣人を助けようなんて考えてここに入ったんだろう?」

「なぜ、そう思う?」

「たまにいるんだよ、そういう正義感で突っ走る奴が」

「そうそう、そして人間に歯向かってアッサリ死んじまう。関わりあいになった獣人も巻き込まれて処分されるんだから、迷惑極まりないぜ」

「そういう事だ」

 片腕で器用にバランスを取りながら、犬獣人が立ち上がってサルグの前に立った。

 頭一つどころか1m以上の身長差があるが、犬獣人の目は完全にサルグを軽く見ている。

「人間相手に暴れるのは勝手だが、他所でやってくれ。はっきり行って、お前みたいのが一番迷惑なんだよ」

 サルグは反論できなかった。


☺☻☺


「なんで別の部屋なのよ」

「一人じゃないと寝られん。同室にする意味もないだろう」

 そう言うと、一二三は獣人娘たちを部屋に放り込み、自分はさっさと隣の部屋に入っていった。ドアが閉まり、鍵のかかる音もした。

「なによ、もう」

「ヘレン、見て見て!」

 プリプリと怒っているヘレンを尻目に、レニは柔らかなベッドでゴロゴロ転がっていた。

「気持ちいいねぇ。人間はこんな寝床で寝ているんだね」

 レニはふにゃっとした顔をして、枕に顔をうずめている。

 それを見ていたヘレンも、我慢できずにベッドに飛び込んだ。

「ほんとだ、柔らかい」

 ヘレンとレニは、部屋に入る前に暖かいお湯で身体を洗い、着ているものも一二三が宿の従業員に用意させた真新しいワンピースに変わっていた。

 初めてお湯で洗って髪も綺麗にかし、暖かくなった身体で布団に潜り込んだヘレンは、人間の街にいるという緊張がほぐれたのか、ついウトウトし始めた。

「ヘレン、寝ちゃダメだよ。ご飯の時間がすぐだって、一二三さん言ってたよ?」

「う~……」

 まさかレニに注意される時が来るとは、と思いながらも、布団の魔力に抗いきれない。

「えいっ!」

「きゃっ!?」

 掛け布団をいきなり剥ぎ取られ、ヘレンは思わず膝を抱えて小さくなった。

「ほら、一二三さんの部屋に行こうよ」

「わかったわよ。もう、似合わない真似して、どうしたのよ」

「なんだかワクワクしてきちゃって。人間の食べ物も楽しみだし」

 軽い足取りで先に部屋を出て行くレニを見て、ヘレンは肩をすくめた。

 生まれた時から一緒だった幼馴染が、こんなに楽しそうにしている姿は初めて見る。荒野の林の中で音に怯えて過ごしている時とは、表情も行動も変わって見えた。

「本当にもう、ここは人間の街だっていうのに……」

 そうは言いつつも、ヘレンも自分も状況を楽しんでいる事を自覚しつつあった。

「人間のご飯ね。屋台? のお肉は美味しかったし、お魚も美味しかったなぁ」

 お腹から可愛らしい音がして、顔を真っ赤にしたヘレンは、レニを追いかけて行った。

 廊下に出ると、既に一二三も出てきていた。

 三人揃って食堂へ姿を現すと、従業員が慌てた様子で近づいてきた。

「お部屋に食事をお運びすることもできますので、ゆっくりとおくつろぎいただいて……」

「いや、部屋に食べ物の匂いをつけたくない。ここでいい。色々食ってみたいから、種類を多めに適当に見繕って出してくれ」

 一二三は、料理代とは別だと言いつつ金貨を握らせた。

 従業員は手の中に光るコインの色を見て驚き、ヘラヘラと笑ってテーブルへと案内した。

「別に、わたしたちは部屋でもいいんだけど……」

「どんなご飯かな? 楽しみだね、ヘレン」

 ヘレンの小声の主張は、レニの声でかき消された。

 まあいいか、とヘレンは諦め、大人しく食事を待つことにする。

 食堂にいる他の客からの奇異の視線が集中するが、昼間に街中でずっと視線を浴びていたレニもヘレンも、然程気にしていない。

 一二三は他人の視線を“殺意や敵意が無ければ”元から気にする性格ではない。

「屋台の食い物もいいが、こういうところで食べる物には盛り付けや彩りなんかの見た目も気を使ったりする」

「なんで? 美味しければいいじゃない」

「そういう“余計なこと”を楽しむのも、人間だからだな」

「そうなんだ……」

 しきりに首をかしげるヘレンと、感心するレニ。

 そこへウェイターが最初の料理を運んできた。

「わぁ……」

 皿に盛られて湯気をあげているのは、鳥肉の蒸し料理だった。

 一二三がフォークとナイフの使い方を簡単に説明すると、二人はもどかしい手つきで肉をほぐして口へ運ぶ。

「お肉ってこんなに柔らかいのもあるんだ」

「柔らかくなるように料理するんだ。そのまま焼いてもこうなるわけじゃない」

 一二三も次々に肉を頬張りながら、適当な説明をする。

 和気あいあいと食事をする人間と獣人の様子に、周りの客たちも次第に気にしなくなってきた。

 最初は獣人が入って来たことで、匂いやマナーで文句をつけようとしていた客もいたが、湯を使って身奇麗にしている二人が楽しそうに食事をしているのを見て、声をかけづらくなったらしい。

 女性客の中には、微笑ましい光景だと感じた者も居て、次々に運ばれてくる料理に目を輝かせている獣人娘たちを笑顔で見ている。

 そんな周りの様子に気づいたレニが戸惑った様子を見せると、一二三は食事の手を止めた。

「気づいたか?」

「あ、はい」

「これが人間の愉快なところのひとつだ。対象が同じでも状況で対応が変わる」

 一二三はフォークを肉に突き立てた。

「殺す対象と愛でる対象が同じでも、自分自身はちっとも不思議に思わない。複雑なようで単純だな」

「なんだか訳がわからない。何が言いたいの?」

 ヘレンが口を尖らせ、耳を振る。

「そういう“人間”を見るのが楽しいと思えるなら、これからお前らと一緒に面白い事をしようかと思ったんだよ」

「面白い事、ですか?」

 サラダに入っていたきゅうりのような細長い野菜をコリコリ齧りながら、レニは興味深いと言った。

「ああ、面白いぞ。俺の出身国ではごく一般的な遊びだ」

 遊びと聞いて、ヘレンも興味がわいたらしい。

「遊びなの?」

「ああ、楽しい遊びだ。国盗りという名前のな」

お読みいただきましてありがとうございます。

戦闘シーンまで入らなかった……。

次回もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヘレンとレニが完全にカーシャとオリガさんじゃないっすかぁ…(歓喜)今度の二人は道を間違えないようにな…(淡い期待)
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