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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
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87.Walking Disaster

87話目です。

よろしくお願いします。

 流石に馬の足にはついていけないという二人に合わせ、手綱をとって歩く一二三たちは、林を抜け、日差しが照りつける荒野を進む。

「で、人間の国に行ってどうするのさ」

 ヘレンが、頭一つは背が高い一二三を見上げる。

「まずは見てからだな。見て終わりか、潰すか、まあその時に判断する」

「潰すって……」

 呆れ顔のヘレンを見て、苦笑いのレニが言葉を続けた。

「一二三さんは反対方向の人間の国から来たんですよね? 荒野に一人で来るのは怖くないんですか?」

「そうだな、怖くは無いな」

 しれっと答える一二三に、ヘレンはフン、と鼻を慣らして耳を揺らす。

「虎じゃなくて狼だったらどうなのよ。あいつら集団で襲ってくるらしいから、一人じゃ相手できないんじゃないの?」

「狼の獣人なら何十人か殺したぞ。話かけもせずにコソコソ付いてきて、数人がかりで飛び込んで来たからな。片っ端から鼻をぶって転がして、首を踏み折ってやった」

 あいつら、人の言葉が話せないんじゃないか、と一二三は不機嫌そうに言う。

「すごいなぁ」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」

 弱肉強食の荒野を進んでいる割には、和やかな雰囲気のままその日の夕暮れを迎える。

 一二三が収納からいくつかの料理を取り出して、三人で輪になって食べる。デザートはあの赤い果実だ。

 果実の名前は“ボダン”と呼ばれているらしく、多くの獣人が好んで食べるが、綺麗な水があるところにしか出来ないので、たまに見つけるご馳走のような扱いらしい。

 今は、彼女たちの目の前に無造作に積まれているが。

「やっぱり、美味しいね」

 嬉しそうに笑うレニだが、口周りは果汁で真っ赤だ。

「もうちょっと落ち着いて食べなよ。意地汚いよ」

 そういうヘレンも、久しぶりのボダンに笑顔がこぼれる。

「明日から、熊族や豹族のいるエリアを通ることになるんだけど……大人しくしてよね。戦いに巻き込まれるなんてゴメンだから」

 お腹が膨れると、ヘレンは一二三に注意を促した。

 人間の国に挟まれた荒野は、両端の人間が住む場所に近い位置ほど、強い種族がいるエリアになり、中央部程弱い種族が増える。

 川や林が多く、自然の恵豊かな東西のエリアを有力な獣人が押さえているという理由もあるが、人間が弱い獣人を見つけた場合、捕まえて奴隷にする場合があるので、それを避けるために人間より弱い種族は人里を避けるという理由もある。

「この辺りまでは、まだわたしたちのような戦いを好まない種族が多いけど、明日には危険なエリアに入るから」

「なるほどな。じゃあ、案内はそこまででいい。そこから先は方向を教えてくれれば、一人で行く」

 あっさりと納得した一二三。

 ヘレンは当然という顔をしたが、レニは寂しそうな表情を浮かべた。

「じゃあ、明日でお別れですか?」

「どうせ戻る時には荒野を通るんだ。運がよければまた会うだろう」

「フン、その前に熊や豹に殺されないように、せいぜい頑張ることね」

 第一、とヘレンは続けた。

「なんであんたは人間なのに、人間の国を潰そうなんて思うのよ。変な奴」

「理由か。そうだな……」

 しばらく考えた一二三は、首を振った。

「簡単に言えば、敵は潰して当たり前だという大前提があるから、だな」

「敵? やっぱり、攻撃されたら反撃するのは戦える人なら当然なんですね」

「いや、それは違う」

 レニの言葉をあっさり否定する。

「“攻撃されてから”は遅い。攻撃されそう、で殺すには充分だ」

「それはちょっと、あんまりじゃない?」

「馬鹿言え。攻撃されてそれで反撃する間も無く殺されるかもしれんだろうが。如何に速く、殺すかどうかを判断するのは重要なことだ」

 お前と同じだ、と一二三はヘレンを指差す。

「わたしと?」

「聞こえた音を判断して、逃げるべきかを一瞬で判断するように癖が付いているだろう? 少し判断が遅かったら、それが死につながるからな」

「う……確かに」

「俺は戦う力があるから、逃げずに殺す。違いなんかそれだけだ」

 一二三とヘレンが話す間、レニは何かを考え込んでいたが、ふと顔を上げて一二三を見つめた。

「やっぱり、戦う力は必要ですか?」

「別に?」

 さらっと言う一二三に、きょとんとする二人の少女。

「戦いたいなら鍛えて頭を使って、必死で殺すための努力をするべきだろうけどな。別に世の中の奴全員が武力を持ってないといけないなんて考えてないぞ」

「でも、敵だったら殺すって……」

「俺はそうするってだけだ。戦う気がない、戦えないのがわかってる奴が勝てないやつと敵対するのは阿呆の極みだな。誰かを敵に回して戦う気があるなら、殺されても文句は言えないだろう」

 言いながら、一二三は布を敷いて横になる。

 いつの間にか、馬も眠る体勢になっていた。

「……なら、あんたも誰かに殺されても文句無いってこと?」

 からかうように言うヘレンに、一二三は目線も向けずに答えた。

「当たり前だ。命のやり取りをする以上は、いつ死んでもいいと常に考えるのは当然だ」

 明日も歩くから、さっさと寝ろ、と一二三は目を閉じた。

 顔を見合わせたレニとヘレンは、人間は不思議な考え方をするんだね、とお互いに首をかしげた。


☺☻☺


 “騎士の国”と呼ばれる所以は、その国ソードランテの成り立ちが、オーソングランデから離反した騎士隊による入植だったとされているからだ。

 開国当時は国と言うにはお粗末な村だったが、しっかりとした防壁を築き、騎士たちについてきた平民たちも次第に農業や狩猟に慣れ始め、百年もする頃には国としての制度も整えられていた。

 何より、建国当時の騎士隊の実力が相当なもので、獣人たちと対等に渡り合うどころか、幾度となく襲い来る獣人を完全に撃退していたと言われている。

 彼ら騎士たちの中で最も地位の高い者が王となり、他の騎士たちはそれぞれ王を支える貴族として支配体制を形作った。

国といっても大きな街が一つあるだけで、高い壁に囲まれた街を中心に、周囲に農地を広げていった。

 実力豊かな騎士たちは、期を見ては獣人を捉えて従わせ、労働力として使役することを選んだ。本来ならば開拓という苦行にも等しい労働に従事していた平民たちも、自分たちより危険な作業をさせられ、ろくに食べ物も与えられずに使い捨てにされる獣人たちを見ることで、心を慰めた。

 そして、現在でも獣人を捉えて奴隷とする制度は存在している。

「ちっ。ガキしかいねぇか」

 馬を駆る男は、鎧をガチャガチャと鳴らしながら唾を吐いた。

 周囲にいる兵士たちは、簡素な革鎧に槍を持ち、周囲を警戒している。

「収穫無しで帰るよりはマシだが、この分だと俺の成績に響くな」

 男が視線を向ける先は、覆いの無い荷台を引く二頭立ての馬車だった。

 荷台の上には鉄製の檻が乗せられ、中では二人の小柄な獣人がぐったりと横たわっている。一二三が出会った、虎獣人の兄妹だ。

「アンドラス様、周囲には獣人がいません」

 移動しますか、と聞いてくる兵士に、アンドラスと呼ばれた男は街からもう少し離れる事に決めた。

 あまり街から離れると、彼らが対応できないほど強い獣人が出てくる可能性があるので、慎重に行かなければならない。

 開国の頃の騎士たちは、熊や虎の獣人とも渡り合ったそうだが、アンドラスは眉唾だと思っている。今のソードランテにいる騎士たちでは、戦闘が得意な獣人相手では1対1でも互角に戦えるかどうかも怪しい。

「うぅ……」

 うめき声を上げ、目を覚ましたのは檻の中の少年だ。

「こ、ここは」

「目が覚めたか。大人しくしてれば、お前ら獣の住処よりもずっといい場所に住めるし、いいモンも食える」

 だから大人しくしていろ、とアンドラスは目で威圧をしたつもりだったが、少年は檻から出せと喚き始めた。

「ちっ。うるさくなっちまったな。おい」

 一人の兵士を呼びつけて、未だに意識が無い女の子に剣を突きつけるように指示した。

 ためらい無く兵士が言われた通りにすると、少年は口を閉ざした。

「静かにしないと、お前じゃなくてそっちのメスガキを殺す。外からちょいと突くだけだからな」

 わかったら黙ってろ、とアンドラスは言い捨て、進行方向に視線を戻す。すると前方の木陰に熊獣人の子供が一人、隠れるように眠っているのを見つけた。

「お、幸先がいいな。またガキだが、頭数は揃ったな」

 すでに捕まえた気でいるアンドラスの指示で、そろりそろりと兵士たちが熊獣人へと近づく。

 槍先を熊獣人に向けた兵士が、あと数歩で接触するかという距離まで進んだ瞬間、

「人間だ! 逃げろぉおおお!」

 檻の中の少年が、精一杯の声を張り上げた。

「てめぇ!」

 アンドラスが怒りの声を上げたが、熊の子供は既に顔を上げて起き出し、すぐ近くまで近づいていた人間に気づいて驚いている。

「ちっ! さっさと囲め。多少傷モノになってもかまわん」

 熊獣人はつぶらな瞳に小さな丸い耳が可愛らしい女の子だった。手足に傷があっても、見た目が良い獣人の娘はそれなりの需要がある。

 手間かけさせやがって、と呟いたアンドラスの眼前で、指示に従って駆け足で距離を詰めようとした一人の兵士が突然吹き飛ばされた。

「なんだ!?」

 うろたえる兵士たちの目の前、少女を守るように立ちはだかったのは、身長3mを超えんばかりの、巨大な熊獣人だった。

 硬そうな毛を生やした太い両手には太く力強い指先に分厚く尖った爪を持ち、むき出しになった牙は怒りに震えている。

「人間め! 俺の娘を狙うなぞ、許さん!」

 巨体に似合わぬ俊敏さで兵士に近づき、右手を振り抜くと、破裂音と共に兵士の首から上が無くなった。

 さらに近づいていた兵士たちを殴り殺し、突き出された槍を歯で受け止め、蹴りが兵士の腹をぶち抜く。

 内蔵をこぼして痙攣している兵士が倒れた時には、熊獣人はアンドラスの目の前まで来ていた。

「ちっ!」

 アンドラスは素早く剣を抜き、馬から飛び降りた。

 アンドラスを捉えそこねた熊獣人の爪が、馬の脇腹を引き裂き、悲鳴が上がる。

 転がって距離をとり、顔を上げた時には、すぐ目の前まで熊が迫る。

 振り下ろされた腕を剣で防ぐ。

 何とか止めたが、衝撃で左腕に痛みが走り、折れた、とアンドラスは直感する。

 さらに腕を振り上げたところで、右手一本で横なぎに剣を振るう。

 熊獣人の胸をかすり、浅い傷を付けるが、構わず振り下ろされた腕を這う這うの体で潜り抜ける。

 避けそこねた分、頬をざっくりと切られたが、アンドラスに気にしている余裕は無い。

「おおおっ!」

 立ち上がりざまに切り上げたアンドラスの剣は、熊獣人の脇に更に傷をつけた。

 だが、アンドラスの奮闘もそこまでだった。

 のけぞって避ける体勢を取った熊獣人は、そのまま右足でアンドラスの股間を強かに蹴り上げた。

 大きな足のつま先は、アンドラスの急所を潰し、さらにめり込む。

 声も出せない程の痛みで地面に倒れ、アンドラスはあっけなく踏み潰されて死んだ。

「ふぅ……」

「お父さん、大丈夫?!」

 一部始終を怯えながら見ていた熊獣人の女の子が駆け寄ると、さっきまでの怒りの表情はどこへやら、男は優しく笑ってみせた。

「ああ、もちろんだ。お前の方こそ怪我はないか、オルラ」

「大丈夫。あの子に声をかけてもらったから、怪我する前に気づけたの」

「そう言えば、俺もあの声で気づかされたんだった」

 檻に近づいた男は、格子を掴むと力任せに開いた。

「勇気ある行動だった。おかげで俺の娘が助かった。礼を言う」

 男はサルグと名乗り、虎の少年の手を引いて檻から出すと、気を失っている少女を優しく抱えて助け出した。

「あの……」

 戦いを見て、助けられるまで呆然としていた少年は、意を決して声を出す。

「うん?」

「俺も、おじさんみたいに強くなれますか?」


☺☻☺


 日々の政務に忙殺されている新たな女王であるイメラリアの元へ、フォカロルから届けられたのは王都訪問の日程を報告する書面だった。

 一二三は全く無視していたが、貴族は領地の出入りが自由ではあるものの、不文律として王都へ入る際には届出をするようになっている。王都へ入った貴族を、王が呼びつける場合もあるのと、他意がないことを示すためだ。

「フォカロルから? 一体誰が来られるのです」

 一二三が荒野へと長い旅に出たことは、貴族のみならず平民にも知れ渡っており、長年人間と敵対していた獣人との戦いに単身向かったのだ、と新たな伝説が始まるとして、市井の人々の格好の話題となっている。

「王都訪問をされるのは、トオノ伯の奥方のようですな」

 書類を読んでいた宰相のアドルは、イメラリアの質問に冷静に答えた。

「陛下への謁見を希望しているようですね。しかも、私にまで同席を求めておるようです」

「オリガさんですか……。しかし、一体どんなご用なのでしょうか?」

「さて、そこまでは記載がありません」

 しばらくは首をひねっていたイメラリアだが、考えても仕方がない、と予定を決めておくように指示を出した。

「よろしいので?」

「一二三様の奥様です。無碍にはできません。それに、彼女の意思であれ一二三様の指示であれ、目的は直接確認しておくに越したことはないでしょう」

 なるほど、とアドルは頷き、執務室を後にした。

「本当に、居ても居なくても心配させる人ですね……。今頃は、荒野のどこで暴れているんでしょうね」

 とてもではないが、荒野で野垂れ死にをしているなんて想像はできなかった。そして、一二三の顔と同時に、随分前に出会った、奴隷だった頃のオリガの顔を思い出した。

「……本当に、何が目的なのでしょうか?」

 できれば、一二三が居ない間くらいは、静かにしておいてもらいたいと切に願うイメラリアだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

明日は酔っ払いになる予定なので、明後日更新予定です。

よろしくお願いします。

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