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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十一章 荒野へ行ってもふもふと遊ぼう
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86.Hey Brother

86話目です。

よろしくお願いします。

 虎獣人のボスは、やはり一人で戦うつもりらしい。

 他の獣人たちは一二三とボス、二人の周囲を囲むように円を描いて立っている。

「虎獣人を舐めた事を後悔させてやろう。そんな細い武器を振り回したところで、俺の爪を防ぐことはできんぞ」

 ニタリと牙を剥いて笑う虎のボスに、一二三は刀をだらりとおろしたままで微動だにしない。

「御託はいいから、さっさとかかってこい」

 一二三は平然と目の前のボスから視線を外し、周りを囲む獣人にも声をかけた。

「見ているだけじゃつまらんぞ? 戦う意志と力があるなら、全員同時に相手してやるから、遠慮なくかかって来い」

 あからさまな挑発に、周囲の空気は一気に緊迫感を帯びた。

「そうそう、この空気だ。相手を殺したい、殺すと言う意志。あとは行動と実力が伴うなら、文句ないんだがな」

 一二三が言う間に、ボスは両腕を振り回して爪での攻撃を繰り出して来たが、一度見切った攻撃を喰らうほど、一二三は甘くはない。

「そらっ」

 横っ面を引っ掻こうとしてくるボスの手に、タッチをするように平手打ちを叩きつける。

 一気に腫れ上がった手のひらを、信じられないという目で見るボスを、一二三は呵呵と笑った。

「お前たち獣人の身体の作りも、ほとんど人間と変わらないよな。昨日、開きになった奴を見てきたから知ってるぞ」

 一二三が言っているのは、彼を襲って返り討ちに遭い、食い荒らされた屍を晒していた三人の事だ。

「どんなに鍛えても、肉と水を革で包んだ身体である以上は、ぶっ叩かれたら腫れるわな」

「何をわけのわからないことを言ってやがる! この程度の傷とも言えん腫れなぞ、なんでもない!」

 吠えるボスが両手を広げた瞬間、懐に走り込んだ一二三が、今度は平手で思い切り鳩尾を叩いた。

「ぐぶっ……ぼぇええ」

 せり上がる物を押さえきれず、口から吐瀉物を撒き散らすボス。

 これは要らないな、と刀を腰へ納め、情けなく涙をこぼす虎の腕を掴んだ一二三は、腫れ上がった手のひらに爪を立てると、一気に腕を引いて引き裂いた。

「ぎゃああああ!」

 だらだらと血を流す右手を抱えるようにして、虎のボスは絶叫を上げた。

 その姿に、周囲を囲む虎獣人たちは息を飲んだ。

 自分たちのボスが、ここまで簡単に嬲られるとは思ってもみなかったのだ。

「人間でも爪は使えるんだ。こんな風にな」

 右手が風を切り、指先がボスの喉を撫でると、首筋から血を吹き出したボスは声も出せずに倒れ、死んだ。

 それを間近で見下ろした一二三は、冷静に呟く。

「ふむ。血管の位置なんかも人間とほぼ同じか。少し筋力が強いのと、耳や尻尾があるくらいか」

 さて、と一二三は周囲で完全に硬直している虎獣人たちを見やる。

「ほら、お前らが手助けしないから、こいつは死んだぞ?」

「よ、よくも!」

 泣きながらかけてきた虎の青年が抜刀で上下に分たれると同時に、怒りの声が上がる。

「貴様! 生かしては帰さん!」

「ボスの仇だ! 全員でこいつを殺すぞ!」

 口々に声を荒げて飛びかかる獣人たち、男女の別なく一二三の前後左右から迫ってくる。

「おお、やっとやる気になったか!」

 二人分まとめて首を刎ねながら、一二三は嬉しそうに叫ぶ。

 くるりと刀の向きを変え、後ろに向かって突き出し、背後の女の腹を裂いた。

 刀を前へと戻す勢いで更に一人を斬り捨て、敵の間を縦横に動き回りながら、喉や腿を斬りつけながら、血の勢いを見て人間との構造の違いを冷静に確認していく。

 その場にいた全員が死体に変わる頃には、虎獣人の構造についてしっかりと検証が終わっていた。

 懐紙で刀をぬぐい、納刀する。

 すうっと鼻から息を吸い込み、口から吐いた。

「……他の獣人の中身も見ておきたいな」

 一二三は、羊獣人のレニが言っていた泉を探して歩き出した。


☺☻☺


 木と葉、動物の皮で作られた簡素な家が点在する集落を抜けたところで、一二三はちょっとしたサッカーコート程の泉を見つけた。

 水は透き通ってかなり深い位置まで見え、小さな魚や、エビのような生き物も見える。

 周りを見ると、レニが教えてくれた捻くれた蔦が絡まったような木が、枝を伸ばして赤い果実を大量にぶら下げていた。

「これか」

 こぶし大の果実をむしり取った一二三は、ためらい無く齧る。

 サクっとした噛みごたえは梨のようで、みずみずしい桃のような香りと甘味が口と鼻に広がる。水気がたっぷりで、果汁の喉越しもサラリとしている。

「確かに、これは美味い」

 立て続けに二つ程完食すると、中心にあった大きな種を放り捨てた。

「美味かった。けど、これだけはちょっとな……」

 果実を食べ終わった時点で、一二三の両手と口の周りは真っ赤な果汁まみれになっていて、まるで人でも食べたかのようになっている。

 両手を見て、泉を見た一二三は、まあ仕方ないと服を着たままざぶざぶと泉へ入っていた。

 最初はキリッと冷たい水の刺激を受けたが、すぐに身体が慣れて、荒野の暑さを忘れさせてくれる泉の涼しさに浸る。

 身体が冷え切る前に泉を出て、袴を脱いで絞っていると、集落がある方から、二人の虎獣人の子供が歩いてきた。

 獣人の年齢は分からないが、小学校高学年位の男の子が、妹と思われる頭一つ分背が低い女の子を連れている。男の子は暗い目をして一二三を見つめ、女の子は怯えきった顔をして視線を落としていた。

「人間……」

 一二三の姿をはっきりと見て、男の子は驚いた表情を見せたが、すぐに牙を剥いて怒りの表情に変わった。

「お父さんたちを殺したのは、お前か。人間!」

 妹とつないでいた手を離して走って来た男の子の顔を、一二三は無表情のまま、濡れた袴でひっぱたく。

「ひっ……」

 声を上げられない程に怯える女の子の前で、むち打ちになるほどの勢いで横っ面を打たれた男の子は、地面に転がって泣き始めた。

 彼らを無視して悠々と袴をつけている一二三は、すぐに乾燥し始めた荒野の気候に感動しつつ、袴の折り目を指先で整えた。

「で、お前らは誰だ?」

 ようやく立ち上がった少年は、怯えと怒りを綯交ぜにした表情を見せた。

 虎の少年から答えは無く、一二三は溜息を吐いた。

「まあ、お前らが誰でも別にどうでもいいけどな」

 顔をぐいと近づけ、一二三は少年の目を真っ直ぐに見た。

「もう少し大人になって、それでも俺が憎かったらかかって来い」

 虎獣人たちの死体がある方を指差し、一二三はニタリと笑う。

「しっかり戦えるようになっておけよ。その時に俺より弱かったら、ああいう目に遭う」

 悔しさの余り泣き出した少年に、女の子がすがりついた。

 頑張れよ、と投げやりに声をかけた一二三は、彼らを放置して果物を片っ端からもぎ取って闇魔法の収納に放り込んだ。

 果実を一つずつ少年たちに投げ渡し、さっさと立ち去った。

 少年は涙をぬぐい、果実をじっと見てから齧り付く。どんどん溢れてくる涙に、美味しいはずの果物なのに、ちっとも美味しくないと呟いた。

 隣で同じように泣きながら果物を齧る妹を見る。

 もう頼る人はいない。強くなってやる、と種を投げ捨てた少年は村へと戻る。死んだ大人たちを土に埋めなくてはならない。


☺☻☺


 その後、狼や獅子の獣人たちが形成する集落をいくつか壊滅させた一二三は、すっかり獣人相手の戦いに飽きていた。

 そして同時に、迷子になっていた。

 林は随分前から見えなくなり、見渡す限りの文字通りの荒野が続く。

「このままだと、騎士の国とやらに着く前に干からびるな」

 馬の足取りも心なしか重く感じる。

 しばらく考えていた一二三だが、考えをまとめて一旦戻ることにした。少なくとも、街が見えるまでは案内役が必要だと思ったのだ。

 ゲームじゃないんだから、分かるまでウロウロするのも時間が勿体無い。

 進行方向を変え、林があった方向を目指すと、馬も軽快に歩を進めるようになった。

 そのまま、うっすらと見え始めた林を目指していると、一二三の感覚に久しぶりの気配が感じられる。

「やあやあ、お久しぶりです」

「お前か」

 一二三の目の前に現れたのは、首だけで浮かぶ死神の姿だ。

「なんで首だけなんだ」

「おっと。これは失礼」

 顔だけのくせに大げさに驚いて見せた死神は、黒い霧の中から全身を表した。

「宰相さんの前に出るときは、頭だけになっているんですよ“一二三さんが闇魔法を使ってくれないから、力が取り戻せません”ってね」

 実際は、これだけ日常的に人が殺される世界にいれば、逆に元気になるってもんです、と舌をペロリと見せる死神に、一二三は視線も向けずに馬を進める。

「で、わざわざこんな所まで出てきて何のようだ?」

「私に距離なんて関係ありませんよ。流石に世界を渡る程の力はありませんけれどね。古代魔法だったかな? 神も人もまとめて飛ばすとは、大したものです」

 宙に浮かびながら一二三に併走する死神は、大きく頷いて見せた。

「お前の関心は別にどうでもいい。それより、王都の動きはどうだ?」

「まったく、神使いが荒い人ですね。宰相さんは例の魔法に気づいてくれましたよ。美しき女王陛下への報告はされていませんが、そう遠くないうちに使える魔法だと判断してくれるでしょう」

 死神は満足げに言う。

「それにしても、こちらで再会した時にまた殺されかけるとは思いませんでしたよ」

 それに、人間相手に平謝りする時が来るとは、と死神は苦笑いを浮かべた。

 実際、死神はからかうつもりで一二三が一人になった時に一度顔を出したことがある。その時にいきなり抜き打ちに斬りつけられ、腕一本を飛ばされて完全に降伏した。

 今の死神は、一二三の手下として動いている。

「ですが、一二三さんが戦争を起こしてたくさん殺してくれたおかげで、私も随分元気になりましたよ。とりあえずは途中報告です。貴方の望むクライマックスに精一杯ご協力させていただきますよ」

 だから、もっとたくさん殺してくださいね、と言葉を残して死神は消えた。

 返事もせず、一二三は馬を進める。

 そっと口元に薄く笑みを浮かべたまま。


☺☻☺


「それで、わたしたちに道案内をしろって言うの?」

 冗談じゃない、とヘレンは一二三に向かって言葉をぶつけた。

 隣にいるレニはオロオロとするばかりだ。

「あんたは知らないようだけど、人間の国の近くにいた獣人がいなくなってて、人間に捕まって酷い目に遭わされているっていう噂があるのよ」

 ヘレンは弱いタイプの獣人が人間に近づくなんて危険なことはできない、とはっきり断った。

「で、でも一二三さん困ってるし……」

「レニ!」

 ヒートアップしたヘレンの攻撃がレニに向かう。

「あんたもちょっとお菓子もらったくらいで、簡単に人間を信用しすぎ! 確かに甘くて美味しかったけど……それとこれとは別なのよ!」

 どうやらヘレンも、カイム特製の焼き菓子が気に入ったらしい。

「ちゃんと報酬はあるぞ?」

「人間って、お金とかいうのをお礼に使うんでしょ? そんなの貰っても……」

 話している途中のヘレンの鼻先に取り出されたのは、泉の周りで一二三が乱獲してきたあの果実だった。

「これ、ウチが教えた果物だよ!」

 すごいすごい、と興奮するレニに、ヘレンは腕を組んで鼻をならした。

「ふ、ふん! そんな果物いっこでわたしたちが命懸けで人間の……」

 次々に取り出され、ヘレンとレニの目の前には赤く熟した果実が積み上げられ、甘い匂いを放っていた。

 レニは興奮して、虎の獣人がたくさんいたはずなのに、と関心しきりだ。

「で、どうする?」

 一二三の仕事が終われば追加を出すという言葉に、ヘレンも陥落した。

「ちょっと待っててくれる? レニと一緒に少し遠出するってお母さんたちに言ってくるから」

 果実を抱えた二人が、手ぶらで戻ってくるまでそれほど時間はかからなかった。

「少し遠くまで採取に行ってくるって言ったから、しばらくは大丈夫。それより、他の獣人が出たら、ちゃんと守ってよね」

「大丈夫だよ、ヘレン。一二三さんは強いんだから」

 何故か一二三を信頼しきっている様子のレニに、心配だとヘレンは耳を垂れさせた。

 こうして、二人の道案内を得た一二三は、改めて騎士の国を目指すことになった。

お読みいただきましてありがとうございます。

ちょいちょい間が空いて申し訳ありませんが、

次回もよろしくお願いします。

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