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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十章 戴冠とか造反とか結婚とか
83/184

83.Yellow

83話目です。

よろしくお願いいたします。

「一二三様」

 ノックをして一二三の執務室に入って来たのは、湯に入り旅の埃を落とし、丁寧に髪をとかしたオリガだった。

 いつもの青いローブ姿ではなく、いつかの時のためにとこっそり買っておいた、とっておきのロングスカートと花の刺繍が入ったシャツという出で立ちだった。

「ん、オリガか」

 何かを書き付けていた一二三は、顔を上げてオリガを見た。

 緊張気味なオリガの顔を見て、いつかの手裏剣指導の時も、そんな顔だったな、と思い出す。

「話があるんだろうが、座って待っていてくれ。もうすぐ終るから」

「わかりました」

 応接用として置かれたソファに腰を下ろす。

 高級品だとすぐにわかる艶のある革の感触と、ふわっと軽く沈み込む座り心地で、オリガは少しだけ落ち着くことができた。

 静かな室内に、羽ペンを走らせるカリカリという音だけが響く。

 真面目な顔をして書き続ける一二三の顔を、オリガは飽きることなく見つめ続けていた。駆け抜けて来た、そんなに前じゃないあの日々を思い出す。そう言えば、一二三に文字の書き方を教えたのも自分だった、と懐かしんだ。

 あの頃はとても読めないような下手な字だったが、嫌々ながらもカイム達に懇願されて書類を片付けているうちに、それなりに綺麗な字が書けるようになったと自慢げに言われた事が思い出され、笑顔がこぼれた。

「一二三様、紅茶をお淹れしますね」

「ああ、頼む」

 備え付けの小さなキッチンには、一二三が好きな焼き菓子が置かれていたので、お茶と合わせて一二三のデスクへそっと置いた。

「お、そう言えば菓子があったか。ありがとうな」

 座ったままオリガに視線を向け、一二三は優しく笑う。

 微笑み返したオリガは、やはり“この人が好き”だと改めて確信した。人を殺すことが好きだからと言って、自分に向けられる優しい笑顔も嘘ではない。

 今にして思えば赤面する他ないが、奴隷として出会ったときには、ただ彼に気に入られる事で得られる物が多いのではないかと、打算だけで近づいた。

 復讐心に塗りつぶされた心で、彼を利用して力を付けるために必死だった時には気づかなかったが、いつも彼は近くで笑っていてくれた。誰かに頼ることではなくて、しっかり自分の力でやり遂げるために、掛け替えのない時間をくれた。

 オリガの胸の中を、思い出と共に熱い気持ちがめぐる。

「待たせたな」

 目の前に一二三が座ったとき、オリガは自然と笑みが浮かぶ。

「何を書いておられたのですか?」

「ああ、獣人族に会いに、しばらく荒野行きだからな。その間にカイム達にやらせておく事を書き出していた」

 ほら、と差し出された紙には、どこか角ばった印象のある文字で箇条書きで領地の開発や運営についていくつもの指示が書き込まれていた。

「とりあえずはリストアップしておく。細かいことは、みんなで勝手に考えて貰えばいい」

「やはり、旅立つおつもりだったのですね……」

 リストを見ながら、オリガはこぼした。

 一二三が獣人族エリアやその向こうにある騎士の国と呼ばれるソードランテを目指す事は、身だしなみを整えている間に文官のパリュから聞いていた。実際に本人から聞くと、改めて自分がその旅の頭数に入っていない雰囲気がはっきりわかる。

 胸が締め付けられるような思いを隠しながら、オリガは微笑みを保つ。

「一二三様の威光が、獣人たちや荒野の向こうまで届くのですね」

「大仰だな。ちょっと様子を見て、気が向いたら暴れてくるだけだ」

 デスクから持ってきた焼き菓子を口に放り込み、頬をふくらませている一二三に、オリガは立ち上がって新しい紅茶を淹れた。

 少しだけ迷って、オリガは口を開いた。

「その……荒野への旅に、私を連れて行っていただくことはできませんか?」

 オリガの言葉を聞いて、一二三は目を見開いた。

「街も村もない、荒野を渡る旅だぞ?」

「構いません。一二三様と共に行けるなら、どこへでも」

 顎をこすりながら一二三は考え込んだ。

「参ったな。オリガにはこの領地を任せておきたいと思ったんだがな。他に頼みたいこともあるし……」

「頼み、とは?」

 一二三はオリガを手招きで隣に呼び、耳に口を寄せて誰にも聞こえないように伝えた。

 顔が近づいて来たとき、オリガは心臓が高鳴るのを抑えるのに必死だったが、聞かされた内容に、緊張も忘れて飛び上がるほど驚いた。

「そんな! それでは一二三様は……」

「だが、楽しいとは思わないか?」

 心底楽しそうに笑う一二三を見て、オリガはやっぱりこの人には敵わない、と思う。

「その時には、私も一緒にいさせてください。それをお約束いただければ、私は一二三様の言われる通りにフォカロルに残ります」

「そうか。ありがとうな」

「ですが」

 オリガは、一二三にしがみつくようにその左腕を掴んだ。

「一二三様がいらっしゃらない間、寂しさで耐えられなくなりそうです。ですから、今度こそ私とつながりを作ってください……」

 涙を浮かべてオリガが懇願するのを聞いて、一二三は困った顔をする。

「……冷静に考えて、俺のような奴を慕ってくれるのは嬉しいんだけどな。ちょっと男の趣味が悪いと思うぞ? 俺のように人を殺すことをやめられない奴は、いつか誰かに殺されるんだ。それは何十年後かもしれないし、明日かもしれない」

 あっという間にお前を残して死ぬかもしれない、荒野から帰らないかもしれない、と一二三は続けた。

「その時は、私もお供するだけです」

 オリガは真っ直ぐに一二三を見つめて、断言した。

 参った、と一二三は両手を上げて、そのままオリガの肩を抱いた。

「オリガ、俺がいない間の領地を頼む」

「それは……」

「ああ、俺の妻として後を任せたいんだが、嫌か?」

「嫌なわけがありません!」

 オリガは一二三の首にしがみつくと、声を上げて泣いた。嬉しい気持ちが溢れてくるが、何故か涙が止まらない。

 しばらく子供のように泣きじゃくったオリガは、気持ちを確かめるように身体をすり寄せ、夢にまで見ていたキスを果たした。


☺☻☺


「結婚かぁ。あの人がねぇ……」

 調査のために各地を廻っている騎士からの定期報告の中に、フォカロル領で盛大に行われた結婚式の事が書かれていたのを見つけ、サブナクは天井を見上げた。

「オリガ様という方は存じませんが、トオノ伯とは近しい方なのですか?」

 机に置かれた書類に視線を落としたシビュラは、サブナクの前に置かれたカップに新たな紅茶を注いだ。

「近しい、か。まあ、そうだね。あの人はこっちの世界では天涯孤独と言っていいから、一番長く側に居た女性だと思っていいかもね。魔法が得意な、可愛らしい女性だよ」

 一二三に関する部分を見なければ、とサブナクは心の中で付け加えた。

「では、収まるべきところに収まったということですね」

「まあ、そうかもね。それにしても、あの人が奥さんを迎えるなんて想像もつかないよ。いよいよ落ち着く気になったかな?」

 サブナクは立ち上がり、書類をまとめて掴んだ。

「出られるのですか?」

「ああ、イメラリア様へ報告をしないと、な」

「イメラリア様、お気を落とされなければ良いのですが……」

 シビュラが呟いた心配事に、サブナクは首をかしげた。

「お祝いごとだと思うけど? これで一二三さんがこの国に根を下ろすつもりになったとも判断できるだろうし」

「驚く程鈍い人ですね。イメラリア様を近くで見ているくせに」

 そんなだから、女が怪我するまで気持ちに気づかないのです。

「その事は蒸し返さないでくれよ。それで、鈍い婚約者に答えを教えて欲しいんだけれどね」

「イメラリア様は、無自覚でしょうけれどトオノ伯を慕っておいでですよ」

「はぁ?」

 騎士隊長とあろう者が、そんな間抜けな顔を見せるのはやめてください、とシビュラは説明を続けた。

「考えて見てください。あの方のお考えを引っ張っているのは、トオノ伯への復讐心と同時に憧れでもあります。この国が最終的に安定したのも、謀反を起こした者を処分してイメラリア様の周囲に安全をもたらしたのも、結果的にトオノ伯のお力あっての事です。いつも彼の事を考えているイメラリア様にとっては、仇と同様に英雄としてその姿が映っていることでしょう」

 半分以上は妄想というか願望な気がする、とサブナクは思ったが、声には出さなかった。ここしばらく一緒に過ごしている間に、彼女に余計な事を言うと十倍になって帰ってくる事を覚えたからだ。

「と、とにかくイメラリア様には気をつけて報告することにするよ。ありがとう」

 逃げるように部屋を出たサブナクは、そのあとにイメアリアに報告した際、視線を落としたのを見て“まさか?”と思ってしまい、影響を受けすぎだと自重した。

 イメラリアは報告を受けて、祝いの品を送るように指示したのみで、それ以外には特に言及しなかった。


☺☻☺


 一二三の結婚のあと、イメラリアからだけでなくビロンら国内の貴族からも祝いの品が届き、さらにはホーラント王スプランゲルからも、フォカロル領内で勉強中のネルガルを通していくつかの魔法具が贈呈された。

 数日通してフォカロル領ではお祭り騒ぎが続き、しばらくは領主の妻となったオリガの美しさや、一二三に劣らず戦える才能豊かな魔法使いらしい、といった虚実入り混じった噂が市井の人々の噂のタネとなった。

 オリガは幸せな新婚生活を楽しむ暇もなく、次々と領内の各部署を改めて視察して廻り、一二三が目指している物を理解するために懸命の努力を重ねていった。

 最初のうちは、貴族の仲間入りをした平民上がりが政治の真似事で首を突っ込んで来ていると受け取り、拒否感を持っていた職員なども居たが、各部署の事を正確に理解しようとする姿勢は徐々に受け入れられて行った。

 アリッサも、カイムを始めとした文官たちも、そんなオリガを支えるために資料や計画の説明などのために時間を作り、カイム主導の元で領主館の機能を整理してオリガを中心として動く体制を急速に整えていった。

 気がつけば、一二三が書類に触らない日があるくらいにまでオリガ体制へと移行が進み、これ幸いと一二三が準備を進めた事もあり、あっという間に一二三出発の準備が完了した。


 馬を駆り、フォカロルの出口にいる一二三の周りには、オリガはもちろんアリッサや文官たち、大勢の職員や兵たちが見送りのために集まっていた。

 その外側には、噂を聞きつけて集まった領民たちもいる。

「一二三様が帰る場所はしっかりとお守りしておりますから、どうか安心して旅を楽しんでください」

 そう言いながら、オリガは涙を流している。

 これから先、どれほどの間離ればなれになるのかもわからないのだ。だが、もう止めようとはしない。一二三に託された物があるから、我慢できると自分を律する。

「ああ、帰る頃にはもっと街も大きくなっているだろう。領兵も武器も強くなっているだろうな。それを見られるのを楽しみにしている」

「はい。後のことは奥様と我々にお任せください」

 カイムに合わせ、文官たちが頭を下げた。

「軍の事も、僕がちゃんと見ておくよ!」

 涙を浮かべた目で叫んだアリッサの頭を、一二三は乱暴に撫でた。

「ああ、獣人たちが攻めてきても街を守れるようにしていてくれ」

 そろそろ出発する、と一二三が言うと、職員は頭を下げ、兵は敬礼をして見せた。

「一二三様、どうかご無事で……」

「大丈夫だ。まだまだ、この世界で戦い、殺し合う事を楽しもうと思っているからな」

 安心していいかどうかと思う台詞だが、オリガにとっては良いことに聞こえたらしい。穏やかな笑顔で、夫が馬を進めるのを見送っていた。


 三国を巻き込んで好き放題に殺し回った男は、一人荒野へ向けて旅立った。

「獣人というからには、野性的で型にはまらない戦い方ができるだろう」

 楽しみだ、と上機嫌な一二三を乗せて、黄色く輝く太陽の下で、馬は軽快に野を駆けてゆく。

お読みいただきましてありがとうございました。

というわけで、ここで一区切りです。

次回から獣人族&ソードランテ編となります。

今後共よろしくお願いいたします。

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[一言] 草生えた。 荒野だけに。
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