78.Dance Floor Anthem
78話目です。
よろしくお願いします。
アドル宰相の部屋にも騎士隊が現れたが、戦力となる可能性が低いと見られていたせいか、騎士隊の目標としては後回しになった。
そのため、ロトマゴの部屋の制圧を終えた騎士たちが踏み込んだ時には、すでにフォカロル兵による警備体制が整った後だった。
「な……」
剣や槍、中には鎖鎌を持った者もいるフォカロル兵が、総勢10名ほど部屋の中にひしめいているのを見て、5人体制で勢い良く部屋へと入り込んだ騎士たちは声を失った。
その代わり、フォカロル兵たちから口々に文句が飛んできた。
「おせーよ」
「そんな動きだとフォカロル領軍だと見習い扱いだな」
「剣も抜かずに入ってきたぞ。馬鹿じゃねーの」
「というか、狭い部屋に割り振り多すぎだよな」
「お前それはアリッサ長官を馬鹿にしてるのか?」
「それはないわー」
わいわいと無秩序に話しているフォカロル兵たちに、騎士は自分たちが虚仮にされた思い、黙れ、と叫んだ。
「貴様らどこから入って来た! 兵士は城外の警備担当だろうが!」
柄に手を掛けながら、戦闘の騎士が吐き出した言葉への返答は、顔面への分銅だった。
鼻血と前歯を吹き出しながら昏倒する騎士を見て、その同僚たちは唖然として、フォカロル兵たちは顔を見合わせて苦笑い。
「騎士様の言葉を邪魔したらまずくね?」
「どうせ倒すように言われてるし、いいんじゃないか?」
「さっさと片付けて次行こうぜ」
緊張感が無く、自分たち騎士に対する敬意がかけらも見られない兵士たちの言動に、残った騎士たちは次々に剣を抜いた。
「貴様ら、兵士の分際で騎士に手を挙げるか!」
威圧するつもりの言葉だったが、フォカロル兵たちはまったく萎縮する事なく、武器を持って踊りかかった。
フォカロル兵たちは、領主館内などを想定した訓練の甲斐あって、室内での戦闘はお手のものだ。剣は振らずに突きを主体として集団で騎士を囲い込み、一人が対応する間に他の兵たちが背後や左右から斬りつける。
対して、第二騎士隊出身の騎士たちは、基本が野外戦闘担当であり、剣をおお振りしては柱に当てたりと、思うように動けなかった。
結果として、騎士たちは5人全員が数分と持たずして、なます斬りにされた。
「うっ……なんというか、凄絶だな……。君たちは、フォカロル領でもこういう戦いをしているのかね?」
戦いが終わったところで、隠れていた宰相がそっと出てきた。無残な死体となった騎士たちを見て、軽くえづく。
「戦争が終わってから、そうそうありませんよ。フォカロルで暴れる奴は滅多にいませんし」
おかげで遠征が無いとなまるよな、と口々に言う。
「それで、さっき聞いた話では、私は君たちをロトマゴ騎士隊長の所へ案内すれば良いのかね?」
「はい、お願いします。俺たちは城の内部に詳しくないんで……」
「では、急ぐとしよう」
足早に部屋を出て行くアドルに、ゾロゾロとフォカロル兵たちが付いていく。
「それにしても」
一人の兵が呟いた。
「あっちの班じゃなくて良かったぜ」
フォカロル兵で別部隊となった同僚たちを思い出し、全員が同意した。
「まったくだ。狭くて暗い所を走るなんて、怖くてチビりそうだ」
背後で起きた笑い声に、アドルは注意するべきか迷って、やめた。
(彼らも国軍兵士出身が中心のはずだが)
朱に交われば赤くなる、ということわざを知っていれば、アドルもすぐに納得できたかもしれない。
☺☻☺
「ふぇっ……くしょん!」
同僚に哀れみと笑いを提供したフォカロル兵の一人が、盛大に唾を撒き散らした。
「汚ねぇな」
「悪い悪い」
「静かにしろ。そろそろだ」
三人組になった彼らが進んでいるのは、城内の隠し通路だ。班分けされて一二三から指示を受けて、ずっと頭に叩き込んできた地図通りに早足で進んでいる。
彼らが割り振られたのは、城の3階の一部エリアだ。
鎧をつけず、音を立てないように金属は剣を腰に下げただけで、金属パーツはつけていない。
「例の玉は持ってるな?」
「俺が持ってる」
一人の兵士が、右手に持った小さなボールを見せた。
薄暗い通路の中で、はっきりと赤く見えるボールは柔らかく、つままれた指の間で少しだけ潰れていた。
「おいおい、ここで潰すなよ」
「わかってるよ」
「しっ……この先にいるな」
三人とも押し黙って、そっと足音を立てないように道を進むと、明かりを持って立っている二人の騎士が見えた。
向かい合って話をしているようで、フォカロル兵たちには気づいていない。
「……近衛騎士の連中は、この辺りにはいないようだな」
「何人かは斬ったらしいが、こっちも被害がでているらしい」
「チッ……バールゼフォンの計画は大丈夫か? 被害が多くなると、城内を掌握できなくなるぞ」
「もう始まってしまった作戦だ。なんとかするしかない」
会話の内容から反乱部隊だと判断。お互いに顔を見合わせて頷き、先ほど見せた玉を騎士に投げつけた。
「うわっ?!」
ビチャ、と音を立てて、鎧に当たった玉は弾け、赤い液体を撒き散らした。
「うっ、おええ!?」
液体からは卵が腐ったような匂いが広がり、混乱した騎士たちは驚きながらげえげえ唾を吐いた。
投げつけられたのは、熟した実を潰すと酷い匂いを出す植物の実だった。味は甘いらしいが、匂いのせいで誰も食べようとは思わず、子供がいたずらに使うので有名だった。
「国に剣を向けるようなクズ騎士には、腐った木の実がお似合いだ」
「まともに戦ってやるのも馬鹿らしい阿呆ども」
散々挑発してやると、涙目の騎士たちは剣を抜いて追いかけてきた。
「のろまども、お前らの剣なんかあたるわけないだろ」
フォカロル兵たちは息を合わせて駆け出した。
鎧を着た騎士たちは遅い。追いつけそうで追いつけない距離をうまく調整しながら、敵を惹きつけて目的地へ走る兵士たち。
「こりゃ大変だ」
「こけたら死ぬな」
「変に引き離してもダメだ。目的地はどこだったっけ?」
「忘れるなよ」
薄暗い裏通路をひた走る。
他の場所でも、同様に騎士たちを釣り出してかけているフォカロル兵たちがいた。全員が同じ場所を目指している。
城の中央にある、この建物で最も広い場所。ダンスホールへ。
☺☻☺
「宰相を始末しに行った連中はどうした! ロトマゴを押さえた奴らからの連絡も無い!」
怒りの声をあげるバールゼフォンに、仲間の騎士たちは顔を見合わせる他ない。
「……返り討ちにでもあっているのでしょう? なぜ貴方がたの方が強いなどと根拠も無く言えるのですか」
冷静に語るイメラリアを、バールゼフォンは憎らしげに睨みつけた。
「諜報などというコソコソと動き回るしか能がない第三騎士隊の連中に、戦いを続けてきた俺たちが負ける訳が無いだろう!」
「そう思うなら、貴方の目で確かめてくればいいのです。……今、この城の中にいる最も強い者が誰なのか、嫌でもわかるでしょう」
涼しい顔をして言い放ったイメラリア。
「……良いだろう。この戦いの盟主たる俺が言って、直々に反抗する者を叩き潰してやる」
イメラリアの横で剣を握ったままの騎士に見張りを任せ、バールゼフォンは腰の剣を抜き、残りの騎士たちを連れて行くと言った。侍女たちは、イメラリアの側にまとめて座らせる。
「待っていろ。全てが終わった時には、名ばかりの女王として国民の前に立たせてやる」
大人しく待っていろ、と言い残し、バールゼフォンは出ていった。
ドアが閉まり、見張りに残った騎士が改めてイメラリアとその横に並んで座る三人の侍女たちを見据えた。
「おかしな事を考えるなよ。問題が起きるくらいなら、切り捨てるつもりだ」
低い声で脅すように言った瞬間、その首を背後から横なぎに剣が襲った。
首の半ばまでを切り裂き、頚椎にあたって硬い音を鳴らす。
血を撒き散らして倒れた騎士の後ろに立っていたのは、ミダスだった。
「イメラリア様、遅くなりまして申し訳ございません」
剣を納め、ミダスは跪いてイメラリアに詫びた。
「頭を上げてください、騎士ミダス。貴方の働きを大いに評価いたします。……一体、どこから現れたのですか?」
「はっ。実はトオノ伯の依頼を受けまして、隠し通路から状況を監視しておりました。敵が減りましたので、好機とえました」
どうやら、イメラリアが打たれた時点で出てこなかったことを恥じているらしい。それに気づいたイメラリアは、くすりと笑った。
「良く我慢してくださいました。もしあの時に飛び出していたら、貴方が殺されて助かる機会は訪れなかったでしょう。改めてお礼を言います。それにしても、この状況を一二三様は予想していたのでしょうか?」
「数名が反乱を企てている事には気づいていたようです。誘われて断れば殺されるだろうから、護衛ついでに隠れているようにと言われまして……」
「現状、どうなっているかわかりますか?」
イメラリアの質問に、ミダスは視線を落としたまま首を振った。
「申し訳ありません。私は早い段階で現場から離れましたもので」
しばらく考えたイメラリアは、ミダスを立たせた。
「ミダスさん、わたくしたちはこのままこの部屋におります。万一誰か反乱側の騎士が来たとして、そうそう殺される事は無いでしょう。それよりも、サブナクさんたちと合流してください」
イメラリアは立ち上がる。
「戴冠式を行います。準備をしてください」
「えっ?」
「間も無く、反乱部隊は一二三様が片付けてくれますでしょう。気にする事はありません」
きっぱりと言い切ったイメラリアに、ミダスは従う以外に無かった。
「まったく、せめてわたくしを颯爽と助けてくだされば、多少は評価いたしましたのに」
ポツリと呟いた言葉はミダスにも聞こえたが、すぐに忘れることにした。首を突っ込んでもろくな目に遭いそうにないからだ。
☺☻☺
「貴様は……」
ロトマゴもアドルも、執務室には数名の騎士の死体が転がっているだけで、肝心の部屋の主が見当たらず、バールゼフォンの苛立ちはいや増すばかりだった。
どすどすと足音を立てながら、次にサブナクの部屋を目指して歩いていたバールゼフォンの目の前に、小柄な女の子が立っていた。
「むほんの代表者?」
首をかしげて訪ねたのは、アリッサだ。
「無礼な小娘だな。斬り殺されたくなければ、そこをどけ……いや」
抜き身のまま持っていた剣を、振りかぶった。
「騎士に軽口を叩いた罪を償ってもらおう」
思い切り振り下ろした剣は、バールゼフォンの予想を大きく外れ、床を叩いただけだった。
アリッサが、逆手に持った脇差で軌道を逸らしたのだ。
「その剣は……」
片刃で少しだけ反りがある剣。その特徴は、バールゼフォンが聞いたことがある、一二三が持つカタナという名前の剣と同じだった。
「一二三さん……じゃわからないかな。トオノ伯から伝言だよ」
斬りかかられたというのに、少しも動じていないアリッサは、懐からゴソゴソとメモを取り出して読み上げた。
「馬鹿騎士はダンスホールへ集合。以上」
わざわざメモまで出して、たったそれだけの事を言われたことがバールゼフォンの神経を逆なでした。
「ふざけるな!」
「おっと」
風を切って振り回される剣を、二度三度と軽く避けたアリッサは、軽い身のこなしで飛び下がった。
「昔から、避けるのは得意なんだよね。それじゃ、お爺ちゃんの護衛の仕事があるから」
「待て!」
バールゼフォンが呼び止めた時には、アリッサは既に窓の外へと飛び出していた。
「……くそっ!」
しばらくはウロウロと歩きながら迷っていたバールゼフォンだが、ここまで死体以外の仲間の姿を見ていない。少なくとも40人前後は仲間が残っているはずなのに、誰にも会っていない。
舌打ちをして、城の中央にあるダンスホールへとノシノシと足早に進む。
ほどなく、ダンスホールへと入る大きな扉の前へとたどり着く。
足で乱暴に蹴り開くと、そこに見えたのは、十数名ほどの死体に囲まれ、更にその外側にぐるりといる騎士に剣を向けられている、一二三の姿だった。
大きな音を立てて開かれた扉の音に、その場の全員の視線がバールゼフォンへと集まる。
「ば、バールゼフォン! この男を何とかしろ! 既にかなりの人数がやられた!」
汗だくで叫んでいるのは、先ほど木の実をぶつけられ、ダンスホールまで誘い出された騎士だった。
「お、首謀者がやっと来たか」
一二三がそう言った瞬間、部屋に入ったバールゼフォンの背後で、ドアが閉められた。
「さあ、まだ残りは30人以上いるじゃないか。頭を使え。気を張ってしっかり周りを見ろ。今まで練習した事を思い出せ。それでようやく俺とまともに戦える」
呵呵と笑った一二三に、バールゼフォンは剣を強く握りしめ、怒りに震えた。
ざっと見ただけでも、反乱側についた騎士のほとんどがここに集められている。要するに、どいつもこいつも誘い込まれて、あげく短時間で十名以上が殺されている。
「ふざけるなぁ!」
自分も誘い出された事も忘れ、バールゼフォンは叫ぶ。
「貴様ら、どいつもこいつも持ち場を放棄して誘い出されやがって! しかも一人相手になんてザマだ! 恥を知れ!」
その言葉に、視線を落とす騎士もいたが、反感を覚える者もいる。
「バールゼフォン! お前もここに来ているじゃないか!」
「そうだ! 大体、作戦がうまくいかないのはお前のせいだろう!」
状況を忘れたかのように言い争いを始めた騎士たちに、一二三は呆れた顔を見せた。
「仲良くしろよ。今から頑張って殺し合いをするんだから」
刀を大上段に構え、一二三は嗤う。
「さあ、続きを始めようか」
バールゼフォンも剣を構えた。
とにかく、ここで目の前の男を殺せば全てはうまくいくのだ、と血走った目を見開いて走り出した。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。