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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十章 戴冠とか造反とか結婚とか
77/184

77.Bad Day

77話目です。

よろしくお願いいたします。

 ロトマゴが異常に気づいたのは、壁の向こうから聞こえた異音からだった。

 突然、壁に硬いものが当たる音がして、静寂が戻った。

 壁の向こうが隠し通路になっていることは、ロトマゴも承知しているし、時々近衛騎士の誰かが通っているのも知っている。というより、移動に使うことに許可が欲しいとサブナクに相談され、快諾していた。

「誰かいるのか?」

 返答が無いことに不穏な空気を感じ取ったロトマゴは立ち上がり、侍女に部屋を出て誰か騎士を呼んでくるようにと伝えたが、遅かった。

「失礼します、隊長」

 ノックも無く部屋から入って来たのは、3人の騎士だった。すでに剣を抜いていた彼らのうち、一人は侍女に向かって部屋の隅で座っているようにと高圧的に言った。

 侍女はロトマゴに視線を向け、彼に従うようにと言われてその通りに動いた。

 さらに、五名ほどの騎士が隠し通路への入口から乗り込んできた。

 そのうちの一人が、返り血を浴びている。

「……随分な格好だが、何の用だ?」

「まあ、簡単なことです。全て終わってその地位を失うまで、ここで大人しく座っていていただく。それが隊長の最後の仕事です」

 最初に入ってきた騎士が冷静に語り、その間にロトマゴの視線が返り血を浴びた騎士に向いたのを見て、せせら笑う。

「貴方の護衛のつもりか、二人ほど壁の向こうにいましたので、処分しました」

「貴様……」

「おっと、無駄に抵抗するのはやめてください」

 手に持った剣をロトマゴの首に向けて、騎士は言う。

「抵抗しなければ貴方もあの侍女も無事に開放いたしますよ。地位を失ってから。それよりも、あまり抵抗されると我々も余裕がなくなりますのでね。隊長だけでなくイメラリア様への対応も変更せざるを得なくなります」

 怯えた様子で座り込んでいる侍女を見て、ロトマゴは溜息をついて椅子に座り直した。

「一体何をするつもりか知らんが……バールゼフォンか?」

「おや、何かに感づいておられたようですね。ですが隊長は余計な事を考える必要はありません。この国が変わり、新たな時代が始まるのを、大人しく待っていてください」

 乱入した騎士たちは、ニヤニヤと笑いながらロトマゴを包囲している。

 溜息をついたロトマゴは、目を閉じた。

「どうやら、私に今できることは無いようだ。状況が動くのは、どうやらここではないらしい。君たちの言うとおり、私は待つ事にしよう」

「賢明なご判断ですな」

 ロトマゴの近くに武器が無い事を確認した騎士たちは、3名を残して残りは部屋を出ていった。

 その動きを黙って見ていたロトマゴは、愚か者どもの運命に思いを馳せた。昨日、バールゼフォンの様子から不安を覚えたロトマゴは、彼の事を一二三に相談していた。

 その時の一二三の顔を思い出す。

 彼はただ「わかった」と短く言っただけだが、その表情はプレゼントをもらった子供のように無邪気な笑顔だった。


☺☻☺


「あっはっは!」

 壁の向こうから突然笑い声が聞こえて、ネルガルと談笑していたスプランゲルは驚いて肩を震わせた。目の前に居たネルガルも同様だった。

「……隣室ではパーティーでもやっておるのか?」

「わ、私にはわかりませんが……」

 冗談に対して生真面目に返す奴があるか、とスプランゲルは口を尖らせ、室内に居た侍女に尋ねたが、侍女にも状況がわからないらしい。

 どうする事も出来ないので、じっと室内で待っていると、ノックをして入ってきた人物がいる。フォカロルの兵を連れたアリッサだ。

「こんにちは、王様」

「おお、フォカロルのお嬢さんか。一体何が起きておるのだ?」

 スプランゲルはアリッサの無邪気さが気に入ったらしく、顔を合わせると好々爺とした表情を浮かべた。

 最初にこの顔を見せたとき、ネルガルを含めたホーラントの従者たちは驚いた顔で固まっていたが、もはや受け入れられつつある。

「えーと、一二三さんが言うには、“むほん”が始まってるんだって。僕たちは王様の護衛に来たんだよ」

「謀反か。他国の王がいるというのにな。まあ、わしらは突然来たからのう。お嬢さんたちが守ってくれるなら、安心できるな」

「そうですね。アリッサ軍務長官殿、王をよろしくお願いいたします」

 さっと立ち上がったネルガルは、頭二つ程背の低いアリッサに対して深々と頭を下げた。

「大丈夫。王様だけじゃなくて、全員守るように言われてるから。とりあえずは、ここを監視してた人はもういないよ」

 アリッサが言うと、ぐったりとした二人の騎士を引きずったフォカロル領兵が、隠し扉から笑いながら出てきた。

「あ、長官! 敵は片付けて、隠し通路は制圧しました! こいつら領主様と比べると笑える程隙だらけですな」

「……比べる相手が間違ってると思う。引き続き、通路はお願いね。騎士さんたちは縛って通路に寝かせておいてね。他の人たちも、予定通りに」

「了解です!」

 やっと実戦だ。ホーラントは観光だったからなぁ、と兵士たちは談笑しながら、それぞれ部屋の内外で警備についた。

 それを聞いていて、しかめ面をしているのはネルガルだ。

「……隠し通路とは? 我々は監視されていたのですか?」

 怒りを押し殺したような声を出すネルガルに、アリッサではなくスプランゲルが動き、ゲンコツを打ち下ろした。

「痛っ!」

「馬鹿め。警戒のためにも警護のためにも、ひっそり監視するのは当然であろうが。本来ならば城内でわしらを守る義理もないお嬢さんたちが守ってくれたというのに、何という言い草か! ……すまんな、頭の悪い後継者でな」

「ううん。監視してたのは僕たちじゃないけど、嫌な気分なのはわかるし」

「も、申し訳ありませんでした……」

 すっかり項垂れたネルガルは、たった今スプランゲルが“後継者”だとはっきり外部の者に言った事に気づいていない。

 まだまだだな、とスプランゲルは残念な気分だった。

「それで、一二三殿はどうしたのかね? あの御仁なら、こういう荒事の時は真っ先に動いていそうなものだが」

 スプランゲルの問いに、アリッサは腕を組んで首をかしげた。

「それが、どこに行ったかわからないんだよね。指示だけ出してどっか行っちゃった」

「ほう、それは……」

 スプランゲルは顎を撫でてニヤリと笑う。

「何か楽しい事になりそうだのう」


☺☻☺


 ヴァイヤーは焦っていた。

 数名の騎士が交代時間になっても戻って来ず、確認に行った者も戻らないか、行っても誰もいなかったという報告が上がってくる。

「何が起きている?」

 異常事態であることは間違いないと判断し、戴冠式での護衛準備中に申し訳ないとは思いつつ、他の騎士たちには調査を命じ、連絡のために一人の騎士を伴い、サブナクの部屋へと足早に向かう。

 長い廊下をもどかしく思いつつ進むと、サブナクの執務室が見える位置までたどり着いた。その扉の前には、数名の騎士が屯している。

 その中には、行方不明だと報告を受けていた者の姿もあった。

 一人の騎士がヴァイヤーに気づくと、腰の剣に手を当てて近づいてきた。

「誰かと思えば、近衛騎士隊の副隊長様ではありませんか」

「お前か……」

 目の前の男に、ヴァイヤーは見覚えがあった。

 第二騎士隊時代の同僚で、あまり顔を合わせる機会は無かったが、剣の使い手としては隊でも上位にいる人物だった。ホーラント攻めの際は、実家に呼ばれており不参加だったはずだが、ヴァイヤーが知らぬうちに戻ってきていたらしい。

「帰ってきたら驚いたよ。第二騎士隊は無くなっているし、近衛騎士隊なんてものができて、ヴァイヤーが副隊長で、あの(・・)第三騎士隊の奴が隊長とは」

 馬鹿にしたように言い放つ相手に、ヴァイヤーは努めて冷静に返す。

「変化について行けないなら、騎士をやめて帰ればいい。誰も止めはしない」

「ふざけるな! 第三騎士隊に媚を売った裏切り者が! 剣を以て国を守る騎士のくせに、あの男が持ち込んだ妙な武器を広めて騎士の品格を汚した奴の方こそ、騎士をやめろ」

 他の騎士たちもその言葉に同調し、口々に第三騎士隊とヴァイヤーを罵った。

「……トオノ伯が、兵士を鍛える意味がようやくわかった気がする。フォカロル兵が戦争で勝って、第二騎士隊が敗れた理由は、こういう事なんだろう」

「ふん、さすがは副隊長。口は達者なようだ。だが、それもここまでだ」

 不意に、ヴァイヤーの後頭部に激痛が走った。

 朦朧とする意識を懸命に保ちながら振り向くと、そこにはヴァイヤーに同行していた騎士が、鞘に入ったままの剣を持って立っていた。

 霞む視界でその表情まではわからなかったが、ただ一つ、身内にも裏切り者がいた事だけは認識できた。歯を食いしばり、自分の見る目の無さを嘆きながら、ヴァイヤーは意識を手放した。

 ただ一つ気になったのは、倒れる寸前に視界の端を音もなく通り過ぎた、見覚えのある裾の広い奇妙な服を着た人物と、「注意力が足りん」と叱責する、聞き覚えのある声だった。


☺☻☺


 ヴァイヤーがサブナクの執務室へたどり着く直前、自室になだれ込んできた騎士たちを相手に、サブナクは素早く剣を抜いて対峙していた。

 不意打ちをしようとした騎士は斬り殺され、サブナクの脇に転がっている。

「ちっ。第三騎士程度にやられるとはな……」

 死体を苦々しく見やって悪態をついた騎士は、剣を掴んだままサブナクを睨みつける。

 他にも二名ほどの騎士がおり、一人は室内にいた侍女のシビュラに剣を向けていた。

「突然入ってきて、随分な事をしてくれたけど、一体ぼくに何の用だ。忙しいから、手短にお願いしたいんだけどね」

 軽口を叩きながらも、サブナクは焦っていた。

 一二三に指導を受けた甲斐あって、突然の襲撃にもなんとか対応できたが、まともにやりあっては騎士隊では下の中程度の実力しかないサブナクでは、勝ち目は薄い。

「貴様には、新しい騎士隊体制のために犠牲になってもらう。この後の戴冠式でイメラリア王女には新体制を発表させ、第二騎士隊を中心とした新たな組織を作ることになっている。その為に、貴様とロトマゴは邪魔だ」

「隊長の所にも行ったのか……」

「心配せずとも、用が済めばロトマゴも後を追わせてやる」

 言いながら振り抜かれた剣を、サブナクは危うい手つきで弾いた。

「二人相手にどこまで生き残れるか、最後の運試しだ」

「くぅっ……」

 転がるように部屋の隅に退避したサブナクは、どうにか挟み撃ちの形になるのを避ける事には成功した。

 だが、正面に二人を相手どるうちに、ジワジワと傷は増えていく。

「そらそら、このままなぶり殺しがお望みか?」

「死なない方を希望するよ。まだ結婚もしてないし」

「調子に乗るな!」

 激昂した騎士の剣が、サブナクの膝を斬り裂いた。

 流石に立っていられなくなったサブナクは、無傷の膝で何とか身体を支え、頭に振り下ろされた剣を防いだ。

 そのまま、体重をかけられてジリジリと剣が降りてくる。

 その時、別の場所から悲鳴が聞こえた。

「うわっ!」

 サブナクと組合っていない騎士が振り返ると、そこにはシビュラを見ていた騎士が倒れており、ナイフを持ったシビュラが震えながら立っていた。

「貴様!」

 剣を振りかぶった騎士が近づくと、シビュラは目を閉じて駆け出し、その脇を通り過ぎる。

「なにっ?」

 無視された騎士が慌てて視線を向けると、シビュラが向かった先にはサブナクを殺そうと更に体重をかける仲間の姿が見えた。

「後ろだ!」

 慌てて声をかけるが、遅かった。

 ナイフを握り締めたシビュラは、体当たりをするようにして騎士の脇腹、鎧がない部分に深々と刃を突き刺した。

「うっ?! き、貴様!」

 シビュラはそのままナイフを手放してサブナクにしがみつき、脇にナイフを突き立てたままの騎士は、振り上げた剣をサブナクではなくシビュラの背中に叩きつけた。

「シビュラ!」

 ぐったりと倒れこむシビュラを抱え、サブナクは叫んだが、シビュラは夥しい血を流し、汗だくで息を吐いていた。

「大切なものを、守るのに、躊躇して、は、いけないと……」

「無理に話すな! 気をしっかりもて!」

 脇を刺された騎士は悶絶し、残った騎士は怒り狂って迫って来ている。

「侍女の分際で、騎士に刃を向けるとは!」

 だが、その叫びが騎士の最後の言葉となった。

 言い終えたその瞬間に、喉から刀の切っ先が突き出していた。

 自分に何が起きているのか理解できないまま、血を吐いてのたうちまわって、ほどなく命を失う。

 直後、小さな瓶が飛来し、シビュラの顎に当たった。

「うごっ」

 慌てて瓶を掴んだサブナクは、その瓶の正体に気づき、素早く開封してシビュラの背中にバシャバシャと浴びせた。

 顔をしかめて痛みに堪えていたシビュラの背中の傷は、みるみるうちに癒えていく。

 それを見て、安堵の溜息をついたサブナクは、魔法薬を投げてくれた人物を見上げた。

「高級魔法薬ってのは、すごい効き目ですね、一二三さん」

 残り二人の騎士に止めを刺した一二三は、刀を納めると、ソファに座った。

「そんな事より、ちょっと茶をくれ。ひと暴れしたら喉が乾いた。ああ、あとヴァイヤーが廊下に転がってるから、踏まれる前に回収しておけよ」

「それなんですが……」

 傷が癒えて、落ち着いた呼吸に戻って意識を失っているシビュラをそっと寝かせて、サブナクは苦笑した。

「彼女に魔法薬を全部使ってしまったんで、斬られた僕の膝がそのままなんですよ。ぶっちゃけ、ものすごく痛くて立てません」

 追加の瓶は、サブナクの額にヒットした。

お読みいただきましてありがとうございます。

前回は登場しなかった主人公がやっと登場。

次回もよろしくお願いします。

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