75.DreamGirls
75話目です。
よろしくお願いいたします。
初の三国会談は、ヴィシーをほとんど無視した形で進められた。
一二三は基本的に聞いているだけで、話していたのは大体イメラリアとスプランゲルで、時々気を使ってイメラリアが話を振ったときに、ロシーが遠慮がちに意見を言うといった具合だった。
結果として、オーソングランデとホーラントは多少の賠償金を支払った後に直接の通商条約を結ぶ運びとなり、一二三を通じて軍事的な情報交換を行うという内容も盛り込まれる事となった。
ヴィシーに対しては、ホーラントはこれまで通りの交流は続けるが、魔法具についての独占的な流通は事実上無くなる事となった。オーソングランデ側からは、賠償金の支払いと“平和への協力”を要請する、とイメラリアは中央委員会への伝言を依頼した。
「平和への協力とは、具体的にはどのようなものでしょうか……」
当初は自分の力でオーソングランデとの交渉をまとめてやると息巻いていたのが、会談の終盤ではすっかり肩を落としていたロシーは、曖昧な依頼に恐る恐る確認の言葉を紡いだ。
イメラリアはよそ行きの笑顔を浮かべ、ロシーに平坦な言葉で返す。
「今回の戦争について、我が国は全面的に中央委員会の責任であると考えています。そして、ヴィシー自身が不要に犠牲を増やし、結果として崩壊に近い状態に陥った事についても、触れざるべき人物を刺激したヴィシー自身が原因であると考えております」
ここまで言って、イメラリアは一二三にチラリと視線を向ける。触れざるべき人物は、見られている事を知りつつもあくびをして無関係だという顔をした。
イメラリアは、小さく息を吐いた。
「中央委員会を含め、分裂している旧ヴィシー地域については、わたくしは形式上賠償は求めますが、それ以上は自分で考えていただきたいと申し上げているのです。自分たちの失敗を回復するのに、わたくしとわたくしの国を利用しようとしないでいただきたい。単純に申し上げて、不愉快です」
自国の問題に巻き込む前に、自分たちはどうあるべきかを考えてから、改めてお話をいたしましょう、とイメラリアははっきりと言った。
スプランゲルは、そんな彼女を好ましいと感じ、優しげな視線を向けていた。
「新たな女王陛下の言うとおりだな。自国の後始末は自国で考える事だ。誰かに頼るなら、当然それだけの謝礼は必要だろう」
すっかり立場を失ってしまったロシーは、条約の内容を詰める話し合いが始まったところで、やんわりと会談場から追い出されてしまった。
すっかり意気消沈した様子で、退室の挨拶もそこそこに扉へと向かうロシーを、一二三の視線が追っていた事に気づいた者はいなかった。その口元が笑っている事も。
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随行員が待つ控えの部屋へと向かうロシーには、案内の一人もつけられなかった。信用しているのだと好意的にとることはとてもできない。放っておいても良い相手だと、オーソングランデそのものから軽んじられている事の証左だとロシーは受け取り、実際その通りの意味での扱いだった。
黙り込んでトボトボとあるくロシーに、声をかける者がいた。
「失礼だが、ヴィシーからの使者の方ではありませんか?」
「はあ、その通りですが、貴方は?」
突然話しかけてきた中年男性に、ロシーは警戒を露わに名を尋ねた。
「私はオーソングランデの子爵、レオナールと申します。お一人のようですが、我が国の案内はどうしたのですか?」
レオナールの問いに、ロシーは答えずに顔をしかめるだけだった。
「まさか、国の代表としてお越しの貴方に、案内すらつけていないのですか? これは我が国の、いや、王女の失態ですな! まだ若いとは言えなんという、王女に成り代わり、非礼をお詫びいたします。ささ、私がお供させていただきましょう」
大げさな身振りで気持ちのこもらない謝罪を受け、ロシーは自分が馬鹿にされているのではないかと疑った。
「いえ、一人で戻れます。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、遠慮はいりませんよ。……何やら、顔色が悪いようですが、どこか具合が悪い所でもあるのですか?」
思わず舌打ちをしそうになったロシーだが、グッと堪えた。
「先ほどの会談で、王女殿下に手ひどくやられましてね。本国へ戻ってからの報告を思うと、気が重いと思っておりました」
皮肉のつもりは無いが、言い方は少し意地が悪い感じになってしまったが、別に構わないか、とロシーは開き直った。
「それはそれは……では、オーソングランデ貴族とのパイプができたと成れば、多少は使者殿の顔も立つのではありませんか?」
「……何を言っておられるのですか?」
「王女の身勝手な振る舞いに眉を顰めている貴族も少なからず存在するということです。よろしければ、場所を変えてお話をしましょう」
胡散臭い、とロシーは思った。相手を改めて観察すると、確かに貴族らしい仕立ての良い服を着てはいるものの、中年でどこか冴えない風情の、薄ら笑いをスマイルと勘違いしているような雰囲気だ。
だが、逆に考えれば利用するつもりで近づけば、何か役に立つかも知れないと思考を切り替える。このまま帰国しても、オーソングランデとの交渉不調の責任を問われ、僻地に飛ばされるのは目に見えているのだ。
「では、私どもが使わせていただいております部屋へ行きましょう。随行の者たちにも、是非挨拶をさせていただきたいので」
「なるほど、今後の事も考えれば、顔合わせは必要でしょうな。では、参りましょう」
ロシーは貴族の笑顔を胡散臭いと評したが、自分も同じ顔をしている事に気づいていなかった。
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「レオナール子爵がヴィシーの使者と接触。随行員たちが待つ待機室へと向かいました。恐らくは何かしらの交渉を行うものとみられます」
執務室で報告を受けた騎士隊長ロトマゴは、特に反応を示さずに頷くのみだった。
それを見た騎士は、報告を続ける。
「ヴァイヤー近衛副隊長からの報告では、使者であるロシーが随行員から殺害される可能性があるという事でした。……近衛騎士隊としては、経過を見守るという事でしたが……これは、城内での犯罪を見過ごす事になるのではないでしょうか。主流派ではないとは言え、我が国の貴族が巻き込まれる可能性があります、ここは騎士隊が出向いて……」
「バールゼフォン」
興奮気味に話し始めた騎士を、ロトマゴは名前を呼ぶことで押さえた。
「報告は聞く。だが私見を聞くつもりは無い。城内の事は近衛騎士隊とイメラリア様が決められる事だ」
「しかし……」
「任務に戻れ。偶然見かけていた事を報告した事は良い。だが、本来の我々の任務は明日の戴冠式を無事に終わらせるまで、城外で目を光らせる事だ」
「……了解しました」
渋々と退室していくバールゼフォン。だが、一瞬だけ、その目が憎しみを孕んで自分に向けられた事に、ロトマゴは気づいていた。
入れ替わりに入って来たヴァイヤーにも、その視線は向いたが、背中で受けたヴァイヤーは気づかなかった。
「ご無沙汰しております、ロトマゴ隊長……バールゼフォンは、新しい所属先でうまくやっているでしょうか」
「彼を知っているのかね」
椅子に座るように促したロトマゴは、侍女にお茶をいれるようにと言った。
「もちろんです。元は同じ第二騎士隊ですからね。入隊時期も近いので。……彼に何かありましたか?」
「いや、少し気になっただけだ。それより、ヴィシーの連中を監視しているのでは無かったかね?」
「ある程度の時間で交代しているのです。何時間も人間の集中力は持ちませんし、暗くて狭いところでじっとしていると、気が滅入ってしまいますからね」
ヴァイヤーは笑って、紅茶を差し出した侍女に礼を言って受け取った。スマイルを向けられた侍女は、少し顔を赤くして微笑むと、軽やかに部屋の隅へと戻った。
「それで、ヴィシーの使者に何か動きがあったということですが」
「ああ。会談から追い出されたロシーに、レオナール子爵が接触した。さっきまで君が監視していたヴィシーの待機室に揃って入ったようだ」
「動きましたか。思ったより早かったですね」
「なんだ、知っていたのか」
つまらなそうに息を吐いたロトマゴに、ヴァイヤーはすみません、と詫びた。
「レオナール子爵を始めとした王子派残党が、ヴィシーとの繋がりを作ろうと画策しているところまでは掴んでいます。……と言っても、今回の会談の結果、ヴィシーと伝手が出来たところで、何もできないでしょうけれど」
余裕ある雰囲気で紅茶を飲むヴァイヤーだったが、ロトマゴは先ほどのバールゼフォンの目を思いだし、何か嫌な違和感を感じていた。
ヴァイヤーはお茶の礼を言うと、いつ騒動が起きるかわからないので、監視を続けます、とロトマゴの執務室を後にした。
しばらく一人で考え込んでいたロトマゴは、目の前の書類を片付けてから、やおら立ち上がり、どこかへと出かけていった。
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城のバルコニーから見下ろすと、いつもであれば城の前にはある程度の観光客や地元住民たちが憩いの場としている広場は、一般人が締め出され、数人の兵が早足で移動しながら、不審な者が無いかを調べている。
城へ納品に来た業者など、時々通過しようとする人物たちは、いつもより城から離れた位置で、いつもより厳重な検査を受けていたが、誰もが“仕方ない”という顔をして素直に検査を受けている。
その広場から街の方を見ると、いつも以上にたくさんの出店が出ており、広場に入れない分、街の人口密度が増しているように見えた。
バルコニーの手すりにあぐらをかいて座った一二三は、無表情にその人々の営みを見ている。
見ているが、意識はしていない。
日課の瞑想の途中だが、思考はこれまで殺してきた人々の事を思いだし、その最期をゆっくりと噛み締めて、心の中で感謝を告げる。
明日の戴冠式の時かその前か、城の中でまた何人かを殺す事になるだろうという予感があった。自然と微笑みが浮かぶ。
武の道にいる者として、自分はなんと幸福なことだろうか。これまで多くの人々を殺し、自分が磨いてきた技術が本物であるという事が証明できた。そしてこれからも、また多くの人を殺すのだろう。それを思うと、心は穏やかになり、波紋ひとつも見当たらない水面のように、優しい気持ちが胸に広がる。
ふと、一二三は顔を上げて西へと視線を向けた。
町の向こう、霞んで見える地平線の先には、以前サブナクから聞いた獣人族たちが住む荒野のエリアがあり、隣接する森にはエルフもいるという。
さらに荒野の先にも、人が住む国があるらしい。
獣人たちは強いと聞いた。
どんな戦い方をするのだろうか。
武器を使うのか、爪や牙を使うのか、ひょっとしたら、飛べる者も居たりするのだろうか。
「決めた。戴冠式が終わったら、荒野に行こう」
たくさんの食料を買って、闇魔法の収納に放り込み、馬を駆って一人で行こう。領地の事はカイムたちに任せておけば良い。領地に寄って、プルフラスに別の武器も作らせて持っていこう。
ピクニックを楽しみにしているような気分だった。
「一二三さん」
バルコニーに出てきたのは、アリッサだった。
赤いくせ毛にアイスブルーの瞳を輝かせ、楽しそうに笑っている。
「なんだか楽しそうだね。いいことあった?」
「いい事か。この世界に来てからはいい事ばかりだ。これからも楽しい事が待っているだろうからな」
「そうなんだ」
アリッサはヒョイっと飛び上がり、一二三の隣に座った。
「ホーラントの王様は、戴冠式が終わったら帰るんだって。そしたら、僕はフォカロルに帰るよ」
「そうか」
「帰ったら、何かやっておく事はある?」
お手伝いの内容でも確認するような気安さで尋ねてくるが、これでも領主と軍事責任者の打ち合わせなのだ。二人とも、それで良いと思っているのだが。
「そうだな。しばらくしたらフォカロル辺りでも強い魔物が出てくるだろうから、それに備えておく必要があるだろうな。俺も一度フォカロルへ行くから、現地で教えてやろう」
「うん。オリガさん、元気かな」
「まあ元気だろう。いずれフォカロルへ戻るだろうから、帰ってきたら色々話を聞くといい」
人間相手と獣相手では勝手が違うから、経験してきたオリガの話は軍の参考になるだろう、と一二三は言う。
アリッサは素直に頷いて、早く帰ってくるといいね、と笑った。
「一二三さんは、領地に戻って領主様の仕事をするんでしょう? フィリニオンさん、結婚するらしいから、もうお仕事できないし」
「領地の運営なんて、一通り職員が育てばトップなんて飾りになるだけだ。俺は俺で、面白い事を探しに行く予定だな」
「一二三さんが言う面白いことって……」
アリッサは口をもにょもにょさせて、難しい顔をした。
一二三の嗜好を正面から批判する気は無いし、それで助けられた事も感謝はしているが、オリガのように積極的に一二三のために殺しがしたいとは思わない。
「まあ、まずは今から起きる事を楽しまないとな。お前はサブナクにくっついているといい。面白い経験ができるかもしれない」
「わかった。フォカロルへ戻るときは声をかけてね。置いていったら嫌だよ」
アリッサはさっと手すりから飛び降りると、あっという間に駆けて行った。
「さて、俺は今のうちに少し寝ておくかな」
収納から菓子パンを取り出し、もしゃもしゃと齧りながら、一二三はそっと城の中へと消えていった。
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時間的に更新優先でやっていきますので、気長に見ていただければ助かります。
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