74.Stupid Like This
74話目です。
よろしくお願いします。
戴冠式を翌日に控え、慌ただしく準備が進む城内の一角に、会談の為の部屋が用意されていた。
通常は会議などで利用される広めで飾り気の無い部屋に、王女イメラリアが座るための豪奢な椅子が運び込まれ、その向かいに3脚程の椅子が並べられている。
それぞれの椅子の傍らに小さなテーブルが用意され、会談が始まる時には水差しや紅茶などが置かれる手はずとなっていた。
会談の場を任された侍女たちは、緊張の面持ちで部屋の隅に直立して王女たちを待っていたが、彼女たち以外にも王女たちを待っている者がいた。設置された絵画の隙間から室内を伺う、近衛騎士隊の面々だ。
近衛騎士のうち、サブナクのみが王女の傍らに立って護衛を行う事となっていたが、この機会に隠し通路からの監視も試してみようということになり、大の男が3人、手槍を握ったまま肩を寄せ合って息を潜めていた。
何かあれば、薄い壁を突き破ってサブナクの応援に躍り出る手はずとなっているが、まずそういう事態にはなりそうも無い。
「失礼いたします」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへおかけください」
最初に現れたのはヴィシー中央委員会から派遣された使者、ロシーだった。随行員はおらず、一人で入室すると、侍女の案内で椅子に腰をおろした。
さほど間を置かず、一人の侍女が入室し、「王女殿下が入室されます」と告げる。
ロシーは立ち上がり、サブナクを連れてゆっくりと歩いてくるイメラリアに頭を垂れた。
「女王陛下。突然のお願いにも関わらず、ご相談の機会をいただけましたこと、恐悦至極に存じます」
大仰な身振りで礼を述べるが、その表情は作り物のような貼り付いた笑顔で、イメラリアは正直内心では気持ちが悪いと思った。
「まだ正式な継承はしておりません。わたくしの身分は、今の時点ではまだ王女に過ぎません」
「これは、大変失礼をいたしました、王女殿下。では、殿下のお時間を私程度の者に浪費頂くわけにも参りませんので、早速ではございますが、我が国からのお願いを……」
「お待ちなさい。この話し合いには他にも参加者がいます」
話を進めようとするロシーをぴしゃりと止め、イメラリアは用意された紅茶にそっと口を付けた。
良い香りがする、と紅茶を差し入れた侍女を見ると、紺色の髪と瞳を持った侍女は、無表情でさりげなくサブナクの方に視線を向けている。
あれが宰相の娘さんですか、とイメラリアが年頃の女の子らしい興味を惹かれたところで、新たな来場者の到着が伝えられた。
「トオノ伯爵一二三様、ホーラント国王スプランゲル様、ご入室です」
イメラリアは、謁見の間でも無いのになぜ名前を読み上げるのかと疑問だったが、目の前で立ち上がることも忘れて驚愕しているロシーの顔と、それを見てニヤニヤと笑いながら入ってくる一二三と老人を見たところで、彼らの仕業だと知った。
椅子から立ち上がったイメラリアは、スカートを軽くつまみながら挨拶をした。こんな挨拶の仕方も、今日で最後なのだと思うと、感慨深い。
「はじめましてホーラント国王陛下。オーソングランデ王女、イメラリア・トリエ・オーソングランデと申します。……お早いお付きで」
「おお、貴女が話に聞く聖女か。わしはホーラント国王スプランゲル・ゲング・ホーラント。先日、この男に完膚無きまでに叩きのめされた国の代表だよ」
一二三を差してカラカラと笑うスプランゲルを見て、イメラリアは眉を潜めた。以前に聞いた話では、ホーラント王スプランゲルはいつも気難しい顔をしている物静かな人物だったはずだが。
「それにしても、あの台車とかいう乗り物は楽しいな。アリッサ殿に乗せて貰ってここまで来たが、馬と違って休憩させる必要も無いし、飼料もいらぬ」
「馬鹿言え。その代わりにホーラントの兵が何人か筋肉痛で医務室行きになっただろうが」
「ふん。鍛え方が足りんようだな。アリッサ殿に鍛え直してもらったが、まだまだというところか」
先日まで戦争していたとは思えないほど、一二三とスプランゲルは和気藹々と話しあい、どっかりと並んで座り、紅茶に口を付けた。
敵とも言うべき一二三と、協力してオーソングランデと戦っていたはずの国の元首が隣に座って、ロシーは口をパクパクとさせていた。
「ほう。美味い紅茶だ。これは買って帰りたいな」
「お帰りの際にご用意させていただきますわ。それでは、会談を始めましょう。偶然ですが、三国の代表が集まっておりますし、とても良い機会ですから、今後の事をお話いたしましょう」
「そ、それは……」
慌てふためくロシーを、スプランゲルはひと睨みして黙らせた。
「黙って聞け。そして世の中が変わっていることを、国でいち早く知る事ができた幸運をどう活かすか、必死で考えるが良い」
目の前に置かれていたビスケットのような焼き菓子を、立て続けに四つほど口に放り込んだ一二三は、彼らの会話を聞きながら一気に紅茶を呷った。
「お菓子おかわり。じゃあまずは、俺から王女殿下へご報告いたしましょうか」
わざとらしい敬語を使った一二三に、イメラリアはムッとしたが、すぐに肩の力をぬいた。
対して、ロシーはわなわなと震えていた。
ここまでの会話で、ヴィシーが蚊帳の外であり、すでにホーラントとオーソングランデ間の対立は終了し、それどころか友好的な雰囲気すら出来上がっていたのだ。
ロシーはこの場で、ヴィシー領土の正当な国家が中央委員会が運営する国家のみであると認めさせ、ホーラントからの魔法具流通を盾に最低限の補償で戦争を終了させるつもりであったのだが、その目論見は一言も発さずに終了した。
委員会メンバーになる夢も、ここで潰えたと思うと、ロシーは怒りに震える以外になかった。
「では、報告を聞きましょう。トオノ伯爵」
こうして、オーソングランデにて三国会談が開始された。
☺☻☺
ヴィシーからの使者たちには、それぞれの宿泊のための部屋の他に、打ち合わせ等に使うための部屋も用意されていた。
代表者であるロシーが会談に望むあいだ、10名の随行員は全員がここに集まって待機をする事になった。他国の城内を自由に歩けるはずもなく、用意された軽食に手を付けることもなく、随行員たちは声を落として話し合っていた。
「……城内へ入る前、町の状況を見てみたが、どうにも戦争中の雰囲気じゃないな」
一人がポツリと呟く。彼は鍛えた身体をしているが、表向きは記録係の文官として随行している事になっている。
「流通が止まっているわけでもない。ホーラント方面から難民が通ったという話はあったが、街が荒れているわけでもない。本当に“通っただけ”だったようだ」
「その難民どもの目的地が、総じてフォカロル領という噂だったが……」
彼らが仕入れた噂話に出てくる“難民”は、既にフォカロルに到着している元ホーラント兵たちと、ホーラント敗北後に脱出した本当の意味での難民たちの情報が混在している。
「このままでは、我が国はフォカロルに残らず削り取られてしまうのではないか? 先日もまた新たに寝返った都市が出たそうじゃないか。ピュルサンだけではなく、また中央委員会の誰かが裏切っても不思議だとは思わんぞ」
「滅多な事を言うな」
だが、程度の差はあれ同様の事を誰もが考えていたせいか、それ以上は諌める言葉が出てこない。
「隊長、とにかく本国に戻って状況を伝えるべきではありませんか? このままここに居てもできることはありませんよ。ロシーの奴、王女どころか宰相にすらまともに話が通せなかったんでしょう?」
「隊長と呼ぶな。誰が聞いているかわからん」
「気にしすぎですよ」
一番年かさの男が注意するが、若い男は笑って済ませた。
だが、彼らを見て、話を聞いている者は確かにいる。
(やはり彼らは単なる随行員ではないのか……)
会談の場と同様、裏通路から監視していたのは、ヴァイヤー率いる近衛騎士の部隊だ。今回は相手が武器を持っている可能性もあり、3箇所に別れて随行員と同数の10名で監視をしている。
「……場合によっては、ロシーを殺害する」
「それは……」
隊長と呼ばれた男の言葉に、誰もが息を飲んだ。
「外交問題になり、うまくトオノ伯爵に罪を着せる事ができれば、我が国の立場も多少はマシになる。……そこまでの判断は、中央から許可を得ている」
「ですが、そううまく行くでしょうか。相手はあのトオノ伯爵ですよ」
「強いからと言っても、外交問題を起こせば槍玉にあげられるのは回避できまい。少なくとも、国内での影響力は落ちる。ピュルサンに肩入れしたり、寝返った都市に気を使う余裕は無くなるはずだ」
英雄で名前が広がっているからこそ、そう言った醜聞も広まりやすい、と隊長は説明した。中央委員会から説明された受け売りだと苦笑したが。
会談が不調に終わり、ヴィシーの立場が改善される見込みが無いようであればという前提で、彼らは“一二三の不興を買ったロシーが殺害された”という状況を作るための相談を始めた。
それを物陰から聞いていたヴァイヤーは、難しい顔をした。
隣にいた騎士が、小声で話しかけた。
「副隊長、あいつら城内で事件を起こそうとしていますが……」
「ああ、それはそうなんだが……トオノ伯相手に、彼らの手が通用すると思うか?」
「無駄でしょう。使者が敵対したら、随行員もただではすみませんよ。それに、他者の評価を気にする方ではありませんでしょう」
バッサリと即答した騎士に、ヴァイヤーは苦笑しながら頷いた。
「私もそう思う。……監視は続けつつ、一応トオノ伯と隊長へ報告しておこう」
「了解しました」
今回は、これの出番はなさそうだな、とヴァイヤーは少し残念な気持ちで懐の手裏剣に手を触れた。
☺☻☺
また城内の別室では、オーソングランデの主流派から外れてしまった貴族たちが、不満げな顔を突き合わせて語り合っていた。
「とうとう、女王が誕生するのか……」
慶事のはずだが、口調も表情も暗い。
それもそのはず、彼らは辛うじて城内での役を保った元王子派の貴族たちだったからだ。王妃の暴走とも言うべき王女暗殺未遂の件からこっち、全ての動きが裏目に出た結果、勢力としてはもはや捨て置かれる程度にまで弱まってしまった。
以前は城内にいる貴族の大部分を占めていた王子派も、残すところこの部屋にいる5名のみであり、子爵が最高位という位の低さも相まって、勢力とはとても言えない状態だ。
役目を解かれて領地に戻ったり下野した者はまだ良い方で、完全に王女直属組織として再編成された騎士隊の調査で汚職が見つかった者たちは、見せしめとして堂々と、あるいは裏で密かに“処分”されたりしている。
「今はヴィシーの中央委員会からの使者が王女と会談を行っているようだな」
「元はといえば、ヴィシーやホーラントが余計な真似をして国内を荒らしたせいですよ。我々のこの状況も、ヴィシーが我が国の貴族を騙して取り入った結果、事が明るみになって問題が大きくなってしまったせいでしょう。ホーラントに至っては、我々の戦力であった騎士隊を壊滅させる原因を作ったのです!」
実はこの会話も当番の騎士がこっそり聞いていたのだが、三人ひと組となっていた騎士たちは、顔を見合わせて頭痛がするのを、グリグリと眉間を押さえて耐えていた。
ヴィシーと結託して国の貴重な宝石であるアクアサファイアが国境を通り抜ける仕組みを作っていたのも、ホーラントの魔法使いを国に引き込んだのも、貴族の責任なのは間違いないのだが。
ここで、一二三に対しての話が出ないあたりは、完全に恐怖の方が優っているのだろう、と騎士たちは見ていた。それは納得できる。
「……であれば、丁度ヴィシーの使者がこの城にいるのですから、何かしら協力させてもよろしいのでは?」
「協力、とは?」
若い貴族がニヤリと笑って何かしら提案を始めたのを、最年長で爵位も高い中年貴族が身を乗り出して聞いた。
「我々がヴィシーとの関係強化の橋渡し役となるように調整させるのです。ホーラントからの魔法具もヴィシーを通じて購入している状況なのですから、ヴィシーとしては関係の修復への窓口ができるわけですし、王女は戦勝国の代表としての姿を保ったまま、我々が
裏で通商を確保する交渉を成立させれば、いかな王女とはいえ我々を無碍にはできますまい」
その提案に、場にいた全員が妙案だと膝を叩いて歓迎した。
「トオノ伯は強いとは言え新興の貴族。我々のように歴代の外交を知り尽くした貴族に、こういう部分では対抗できますまい」
「では、早速提案内容を取りまとめようではないか。うまく行けば、陞爵もあるかもしれんな」
明るい話題に顔をほころばせる貴族たちが、身勝手で現実を分かっていないことが良くわかるずさんな計画を立てているのを見ながら、騎士たちはそっと溜息をついた。
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覗き回でした。狙ってではないですが。
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