72.Miss You
72話目です。
よろしくお願いします。
戴冠式を3日後に控え、城内は部署を問わず全員が小走りに移動している状況だった。宰相を始め、オーソングランデの国政に携わる者がギリギリまで式の内容を明かさなかったせいでもある。
これは一二三の指示で、相手に綿密な計画を立てさせず、準備の時間を持たせないためだと説明されている。逆に、防衛側は早い段階から一二三は護衛の為の技術を教えたり、必要な工事についても指示を出している。
城下で出店等の祭りの準備もあるため、式の開催日だけは先に触れが出てはいたものの、時間や式の内容については、三日前の現在でもまだ告知されていない。
「それで、なぜわたくしまでが仲間はずれになっているのでしょうか」
執務室で憮然としているのは、イメラリアだった。
同室で書類をさばいているサブナクは、イメラリアの呟きに顔を上げる。
「どうかご理解ください。主役はイメラリア様なのですから、儀式に集中いただきたいのです」
「どうせ、その言い訳も一二三様の入れ知恵でしょう」
「う……」
おもしろくない、と正直にイメラリアは考えた。もはや一二三の影響を云々言ってもどうしようもないだろうが、彼の作った土台に支えられて王になるというのも妙な気分だ。
何も言えず、逃げるように書類の処理に戻るサブナクをチラリと見てから溜息をついた。
この数日、イメラリアはすっかり実務から離れていた。本格的にサブナクが護衛として付いて回るようになったが、いつの間にか重要な決済以外はさっさとサブナクが処理するようになっていた。
もちろん最終的な確認はイメラリアがやるのだが、全て文句のつけようも無い状態で上がってくるので、目を通してサインをする作業だけ。業務は随分早く処理されるようになり、文官たちも喜んでいるらしい。
さすがの処理能力とは認めるが、領地経営に声をかけるあたり、サブナクの能力にいち早く気づいていたらしい一二三の事まで頭に浮かび、ちょっと面白くない。
「失礼します」
執務室へ入って来たのは、宰相のアドルだった。
彼はサブナクがイメラリア付きとなった時点から、助言や処理についての手伝い等を徐々に減らしている。イメラリアには詳しい理由は知らされていないが、何か目的があるのだろう。
ちらり、とサブナクの仕事ぶりに視線をやってから、イメラリアの前で臣下の礼をとったアドルは、恭しく挨拶をしてから、イメラリアあての書簡を持ってきたと言う。
「どなたからでしょう?」
「ビロン伯爵からでございます」
「……拝見いたしましょうか」
ビロンからの書簡と聞いて、サブナクも手を止めてアドルに並ぶ。
書面に目を通す間、誰も言葉を発さない。
「サブナクさん」
「はっ」
「ホーラント王が此度行われるわたくしの戴冠式に是非出席したいと、自らミュンスターを訪れてビロンさんに交渉を持ちかけられているようですわ」
「た、他国の王が、戴冠式にとは……」
「前代未聞ですな」
三人ともが考え込むのも仕方が無い。基本的に王など国家元首同士が会うというのはこの世界ではまず考えられない。王が国体そのものである以上、国が滅びでもしない限りは王が国土を出る事すら珍しいのだから。
「何が目的でしょう?」
「ビロンさんが聞いた話では、わたくしと今後の交流や戦後処理についてのお話がしたいのと、一二三様を通じて技術交流をお願いしたい、との事のようですが……」
技術交流とはどういうことでしょうか、とイメラリアが首をかしげるのに、サブナクは右手で額を叩いた。
「あぁ~……。一二三さん、ホーラントに入る時に遅れて自領の軍を装備付きでホーラントに入れたんですよ。多分、ヴァイヤーと同じ部分に目をつけられたのではないでしょうか」
「……とにかく、お断りするわけにはいかないでしょう。サブナクさん、宰相と協力して警備も含めた受け入れの準備とビロンさんへの連絡をお願いいたします。一二三様にも伝えておきましょう」
「かしこまりました」
そういえば、とイメラリアは気づいた。
「一二三様は王城に出入りされているというお話ですけれど、お姿を見ませんわ。心なしか、城内にいる騎士の数も減ったような……」
「ああ、一二三さんと訓練当番の騎士が使用人通路や隠し通路を使って訓練しているからですね。城内にあんな通路があるのを見抜くなんて、流石は歴史あるオーソングランデの王城ですね」
「……隠し通路なんて存在、わたくしも初めて聞きましたけれど?」
「えっ?」
「えっ?」
お互いに驚いているイメラリアとサブナクを置いて、アドルはそそくさと執務室を抜け出した。
☺☻☺
一二三は王城を何度か訪れているうちに、不自然な空間を何箇所か見つけていた。
使用人が使う裏通路があるのだが、それを踏まえても床下や天井、壁と壁の間に奇妙なデッドペースがある。
契り木の先でコツコツ叩いて調べるうちに、使用人通路意外にもホールや謁見の間、イメラリアの執務室や王族の寝室などからつながる脱出のためと思しき通路や隠し部屋があるのを発見した。
折角なので、この通路を城内護衛に使えば良い、と一部通路をつなげたり新たな出入り口をカムフラージュ込みで新設したりして、オーソングランデ王城にはその主も知らない秘密の通路網が完成した。
各所には明かり採りを兼ねた覗き穴を儲け、通路から息を潜めて室内や廊下を見張ることができる。また、通路の途中途中には手槍や手裏剣を入れた棚を起き、緊急時にはここで武器を調達することもできるようにしている。
「で、怪しいと思う奴がいるならば、こういう所から言動を確認して、必要があればここへ引きずり込んで処分するわけだ」
数名の訓練当番になっている騎士を引き連れて、一二三は何度目かの同じ内容の説明をしている。すでにここまでの訓練で一二三の実力に疑問を持つ者はいなくなっているので、反発はない。
「表に出ずに裏で標的を消す事に、何か意味があるのでしょうか? しっかりと不穏分子が消えた事を証明するのであれば、堂々と倒すのが良いのでは?」
「それは目的によるだろうな。ある種のパフォーマンスも兼ねて、例えば民衆に悪が始末されたと安心感を与えたければそうするべきかもな。しかし……」
薄暗い通路の覗き穴を指差し、一二三は全員に外の様子を探るように指示する。
見えるのは、パーティーなどで利用される城内では中規模のホールだ。
「こういう場所で何かの式典なりの最中だったと仮定して考えてみろ。紛れ込んだネズミ一匹始末するのに式典を中止するか? 例えば今度の戴冠式でイメラリアの邪魔をして敵を一人倒したとして、そこで王女を差し置いて功を誇るのは騎士として正解だと思うか?」
「それは……」
もちろん、王女が女王となる重要な式典である。それを自分の功績を上げる為の踏み台にするような真似は考えられない。
「あくまで警備は裏方の仕事だと考えろ。“何も起きなかった”と、表向きには役に立つ機会が無かった、と思われるくらいで丁度いいんだよ。それに、どう死んだか表沙汰にならない方が良い時もあるだろう」
そんな説明を延々と続けながら、裏通路を把握するために端から端まで移動する。
ただ歩くのではなく、走ったり這ったりしながら、音を立てずに隣接する部屋や廊下の人物に気づかれないように動く訓練も兼ねている。
こういう部分に関しては、第二騎士隊出身よりも第三騎士隊出身の方が思い切りが良くて飲み込みも早い。最初に指導したグループに入っていたサブナクも、ためらうことなく這いつくばって移動する方法を覚えたほどだ。
「全員、声を出すなよ。今この部屋にいる連中の話を聞いてみろ」
一二三に言われて、さっと通路の壁に耳をあてる騎士たち。彼らの耳に、二人の男の会話が聞こえてきた。
「それで、戴冠式の計画はどうなっている?」
「わからん。まだ式の内容がほんの一部の者にしか伝わっていない。それどころか、王女ですら知らされておらんようだ」
覗き穴から見た騎士の目に映ったのは、小さな会議室で密談をする貴族出の文官らしい二人の中年だった。
「第一騎士隊が壊滅してから、行事の運営が完全に王女に握られてしまった。このままでは他の貴族たちに約束したポストを用意することができなくなる!」
「焦るな。それより何か考えろ」
「焦るなだと? お前こそもう少し緊張しろよ! もう金はもらってしまった。このままだと俺たちは依頼者に潰されるぞ」
「声を抑えろ。料理や会場の準備を考えれば、今日中には告知があってもおかしくない。騎士の人数も減っているから、警備をするのに騎士の数はまだ足りないはずだ。そこに臨時の警備として潜り込ませる事もできるだろう」
一人は冷静を装って話してはいるが、声がやや震えている。
「……だが、警備にはあのトオノ伯爵が関わっていると聞いたぞ」
「一人で何ができるものか。潜り込ませた貴族の子息なりには、仕込みのゴロツキでも退治させれば箔も付くだろう」
「なるほど……」
ここまで聞いたところで、騎士たちはお互いに顔を見合わせた。完全にクロだと見ていい会話をはっきりと聞いた。
そして、全員の目線が一二三を見る。
「聞いたな。じゃあ、仮にあいつらを秘密裏に処理して、依頼人を吐かせたらその依頼人たちも城内で仕留めてしまうとするか」
では手本を見せると言って、まだ二人の密談が続く部屋に、一二三は音もなく隠し扉から侵入する。
「それで、最低何人を潜り込ませないといけないんだ?」
「結構多かったと思う。ちょっと待ってくれ……」
問われた男が視線を落とし、懐のメモを取り出そうとした隙に、もう一人の男の口と鼻を片手で塞ぐ一二三。素早く机の下に潜り込みながら、空いた手で頚動脈を押さえて素早く気絶させる。
「おい、どこに行った?」
顔を上げると姿が見えない相手を探してキョロキョロとしている男も、足元を抜けて背後から襲いかかった一二三にあっさりと気絶させられた。
「出てきていいぞ」
ゾロゾロと出てきた騎士たちは、一様に青ざめた顔をしている。
相手が武官では無いとは言え、素手で軽々と二人を絞め落とす姿は衝撃が強かったらしい。
「重要なのは鼻までしっかり塞ぐことだ。それだけで“音”はかなり抑えられる。隠れるのは簡単に考えていい。相手が二人ならば最初の奴を落とす瞬間まで気づかれなければ上等だ」
一二三の指示により、気を失った男は薄暗い裏通路へと引きずり込まれていく。
「ああいう動きを三人ひと組で協力してできるように練習しろ。うまくできるグループに、こいつらの“依頼人”を捕まえる功績をやろう」
その言葉に、騎士たちは目に見えてやる気を出した。やはり騎士として手柄をあげたいという気持ちは少なからずあるらしい。
(うまく進めば、こいつらと戦う事になっても楽しくなりそうだ)
今のうちにたっぷり経験を積んでもらおう、と一二三も気合を入れた。
☺☻☺
アドルの娘、シビュラ・ヴィンジャーは優秀な侍女として城内では割と有名だった。それ以上に、表情に乏しく同性に人気が無い女として、侍女たちの間ではかなり有名だった。
それでも城内勤務を続けられたのは、彼女が周りの評価など気にせず、自分の成果のみに固執する究極の個人主義者であるからで、父親が宰相であることはあまり関係が無かった。
「……清掃完了」
今日も今日とて誰の手も借りず、一人でサブナクの執務室の掃除を完了させた。
最近は王女の執務室へいる時間が長いこの部屋の主人だが、その事で掃除がしやすいとシビュラは考えていた。
ハタキがけから始まる清掃は、調度品の手入れや絨毯のブラシがけまで全て完了し、あとはまとめたゴミを捨てるだけである。
彼女の掃除の目標は“使っている人が気づかないまま綺麗な状態で利用できる”ことを理想としている。
処理の速さの反面、意外と整理が苦手なサブナクの机の上には、ペンや書類などが散乱しているのだが、机を拭きあげつつも書類の内容は見ずに位置は完璧に元の状態をキープしている。
掃除する前と後で、綺麗になってはいるが何も変わっていないという、この状態を完璧にできた時に満足するのだ。
「今日も帰ってこられませんでしたね」
執務室の端にある簡素な炊事スペースで今日も使われる事が無かったティーセットを洗い、棚へと戻す。
砂糖とお茶の残量を確認し、明日の朝に厨房から貰ってくる追加分を頭に入れておく。
これで、彼女の一日の仕事は終わりだが、時間はたっぷり余っている。彼女のように一定の地位の人物の専属となると、仕事の割り振りは自由に決められるのだが、朝一から黙々とやるタイプだと、ほぼ毎日1時間は時間が余る。
「……よし」
おもむろに毛足の長い絨毯に転がったシビュラは、両腕をまっすぐ伸ばし、右に左に転がって、こしょこしょと顔や手足をくすぐる感触を楽しむ。
それでも服は汚れないと自信を持って言えるほど清掃したのだ。
「あの……」
不意に声をかけられ、シビュラは仰向けでビタァッと止まった。
恐る恐る目を向けると、食器棚の影から顔を出していたのは、サブナクだった。
「ご、ごめん。見るつもりは無かったんだけど、裏から来て観察の練習をしていたら、出るに出られなくて……」
そろそろ止めた方が良いかと思って声をかけたサブナクだが、彼女が帰る迄隠れていた方が良かったと後悔していた。
「お帰りなさいませ」
絨毯に横になったまま、お辞儀をする。
「紅茶をお入れしますか?」
「あ、ああ……お願いします」
何事もなかったかのように紅茶を入れ始めるシビュラを見て、ホッとしたサブナクは机の書類を処理し始めた。
そこへ差し出された紅茶は、相変わらず見事な腕前だ。
「先ほどの事はご内密にお願いいたします。もし誰かへお話になられたなら……」
「だ、大丈夫! 誰にも言わないし、君のような優秀な侍女がそういう事をするなんて誰も信じないよ!」
「わかりました。では私も覗かれた事は秘密にいたします」
「人聞きが悪すぎる!」
やはり彼は面白い人だ、とシビュラは心の中で笑った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。