71.Faint
間が空いて申し訳ありません。
71話目です。よろしくお願いします。
早朝。
王都の外れにあるだだっ広い兵士の訓練場に、治安維持担当以外の騎士たちが集められていた。そこには、近衛騎士隊長サブナク、騎士隊長ロトマゴ、騎士隊副隊長ミダスの姿もある。
一部いる新人も含め、総勢60名。全盛期の3分の1以下の人数しかいないのが、古株には寂しく感じられるが、これだけ一度に集まる事も珍しい。
彼らの目の前には、いつの間に作られたのか、骨組みだけの平屋と壁とドアが取り付けられた簡素な小屋が建っていた。
その小屋から出てきたのは、今や騎士隊の誰もがその顔、その名を知っている伯爵、一二三だ。
「おはよう」
「おはようございます!」
揃った挨拶に、一二三は一度頷くと、王城の職員に運び込ませた武器を全員に取らせる。
それは木製の短い手槍で、成人男性の胸辺までの長さになっている。
「城内警備で使っている手槍を稽古ように木製で作らせた。重さは無いが、取りあえずは形を覚えるだけだからいいだろう。各自持って帰って次回から訓練の時は持ってくるように」
全員に武器が行き渡ったところで、一二三は骨組みだけの建物を指差した。
「とりあえずは一棟ずつしかできていないが、あと二つは作る予定だ」
「あれは、一体何に使うのですか?」
サブナクの質問に、やって見せたほうが早い、と一二三は三人程を骨組みハウスの部屋の中に入れた。
そして、自分も手槍を持って入る。
「とりあえず、この室内で三人同時にかかって来い。安心しろ。手加減してやる」
この台詞に、ランダムで集められたとはいえエリートを自負する騎士はムッとして槍を構えた。
「どうも、室内戦闘の経験が薄いと思ったんだ。疑問は見せた方が早いからな」
槍を右手に軽く握ったまま、一二三は三人がかかってくるのを待っている。
一人目が槍を突き出すのを、苦もなく避けて足で押し出すように距離を話す。
「折角三人いるんだ。息を合わせろ」
言いながら、さりげなく部屋の中央に移動する。
「まず、この時点で不合格だ。お前、理由はわかるか」
「えっ?」
外から見ていた一人が指さされて、上ずった声が出た。
「あの……部屋の中央にトオノ伯が移動された事、ですか?」
「その分だと理由がわかってないみたいだから、半分正解だ」
説明中に、三人は一二三を囲む。
包囲ができたと踏んだところで、同時に突き込んで行くが、一二三を捕らえることはできない。
騎士たちの間を通過しながら、刃先で脇腹を撫でる。
「ほれ、これで一人やられた」
「やっぱり、たった三人だと……」
「何言ってんだ。狭い室内で5人も6人も居たら、身動きがとれなくなるぞ」
「う……」
それから、一二三は建物の壁や柱、棚などの調度品を利用した防御やクリアリングなどを指導していく。
最初のうちはコソコソと様子を伺うような動きをする事に、特に第二騎士隊出身の騎士たちが不満気ではあったが、3人ごとに別れて対抗戦を繰り返すうちに、その効果が明確になると共に、自然と不満は無くなっていった。
このあたりの素直さは、ある程度実戦を経験している第二騎士隊らしいところでもある。
「しばらくは交代でこの掘っ立て小屋の訓練な。残った班は、槍の使い方を鍛え直してやる」
そうして一二三が手本として見せた技の数々は、騎士隊が知っているそれの数倍であり、突き主体の騎士隊槍術に加えて、斬り払いから絡め取りの技術に石突を使った打撃、最終的には槍を投げて使う事についてまで言及し、さらには実践させる。
これが全て午前中だけに詰め込まれていたものだから、騎士たちはできるできない以前に言われたことを覚えるだけでも精一杯だ。
さらに、
「これは初歩だからな。三日以内に、この動きを覚えて室内戦闘で活かせるように」
そこまで言ってさっさと城に戻っていった一二三に、騎士たちは座り込んで相談を始めた。張り切っていたロトマゴは、身体がついていかずに真っ先に仰向けに転がっている。やけにさっぱりした表情ではあるが。
「……やらないと、まずいんだよな?」
同僚の言葉に、サブナクは首を横に振る。
「やらなくていいとは、言えないな。少なくとも、責任者としては今度の戴冠式を問題なく終わらせるためには必要だと思うし、部下の命を預かる身としても、やるしかないだろう」
その為には率先してやらなくては、とサブナクは膝に力を入れて立ち上がった。
☺☻☺
ホーラント首都アドラメルクを始め、国内は一時的に大変な混乱に陥った。
王城に敵が侵入し、兵力にかなりの損害を出したうえ、他国の軍隊が首都に駐留している。しかもホーラント兵は実質その下について訓練している状態なのだ。
さらに国費で運営されていた魔法具の研究施設も被害を受けており、賠償としてオーソングランデ国内トオノ領へ支払われた金額も、決して低い金額ではない。
当然、地方を収める貴族たちに不満が溜まり、かなり弱体化した王族に対抗する動きも表面化し始めていたが、そのタイミングでなぜか魔物の凶暴化報告が増え、痛みを感じないような物まで現れる混乱状態となり、自領内の事だけで手一杯となった。
そうして貴族たちが足止めを受けている間に、アリッサ率いるフォカロル領兵からの指導と技術伝達により、アドラメルク駐留の部隊を中心に、ホーラント国軍は減った数を補って余りある程の強化を進めていた。
もし今、どこかの貴族が蜂起したとしても、とても王都を落とすことはかなわないだろう。
「……これは、完全に負けたと言っていいだろうな」
それらの報告書を見ながら、スプランゲルは深々と溜息をついた。
自分が王であるとはいえ、敵国兵を招き入れたに等しいやり方は少なからず反発を産み、実力を以て抗議していくる事もあるかと構えていたが、蓋を開けてみれば首都は栄え、貴族たちは力を弱めて王の権力はより強化されていく。
魔法具の流通経路が増えたため、オーソングランデを出入りする商人も増え、税収は増している。賠償として支払った分もある程度は取り戻せるだろう。
「フォカロルからのお客様たちはどうしている?」
「はっ。オーソングランデの兵たちは、特に問題は起こしておりません。……むしろ、妙に金払いが良いのと、食用の魔物を毎日捕まえては市場に流しておりますので、城下の市民からは受け入れられているようです」
やや苦々しく報告したのは、王の遠縁となる若い男で、ネルガルという。
王孫ヴェルドレに、多くの王族が同調していた事が発覚したため、かなりの王族が追放もしくは処分となった。そこで血は薄くともそれなりにできる若い者を、と後継に据えるつもりで近くに呼び寄せたのだが、まだまだ鍛えてから、とスプランゲルは考えている。
「そう悪く取る事ばかりでもあるまい。民衆が喜び栄えれば、それは国の富となろう。むしろ心配すべきは、彼らフォカロルの兵たちが去ってからの事だな」
「と、申しますと?」
「彼らがいなくなってから、王都の治安や景気に陰りが見えたとなれば、民衆や貴族たちは我々王族が無能だと考えるだろう。以前と同じになったとしても、一度良い状態を知れば、それ以下は許容されぬものだ」
理解できたらしく、ネルガルは頷いたあと、少し視線を落として何かを考え始めた。
王はそれをゆっくりと待つ。
「王よ。ひとつお願いしたい事があるのですが……」
「許す。申してみよ」
「私をフォカロルへ派遣いただきたく存じます。聞くところによりますと、かのフォカロル領には領地運営を含めた勉強のために多くの人々が集まっているとか。お許しいただければ、その内容を学んで置きたいと愚考いたしました次第でございます」
その提案に、思わずスプランゲルも笑みをこぼした。
「なるほどな。あの男が治める地は急速に発展していると聞いた。決して無駄ではないだろう」
「では!」
「ふむ……」
一二三という男の事を考える。
知らない世界からきた男は、この世界で何を壊し、何を造り、どこへ行こうと言うのか。
スプランゲルは傍らに置いた書面を開いた。そこには、オーソングランデに新たな王が即位するという情報が書かれている。
「よかろう。ネルガルをフォカロルへ派遣しよう」
「ありがとうございます!」
「オーソングランデの王都まではわしも同行する。そこで直接新たな王に会い、お前のことを頼むとしよう」
「そ、そこまでしていただくのは……」
王の出国など、ホーラントでは前代未聞であり、他国でもほとんど無い事だ。
かなりの大事になり、ネルガルは焦り始めた。
「よい。思えばわしも先代から言われた事しか学んでおらんのだ」
ひらひらと先ほどの書類を揺らす。
「このような紙切ればかりを見ていても、何もわからんのだ。実際に自分の目で見て知らなくてはならん。もっとわしが広い視野と見識を持っておれば、ヴェルドレも死なずに済んだかもしれん……」
「王よ……」
「あの男の軍隊には、随分と高位の責任者が付いて来ておったな。オーソングランデ入りに協力を仰ぐとしよう」
互いに広い世界を見て、多くを学ぼうではないか、とスプランゲルは笑った。
☺☻☺
王都の訓練場で騎士隊が一二三のシゴキに汗やら諸々を流していたころ、フォカロルにあるドワーフの作業場、その奥にある試験場でヴァイヤーは土まみれで地面に転がっていた。
「こんな動きがあるとは……」
「私は武器らしい武器を扱ったのはこれが最初ですので、違いについてはご説明できません」
軽く肩で息をしながらも、無表情のままで答えたのはカイムだ。
「初めて……か」
「はい、領主様にご指導いただきましてから、訓練を日課としております」
カイムの手には鎖鎌が握られ、油断なく分銅を握り、鎌を前に出した姿勢を取っている。
「……相手が倒れていても武器を下げないのも、トオノ伯のご指導ですか?」
「はい。無力に見える相手でも、油断せずに相対することは基本だと言われました」
敵わないな、とヴァイヤーは土を落としながら立ち上がり、傍らに置いていた剣を掴んだ。
「騎士としてのプライドは見事に壊されてしまいました」
剣を納め、ヴァイヤーは自分用にと用意してもらった鎖鎌を手にとった。
「不思議な武器です。しかし、私の剣は鎖で絡め取られ、身体を引き寄せられて足を刈られて転ばされた」
初めて相手をする武器とはいえ、ここまで手が出ないとは思わなかった。
おまけに相手は兵士どころか文官で、さほど鍛えているわけでもなさそうだった。
「改めてお願いいたします。この武器の使い方をお教えいただきたい。これは、私たちにとって非常に有用なものだと理解いたしました」
「……理由を、伺ってもよろしいですか?」
「私たちには、剣か槍を使って敵を“殺す”ことで城内の治安を維持することしかできません。ですが、この鎖鎌と手裏剣をうまく活用することができれば、敵を逃がす事も殺す事もなく捕縛することが出来、そこから情報も得られるようになりましょう」
それができれば、危険が起きる前に対応することも可能ではないか、とヴァイヤーは自分の考えを語った。
つい熱く話してしまったことに、やや赤面してしまったが、それでも熱意は伝えたかった。
ふと見たカイムの表情は、流石の鉄面皮ではあったが首は縦に動いた。
「かしこまりました。では、私の知る限りの技術をお教えしましょう」
「で、ではこれから……」
焦るヴァイヤーに、カイムは僅かに目を細めた。
「そうですね、お聞きしました目的のためでしたら、一対一での訓練で、しかも私の相手では物足りませんでしょうから」
そういうや否や、ぞろぞろと30名以上の兵士たちが試験場へと姿を表す。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます」
さっと整列した兵士たちは、それぞれ自分の鎖鎌を携え、カイムに向かって背筋を伸ばしている。
自然な仕草でカイムは彼らの前に立つ。
何が起きているかわからないでいるヴァイヤーに、相変わらずの平坦な声でカイムは言う。
「彼らは私と共に領主様より手ほどきを受けた者たちです。まずはヴァイヤー様へ私たちが知る限りの技術を叩き込ませていただきます」
「えっ? 叩き込むというのは……」
ヴァイヤーには、カイムの目が光ったように見えた。
「私たちが領主様より受けました“指導”を、本日より私たちが全力を以て全て叩き込みます。……どうか、死なないようにご注意ください」
「はは……どうか、お手柔らかに……」
ちょっと、頼む相手を間違えたかもしれない、とヴァイヤーは思った。
お読みいただきましてありがとうございます。
インフルエンザ、キッツイですね。
皆様もお気を付けください。