70.Runnin' With The Devil
70話目です。間が開いてもうしわけありません。
よろしくお願いいたします。
「くそっ! どうして街道近くでこんな強い魔物が出るんだ!」
体長2mはある虎のような魔物が鋭い爪を振り回してくるのを、冒険者は辛うじて剣で凌いでいた。長剣すでに何箇所も欠けてボロボロで、革鎧も肩と腕の防具は外れかけている。
「街道沿いは安全なはずなのに!」
その油断から、接敵時の対応が遅れた彼らは、たった一匹の魔物相手にろくな対応もできず防戦一方となっている。
「一旦逃げようよ! こんなの相手できない!」
やや離れた場所にいた、魔法杖を手にした女性の冒険者が叫んだ。
慌てて転んだためにローブは泥だらけで、土魔法を何度も唱えたせいで披露困憊の表情だ。
「逃げるったって、どうしろってんだ!」
どう考えても魔物の方が素早く、スタミナも残っている。
「あと一回、魔法で足止めするからその間に……」
「やるなら早くしてくれ!」
そのやり取りの間にも、前衛に立っている男の方は、ジワジワと傷つけられていく。
「……土よ爆ぜろ!」
焦った詠唱のためか、小規模な土くれがぶつけられただけだったが、運良く狙い通りに魔物の目に当たった。
「ギャァッ!」
視界を奪われた魔物は、七転八倒して首を振っている。
隙ができたと判断した冒険者は、魔物の姿を一瞥してから、二人並んで街道へ向かって走った。
必死に走って街道へ着くと、他の冒険者や商人の馬車も見え、魔物が追ってくる気配も無いことに安堵して、揃って座り込んでしまった。
「はぁはぁ……もう立てない……」
肩で息をしている女性冒険者は、杖にしがみついていた。
その横で、ある程度は息を整えた男の方は、思案顔だった。
「……どうしたの?」
「さっき魔物が転がった時に、妙な物が見えた」
「妙な物?」
木の枝を拾って、地面にガリガリと三角系の中央に丸印を書いた。
「こんな感じの……たぶん魔法具か何かだろう」
「魔法具なんて、魔物が持ってるはずないじゃない」
枝を放り捨てた冒険者は、女の方を見た。
「そうだな。ということはつまり、誰かがあの魔物にそれを取り付けたってことになる。あんなでかい魔物がこの辺りに出るなんて初耳だしな……」
二人顔を見合わせて、何とか気力を振り絞って立ち上がる。
「ギルドへ報告しよう。これはかなり大きな問題だと思う」
「そうね。賛成」
歩きだそうとした二人の前に、一人の小柄な女が進み出た。
ローブを着ている辺りは魔法使いに見えるが、杖を持っていない。
「ギルドへの連絡は不要です」
フードを取った顔は可愛らしいが表情は乏しく、翠の瞳は冒険者たちを無感動に観察しているようにしか見えない。
「……誰だ」
刃こぼれだらけの剣を握り、冒険者は仲間をかばうように構えた。
「オリガ、と申します」
丁寧なお辞儀をして、オリガはまっすぐに冒険者の目を見る。
「正直、ああも簡単に魔法具が見られてしまうとは思いませんでした。次はもっと工夫しないといけませんね。貴方も、思った以上に剣が使えたのは計算外でした」
もっとも、私の主の足元にも及びませんが、と続ける。
「あ、あなたがあの魔物をけしかけたの?!」
「単にあれが起きたときに貴方がたが近くにいた。それだけです。最も、そのまま殺されていただくつもりでしたけれど。おかげで余計な手間がかかってしまいました」
バシャッと音を立てて鉄扇を開き、口元を隠して目を細める。
「うおおっ!」
オリガの言葉で敵だと判断した冒険者は、杖を持たない魔法使いだと判断して一気に斬りかかった。
だが、2合、3合と鉄扇で軽くいなされてしまう。
「ダメですね。剣を振るうのに腰が安定していません。剣と一緒に身体ごと崩されていますね。私の親友も、よく注意されていた事です」
言いながら、冒険者の鼻を強かに打ち据える。
痛みと衝撃に一旦距離を取った冒険者は、鼻血を流しながら歯を食いしばった。
「何かと思ったら武器だったのか。魔法使いかと思ったが、見誤ったぜ……」
「誤りではありません。魔法使いです」
鉄扇を左手に持ち替え、右手を前に突き出す。
「! 危ない!」
本能的に危険を感じた男は、オリガに背を向けて女をかばう。
次の瞬間、男の背中はざっくりと切り割られ、自らの血で作った水溜りに倒れた。
「えっ?」
未だに反応できていない女の目の前、気がついた時にはオリガが開いた鉄扇を振り抜こうとしていた。
「遅い」
辛うじて意識があった男の目の前に、女の首が転がる。その表情は、何も理解できていないという顔だ。
「くそ……なんで……」
それが男の最期の言葉となったのを見届けると、オリガは周囲を見回した。
フォカロル領兵たちが、駆け足で集まってくる。
「目撃した者は?」
「残っておりません。全て処理いたしました」
「では、先ほど眠らせた魔物のところへ行き、あれも処分します。外から見えるのは問題があるようですから、今度は胸部を切開して埋め込むようにしましょう」
男女の死体を手早く街道近くの茂みへと捨てると、オリガは兵たちを率いて街道から離れていく。
「一二三様……この作戦は私が必ずやり遂げてみせます……」
その呟きは、誰にも聞かれる事なく、草をかき分ける音に混じって消えた。
☺☻☺
王女の戴冠については、宰相と騎士たち、そして一部の文官等、城内の限られた者だけにのみ伝えられた。
全ての予定は、一二三との交渉次第で変動するためだ。
「で、俺の戦勝報告も兼ねて戴冠式を行うから、ついでにイメラリアの護衛をしろ、と」
王都へたどり着いた一二三は、兵士に声をかけられて王城へと来ていた。
一二三への打診を行うのは、宰相アドルと近衛騎士隊長となったサブナクの二人だ。
目の前でソファに腰掛け、紅茶に口を付ける一二三を、二人は緊張の面持ちで見ていた。
「俺は次の予定もあるから早めに家に帰りたいんだが……」
戦勝も何も適当に殺しただけで戦争して勝ったわけでもない、と一二三は言う。
「聞けば騎士隊も再編成されてるようだし、もう反対派も何もないだろう。必要か? 護衛」
「反対派はまだ多少は存在します。ある程度は追い出しができましたが……」
サブナクが慌てて言葉を発したが、一二三に睨まれてあとが続かない。
「その程度の事で外部の人間を頼るな。まず体制なり練度なりをどうにかしようとするのが当然だと思うぞ」
「うぅ……」
正直な気持ちを言えば、ホーラントとの戦いと一二三との戦闘でかなり減ってしまった騎士の補充が追いついていないので、原因の一つである一二三にフォローして欲しいというのもあったが、減った騎士隊については多分に自業自得であるのも理解しているサブナク。
理屈でお願いすれば理解する相手だとわかってはいるものの、その理屈が突っ込みどころ満載なのが問題だった。
隣の宰相を盗み見ると、どうやらサブナクに任せて様子を見るつもりらしい。その意図もなんとなくわかるが、わかりたくない。
「俺の目の前に立ちはだかるなら別だが、自分たちの敵の前に俺を立たせて処理させるような、都合のいい真似はするなよ」
「そういうつもりはないのですが……」
次の言葉を探してる間に、ノックをして騎士隊長ロトマゴが入室した。
宰相とサブナクに軽く目礼をすると、ロトマゴは一二三に向かって深々と頭を下げた。
「元第三騎士隊長、現騎士隊長のロトマゴと申します。一二三殿が城へお出でという知らせを受けまして、お詫びを申し上げるために参りました」
一二三は無言のままで、同席を求めたロトマゴの願いに頷いた。
「ありがとうございます」
サブナクに一二三の正面を譲ってもらったロトマゴは、座るなり一二三と目を合わせる。
「まずは、私の部下でありましたパジョー。そして隊が違うとはいえ、我が国の騎士隊がご迷惑をおかけしたことを、この国の騎士隊を束ねる者として、お詫び申し上げます」
「謝る必要は無い。誰も彼もが失敗は命で償った。それでいい」
一二三の言葉に、ロトマゴは再度頭を下げた。
「そして不躾ながら、一つお願いがございます」
「護衛の話なら、今断ったところだが?」
視線を向けられ、サブナクは俯いた。
「直接一二三殿に護衛をしていただこうとは思いません。それは、我々騎士と兵士の仕事ですから」
ロトマゴの言葉に、さらにサブナクは小さくなり、宰相は気まずそうに顔を背けた。
「ミュンスターで一二三殿にお世話になりました、元第二騎士隊のヴァイヤーという者がおります。今はこのサブナクの下で近衛騎士副隊長などと大層な肩書きを得ておりますが……。彼が一二三殿のフォカロル領兵に同行して王都へ帰着した際に、良い話を耳にいたしました」
侍女が新たに持ってきた紅茶を飲み、口を湿らせる。
「何でも、一二三殿の指導により独特の訓練法と戦闘方法を取り入れており、アロセール防衛戦の大成功もその指導の賜物と」
「へぇ……」
不機嫌とも取れる厳しい表情だった一二三が、その話を聞いて機嫌よさそうに笑った。
「ヴァイヤーか、覚えている。いい判断をするとは思っていたが、目も良いらしい」
「そこで、我々が城内を警備するにあたって、一二三殿から騎士隊及び兵士たちへの指導をお願いしたいのですが、いかがでしょうか。実は、ヴァイヤーも一二三殿の領へ行き、指導をお願いしているところです」
サブナクからもお願いするようにとロトマゴは言い、宰相も合わせて、あらためて三人が頭を下げた。
「……いいだろう。一週間なら、時間を作ろう。領で訓練に参加するのも構わない。そっちは元々隠さずに自由に決めるように言っておいたからな」
素早く顔を上げて笑ったのはサブナクだった。
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、今から言う条件は飲んでもらう」
そこで提示された条件は、
・全員が一二三の指示に従う事。反抗した者の処分は一二三に一任する。
・城内の工事も指導をさせる事。
・領兵を30名、王都へ呼び寄せて宿舎を手配する事。
「は、反抗した者の処分というのは……」
宰相が恐る恐る懸念を伝えると、一二三は鼻で笑った。
「明確に俺に対抗しようとしないなら、殺すまではしないから安心しろ」
「それで構いません」
きっぱりと言ったのはロトマゴだ。
「た、隊長……」
「私はもうお前の隊長ではない。しっかりしろ」
「す、すみません……」
ロトマゴは居住まいを正した。
「ヴァイヤーから聞いております。軍の動きで重要なことは連携であると聞いた、と。その邪魔をするのであれば、痛い目に遭わせて、それでも邪魔をするなら排除すべきでしょう」
城内警備、引いては女王陛下の警備は貴族の娯楽ではないのですから、とロトマゴは言った。
「では、明日からはじめよう。城内と周辺を警備する予定の者を集めておけ。午後には大工を呼んでおいてくれ」
「よろしく、お願いいたします」
再び頭を下げながら、サブナクはこれには自分も参加必須だろう、と気が重くなった。
☺☻☺
カイムの元を訪れたヴァイヤーの手には、プルフラスから借りてきた鎖鎌と手裏剣が握られていた。
「カイム殿、お時間をいただければ助かるのですが……」
フィリニオンからの話と、ここ数日の滞在で文官奴隷たちの多忙ぶりを知っているヴァイヤーは、遠慮がちに声をかけた。
彼の姿を無言で見ていたカイムは、たまたま部屋で書類を書いていたデュエルガルに持っていた書類を全て押し付けた。
「お、おいぃ?」
「これをお願いします」
貴族である騎士からの依頼を、奴隷が断れるはずもないのはデュエルガルにもわかるので、渋々書類を預かることにした。
それを無表情で見届けたカイムは、再びヴァイヤーの前に立つ。
「それで、ご用向きはなんでしょうか」
「あ、ああ。これなんだが……」
改めて鎖鎌と手裏剣を見せるヴァイヤーに、カイムは一度だけ頷いた。
「領主様やオリガ様が使われている武器のレプリカですね。手裏剣と鎖鎌という物です。私は武器にはあまり詳しくありませんが、他国でも見ない珍しいものだとは聞いております」
「カイム殿は、この武器に習熟されているとプルフラス殿から聞きました。できればこの武器を騎士隊にも取り入れたいので、カイム殿にご指導をいただければと思ったのですが」
「かしこまりました」
即答したカイムに驚いたのは、ヴァイヤーだけでなく、何気なく聞いていたデュエルガルも同様だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! カイムに抜けられたら業務が回らなくなる!」
「領主様は」
慌てるデュエルガルを右手を上げて制し、カイムは静かに語る。
「このトオノ領から戦闘技術と領地運営技術を積極的に推進する事を望まれております。その計画の中には、私たちの分散派遣も含まれているのです。私一人居ないくらいで滞るようでは困るのです。それに、丸一日を使うというわけでもないでしょう」
「も、もちろん。2、3時間の指導をお願いできれば、御の字だと思っております」
「では、午前中に訓練場にて行う事にいたしましょう。場所は押さえておきます。人数分の武器もプルフラスに用意させましょう」
ヴァイヤーは望外の好条件に、満面の笑みでカイムと握手しているが、デュエルガルはようやく落ち着き始めた職場が過去のものになるのか、と涙目になっていた。
「デュエルガル。明日の朝は貴方から他の文官へ説明をお願いします」
「……わかった」
女性陣から”なぜ止めなかった”と避難される未来は簡単に想像できた。ただでさえ機嫌の悪いミュカレを筆頭に、明日の朝は大荒れになるに違いない、どんな仕事よりやりたくない、とデュエルガルは暗い顔をして書類に向かった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。