7.Warning 【奴隷のキモチと女騎士】
えー……前回の後書きにて奴隷嬢の戦闘シーンと書きましたが、予定外のエピソード挿入により延期となりました。申し訳ありません。
その代わり、また女性キャラクター登場です。
商店エリアの隣のブロック、住宅街との間にある宿で、無事部屋が取れた。
高級宿ではないが、いわゆる貧困層が利用するような宿ではない。中堅の冒険者や行商人が多く利用しているようだ。
「俺は近くに人がいると眠れないから別部屋な。お前たちは二人一部屋でいいだろう」
奴隷にはもっと安い宿か、場合によっては野宿をさせることも珍しく無いが、食事や装備の件もあり、オリガたちは特に戸惑うことなく頭を下げて受け入れた。
ちゃんとした装備を着たため、奴隷の刺青も見えないせいか、受付にいた女将も特に何も言わなかった。
「一度荷物を置いたら食堂に集合な」
女将に三人分の宿泊費を渡して鍵を受け取った一二三は、二人を置いてさっさと階上の部屋へ上がって行ってしまった。
「ったく、優しいんだか適当なんだか……」
「多分、興味が無いんだと思う。ご主人様にとって、人間は敵かそうじゃないかのどちらかで、敵じゃなければ興味が薄くなるんじゃないかな」
一二三の背中を見送って呟いたオリガの言葉に、カーシャは首をかしげた。
「武器屋のトルンとは話が合うみたいだったけど?」
「あれは、トルンがどうとかなじゃくて、武器の話題だったからだと思う」
オリガの言葉は、どこか不満げだった。
一二三が逗留した宿『マシューピーク』は、2階が客室、1階が食堂という造りになっていて、個室と二人部屋の2種類だけのさほど大きくない宿だ。
自分の部屋の前にたった一二三は、室内に人の気配が無いことを確認し、一歩踏み込んで部屋の内容を見回した。窓はガラス戸ではなく、木製の簡単な造りのものだった。記憶を辿ってみたが、どこの商店でもガラスを見ていない。唯一、城の採光に一部使われていたくらいだ。ガラスは高級品なのかもしれない。
シンプルなシングルベッドには、少しくたびれた寝具が敷いてあり、ベッド横の小さな棚に木製の水差しとコップが置かれていた。他には、家具も飾りもない。
本当なら武器や装備を外すのだろうが、一二三は腰の刀を闇の収納に入れて終わりである。
ベッドに腰掛けて、これからのプランについて考えてみた。
(まずは、街を出る前に知っておくべきことを整理しておこう)
食事のあとにオリガとカーシャに聞いて、二人が知らないことがもしあれば、明日はそれを調査しないといけない。
金貨や銀貨の価値、魔法について、冒険者について、魔物について、この国について、この世界について……。
知りたいことはたくさんあるが、旅に出る準備も必要だから、それについても考えないといけない。この世界で旅をするとはどういうことなのか、まさか電車や車があるはずもない。徒歩か馬車かで、魔物と戦いながら宿場町を渡り歩くということになるのだろう。
一二三が食堂に下りてきた時、オリガたちは既に席についていた。料理は並べられているが、まだ手をつけていないようだった。
奴隷とはいえ律儀なことだと苦笑し、席に着いた一二三は用意された夕食を食べ始めた。
今日のメニューは野菜と肉の煮込みと、刻んだ野菜を混ぜ込んだポテトサラダだ。
「こっちの食い物にも慣れてきた。少し味が薄い気がするが、充分美味い」
「これで薄いって……。ご主人はお金持ちの生まれなんだね」
食事中の会話で、この世界は塩や砂糖などが割と手に入りにくいらしい事を知った。特に今いる王都は内陸部で、海までは馬車で十日以上かかる移動をしないといけないらしい。
「ああ、食事が終わったらお前たちの部屋に行くからな」
何気なく言われた一言に、オリガとカーシャはぴくりと反応した。
「それって……」
「わかりました。」
カーシャは何か言いかけたが、オリガは遮って了承した。
オリガたちが使っている二人部屋は、個室を単純に倍くらいの広さにして、ベッドと水差しを二つに増やしただけという内容だった。
片方のベッドに二人を座らせ、向かい合って座った一二三は、腕を組んで何から聞くか迷っていた。
その間に、カーシャがベッドから床に座り直し、深々と頭を下げてきた。
「お願いがあります」
「急にどうした? 話し方も変えて気持ち悪い」
「き、きもちわるいって……。あの、どうかオリガには手を出さないでくだ……ほしいんです。アタシが変わりになりますから」
「カーシャ?!」
突然の事で、オリガも目を見開いてびっくりしている。
「オリガは、その……身体もあまり強くないし、そういうのはまだ早いというか」
「……ああ」
顔を真っ赤にしてあたふたと言葉を選んで説明するカーシャを見て、ようやく合点がいった一二三は、つい笑ってしまった。
「わ、笑わないでくれ……ください。買われた時から、この事は覚悟していたから……」
「カーシャ、私もそれは同じ」
オリガもカーシャの横に座り、一二三に頭を下げた。
「ご主人様、私はご主人様に買われた時から自分の立場を理解しているつもりです。ですから……」
「ちょっと待て。お前らだけで話を進めるな」
二人を元通りベッドに座らせ、一二三は鼻を鳴らした。
「勘違いするな。別にお前らを抱こうとかは考えてない」
「え、でもアタシたち女の奴隷を買うってことは……」
「まあ、そういう意味合いに取るのも仕方ないか。とりあえず、カーシャもオリガも美人だからな、今までもそういう目で見られただろうし、俺の目的がそっちだと思ったかもしれないが」
美人と言われて、二人共顔を赤らめて俯く。オリガはその仕草が可愛らしく、カーシャも耳まで真っ赤にして、冒険者の風格はどこへやら、すっかり女の顔になっている。
「よく知らない相手を抱きたいと思わないし、お互いに納得してそういう関係を持ちたいと思ってるからな。立場を利用してどうとかいうのは、俺が一番嫌うやり方だ」
だから極力奴隷扱いをするつもりもないし、嫌なことは嫌と言えと、一二三は続けた。
すっかり肩透かしを食らったカーシャは、緊張が抜けて口が開いたままになっている。
「今日は何人も殺してすごく満たされた気分だしな。そもそも女を抱きたい気持ちなんか湧いてこないし」
この言葉には、オリガもカーシャも引いた。
二人が落ち着くのを待ってから、一二三は思いつく限りの質問をしていった。
・硬貨は銅貨・銀貨・金貨があり、金貨は銀貨100枚、銀貨は銅貨100枚と同価値。
・魔物は獣型や不死型などがあり、獣型は地球の動物が凶暴化したり特殊な性質を持ったもの、不死型はゾンビやゴーストといった種類がいる。魔物同士でも縄張りや捕食の関係があり、都市や街道を離れるほど、遭遇率が増える。
・魔法は火・水・風・土・光・闇の属性があり、魔法が使える人間は多いが、特に体系化されているわけでもなく、個人のイメージや師匠からの教えで大分使い方が違うらしい。一般的には杖を使って魔力とイメージをまとめるが、ごく一部の熟練者であれば、使い慣れた魔法は杖を使わなくても発動できる。
・この国オーソングランデは、人間が治める国としては最大規模で人口も多いが、獣人族や他の人族国家との諍いが絶えず、農村などは徴用で若い男が連れて行かれるなど、人的な部分で無理が出てきている。
・冒険者というのは、各都市に支部が存在する“ギルド”に登録した者を指す言葉で、主に町や村などからギルドに委託された魔物の討伐や盗賊の捕縛、殺害をこなして報酬を得ている。オリガとカーシャも、2年前からこの王都のギルドに登録し、先日ある失敗をするまでは、中堅どころの冒険者として活動していたそうだ。
「ギルドか、やっぱりそういうのもあるんだな。ということは、例えば商人のためのギルドとかもあるのか?」
「斡旋所なあらあるけど、アタシが知る限りは冒険者以外のギルドは知らないね」
どうやら、この世界のギルドはいわゆる何でも屋的な労働力斡旋所ではなく、戦闘関係の依頼に特化した機関らしい。
国の依頼を受けることもあるが、戦争に人を出すことはしない。あくまでも仕事は受ける側が選ぶものというスタンスを貫いているらしい。
「それで良く国やら貴族やらと対立しないな」
「以前聞いた話では、魔物の対応に兵士を常時使うよりも、冒険者に依頼をかけた方が安上がりだという事でした」
オリガの説明に、この世界にもアウトソーシングの考えがある事を知った一二三だった。
色々と聞いている間に、夜も大分遅くなったようだ。食堂からうっすら聞こえていた喧騒も止み、大分静かになった。
「じゃあ、遅いから今日はここまでだ。また色々と教えてもらうから、よろしくな」
立ち上がった一二三に、オリガが腰を浮かせた。
「あの……」
「うん?」
「私、ご主人様に抱かれるのは、別に嫌では……」
オリガの方に一二三の手がかかった。
「何をそんなに焦っているのか知らんが、せめて震えずに言えるようになってからだな」
優しい笑みを浮かべてから、一二三は部屋を出ていった。
「オリガ、どうしてそこまで……」
心配そうにカーシャがオリガの肩を抱いた時、オリガは静かに泣いていた。
部屋を出て、ため息一つ。
一二三とて可愛い女性に迫られて、悪い気はしない。彼も若い男で女性は好きだし、彼女がいた事もある。短い期間付き合っただけで、なんとなく別れてしまったが。
今後もこの世界で生きていくなら、オリガやカーシャに限らず、誰かとそういう関係になる可能性もあるのだ。だが今は、自分がこれからどうするかも今ひとつ定まっていないし、ようやく叶った人を殺せる環境にいる充足感もある。今は後回しにしよう、と一二三は結論づけた。
「さて……」
意識を集中して、建物周囲の気配を探る。
道路に面した側、建物の角のあたりに不自然に動きが少ない人物の気配がある。
さらに、建物裏手にも。
一二三は部屋に戻らず、2階の奥にある共同のトイレの窓からそっと外へ飛び降りた。
そのまま、音を立てずに道路側に立っている人物の背後から近づいた。
立っていたのは女性だった。美しいブロンドの髪はゆるくウェーブがかかり、夜だというのに艶があるのが良くわかる。見事なプロポーションを、透けて見えそうな薄い布一枚のドレスで際立たせている。
一見するだけだと、客待ちの娼婦だが……。
背後から近づいた一二三は、ギリギリ相手に聞こえる程度の大きさで声をかけた。
「動くな」
「うっ……? な、なんだい旦那。おどかさないでくれよ」
わざとらしい崩した話し方をしているが、違和感が拭えない。
「下手な芝居はやめろ。お前も騎士隊の人間だろう」
静かな夜に、息を飲む音が聞こえた。
「なぜ……」
「第一に、腰周りの筋肉の付き方や手首の太さが娼婦をやっている女のそれじゃない。日常的に動き回り、何かを振り回している者の特徴が出ている。第二に、こんな人通りの少ない道路で客引きはしないだろう。もっと歓楽街か、そこに近い場所でやるはずだ。第三に、その髪だな」
「髪?」
「そんなに艶が出るような高い整髪剤なり洗髪剤なんて、貴族くらいしか買えないだろう。街の連中と髪質がまるで違うから、すぐ分かるぞ」
あっさり見破られて、女はミダスの報告が誇張だと考えていた自分に今更後悔していた。
「振り向くなよ。そのまま道路の方を向いたままでいい。まず名前を言え。それと、昼間にミダスに任せた連中の正体はわかったか?」
観念した女は、ミダスと同じ第三騎士隊所属のパジョーと名乗った。
「ミダスが回収した死体は、どれも身体のどこかに同じマークの刺青があったわ」
「刺青……奴隷か?」
「魔法の反応は無かったし、形も違う。おそらくは裏の仕事を請け負う地下組織の連中ね。同じ刺青をした身元不明の死体は過去に数度記録があったけど、今回の件から、刺青が組織の構成員の証として使われていると考えられるわね」
過去の身元不明の死体は、仕事に失敗したか、何かの理由で始末されたのだろう。
「そういう連中の情報は掴んでいないのか?」
「正直、数が多すぎて把握しきれないわ。潰しあいや摘発でどんどん組織が出来ては消えて行くし」
そういうものかと一二三は思った。この世界の情報収集レベルだと、地下社会の把握は難しいのかもしれない。
「パジョーと言ったな」
「ええ」
「向かいの建物からお前を見ているのも、騎士隊の連中か?」
どうしてわかるのかと、ついパジョーの目線がその部屋へ向く。少しだけ木戸が開けられた窓がある。
「……そうよ。二人の同僚が監視しているわ」
「では、建物裏にいる二人組は?」
今度は何を言っているのか、パジョーにはわからない。今回は出入り口を監視して、
夜間に抜け出したり誰かと接触しないかを確認するという作戦になっている。まあ、完全に失敗しているわけだが。
「やはり騎士隊の連中ではないようだな。向かいの仲間に伝達はできるな? 手柄をやるからついてこい」
「あ、待って!」
パジョーは正面の建物に向かって手振りで対象者との接触のサインを送ると、慌てて一二三を追った。
建物側面の闇に紛れている一二三の横にパジョーが到着すると、一二三は静かに説明を始めた。
「二人の男がいる。昼間に始末した連中の仲間の可能性が高い。おそらくは次の襲撃のための監視要員だろう」
「捕まえるの?」
「捕まえたとして、情報を吐かせることができるか?」
「それは……」
拷問をしたとして、確実性はあまり期待できない。技術が進歩していない時代の拷問は、情報を聞き出す前に殺してしまう可能性が高いと一二三は読んでいた。パジョーの反応から、自白のための魔法や薬も無いらしい。
「一人は殺す。一人は傷をつけるだけにして、跡を追う」
言いながら、一二三は懐から2cm角の鉄の塊を二つ取り出した。全ての角が少しだけ鋭利に削られている。
「これは、俺の国の武器だよ。名前は色々あるが、俺たちの流派は“礫”と呼んでいる。どうやら、投擲武器はあんまり一般的じゃないみたいだからな。面白いものを見せてやろう」
するりと角から半身だけを出し、素早く二つの礫を飛ばした。
突然の衝撃に、二階の客室の窓を見上げていた男たちが倒れる。
一人がなんとか立ち上がり、もう一人を見てから慌てて離れていく。礫が掠ったらしく、脇腹を押さえながらで、速度も遅い。
「行くぞ」
一二三の先導で逃げる男の跡を追いながら、倒れたままの男を通り過ぎざまに確認したパジョーは、その首筋に穴が空き、血を流して死んでいるのを見た。
あの小さな鉄の粒が、致命的な武器になる……。おそらく男は自分が何でやられたかわからなかっただろう。もし一二三と敵対したら、堂々と剣を合わせるどころか、いつの間にか死んでいるという結果もありうるのだと、パジョーは目の前を行く一二三の背中を見て戦慄した。
突然の攻撃と仲間の死に、逃げた男は混乱していたのだろう。ろくに周囲の警戒もせず、貴族街へと入り、城にほど近い、大きな館の裏口に消えた。
男がその敷地へ入ったのを遠巻きに確認した一二三は、ついてきたパジョーを見た。
「あそこは……ラグライン侯爵家の屋敷ね」
「侯爵か。そいつは大物だな」
「ええ、それに……謁見の間で貴方に殺された騎士の一人は、ラグライン侯爵家当主の次男坊よ」
言ってから、失敗したとパジョーは思った。
ラグラインの次男坊は、一二三に襲いかかって死んだのだ。あの時、一二三は王女の罪を王に償わせた。では、敵対した者の父親の屋敷を知った一二三はどうするだろうか?
どこからか取り出した刀を腰に差し、楽しそうに笑みを浮かべる一二三に、その答えを見てしまった。
「そうかい。それは良いことを聞いた」
パジョーは後悔した。自分ではなく、他の騎士について行ってもらえば良かったと。
「じゃあ、俺に迷惑をかけるなと、警告をしてやらないとな」
警告だけで済むとはとても思えない、とドレスの女騎士は首を振った。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
ポイントが増えてきて、本当に嬉しい限りです。
頑張って書きますので、次回もよろしくお願いいたします。