69.My Way
69話目です。
よろしくお願いいたします。
フォカロルの領主館の隣には、以前の領主が建てた大きな別宅があり、愛人や使用人が住んでいた。現在は職員の独身寮として機能している。
部屋は余っていたので、ホーラントからの移住組で独身かつ職員としての就業希望の者は一時的にだがここへ住むことになった。元々が職員寮なので、食堂で三食提供される。
その他、領軍に入ると希望した者は領軍兵士たちの独身寮や家族寮へ入り、その他の職を希望する者や鍛冶や木工の技能を持った者は、街中で宿や職人の弟子たちの寮へと移って行った。
職員としての道を選んだ者たちに、最初に与えられた試練は勉強だった。
領地の成立経緯とはかけ離れたイメージではあるが、今のフォカロル領は国内どころかこの世界でも最先端の教育のメッカとなっている。
強制的に勉強させられているヴィシー離反側からの出向も含め、近隣の街や他の貴族領にて文官として働く者、出入りする商人の子息などがこぞって教育を受けさせるためにフォカロルへと“留学”してくる。
いわゆるカリキュラムを組んで進められる基礎学習に加え、成功的な発展を遂げているフォカロルの領地経営についても余すことなく教えてくれるという魅力があった。
この教育事業だけでも、トオノ伯爵領の運営資金はかなり潤っている。
人口は増えているが、職員たちが戸籍の登録や市民情報の運用に慣れてきた事もあり、領主館内はむしろ落ち着き始めている。ホーラントからの移民等で一時的にバタつきはしたものの、文官奴隷たちも含めて、多少は休みが取れるようになってきた。
そんな中で、面白くないと感じる者もいる。
「最近は、めっきり面白い物を作る機会がなくなったな」
制作班の班長として、一時は寝る時間も無いほどだったドワーフのプルフラスだ。彼らも最近は椅子や机などの事務用品を作っては、余暇に酒を飲んでいるという穏やかな日々を送っていた。
「面白い物?」
話し相手になっているのはヴァイヤーだった。
最初は領軍の訓練に参加して、その特殊な隊列であるスリーマンセルの考え方や、軍の運営についても学ぼうと、軍務担当の文官であるミュカレを尋ねたのだが、アリッサと離れ離れで不機嫌極まりない彼女に追い出されてしまった。
場所が領主館内の一室だったこともあり、
「幸せオーラ出している奴は出て行け!」
というミュカレの叫びは、2階フロアに職員に語り継がれる名言となった。
余裕が出てきた独身職員の間でカップルが増え始めているのも手伝い、この一言でミュカレは完全に“お局様”の地位を固めている。
「そう言えば、領軍が使っている台車や投槍器もこちらで作られたそうですね」
「作りはしたが、考えたのは領主様だな。台車は、最初はトロッコという名前で領地内を走り回っている荷車に車輪を付け直したやつだな」
中々うまく走ってくれなくて大変だった、とプルフラスは笑って、片手に持った酒を呷った。
「あれやこれやと作らされたぜ。使い方がとんとわからねぇ武器なんかもな。“扇子”っていう折りたたみの扇が、フォカロルの土産物として売ってるのは見たか? あれだって、オリガの嬢ちゃんが持ってる鉄扇を作る時に試しに木で作ってみた奴が元なんだよ。名前をつけたのは領主様だけどな」
聞けば聞くほど、一二三という人物像がわからなくなっていくヴァイヤーは、いつの間にか難しい顔をしていたのだろう。プルフラスが笑う。
「何をヘンテコな顔をしてやがる。領主様の事が知りたいなら、オリガの嬢ちゃんに聞くのが手っ取り早いぜ。まだ帰ってきてないけどな」
「なるほど……」
「それより、あんた騎士様だろう? 興味があるなら、領主様が使っている武器の予備があるぜ。見てみるかい?」
「良いのですか?」
嬉しそうに言うヴァイヤーを見て、プルフラスも嬉しくなった。
「おう、領主様からは武器の作成依頼はどんどん受けて良いと言われているしな。気に入ったのがあれば、持って行ってもらっても構わんぞ」
立ち上がったプルフラスは、ヴァイヤーを連れて作業室の奥にある倉庫兼試験室へと移動した。
土がむき出しの広い試験室には、壁一面にいくつもの武器と思しきものが並ぶ。木製や鉄製の物がほとんどだが、中には魔物の素材だろうよくわからない材質でできた物もある。
「これはすごい。騎士隊の訓練場でもこんなのは見たことがない。持ってみても?」
「もちろん」
許可を得たヴァイヤーが最初に手にしたのは、鎖鎌だった。鎌をじっと見てから、鎖とその先端についた分銅を興味深く見つめる。
「変わった形状の……武器なんですか?」
「そうらしい。何度か修理をしたが、試しに使ってる所を見せてもらったときは面白かったぜ」
使い方を聞いたものの、鎖の先の部分を振り回して、重りを当てたり、鎌で切りつけたり引っ掛けて引き寄せたりすると言われても、ヴァイヤーには今ひとつ理解できなかった。
さらに寸鉄や三節棍に始まり、独鈷杵や撒き菱に至っては、どう使うのか想像もできなかった。
組立式の十手や手裏剣についてはプルフラスにも説明できたので、ヴァイヤーは聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける。手裏剣は、試しに何度か投げてみた。
「こういう小型で携帯性の高い武器は良いですね。城内での警備にも利用できそうですし……」
「興味があるなら、あの鉄面皮カイムに聞いてみたらいい」
プルフラスから出た意外な人物の名前に、ヴァイヤーは首をかしげた。
「カイム殿、ですか?」
なぜ文官の彼の名前が出てくるのかという質問に、プルフラスは自分でも不思議だとは思うが、と言う。
「あの無表情野郎は、ここにある武器の内容を一通り知っている。使い方もある程度は領主様に教わったようだし、手裏剣と鎖鎌についてはこの試験室で毎朝訓練しとる」
さらには、他の奴隷達も時々はここで訓練をしているらしい。
「彼らは奴隷で、しかも文官でしょう? どうして訓練をしているのでしょう」
「さあ、俺は聞いたことが無いから知らんなぁ。気になるなら、直接聞くといい」
「はぁ」
ヴァイヤーにとっては、カイムは正直苦手なタイプだった。沈着冷静で感情を表に出さないカイムは、どう考えているかがわかりにくくて会話が続かない。
「まあ、ここの出入りは俺が許可出しておくから、好きにしたらいいさ」
「ありがとうございます」
「やめてくれよ。俺だって奴隷なんだから、騎士様に頭を下げられても困るぜ」
笑いながら去っていくプルフラスの背中を見ながら、ヴァイヤーは苦笑い。
「ここの奴隷は、全然奴隷に見えないんだよなぁ」
気を取り直して、カイムに会いに行くことにした。この武器を近衛騎士隊に取り入れようと思ったのだ。
☺☻☺
国境砦のホーラント側の警備はまだ回復できていなかった。先ほど殺した連中が警備部隊だったのかは不明だが、とにかく兵士は誰もいない。
砦周辺には、一般の民衆と思しき家族や夫婦が何組も座り込んでいた。
馬に乗ったまま街道上の国境を通ると、オーソングランデ側には兵士たちがしっかりと立っている。
「トオノ伯爵様! お帰りなさいませ!」
当番らしい二人の兵士がにこやかに出迎えた。一二三のホーラント侵入の時にいい稼ぎができたのだろう。
「ああ、後からホーラントからの難民が来ているだろう?」
「ええ、今のところは入国が許可できない者ばかりでして……」
ホーラント側の正式な許可も身分証も無いままでは、さすがに入国を許可するわけにもいかず、許可証を持つ商人以外は断り続けているという。
「なら、フォカロル領を目指す難民は通してやってくれ。その連中は俺の所の領民になるからな」
顔を見合わせた兵士たち。
「それは、自己申告でよろしいのですか?」
「構わんよ。それで自力で俺の領まで来れるなら、受け入れてやろう」
「そういう事でしたら、了解いたしました」
一二三は、あっちの領地に入ってもいいから、希望者がいるか声をかけるようにと行って、適当な心付けを渡した。
一人は残り、一人は喜び勇んでホーラント側へと駆けていく。一度破ってしまうと、国境の意識も薄れるのだろうか。
「じゃあ、あとは任せた」
「はっ!」
再び馬を走らせる。
街道をグングン走っていくと、通りすぎる商人たちが手を振ってくる。
情報に敏い者たちや王都に暮らす者たちには、一二三の容姿や姿、その腰に差した不思議な形状の剣までもが広まり始めていた。
一部のお調子者や流行りもの好きな冒険者の中には、真似をして片刃の剣を扱う者も出てきている。もちろん、使い方は滅茶苦茶な上に細いだけの粗悪な剣も多く、魔物との戦闘中に折れて命を落としたりという事も起きている。
王都のギルドでも、一部の新人が片刃の細剣を使っているが、ギルドでベテランが殺された事件を知っている者たちの中には、刀を恐怖の対象に見ている者もいる。
一二三は手を振られたら適当に手を振り返す。馬車に乗った若い女性や若かった女性が黄色い声をあげたりするが、馬を走らせている一二三は適当に聞き流して通り過ぎた。
「適当に愛想を振りまいておけば、領地に人も金も集まるだろう。また遠征するのに準備もしたいからな」
あれを造りたいこれをしばらく触ってない、と領地に戻ったらプルフラスに作らせる武器や道具を考えながら、馬をミュンスターへ向けて走らせる。
☺☻☺
「あ~……ここが一番落ち着く」
「サブナク……じゃなかった隊長、こんな所で夕食を摂っていいんですか? 城内の自室に侍女が運んでくるんでしょう?」
城内にある騎士階級向けの食堂で、サブナクはテーブルについて第三騎士隊から近衛騎士隊へ移籍してきた仲間たちとディナータイムを楽しんでいた。
「公の場所でなければ呼び捨てでいいし、敬語もいいよ。まだ実感もないからね」
貴族階級が食べる料理だけに、食材も味付けもこだわりのメニューだが、騎士隊員向けでボリュームもある。
雰囲気的にクラブ活動の部室の様な気安さもあり、最低限のマナーさえ守れば、誰もうるさく言わない独特の空間だった。
グリルした魚とたっぷりのサラダをほおばりながら、サブナクはリラックスを通り越した緩んだ顔で笑っていた。
「侍女の子ね……そういえば名前を聞いてなかったなぁ」
サブナクの呟きに、肉と根菜のタルタルをパンに載せながら同僚が笑った。
「ひどい奴だ。城内の侍女と言えばどこかの貴族の娘だろう? どっかの高位貴族だったら、あとが怖いぞ」
貴族出身かぁ、とサブナクは侍女の顔を思い浮かべた。濃紺の髪に同じ色の瞳。見た目は整っているが地味ではある。
「でもなぁ……なんというか、怖い」
同僚が眉を潜めた。
「トオノ伯爵と普通に話せるくせに、何を言ってるんだ」
「そういうのとは、ちょっと違うんだよ」
よくわからないと肩をすくめる騎士の横に、どこからかミダスがやって来て座った。
「邪魔するぞ」
「あれ、ミダスさん……じゃなかった、副隊長どの」
座ったミダスの前に、食堂の職員がワゴンに載せてきた料理を並べて、去っていった。
「ミダスでいい。……ここの料理は多すぎるのが難点だな」
シチューにスプーンを差し込んだミダスに、サブナクが疑問を投げた。
「ぼくが言うのもなんですが、いつも家に帰って奥さんの手料理を食べてたのに、今日はどうしたんですか?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
サブナクを睨みつけて、シチューを一口食べる。妻の料理の方が美味いと思った。
「戴冠式の警備で、城外の警備を騎士隊に丸投げしただろう。その責任者が私になったんだよ。おかげで今日は夜中まで帰れそうにない」
「あれ? ミダスさんは副隊長になったから、王城近くに家が用意されたんでしょう? 食事だけ帰れるんじゃないですか?」
「ああ、一応用意はされたんだがな……私も妻も、広すぎて落ち着かなくて、辞退した」
「あ、わかる。ぼくも城内に部屋が用意されましたけど、一人で三部屋にバスルームまであるんですよ。独身寮に戻ろうかと思いましたよ」
いつの間にか、騎士隊が庶民派の巣窟になりつつある、と同僚騎士は思わず笑ってしまった。
「私の家のことより、さっき話していたサブナク付きになった侍女件だけどな」
「彼女がどうかしましたか?」
「彼女はシビュラ・ヴィンジャーという名前だ。ちゃんと覚えて置いた方がいい」
「……なんでミダスさんが彼女の名前を知っているんです?」
スプーンを置いたミダスは、深い溜息を付いて目を閉じた。
「たまたま宰相と顔を合わせる機会があってな。サブナクに会う機会があれば、よろしくと伝えて欲しいと言われたんだよ」
「どうして宰相が……」
「アドル宰相のフルネームを知らないのか?」
「それくらい知ってますよ」
胸を張って答えたが、サブナクが思い出すまでにたっぷり十秒はかかった。
「えっと……アドル・フィオル・ヴィンジャー様でしたよね。あれ? ヴィンジャーって……」
「彼女は宰相の一人娘だよ。現ヴィンジャー侯爵家当主の姪にあたる」
「え……だって彼女、玉の輿って言って……」
動揺してフォークがカチカチとサラダボウルに当たる。
「アドル様は宰相職に任じられた際に、実家への贔屓をしないことを示すために侯爵家から籍を抜いたから、娘である彼女は正確には貴族じゃないからな」
玉の輿なのは間違いないな、と聞いていた同僚は笑ったが、サブナクとしては笑い事ではない。
「で、でもぼくも伯爵家出身ですけれど、三男で家督を継ぐわけでも無いし……」
伯爵の子息は準子爵扱いとなるが、領地も無く年金も微々たるもので、ほとんど貴族とは言えない。貴族の次男以下が武官や文官を目指すのはその辺りに理由があり、騎士に慣れた者は幸運な方だったりする。
「落ち着けサブナク。イメラリア様からのご好意とこれまでの成果、近衛騎士隊長としての格の問題もあって、お前さんの実家と同等までの引き上げが検討されている。……条件付きでな」
「条件……ですか」
ミダスはしばらく言い難そうにしていたが、サブナクに睨まれて観念した。
「……それなりに釣り合う相手と結婚して、身を固めることが条件だ」
まあ、いつまでも独身のままフラフラしてないで観念しろ、とミダスがサブナクを諭している間に、同僚はそそくさと逃げ出した。
お読みいただきましてありがとうございます。
前話でサブナクへの反響が多かったので、ちょっと出番増やしました。
そして、連載中作品の同時更新2日連続できました。
明日からは仕事が始まりますので、少し更新ペース落ちますが、
次回もよろしくお願いいたします。




