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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第九章 交流があると平和に見える
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68.Come Together

68話目です。

よろしくお願いします。

 イメラリアは届けられた報告書を読み終えると、力なく椅子へと腰を下ろした。

「い、イメラリア様?!」

 側に控えていた侍女が慌てて駆け寄るのを、軽く手を上げて制した。

「大丈夫です。少し疲れただけですから」

 弱々しく微笑むと、宰相を呼ぶようにと命じ、再び報告書を読み直した。

「国と貴族領で条約を結ぶなんて……。これでは我が国をないがしろにしているようなもの。本来ならば懲罰対象ではあるのでしょうけれど……」

 凡そ一般の人々にしてみれば、敵を倒して尚且つ魔法具が安くなり流通も増えるようになる。何がいけないのか理解されない可能性が高い、とイメラリアは踏んだ。

 宰相にも報告が行っていたのだろう。想定よりも早く、執務室のドアがノックされた。

「入りなさい」

「ご命令により、参上いたしました」

「聞いていると思いますが、ホーラントの件です」

 イメラリアの許可を得て立ったままの姿勢を許された宰相アドルは、報告は私にも届いております、と語った。

 イメラリアは頷く。

「トオノ伯を処罰するべきかとも考えましたが、現実的には不可能でしょう。無理にやろうとしても、オーソングランデ対フォカロルに……いえ、実際には一二三様へつく貴族も少なくないでしょう。旧ヴィシー領は全てフォカロルに組み込まれている状況ですし」

「イメラリア様のお考えに、私も賛同する者でございます」

「では、静観するのが良い、と?」

「私は、これは良い機会なのではないかと考えておりました」

 良い機会? とイメラリアが問うと、アドルは僭越ながらと断りを入れた。

「折角ですから、トオノ伯の戦果を祝い、同時にイメラリア様の即位式を執り行うのです。トオノ伯が近くにいる状況であれば、反対派の貴族たちもおいそれとは手出しができますまい」

 この提案を、最初は良い考えだと承服しようとしたイメラリアだが、よくよく一二三の性格を考えると、危惧すべき点があることに気づいた。

「これは、あの方が最も嫌う”利用する”ことにはなりませんか?」

「事前の説明と了解が必要でしょうな。トオノ伯が喜ぶ物も用意しておけば、なお良いでしょう」

 胸を張って答えるアドルに、イメラリアは眉を潜めた。

「一体何を考えているのです? わたくしはもう、浅慮で誰かを失うような事はしたくないのですが……」

「ご安心を。トオノ伯に対しては正当な依頼としてご相談をすればよろしいかと愚考いたします。要するに、自身のあずかり知らぬ所で利用される事が不愉快なのであって、真正面から誠意を以て依頼をすれば良いのです」

 丁度、国軍の兵に対する指導の依頼もせねばなりませんから、とアドルは言った。

「敵対するつもりで考えると、なるほど恐ろしい相手ですが、頼む相手とすれば、これ以上頼りになる方もおりますまい」

 アドルの言葉を受け、イメラリアは目を閉じて考えた。

「……わかりました。宰相の案を採用いたします。ただし、一二三様への依頼はわたくしから直接お話いたします。騎士隊に、一二三様が王都へ入られたらこちらへお呼びするようにと伝えてください」

「かしこまりました」

 深く頭を垂れたアドルは、瞳を潤ませていた。

「そして、イメラリア様の王位継承につきまして、心からお祝い申し上げます」

 声が震えている事にイメラリアも気づき、ふっと、微笑む。

「何かと心配をかけましたね。どうか、これからもわたくしを支えてくださいね」

「ははっ!」

 しばらくの間、アドルは顔を上げる事ができなかった。


☺☻☺


 ホーラントでのアレコレを手早く片付けた一二三は、スプランゲルから譲ってもらった馬を駆って、既にホーラントとオーソングランデの国境まで戻ってきていた。

 フォカロルへ戻る領軍には“適当に観光でもしながら帰ってくればいい”と言い残して。

 当初は街道を気ままに駆け抜けていたのだが、オーソングランデへ近づくにつれて街道を移動する人の数が増えて来て、仕方なく舗装されていない街道脇を走る羽目になった。

「何があった?」

 街道を進む人の流れは、そのほとんどが一二三同様オーソングランデ方面を目指しており、荷車や馬車を使い、家族総出で移動している者が多く見える。何かの商品を積載した馬車に乗った、商人らしい者もチラホラ見かけるが。

「なあ、随分と街道が混んでいるが、何があったんだ?」

目線の高さが近いという理由だけで、近くを通った馬車に乗った商人に声をかけた。

「ああ、ホーラントのお城で何か大変な戦いがあって、たくさん兵が死んだという話が聞こえて来たんですよ。聞けば、オーソングランデには誰でも受け入れてくれる豊かな領地があるらしいので、皆さんそこを目指しているのでしょう」

 声をかけた商人は、人が多く移動しているのに着いて行って、道々で民衆に食料や日用品を売っているのだという。

「私はホーラント国内を移動して商品を売っていますので、丁度いい商機が来た、というやつです」

 国境へ近づくほど人口密度が上がるので、商売は順調なのだろう。ホクホク顔で答えてくれた。

「そうか。ありがとう」

 商人へ金貨を一枚投げて、一二三は更に先を目指した。

 さらに二時間程街道を進み、国境まで間も無くという所で、やたらと渋滞している場所がある。

 馬車や荷車は舗装の外では進めなくなる危険があるので、全員が仕方ないという顔で進むのを待っているようだ。

「お、これは?」

 ほんのわずかだが、前方から血の匂いが漂ってきた。

 思わず、一二三の口角が上がる。

 街道の外を急いで進みながら、腰に差した刀の位置を調整する。

 ほどなく、渋滞の原因が見えてきた。

「並べ! 順番にだぞ!」

 ホーラントの一般兵の装備をした男が、がなり声を上げている。

 他に数名が並び、一人一人に尋問だか検問だかをしているらしい。

 馬上のまま近づいた一二三の前にも、一人の兵士が立ちはだかった。

「妙な格好をしているな。ここを通る理由を言え」

「その前に聞くが、俺が先日ここを通過した時にはお前らみたいのはいなかったが、一体何をやっている?」

「ちっ」

 舌打ちをして、兵士は剣を抜いた。

 周囲にいた一般人たちからざわめきが起き、距離を取る者もいる。

「つべこべ言わずに質問に答えろ!」

 叫ぶ兵士を無視して、先頭集団のやり取りを見ていた一二三は、そこで民衆から金を受け取っているのを見つけた。

「通行料……か」

「そうだ! ここを通るなら銀貨一枚を払っていけ!」

 もはや包み隠そうともしない兵士の言葉に、一二三は一人の子連れの女性を指差した。

「なぁ、あんた。ちょっと聞くが」

「は、はいっ」

「この国では馬鹿な兵士に施しをする制度でもあるのか?」

「えっ? あの、その……」

 兵士と一二三を交互に見ながら、女性はどう言っていいかと迷っている。兵士も怖いが、一二三の目も怖いらしい。

「お前は! 俺を馬鹿にしているのか!」

 激昂して左足を踏み出し、剣を振り上げたところで、兵士の動きはピタリと止まった。

 左手で逆手に抜いた刀が、兵士の左目を貫いている。

「言ったろう? 馬鹿な兵士、と」

 人の話はよく聞け、と言いながら、血振りで抜き取った眼球を飛ばす。

 絶命した兵士が倒れると同時に、周囲から悲鳴が上がった。

「うるさい!」

 一二三が一喝すると、逃げ出そうとした民衆も足を止めた。

 そこへ、他の兵士たちも駆け寄ってきた。誰もが同じ様な見たことのある革鎧を着ていることから、全員がホーラントの兵士らしい事がわかる。

 うち一人が進み出て、倒れた兵士を見やった。

「……これは一体どういう事だ?」

「剣を抜いて斬りかかってきたから殺した」

 刀は、抜いたままで右手に提げている。

「改めて聞くが、何をやっている? 見たところ、金を取って通すか追い返すかの二択のようだが」

「王や領主の許可を得ない勝手な移動は禁じられている! 許可を得て費用を払ったものだけが通れるのだ!」

 威圧するように胸を張り、馬上の一二三を見据える兵士は、さりげなく腰の剣に手をかけている。

「許可ねぇ……」

 一二三は、不安げに見ている民衆たちをぐるりと見渡した。

「そんな書類を提出している奴なんかいないようだが? 要するに袖の下を渡すかどうかって話だろう? もっと堂々としろよ」

 ふっと鼻で笑った一二三は、さらに続ける。

「で、こいつらはさておいても、俺からも金を取ろうってのか?」

「ちっ。貴様の目的と名前を言え! 金額次第で通してやる」

 ホーラント国民であるならば、国のために働いている我々に報謝するのは当然であろうと続けた兵士の言葉を聞いて、一二三は我慢できずに高笑いしてしまった。

「あっはっはっは! 残念だが、俺はホーラント国民じゃあない」

 懐から取り出したのは、イメラリアの署名が入った通行許可証だ。

「俺はオーソングランデの貴族だよ。領地に帰るから、さっさと道を開けろ」

 その書類をマジマジと見ていた兵士は、怒りか焦りか、震えながら道を開けた。

 丁度兵士たちに囲まれるような位置に来たところで、馬を止めた一二三は街道にいた民衆たちへ視線を向けた。

「ああ、そういえば俺も一領主なんだわ。フォカロルという街を中心にしたトオノ領というところなんだが……」

 トオノ領フォカロルという名前を聞いた民衆たちが、にわかにザワつき始めた。商人の話が本当なら、彼らが目指しているのはそこなのだ。

「そこに来るなら、歓迎しよう。オーソングランデ所属の貴族、ヒフミ・トオノ伯爵として、希望者の通行を許可する。もちろん、無料でな」

 突然勝手なことを言い出した一二三に、民衆は喜びの声を上げそうになったが、先に声を上げたのは兵士の方だった。

「ふざけるな! 外国の貴族が何を勝手なことを!」

「だが、お前はどこの貴族ともどこの領主とも言わなかっただろ?」

 完全な屁理屈だが、目的が挑発なら逆に丁度いい、と一二三は笑っている。

「全員剣を抜け! こいつは貴族を語る犯罪者だ!」

 その言葉で、この場にいた兵士全員が剣を抜いた。

「抜いたな?」

 ぐるりと見回して、兵士全員が剣を構えるのを見届けた一二三は、一言、呟いた。

 すぐさま馬上から飛び上がり、一人の兵士を頭から両断する。

 立ち上がりながらも逆八相に刀を摺りあげて一人を斬る。

 二人が倒れて空いた包囲網から、馬を逃がしてやった。

「ほら、抜いたなら斬れ。武器を取ったなら殺せ」

「ぐぐぐ……かかれ!」

 顔を真っ赤にした兵士は、自分も含めて全員で同時に斬りかかることを選んだが、結果は惨憺たるものだった。

 首を落とされる者、腹を割られて呆然と自分の内蔵が流れ出す様を見ている者、手足を失って悶絶している者……。

 最後に残った兵士は、もはや破れかぶれで斬りかかってきたが、剣の腹を左手で叩き落されて剣を取り落とし、一二三がくるりと一回転させた刀で右手を二股に斬り割られた。

「あぐぅ……」

 腕から夥しい量の血を流しながら膝をついた兵士は、間も無く失血で死ぬだろう。

 一部始終を見ていた民衆たちは、すっかり一二三に対して怯えの表情を向けている。

「やれやれ……」

 懐紙で拭った刀を鞘へと納めたところで、腕を斬られた兵士が死んだ。

「何日か遅れて俺のところの領兵が来るから、気が向いたら話しかけてみるといい。こいつらよりはちゃんと対応するだろうさ。多分な」

 馬が戻ってきたのを見つけた一二三は、嬉しそうに馬に駆け寄って撫でてやり、ひらりと飛び乗ると、さっさと行ってしまった。

 金を払わずに済んだ民衆は、何が起きたのか理解できないまま、気を取りなおして歩みを進めて行く。


☺☻☺


「どこに行っても、仕事に追われるのは宿命なのか……」

 こんなことなら、もう少し義兄の所でゆっくりしていれば良かった、と王城内に新たに与えられた執務室でサブナクは嘆いていた。

 サブナクが王都へ戻ると同時に、イメラリアの戴冠に先駆けて近衛騎士隊の創設が正式に執り行われた。隊長をサブナク、副隊長をヴァイヤーとし、第二騎士隊と第三騎士隊から数名ずつが選出された。

 残った騎士たちは全てまとめて、単に騎士隊と呼ばれる組織へと再編成された。騎士隊長として元第三騎士隊長のロトマゴ、副隊長にはミダスを含め三名が任命された。

 両騎士隊に上下関係は無く、近衛騎士隊は城内及び王族の護衛を主任務とし、騎士隊は兵を率いての治安維持や軍事活動を行う。

 慌ただしく叙任が行われ、イメラリア自ら手渡された新しい隊服に身を包んだサブナク。彼が与えられた最初の仕事は、来る戴冠式の警備計画の立案と訓練という、おお仕事であった。

「なんでこんなに仕事が多いんだ」

 自分の代わりにフィリニオンがフォカロル領へと派遣されて、内心ホッとしていたのだが、これなら引き受けていた方がマシだったかもしれないとさえ思う。

 何しろ、編成されたばかりの出来立て部隊なので、連携どころか隊員どうしの顔合わせがようやく終わった程度なのだ。いくら護衛対象がイメラリア一人とはいえ、この広い王城とその周辺が対象では、頭を捻って考えた計画も、穴があるような気がしてならない。

「失礼します」

 執務室へ入って来たのは、新たにサブナク付きとなった侍女だった。

「近衛騎士隊副隊長のヴァイヤー様より、書簡が届いております」

「ああ、ありがとう」

 渡された書簡は羊皮紙を丸めた物で、丁寧に蝋で封印されている。

「なんだってこんな大仰な……」

 蝋を剥がして中身を読み進めているうちに、サブナクは涙が溢れてきた。

 ヴァイヤーからの手紙には、イメラリアからの指示でフォカロル領で一二三を待つ間に、他領からも兵を鍛えたり文官を育てたりという依頼が殺到している事。旧ヴィシー領もフォカロル同様の政治体制に移行しつつあることが分かりやうすく書かれ、最後に、“フィリニオンさんと婚約しました”と上司であるサブナクへの報告が書かれていた。

「なんだよそれ。ぼくは振り回されて忙しくて、女性と食事すらままならないというのに……」

「隊長様」

「その呼び方おかしくない? で、何かな?」

 ハンカチで目を抑えながら尋ねると、侍女は無表情のまま言う。

「よろしければ、夕食をご一緒しますか?」

「……同情ならやめてくれないか」

「いいえ」

 侍女はとんでもない、と首を振った。

「玉の輿の機会かと思いましたので」

 サブナクは泣いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

同時連載中の別作と同時更新。

行けるかどうかと思いましたが、なんとかなりました。

また次回もよろしくお願いいたします。

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