67.As long as you love me
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
ホーラント王スプランゲルは、城内及び城下の騒動が沈静化したのを見計らって、オーソングランデ内フォカロル領領主ヒフミ・トオノとの交渉による和解と和平を宣言した。
その内容は、
“ホーラントからの損害に対する金銭での賠償”
“ヴィシーを通さないホーラント王家とオーソングランデ及びフォカロルとの魔法具の直接売買の開始”
“フォカロル領兵のホーラント国内への駐留許可”
の三つが中心となっている。
特に三つ目は、他国による外国軍の駐留という前代未聞の内容だけに、スプランゲルに対して国内貴族からの反対の声も大きかったが、王はこれを黙殺した。
オーソングランデの良いようにされた、とホーラント貴族たちは歯噛みしたが、ヴェルドレは死に、他の王族も王に対抗するには能力的に問題があった。
もちろん、スプランゲルとて嬉々としてこの条件を飲んだわけではない。
未だに「僭越ながら」と諌言と称した反対意見をチクチク言い立てる貴族の話を聞きながら、一二三との会話を思い出していた。
「国内にその方の軍を置けというのか……」
謁見の間は荒れ果て、死体が転がる惨状を晒していたので、二人の交渉は別室を用意して行われた。
通常であれば、一貴族と王の会談であるからには、席次などの格式が重要視されるのだが、今回は同じ椅子に座って同等の目線での会話となった。
「当然だろう。戦い方を教えてやるのに、一人二人ではどうにもならん」
「賠償も直接の通商も致し方ないとは思うが……」
「最初は」
歯切れの悪い王に対し、一二三は背もたれに身体を預け、天井を見上げながら呟いた。
「ホーラントの政治中枢を破壊して根無し草の民衆を大量に作れば、貴族領事に細分化された群雄割拠の状況が作り出せるんじゃないかと思って、実験をしようかと思ったんだが……」
真顔でとんでもないことを言う。
「それで魔法具の技術が失われるのは勿体ないからな。痛覚や自我が失われるのは問題だが、身体強化は良かった。ああいうのがもっと普及すれば、殺し合いも楽しくなるし、戦争ももっと頭を捻って色々やるようになるはずだ」
「結局は、そこへ行き着くのだな」
当然だ、と一二三は笑う。
「俺はオーソングランデの馬鹿どもに、無理やり他の世界からここへ飛ばされてきたからな。折角だからちょっと暴れてやろうと思ったんだが、想像以上に手応えが無くてなぁ」
「他の世界とは……?」
「イメラリアは、召喚魔法とか言っていたな。古代の技術らしいが、良くは知らん。俺はその魔法で他の国から無理やり呼び出されたわけだ。気が向いたなら、そこをつついてオーソングランデ王家とやり取りしてみたらいい」
「それは……やめておこう。今何か言っても、負け犬の遠吠え以上にはならぬからな。しかし、ホーラントがオーソングランデと戦争になる可能性を否定せぬのか?」
「いや、逆に推奨する立場だな。戦いが長く激しくなるだけ、人間は頭を使うようになる。俺がオーソングランデへの不可侵を条文に入れろと言わなかったのは何故か。そういうことだ」
スプランゲルは、もう何も言うことはなかった。早くこの会談を終わらせて、国内を何とかまとめなくては、いつこの男に再び国を食い荒らされるかわからない。
文官に書き取りをさせながら詳細を詰めて書類を作成し、それぞれ署名をしてお互いに2部ずつを保管する。
これで、前代未聞の一国対一貴族領との和平は締結された。
☺☻☺
「なんか、すごい勢いで歓迎されたんだけど」
「王の差金だろうな。随分兵も減っただろうし、立て直すまではどことも戦争どころか小競り合いすらやりたくないだろうよ」
城を出たところで、追いついてきたアリッサと合流する。
街道をそれなりの速度で進んで来たものの、目立つ抵抗もされないどころか敵兵ともほとんど遭遇せず、王都へ接近すると逆に使者が来て歓迎するとまで言われる始末だ。
接敵したら即交戦のつもりだったアリッサたちはすっかり気が抜けてしまった。
「例の作戦で、既にオリガは動き出した。とりあえずこの国の兵士も鍛えることになったから、連れてきた連中と一緒に、ここに残って訓練してやれ。期間は半年な」
「半年も!?」
「それくらいで次にかかるつもりだからな」
書類に何やら走り書きをしながら言う一二三に、アリッサは首をかしげた。
「次?」
「そう、次。半年のうちにホーラント、オーソングランデ、ヴィシーがいい感じに煮詰まるようにするから、その間に各地の兵を鍛えておこう。そこに俺がどうにかして火種を投げ込んでやろう」
無邪気に笑う一二三に、アリッサはそっと溜息をついた。
「鍛え方は任せる。アリッサはたまに領に戻ってくるようにな。ついでにここに駐留する連中も入れ替えるし、他の領地やヴィシーでも同じように訓練する必要もあるし」
「忙しくなるね」
「ああ、だがそれ以上に楽しいな。……アリッサ」
「なに?」
「別に無理して続ける必要はないぞ。恩なんて感じる必要は無い。ヴィシーでは充分楽しめたからな」
そんなに疲れて見えたかな、とアリッサは首をかしげてから、目を細めて笑う。
「恩ね。僕も最初は恩返しのつもりで一二三さんについてきたけど、今はそれだけじゃなくて、いろんな国のいろんな街を見て、知らなかった世界を見て、仲良くしてくれる仲間がいて、楽しいんだ」
いつの間にか、アリッサの目には涙があった。
「だから、僕は一二三さんと一緒にいるよ。ヴィシーではひどい目にあって、あの時にもう死んじゃうんだと思ったけど、それでも今がこんなに楽しいから、僕はこれで良かったと思ってる」
よろしくお願いします、とアリッサが頭を下げると、一二三も笑って肩を叩いた。
「そうか。楽しいなら好きにするといい。お前の人生だからな」
「うん。好きなことができるって、幸せだね」
「ああ、そうだな……うわっ」
一二三が視線を上げると、アリッサの後ろではフォカロル領兵たちがハンカチを噛みながら感涙していた。地獄の入口から聞こえてくるかのような咽び泣きの声が響く。
「長官! 俺らも一生ついていきます!」
「何でも言ってくだせぇ! 一生懸命やらせていただきます!」
「うん、これからもよろしくね!」
アリッサの呼びかけに、声を揃えて返事する領兵立ちを見て、こいつらはいつの間にこんなに気持ち悪くなったんだろう、と一二三はこっそりとその場を後にした。
次の戦いの場を作るため、急いで戻りたかった。
☺☻☺
新たに近衛騎士副隊長となったヴァイヤーは、最初の仕事としてフォカロルへ赴き、フィリニオンを巻き込んでの事前交渉を行うこととなった。
内容は、騎士隊及び国軍に対する教導依頼だ。
発案者であることと、一二三との面識があること、サブナクが王城へ戻る前であり、フォカロルへ向かう元ホーラント兵の護衛を手伝い、その到着を国として見届けるという任務も兼ねている。
道中では、同行させた国軍兵たちと共に、フォカロル兵の訓練にも参加していた。
何度か参加したヴァイヤーを除き、国軍兵たちは慣れない訓練に効果があるのかと首をかしげるばかりだった。
しかし、道中での狩りの手際の良さに加え、偶然遭遇した盗賊団に対して国軍兵たちがまごついている間にフォカロル領兵だけで一人残らず殺害するなど、際立った戦闘力を見せつけていくうちに、国軍兵たちも進んで訓練を真似するようになっていた。
そして、フォカロルへ到着する。
「随分と随行員が増えているうえに、責任者は不在とは……」
カイムが無表情のまま呆れたように一言だけつぶやき、さっさと兵士たちは解散させ、ホーラントからの移住組は班分けして宿泊施設を割り当て、職員たちに案内させた。
さっさと指示される事になれている職員や領兵たちは、特に混乱無く移動を始めた。ミュカレへ状況説明をするようにと指名された兵士は、アリッサが戻らないと聞いてミュカレが不機嫌になるのが目に見えているからか、貧乏くじを引いたと肩を落として歩いて行ったが。
その手際の良さに下を巻いていたヴァイヤーは、ブロクラがフィリニオンの所へ案内する。
先導されて領主館へ入ったヴァイヤーは、まずその構造に興味がわいた。
綺麗に清掃された1階は完全に公共のスペースとされ、わかりやすい案内板に案内係が待機し、各種届け出なども窓口が綺麗に整理されてズラリと並べられている。待合スペースでは住民たちが和やかに語り合い、新婚らしい夫婦同士の情報交換や、親類を亡くした者同士の思い出話など、中々賑やかになっている。
「これはすごいな……」
ヴァイヤーが呆気にとられていると、ブロクラが一つ一つ説明をしてくれた。
「これらは全て領主様の指導によるものです。私たち5人の奴隷文官以外の職員は、完全に役割分担がなされており、書式も決まったものを使うようにと定められています。全ての住民は住所と家族構成、職業などを管理しております」
「住所?」
聞きなれない言葉に、ヴァイヤーは疑問を発した。
「この街を始め、領主様が管理されております街や村はブロックごとに名称と責任者が居ります。そして建物全てに番号を振っていますので、ブロック名と番号で、どの建物かがわかるようになっているのです。それを利用した配送サービスも、民間ではありますが開始されました」
「なんと……」
王都ですら導入できていない人とモノの整理ができていることに、ヴァイヤーは驚愕を隠せない。この時点で、軍事以外でも学ぶべきことが多かったと気づき、もっと他の騎士も連れてくるべきだったと後悔していた。
フィリニオンが利用している執務室は館の2階にある。引切り無しに人が出入りしているが、今は王城からの使者が来ているということで、一時的に出入りを差し止めていた。
ブロクラがノックをすると、クリノラがドアを開けてくれた。
中に入ると、フィリニオンが立ち上がって歓迎する。
「ようこそ。王城からの使者だと伺っておりますが、代理で対応させていただきます、フィリニオン・エル・アマゼロトです」
少し疲れの見える顔で微笑むフィリニオンを見た瞬間から、ヴァイヤーはフィリニオンから目が離せなくなった。緑色の柔らかで豊かにウェーブのかかった髪、明るく輝くオレンジ色の瞳。微笑む唇に注視していることに気づいたヴァイヤーは、慌てて視線をそらした。
「どうかされましたか?」
「い、いえ! 失礼いたしました!」
つい大きな声を出してしまい、ヴァイヤーは赤面しつつ促されるままに応接へ座った。ブロクラはここで次の仕事があるといって退出している。
「私は、新たに創設されました、近衛騎士隊の副隊長ヴァイヤー・ツェーレンです」
顔を見ると顔が熱くなるので、少しだけ目線を下へ向けつつ挨拶したが、騎士隊の制服に包まれた身体に目がいって、余計に顔が上気する。
「近衛騎士隊?」
耳慣れない言葉に、フィリニオンが思わず眉をひそめた。
「恥ずかしながら、先日生まれたばかりのまだまだ組織としては不完全な騎士隊です。隊長は、貴女と同じ第三騎士隊出身のサブナク殿ですよ。おそらくは私と入れ替わるくらいのタイミングで王都へお戻りでしょう」
「彼が……。ところで、私が第三騎士隊所属だというのは?」
「ミュンスターを出る前に、サブナク殿から色々と聞かされました。自分の代わりにフォカロルで苦労しているだろうから、機会があれば助けて欲しいと」
サブナクからの伝言に、一瞬怒りの表情が浮かんだのを、ヴァイヤーは見なかった事にした。それよりも、どうにも気が急いて、いつになく口数が多くなってしまうのが恥ずかしい。
「何か王城では色々起きているようですね」
「ええ、第一第二両方の騎士隊が解体されましたし、トオノ伯は大活躍されておりますし」
ヴァイヤーは自分が知る限りの事を、フィリニオンに説明した。
これから色々と教えてもらいたいというのもあるが、フィリニオンのために、機密に関わらない情報は全て教えたいと思った。
ホーラントの戦争、一二三がホーラントへ乗り込んだ事、王子の死と王城の決定。その話題すべてを、フィリニオンは静かに聞いていた。
「……ありがとうございます。世の中がとんでもない速度で変化していることと、この領地の本来の領主に常識が通じない事も、改めて認識できました」
タイミングを見計らって、すっかり冷めてしまった紅茶をクリノラが交換してくれた。カップを置く際に、クリノラはチラリとヴァイヤーの顔を盗み見て、思わず吹き出しそうになった。どうして自分の主人は、目の前の男性の状況に気づかないのだろう。
「それで、今回は情勢のご連絡のために、態々敗残兵の移動に同行されたわけではありませんでしょう?」
「ええ、もちろんです。ホーラントからの移住者の見届けもありますが、本題は王城からの依頼をお伝えするために参ったのです」
「王城から? それは私が伺って良い内容ですか?」
一二三が戻ってからが良いのではないか、とフィリニオンは念を押したが、これはあくまで事前交渉でしかないとヴァイヤーは続ける。
「もちろん、最終的な決定は領主に委ねられるのは重々承知しております。ですが、トオノ伯の性格からして、できるとなれば即決。その前に、可能かどうかの検討を先にお願いできればと思ったのです」
もちろん、王城に一二三が立ち寄って、その間で決定される可能性もあるが、いずれにせよ準備期間があると無いとでは違うだろう。
「そういう事でしたら、お話を伺いましょう」
「無敗のフォカロル領軍。その強さの秘訣が訓練内容にあると私たちは考えました。それで、領軍から数名でかまいませんので、国軍に指導をお願いしたいと思いまして」
「そういうお話でしたら、文官たちとお話をすると良いでしょう。彼らほど、この領地のことを熟知しているものはおりませんでしょうから」
それこそ、領主以上に知っていますよ、と笑うフィリニオンの笑顔に、ヴァイヤーの視線は釘付けになっていた。
「あの、どうかされましたか?」
さすがのフィリニオンも、顔を真っ赤にして見つめられていれば気がつく。が、この時点では何か怒らせるようなことを言ったかしらという気持ちだった。
声をかけられて、ようやく自分がフィリニオンに見とれていた事に気付いて、ヴァイヤーは慌てて頬を撫でさすりながら視線を外した。
「す、すみません! ついその、美しいと、思っ……て……」
言ってしまってから言葉の内容に気づいて、ヴァイヤーはもうフィリニオンと目を合わせられない。
フィリニオンの方も、想定外の言葉に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「あの……ありがとうございます……」
なんどか言葉を絞り出してお礼をしてからは、お互いに赤い顔で下を向いたまま、黙ってしまった。
そっと部屋を出たクリノラは、これはフィリニオンの実家であるアマゼロト家へ報告しなくてはと息巻いていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
お休みのうちになるべく書いておきたいと思います。
またよろしくお願い申し上げます。