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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第八章 突撃! 魔法の国
66/184

66.Who Are You? 【でっかい王太子】

66話目です。

よろしくお願いいたします。

 突然乱入してきた一二三の姿に、王もユーグも呆然とする他なかった。

 本来ならば場を支配しているはずのヴェルドレは気を失ったままピクリとも動かず、標的指定した敵を一掃した強化兵は、新たな命令を待って微動だにしない。

「もう始まってたか」

 遅れたか、と頭を抱えながらも、一二三は冷静に室内を観察する。

 死体が一面に転がる光景を無感動に一瞥しつつ、まだ生きている人間だけを確認。

「貴方は……まさか……」

 一二三の特徴を知るユーグが、信じられないと首を振った。

「おう、俺を知っているという事は、誘き寄せる策の首謀者はお前か」

 で、お前がこの国の王か、と一二三はホーラント王スプランゲルを見る。

 その目は睨むでもなく、ただ観察する視線だった。

「その方が、オーソングランデの英雄か……」

 ホーラント王の言葉に答えず、入口から近づいてくる一二三に、ユーグは慌てて強化兵たちに叫んだ。

「城内の兵たち全員を敵に回して、どうやってここまで……。とにかく、強化兵ども! こいつを殺しなさい!」

「やっと始まるか」

 最初に突進してきた強化兵は、揃って大剣を大上段に振りかぶりながら駆け寄ってくる。

「おおっと?」

 以前よりも素早くなった動きと大剣のリーチの長さに意外そうな声をあげつつも、一二三は身体を半身にして二人の間に割り込む。

 グシャッと音がしたかと思うと、柄頭で胸の魔法具を鎧ごと潰された強化兵が崩れ落ちた。

「弱点がわかっていたら、こんなもんだろう。おまけに、突っ込んでくるしか能がない所は変わってないし」

 ため息混じりに首を振った一二三は、更に斬りかかってきた兵士を避けようともせず、自ら剣を持った敵の腕の間に滑り込んだ。

 勢い良くぶつかって来た敵の胸に一二三の肩があたり、しっかりと構えて小動こゆるぎもしない一二三に対し、強化兵は逆に弾き飛ばされて転がり、壁にあたってようやく止まる。

 更に一人、二人と切り伏せて行く一二三を、恐怖に彩られた顔でユーグが見、その隣ではホーラント王が興味深げに殺戮の様を見ていた。

 そして、もう一人の生存者が目を覚ます。

「ぐ……」

 ヴェルドレは頭の痛みですぐに動けず、しばらく倒れたまま唸っていたが、その間に周囲がどうなっているのかを把握することができた。

(あの男が、例の……)

 血で赤く染まった視界の中で、今もなお強化兵がいとも簡単に殺されていく。

 王孫たる自分は血まみれで床に這いつくばっているというのに、あの男は嬉々として、そしていとも容易く勝利を納めていく。

 また一人の強化兵が、今度は胸を横一文字に切断され、臓物を撒き散らして転がった。

 あの実験体たちを使って、今頃は国民の前で華々しく戴冠していたはずが、とそこまで考え、動かない身体を叱咤して玉座を見ると、そこにはまだ健在であり、なぜか穏やかな表情の王と、その横で腰を抜かしているユーグの姿が見えた。

「許さん……」

 もはや全てをぶち壊された、と憎悪に支配されたヴェルドレは、痺れが残る右手で剣と合わせて腰に固定していた魔法具を掴んだ。

「俺が……全て壊してやる……」

 ヴェルドレが仰向けに転がったとき、その手に持つ物を見つけたユーグが叫ぶ。

「ヴェルドレ様! それを使っては……!」

 ユーグの制止も虚しく、言い終わる前に魔法具はヴェルドレの胸に押し付けられていた。


 それを戦いの最中にある一二三は横目に見ながら、ひっそりと笑みをこぼした。


☺☻☺


 一二三が謁見の間へ踏み込むのが早かったのは、もちろん問答無用で城内へ突入したのもあったが、城外に居た兵士が城内から応援に呼ばれる前に、別の問題に対応せざるを得なくなったという点もあった。

「そっちへ行ったぞ!」

「街へ行かせるな! ここで処分しろ!」

 魔法使いたちの指示で右往左往する兵士たちが追っているのは、逃げ出した実験体たちだ。

 もちろん、実際は逃げ出したのではなく、攪乱のためにオリガたちが4人ほどを城の近くで放ったのだが。

 城の近くで発見された実験体は、何故か武器を持ち、すでに通りかかった住民数名を惨殺していた。

 最初にそれを発見した兵士がすぐに応援を呼んだのだが、人数が増えても未だに捕獲も殺害もできず、兵にも民にも犠牲がどんどん出ている。

 城にも異常を知らせると同時に応援を頼んでいるが、それも音沙汰がない。

「ちぃっ! 一体どうやってあの拘束から抜けたんだ!」

 イライラと悪態をつきながら、一人の魔法使いが研究施設へとやってきた。

「残った連中を確認しないと……」

「その必要はありません」

 開いたままのドアから入ってきた魔法使いを、オリガが素早く短剣を突きつけて止めた。

「な……」

「ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ」

 その間にも、フォカロル兵たちが素早く扉を閉め、薄く開けた隙間から外の様子を伺う態勢に入る。

「ちょっと家探しするよりも、直接聞いた方が早いと思いまして」

 ニッコリと可愛らしい笑顔を見せながら、少しだけ短剣を喉に当てる。

「彼らに使われた魔法具の在庫が見当たりませんから、ちょっと教えて欲しいのですけれど」

 言いながら、オリガは鎖につながれたままぐったりとしている実験体の一人を指差す。

「そ、それは……」

 急に、魔法使いは左耳が熱くなるのを感じた。

 ベチャリと音がした方を見ると、片耳が床に落ちている。

「う、うぎゃあああ!」

「黙りなさい」

 更に短剣をひと振りし、鼻先をそぎ落とす。

「ぶぇえええ……」

「必要な事だけ話せばいいのです」

 もはや一刻も早く逃げたい一心で、魔法使いは別棟にある保管庫の場所を早口で話し、ぼたぼたと流れる血を両手で押さえてうずくまってしまった。

「そう。詳しく教えていただいて、ありがとうございます」

 首筋にストンと短剣を振り下ろし、何でもないことのように懐から紙を取り出して血を拭う。

「さて、今の話を聞きましたね?」

 その様子を見ていたフォカロル兵は、怯えながらも頷いた。

「もうしばらくこの施設にいないといけないようですから、残った実験体も街と城に向けて解き放ってしまいましょう」

 そして研究施設にいた全ての職員はオリガたちによって殺害され、狂った強化兵たちが城へ向けて解き放たれた。

「それでは、私たちは予定通りに動きましょう」

 30分とかからず、オリガたちは首都アドラメルクを脱出した。


☺☻☺


「ぐぅおおおおおおおお!」

 悶絶するヴェルドレを尻目に、一二三は最後の強化兵が振り下ろした剣を小太刀でそらし、刀を摺り上あげて頚動脈を切り裂いて殺す。

 その間に、ヴェルドレは頭の大きさはそのままに、全身の筋肉を数倍に膨張させた異様な姿に成り果て、ゆっくりと立ち上がった。

 その目にはすでに正気が無く、血管が顔一面に浮き出し、剥き出した歯も以上に伸長して牙のようになっている。

「あれは一体……」

「開発中だった最新の魔法具です。身体強化どころではない変化を起こし、異常な膂力と瞬発力を得る代わりに、正気を失います……」

 王の疑問に、相変わらず腰を落としたままのユーグが答えた。本来であれば、どうしても押し迫った状況になった際に誰かに使用して、その隙に脱出なりするつもりで持って来たのだと言う。

「強化兵がやられて、自暴自棄になられたのでしょうか。まさか自分自身に使われるとは」

「もはや、人ですらやめたか……ヴェルドレよ……」

 嘆く王の前では、ミシミシと音を立てながら、身長4mにもなろうかという巨体となったヴェルドレが、一抱えもある大きさになった拳を打ち下ろしていた。

 もちろん、狙いは一二三だ。

 床を叩き割り、はじけ飛ぶかけらすらも避けながら、一二三は大きく飛んで転がった。

「ほとんど大型の魔物だな。こうなると、人に使う技は通じないだろうなぁ」

 素早く小太刀を投げると、吸い込まれるようにヴェルドレの脛へと突き刺さる。だが、ヴェルドレは反応どころか動きを止めようともしない。

「痛覚が無いのもそのままか!」

 今度は大きく振り回してきた腕をうつ伏せになって交わし、踏み潰しを転がって避ける。

 その間にも、一二三は空いてから視線を切ることなく、動きや骨格、筋肉のつき方を見つめている。

 さらに、室内に散らばっている大剣を拾い集め、次々に投げつけてきた。

 その威力は凄まじく、一本一本が根元まで石造りの床や壁に突き立つほどだ。

「これはもう兵器だな」

 苦笑しながら、試しに一本を刀で弾いてみようと試してみたものの、流石に重さと速度があって軌道を逸らすのがせいぜいだった。

「ド、ウ、ダァ……。コワ、イダロ……ウ」

 唸り声のような言葉が、途切れ途切れに聞こえる。

「いや」

 さらに今度は、強化兵たちの死体も投げつけてきたが、速度に慣れてきた一二三は難なく避ける。

「楽しいなぁ」

 ニヤッと笑い、右手一本で提げていた刀を両手に持ちなおし、しっかり正眼に構えた。

「惜しむらくは人間と技の勝負をしたかったが、それはまあいい。化け物でも強いなら、いいさ」

「グゥウウウウウ……」

 腹から響くような声を上げながら、ヴェルドレはピタリと構えたまま動かない一二三を前に、右手をギリギリと音が出るほど握り締めた。

「ゥガアアアアアア!」

 そのまま握り締めた拳をストレートに打ち込んで来るのに対し、一二三は構えたまま避ける動作を見せない。

(まるで家屋解体用の鉄球だな)

 などと余計な事を考えながらも、身体は以前に学んだ“眉唾技”の動きをトレースすべく適度な緊張感に包まれる。

 以前にスラムでやった矢を叩き落とす技術よりもずっと非現実ながら、数回試して成功はした。突き込んでくる刀に切っ先を合わせて、帽子(切っ先)の丸みを合わせて上方へとお互いの刀を滑り上がらせるというものだ。同様の動きを拳同士でも再現できる。

(あれに比べれば、的がでかい分楽なもんだ)

 自分に言い聞かせ、迫り来る拳の中指、第二関節の丸みに狙いを定める。

 関節の動きが普通の人間と変わらない事はさっきまでの観察で把握した。であれば、刀で擦り上げる動きはそのまま応用できると踏んだ。

 長い思考は一瞬で通り過ぎ、衝突の瞬間は乾いた金属音が知らせた。

 骨と刀が打ち付け合い、僅かに拳は一二三の頭上を超えていく。

 だが同時に、拳に刺さった刀が持っていかれる格好となった。

「グゥッ!」

 想定外に拳をそらされたヴェルドレは、同時に相手が武器を手放した事に気づき狂喜した。これで敵は抵抗できない。

 いよいよ叩き潰そうと、敵へと視線を戻した瞬間、その敵は眼前に迫っていた。

 一二三は拳をそらした瞬間、刀を手放しつつ腕の下をくぐり抜け、膝を踏みつけて顔の前に飛び上がっていたのだ。

「敵から目を離すなよ」

 右手に握った寸鉄を顎に突き立て、左手はヴェルドレの髪を掴む。

「よっ……と」

 そのままヴェルドレの頭部を一回転させると、巨体は一瞬痙攣したあと、地響きを立てて倒れ、あとはもう、動かなかった。

「別に剣道の試合じゃないんだ。武器なんかいつだって手放して当然だろうが」

 倒れるヴェルドレに巻き込まれないように飛び降りた一二三は、ゆっくりと刀を拾い上げ、傷や曲がりがないことを確認すると、右手に下げたまま玉座へ近づいた。

「……お見事」

「どうも」

 王の言葉に、一二三は軽く答える。

 それが聞こえているのかいないのか、一二三を見てユーグがガタガタと震えていた。

「で、お前らは誰だ?」

「わしはホーラント国王、スプランゲル・ゲング・ホーラントである」

 名乗ってから、王は自分の横で情けなく座り込むユーグを見た。

 震えるばかりで名を名乗れない小物が、孫の相談役面をしていたかと思うと、情けなく思う。

「……こやつは今さっき死んだ、わしの孫の友でな。丁度今、わしから地位を簒奪しようとしておったところじゃよ」

「うぇっ?!」

 王の言葉に驚いたユーグが王を見るが、王は視線を合わせず、ただただ溜息をついた。

「この期に及んで、なぜわしが貴様を庇うと思うか」

 王の言葉に、慌ててこの場から逃げ出そうとしたユーグは、一二三に足をかけられて転び、背中を踏みつけられて虫のようにジタバタと手足を動かしてもがいた。

「お前の名前は?」

「ひぃっ……ひぃ……」

 ユーグに答える意思が無いと見て、一二三はスプランゲルを見た。

「そやつの名はユーグ・ユティレフト。残念ながら、この国の貴族だな」

「そうか」

 王の答えを聞き、一二三は刀を逆手に持ち、さっくりと首を切断した。

「……それで、オーソングランデの英雄よ。わしを殺してこの国をその手にするか。いつかその野望も……」

「いらんよ、国なんか」

 面倒くさいとつぶやいて、一二三は刀を納めた。

「……なんだと?」

「いらんと言った。ただ俺は戦って、結果として人を殺したいだけだ」

「な、なんという……」

 今初めて、王は目の前の男が英雄ではなく狂人だと気づいた。

「サシで話ができたから、今日の所は話だけして帰るつもりだしな」

「こ、ここまでやっておいて、何の武功もいらぬと言うか!?」

「いらん」

 その目に偽りは無いと、王はすぐに見抜いたが、まだ信じられない。

「この国だけじゃないぞ。ヴィシーもオーソングランデも……そういえば、獣人エリアもその向こうにも国があるらしいな。それらを引っくるめてどんどん戦って殺し合う世界になってもらいたい。そしてもっと戦う事に工夫をして、技術を磨いて、必死になってもらう」

 目を輝かせ、大きな未来を子供のように語る一二三。

「というわけで、お前の国も少しだけ引っかき回すし、それでもこんな、頭を使って戦う事ができない木偶を量産するなら、その時は潰す」

 ヴェルドレに投げ捨てられ、隅に散らばった強化兵を指差し、一二三は鼻を鳴らす。

「と言われても、実感が無いとどうしようもないよなぁ」

 だから、と一二三は悪びれずに続ける。

「この国が作った凶暴化する魔法具な。あれを世界中の適当に強そうな魔物に付けていく事にした。そのうち国のあちこちで被害が出るだろうから、急いで対策するんだな」

「ば、馬鹿な!」

 玉座から飛び出さんばかりに叫ぶ。

「そのような事をすれば、民衆の被害も増える! どれほどの戦力を巡回させればいいのか……」

「だから、索敵の方法も頑張って確立しないとなぁ。突然襲われる可能性も考える必要があるし、街道も安全とは言えなくなるよな」

 後は防壁も工夫したりしないと、等と他人事のように言う一二三を、王は怯えの混じった目で見据える。

「まあ、頑張って民衆を守る策を考えるといい。そこで提案があるんだが……」

 もはや悪魔の囁きにしか聞こえないが、スプランゲルは話を聞かざるを得ない。

「俺の領に兵を送るなら、鍛えてやってもいいんだがね?」

「こ、この……」

 しばらくは言葉がなかったスプレンゲルだが、駆け込んできた兵から実験体が脱走して暴れているという報告を受けた時点で、その為の助力も合わせて、一二三の提案を受けることになった。

お読みいただきましてありがとうございます。

多分年内の更新はこれで終わりです。

今年は多くの方々に読んでいただき、たくさんの感想等、

本当にありがとうございました。

年明けから忙しくなるので、更新は遅くなってしまいますが、

続きもよろしくお願い申し上げます。

それでは皆様、良いお年を。

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