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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第八章 突撃! 魔法の国
65/184

65.War Pigs 【強化兵と遊ぼう】

65話目です。

いつもありがとうございます。

 片腕の兵士が首都の出入口を見つけて、少しだけ安堵したのは30分ほど懸命に走った頃だった。

 街道を必死の形相で駆けてくる男を見つけて、ホーラント首都アドラメルクの番兵たちは大慌てだった。

「と、止まれ! 止まれ!」

「助けてくれ! 敵に追われてる!」

 番兵にしがみつくようにして叫んだ兵は、明らかにホーラントの正規兵の装備だった事もあり、番兵たちはすぐに詰所へ案内しようとした。

 だが、片腕の兵はそれどころではないと叫ぶ。

「オーソングランデから入ってきた奴らがすぐ近くまで迫っている! すぐに城におられるユーグ様へ連絡を!」

 鬼気迫る表情に、一人の兵が慌てて城へと走った。

 とにかく連絡はできたと片腕の兵が安心した瞬間。背後から聞こえる、聞こえて欲しくなかった声。

「お疲れさん。結構足が早いじゃないか」

 油の切れた機械のような動きで恐る恐る振り返ると、後ろにはニコニコと笑う一二三の姿があった。

 腰を抜かした拍子に周りの景色が視界に入る。

 一二三の両脇には番兵たちが倒れている。じわじわと血だまりを広げつつ、ピクリともしない。

「逃げられるわけないだろ。こんなに近くて一本道なのに」

 手に持った刀を振ると、ピシャッと音を立てて地面に血が振りまかれた。

「うわ……」

 驚きの声は、喉を切り裂かれた事で中断された。

「さて、あとは城へ行けばいいんだが……おっ」

 門からも見える城の尖塔を確認していると、城の方面から10人程の魔法使いたちがこちらへ向かって来るのが見えた。

「今度は魔法使いだけの部隊か」

 言いながら、一二三はすでに彼らに向かって駆け出している。

 目標が向かって来ていることに気づき、魔法使いたちは慌てて詠唱している。一二三の攻撃範囲に入る前に辛うじて間に合わせることができた魔法は、風と火が入り混じり、一抱えの風をまとった火球となり、高温を振りまきながら一二三へ迫ってくる。

 それでも走る速度を緩めず、不敵に笑っている一二三。

 いよいよ目の前まで火球が迫った瞬間、一二三はぐっと身を低くして熱く燃え盛る火球の下をくぐり抜けた。

 数本の髪が焼け焦げ、同じ量が風の刃に切り裂かれる。

 それでも顔色一つ変えず、一二三は大きく踏み込んで魔法使いたちの間を駆け抜けた。

 瞬間、容赦なく振り抜かれた刀が、四人の首を一気に刈り取った。

 驚愕に目を見開いた魔法使いたちが時間差を付けてポロポロと首を落とす。

 そしてその間にも、近距離に詰められて何もできないまま、残りの魔法使いたちが次々と刀の錆になった。

「よし、次は城だな」

 抜き身の刀を下げたまま、たった一人の攻城戦を行うために一二三は走る。


☺☻☺


 今、ユーグの目の前には重厚な鎧を付けた5人の兵士が並んでいる。

 ここは城内にある兵の待機室だ。

整列している兵たちは全員があらぬ方向を見つめ、半開きにした口からは何本か足りずに隙間を開けた黄色く濁った歯が見える。

 ヴェルドレ主導で研究された魔法具・魔法薬の実験体として使われ、無理やり強化された兵士たちだ。

 ほとんどが“壊れて”しまっていたが、何とか5体は集め、命令を聞くように調整ができた。

「ふむ。まあ城内ですから、これだけあれば足るでしょう」

 強化兵は10人程度の兵を相手にしても戦える程度の力を持ち、普通の人間が着たら動けない重量がある、分厚い金属鎧を纏っている。

策がうまく進めば、充分な人数のはずだった。

「とりあえずは、王が押さえられれば済むわけですしねぇ」

 ユーグがヴェルドレへ提案した内容は、王城へわざと敵を侵入させ、侵入者の排除と同時に王を弑してしまうという単純なものだった。

 王の元へ侵入者が到達しなくても、侵入者が城に入ったという事実さえあれば、あとはどうとでもできると考えていた。

 そこへ、ユーグ子飼いの兵が駆け込んでいた。

「ユーグ様! 敵が城門を突破しつつあります!」

「……随分早いですね」

 ユーグの予測では、接敵は早くても今日の夜。おそらくは明日の日中だろうと読んでいた。

 今の城内にはユーグが作った王子派閥以外の無関係な者も多く残っており、強化兵が見られる可能性が高い。

「仕方がありません。今いる魔法使いを総動員して対応しながら、避難と称して使用人や派閥の連中も含めた貴族を裏から追い出しなさい」

 一定時間が過ぎたら強化兵を動かすと宣言すると、伝令に来た兵は命令を実行するために部屋を出て行く。

「まあ、もし見られたら戦闘中に消えてもらいましょう」

 状況をヴェルドレへ伝えるため、強化兵は待機させたままで、ユーグも部屋を後にした。

 ここで、ユーグが確認せず、伝令も言わなかったことがあった。

 侵入者がたった一人であり、そのたった一人に街の兵が壊滅させられつつということを。

 そして本来十人程度だったはずの敵、その残りの行き先を知らなかったことで、ヴェルドレとユーグの狙いは大きく外れていく。


☺☻☺


 城の方面から悲鳴が聞こえてくるようになると、アドラメルクの住人たちはすっかり怯えてしまい、逃げ出す者や自宅へと向かう者で、一二三が通り過ぎたあとの方がより混乱の様相を見せていた。

 王都は住人の数も多く、暗い顔をしていた住民ばかりだった他の街に比べて格段に富裕層が多いのだろう。多くの家財をまとめていたり、護衛に守られて移動する者も見える。

 馬車や荷車が行き交い、通りは大変な混雑状況だったが、オリガたちにとっては目立たずに移動できるのでむしろ楽だった。

「さあ、一二三様が聞き出した情報では、王城のすぐ手前に研究施設があるはずです。急ぎますよ」

 一二三に任された大仕事に、鼻息荒くずんずんと進むオリガを、フォカロル領兵たちは台車を引きながら必死に追いかけていた。

 王城へ近づくほど人はまばらになり、研究施設の前にたどり着いた頃には、周りには誰も見当たらなくなった。

 城の方では一二三が存分に暴れているらしく、まだ時折悲鳴が聞こえてくる。

 応援に向かったのか、いるはずの警備も見当たらない。

 敷地へ入る木製の門は閉ざされているが、軽く押すとゆっくり開いた。

 僅かに扉の隙間が空いたところで、オリガは中の様子を風魔法で伺う。

 すっかり使い慣れたエコーロケーションを使い、敷地に入ったところで2人の人間が武器を持って立っている事を探りあてる。

 丁度よく並んで立っているようなので、迷いなく風の刃を飛ばして喉を掻き切った。

「一二三様から与えられた命令を邪魔する者には死んでもらいます」

 素早く敷地へ踏み込み、二人だけ見張りに残したオリガたちは、こちらも頑丈そうな扉で、外から閂をかけられた建物を見つける。

「これはどういうことでしょうか?」

 オリガの疑問に、フォカロル兵の一人が呟いた。

「外からってことは、中に誰かを閉じ込めてるってことですかね? あるいは倉庫だから外からしか塞げないようになってるとか」

「確かめなければなりませんね。倉庫なら目的の物があるかもしれません」

 慎重に閂を外し、扉の正面には立たないようにしてそっと開く。

 中からは複数の唸り声が聞こえてきた。

「……魔物?」

 誰かがつぶやいたが、答えは見なければわからない。

 ためらう事なく中を覗き込んだオリガは、目の前に広がる光景に一瞬ビクッと肩を震わせた。

「……オリガさん?」

「中に入りましょう。ここは牢獄のようです」

さっと屋内へ入ったオリガに、牢獄ならば用はないのでは、と兵たちは思ったが、反論するのも怖いので後に続く。

「うわっ!」

 建物の中は仕切りのないワンフロアになっていて、壁にはズラリと鎖につながれた人間が並べられていた。

 その誰もが、理性を失った目をして涎を垂らし、歯を向いて目の前の兵たちを威嚇している。手足を固定されているものの、ガシャガシャと音を立てて拘束から逃れようとする様は、猛獣が暴れているのと変わらない。

 全員が全裸で、胸には特徴的な魔法具が取り付けられている。

「これは、魔法具で凶暴化した人間ですね」

 こうなった人間に、オリガは見覚えがあった。

「では……」

「他の建物に魔法具があるのでしょう。ここは実験に使われた者を捉えておく場所のようですね」

 冷静に考察しているオリガに対して、兵士たちはこれが元人間なのかと青ざめた顔で実験体たちを見ていた。

 ふと、オリガはいくつかの空きの鎖がある事に気づいた。

 近づいて見てみると、腕輪の部分にはまだ湿っている人の血液が付着している。

「数名がどこかへ連れて行かれたようですが……」

 オリガは思考に没頭し、暴れまわる実験体を移動させる方法についてぐるぐると回る。

 ふと何かに思い至ったオリガは、腕に固定した魔法の短剣を一人の実験体に向けて詠唱を始めた。

 数秒後、バケツ一杯分の水が実験体の顔を覆う。

 一層激しく暴れるものの、一分と持たずにぐったりと拘束具にぶら下がった。

 水を消し、実験体の様子を見るオリガの目には冷徹さが光り、辛うじて死んでいないことを確認する。

「なるほど。窒息はするわけですね」

 すっかり怯えているフォカロル兵に向き直ったオリガは、爽やかな微笑みに乗せて指示を出した。

「彼ら実験体も利用しましょう。一二三様のために」

 フォカロル兵たちは頷く他に選択肢は無い。


☺☻☺


「王よ、城へ賊が侵入いたしました」

 ユーグと巨大な剣を装備させた強化兵を連れたヴェルドレは、謁見の間で玉座に座る王を仰いだ。

 ヴェルドレの言葉に、謁見に立ち会った貴族や兵たちに動揺が広がるが、王が手を上げて制した。

「……それで、警備を任せていたはずのお前がなぜここにいる。そして、お前の後ろに並ぶ化け物どもは何なのだ」

 王の言葉に、ヴェルドレは笑みを隠そうともしない。

「私の自慢の魔法具を使った強化兵どもです。これ一体で一般の兵10人分、いや、20人分に匹敵する戦力となりましょう」

「ならば、なぜここに連れてきた。城の防衛に使うのが筋であろう」

「フフフ……」

「何がおかしい」

 白い歯を見せて、不敵に笑うヴェルドレに、王は不快感を隠そうともしない。

「まだわかりませんか。すっかり老いて耄碌してしまったようですね……」

「ヴェルドレ様、それはあまりに……」

「黙れ」

 一人の貴族がヴェルドレを諌めようとするが、ひと睨みされて黙ってしまった。

「今からここで王位を退いていただきます。そして私が新たな王となり、この危機を乗り越えて見せましょう」

 ヴェルドレが言うや否や、ユーグの指示で出入り口近くにいた一般の兵がドアの前に立ちふさがり、尚且つ取っ手に棒を差込んだ。

「……血迷ったか」

「とんでもない。多くの者が現王の在位が長すぎて倦んでいるのです。私はその声に応え、ホーラントをより良くしようとしているだけです」

「あくまでも、私欲では無いと言い張るか」

 良かろう、と王が立ち上がったのを見て、ヴェルドレはすんなりと退くかと期待したが、王が発した言葉は正反対だった。

「兵たちよ、ヴェルドレを捕らえよ。こやつは反逆者である」

 落胆して首を振るヴェルドレに、室内にいた護衛兵たちがジリジリと近寄ろうとするが、その前に強化兵たちが立ちふさがる。

 正気ではないとひと目でわかる顔を見て、一瞬護衛兵たちがひるんだ瞬間、大きな音を立てて振り回された大剣にまとめて薙ぎ払われた。

「ついでに、邪魔になる目撃者も消してしまいましょう」

 ユーグが命じると、護衛兵を皆殺しにした強化兵たちは、大剣を振り回して室内の貴族や文官に襲いかかった。

 狭い室内を逃げ惑うものの、さほど時間もかからずに死体が量産されていく。

 技術も何もない、ただ剣を棒切れのように振り回す姿は、ヴェルドレには爽快に見えて愉悦に口の端を釣り上げていたが、王は渋い顔で目の前の惨状を眺めていた。

(この国も終わったか……)

 いずれ自分も惨たらしく殺されるであろう事を考えながら、どこで教育を間違えたのか、と溜息をつき、何十年と座り続けてきた玉座へと腰を下ろした。

 思えば、若い頃に王位に就いた当初は実績を作らねばと必死になっていたものだ、と王は何故か冷静に考えていた。若いうちは直接的な発想しかできず、実績といえば戦果だと考え、今にしてみれば無茶な戦いもしたことがあった。

 結果として国の財産は減り、今でも民に多くの負担を強いる国になっている。

 自分が王として正しかったかどうかはわからないが、最期が裏切りによるものだというあたり、どこかで大きな間違いを犯していたのだろう。

 気づけば、貴族たちも文官たちも全員がまるで魔物に食い荒らされたかのような死体をさらしていた。

 血の匂いが立ち込めるなか、ヴェルドレがえづいているのが見える。

「情けない……」

 ポツリと呟いた王に、まだ回復しないヴェルドレに代わり、ユーグがハンカチを口に当てて近づいた。

「王よ。お覚悟を」

 ユーグの言葉に答えず、ただじっとヴェルドレの姿を見ていると、塞がれていたはずの扉が激しい音を立てて弾け飛んだ。開閉方向と反対に無理やり破られたドアが、金具を飛ばしながら謁見の間にいたヴェルドレに命中し、あっさりと気を失った。

「あ、これ外開きか」

 そんな事を言いながら入ってきたのは、全身を返り血で赤く染め、右手に刀、左手に小太刀を掴んだ一二三だった。

 道着は乱れ、大きく胸をはだけているものの、これといった怪我はしていない。

「おっ、こいつらはあの魔法具を使われた奴らだな。よしよし、多少はマシになったか試してやろう」

 城の兵士も大したことなかったからな、と一二三は不満をこぼし、次の標的に狙いを定めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

新作も書きましたが、完結までは『殺戮者』優先で更新します。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
オリガちゃんがどんどんそっちよりになっていく。素晴らしい!!
結構足が早いじゃないか」 速い
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